めざめてソラウ 作:デミ作者
なので、その保護者に責任を取って貰おうと思います。
照り付ける夏の太陽から降り注ぐ光が、俺の身体に熱を齎す。
汗は乾燥した空気に蒸発してゆき、時たま吹き付ける風が爽やかさを感じさせる。日陰に入れば、一気に涼しさを感じた。少なくとも、俺が男だった頃に居た日本の蒸し暑い夏よりは過ごし易いだろう。
「……そうかー、そうなるかー。……そっかー」
思わず呟く口から漏れるのは、慣れ親しんだ
現在、俺――ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは十八歳。肉体は成熟し、背も顔も胸も原作とほぼ同じ位に成長した。違うのは、魔術の実力と髪の長さ、そして服装くらいだろうか?
この身体から察するに、俺の見立てでは、そろそろ聖杯戦争に巻き込まれても可笑しくない頃だ。無論、死ぬ気はない。死なないためにこれまで努力して来たのだ、死んでたまるものか。
だが――戦場にもしもは付き物だ。不意の奇襲で死ぬことだってあるだろうし、正面切って戦って死ぬことだってあるだろう。そもそも『ソラウ』は死に易いのだ。
だから、せめて悔いは残さないように――俺は父に許可を取り、観光に出た。正確には、観光と魔術研鑽を兼ねた旅行だが。
時計塔の講義で必要なものは大方マスターし、一般的な魔術なら『転換』を駆使することで使用可能になった。加えて、俺独自の『転換・置換・降霊』を組み合わせた魔術の効果、特異性を知っているのなら父も止める理由は無い。土着の魔術の痕跡や降霊術に役立てる為の史跡を回るつもりだ、と話せばむしろ快く送り出してくれた。
故に俺はここにいる。ここはイタリア、シチリア島。豊満に成長した俺の――ソラウの身体を肩紐付きのチューブトップとホットパンツに押し込み、半袖のジャケットを羽織り、麦藁帽子を被って、俺は悠々と一人旅を楽しんでいる。
一人旅は気楽で楽しい。ケイネスや他の知り合いに色々と気を遣わなくて良い分、俺本来の男としての感覚を常に前面に出しておけるからだ。だが、気楽にはしていても魔術の研鑽まで忘れて良い訳ではない。
「……はぁ。にしても聖杯戦争かー、ついにかー」
ぴっ、と胸の谷間から一枚のカードを抜き取りながら、俺はぼやいた。
掴み取ったカードは、勿論只のトランプや花札に使う物ではない。裏面には魔法陣が記され、表面には、弓を構えた女性の絵柄が描かれている。そして、表裏何方にも罅割れたような黒い染みが滲んだそれ。言わずもがな、クラスカード――『何処にも繋がっていない』、屑カードだった。
――屑カード。この名称を用いたのはエインズワースだが、曲がりなりにもクラスカードの作製に着手した身からすればそれ以外にしっくり来る呼び方も無い。何処の英霊にも繋がっていないというこのカードは、本来クラスカードで為し得る成果を考えれば屑と呼ぶしか無いからだ。
だが、本来の成果――つまり、英霊になるという効果さえ忘れてしまえばこの屑カードもそれなりに有用だったりする。
そして、最近の俺の研究テーマは、専らこの奥の手であるクラスカードについてだ。原理は分かる、理屈も理論も理解できる。術式も構成できる――しかし、ただ一つ『英霊の座』だけが捕捉できない。あらゆる手段を尽くしてクラスカードの生産を試み、その結果として生まれた屑カードは今や百を越えようかと言うほどに溜まっていた。
――クラスカード。英霊の力の一端を写し取り、それを自らに置換する異端の礼装。このカードを作成するにあたり試行錯誤し、失敗を繰り返し、そして俺は一つの疑問へと辿り着いた。
それは、『英霊の人格』について。
プリヤにおけるギルガメッシュのカードを見るに、
ならば、何故ギルガメッシュ以外のカードからは『英霊の人格』が感じられない――あるいはその様に描写されているだけだが――のか。その答えは、俺の生前の知識……魔術によって魂に深く刻み付けた記憶の奥底から見つけ出すことが出来た。
それは、ジュリアン・エインズワースの言葉。ギルガメッシュのカードに向かって言い放った、『その英霊は
クラスカードが実体化した際に形作るのは黒化英霊の姿。つまり、クラスカードは英霊を夢幻召喚する際に『箱』という手段で以って、まるで英霊を『アンリ・マユ』で汚染したかのような現象を引き起こし英霊の自我を焼き潰していると言うことだ。
「箱、箱ねぇ……。俺がまだ俺だった頃は色々考察してたけど、どれが正しいもんか。エインズワースのアレはムーンセルめいて立方体だったけどあの泥はアンリっぽいし、泥から英霊を蘇らせるなんてのはホロウ――いや、prototypeか? ま、いいか」
胸の谷間に屑カードを仕舞いながら、俺は思索を巡らせる。
この事実は、クラスカードを作成する上で重要なことだ。何せ、『箱』を介さずにクラスカードを作成してしまうことが可能であったならば、そのカードで夢幻召喚した際には英霊の人格に飲み込まれ得るのだから。
また、おそらくだが『箱』を介さないで作成したクラスカードはプリヤの、エインズワースの作成したそれよりも、夢幻召喚を行った際の性能が高いであろうことが予測される。
これは順を追って考えれば自明のことで、まず、クラスカードは通行証であり、カードを通じてアクセスする座から英霊の情報の一端を写し取り夢幻召喚しているという点。次に、クラスカードの実体化によって顕現するのが黒化英霊であり、その黒化英霊も
これらを踏まえると、エインズワースのクラスカードによって夢幻召喚される『英霊の情報の一端』というのは、『箱』とやらによって自我を潰された英霊――即ち『黒化英霊』のことではないかと仮説が立てられるのだ。
そして、『本来の英霊よりも弱体化した代わりに人格周りへのアクセスを遮断した黒化英霊』のクラスカードと、『英霊人格との相互アクセス・干渉機能を残した代わりに能力を十全に使用できる英霊』のクラスカードではどちらがより強力になり得るかなど、もはや言葉にする必要は無いだろう。
「……まあ、道具として有用なのは前者だけどな」
独りごちる。
当然の如く、使用者の意思通りに動作しない道具など不良品。ましてや意思通りどころか意思を裏切る可能性のある道具はそれ以下だろう。その点で考えれば、俺に作製し得るクラスカードは実用不可能な代物だろう。むしろ屑カードの方が使用し易いとさえ言える。
故に、俺の取るべき手段はいくつか考えられる。その一つは、冬木に到着してから研究を続けるというものだ。
冬木の聖杯には、
一つ目のプランは、それを利用するものだ。冬木の聖杯戦争における英霊召喚の術式に関しては、既にソフィアリ家の力を用いて手に入れてある。正確にはソフィアリ、アーチボルト、アニムスフィアの三家の利益が合致した結果俺に齎されたものなのだが、ソフィアリが現在所有している以上ソフィアリのモノとして扱って構わないだろう。
ともかく、召喚術式は手に入れた。ならばどうするか――答えは、クラスカード作製時に経由する『英霊召喚術式』を、『冬木の英霊召喚術式』と置換するのだ。
無論、第四次や第五次で召喚されるサーヴァントを見るに、そのまま置換しただけでは意味が無いだろう。何故なら、彼らは召喚時には汚染されてなどいないのだから。普通に召喚術式を置換した程度では、汚染は成らない。
故に、魔術の流れを『転換』させる。サーヴァントは消滅すれば聖杯に焚べられる。つまり、サーヴァントと聖杯の間には霊的な繋がりが存在するという事だ。それを利用する。クラスカード作製時に必要な術式を冬木の英霊召喚術式と置換し、その術式が辿る路を歪曲させ、既に汚染された聖杯を経由することで擬似的に『箱』による汚染を再現する。これが一つ目のプランだ。
メリットは、まず間違いなく汚染自体は成功するであろう点。デメリットは、冬木に降り立ってからそれらを行うには危険な敵が多すぎるという点と、汚染に成功したとしても自我を潰す事に成功するかどうかは不明だという点だ。
デメリットの前者に関しては、必要な術式のコンパクト化さえ為せればほぼ無効化できる。サーヴァントやケイネス、或いは『敵の敵』を誘導することで時間を作れば十分に可能ではある。
問題は後者だ。アンリ・マユによる黒化の例を見るに、反転はすれど人格の焼却にまでは至らない可能性も考えられる。これに関してはプリヤの『泥の英霊』のように自我消滅まで聖杯に漬けてやればどうにかなるかも知れないが、今度は高度に聖杯――アンリ・マユを制御する必要が生まれる。賭けとしては勝率は高くも低くもない、よって保留。
二つ目のプランは、EXTRAのラニを参考にするものだ。彼女が自らのサーヴァントに使用した『思考の同一化』、その術式を開発し、クラスカードの作製時の術式に盛り込む手法。此方のメリットはほぼ間違いなくサーヴァントの自我を封じ込められる点と、施術を受けた今の俺の身体――プロト・デミ・サーヴァントと化したソラウの肉体ならば思考の同一化をした英霊からでも戦闘能力や経験を引き出せるであろう点。
デメリットは、夢幻召喚が可能なサーヴァントが
此方も、前者に関してはある程度は目を瞑れるだろう。バーサーカークラスのみと限定されたとしても呂布にランスロットあたりならば十分に実用に耐えうるだろう。ヘラクレス? 彼ほどの理性を持った大英雄にはそもそも『思考の同一化』など通用しないだろう。
そして、此方でも問題となるのは後者。『思考の同一化』という魔術など、俺がソラウとして生きてきた過程ですらほぼ聞いた事が無い。似たようなことを成すならば、洗脳や感覚共有を組み合わせた物となるだろうか? どちらにせよ、それらにカテゴライズされたとしても俺が組み上げた術式がサーヴァントの精神に通用するかといえば疑問だ。万全を期するならばアトラス院の魔術について調べるしか無い訳だが……相手はあのアトラス院、そこから術式を盗み出すなどまだ普通に聖杯戦争に参加する方がマシだろう。故に、これも保留だ。
考え得る様々な方法の中で最も成功の可能性が高い二つ、それらが共に保留。だが、この中からどちらを選ぶかと言えば――やはり前者だろうか。
勿論、英霊の精神に何も介さないクラスカードをそのまま夢幻召喚するなんて以ての外だ。ミユのように肉体を乗っ取られるだけならまだしも、そのまま精神の――俺という人格が消滅しないとも言えないのだから。
――さて。以上を踏まえて、現状を考えてみよう。
ここはイタリア、シチリア島。シチリア島は南部、アグリジェントに存在する――俺が居るのは『神殿の谷』。
神殿の谷には今、俺以外の人が存在しない。俺――ソラウのような美女どころか人っ子一人居ないのは、俺が人払いの結界を張ったためだ。
そして俺は、その遺跡群の中でも最も古いとされる
「いや、いやさ? やっぱりこう、浪漫ってあるじゃん。型月厨ならさ、考えるじゃん?」
弁明をする。
誰に向けた訳でもない言い訳が空に吸い込まれ、俺は静かに目線を落とした。冷や汗がたらりと顎から流れ落ち、胸の上で跳ねる。
視線の先に存在するのは、風雨によって削られた石の台座の上の、一枚の
「いやさ、触媒召喚なら今でも試せるじゃんとか思ったのは悪かったけどさ」
自問する。
何が悪かった? 何を間違えた? 自由の身になって浮かれて、酒を買って、それに酔いながら此処へ来たことか? そのまま酒の勢いに任せて触媒召喚を試したことか? いやまあ酒のトラブルなら
「なんでさ……いや、なんでさ?」
状況を、確認しよう。
ここはイタリア、シチリア島。シチリア島は南部、アグリジェントに存在する――俺が居るのは『神殿の谷』。その神殿の谷において最も古い神殿の名は――
「……いや、その。……ゴメンなさい! 俺、全サーヴァントの中でもあなたが一番好きだったんです! 許してくださいゴメンなさいっ――ヘラクレスっ!!」
――『ヘラクレス神殿』だった。
「こんなとこで貴重な
――拝啓、生前の知り合いのみんなと、全型月厨の仲間たち。
俺、
反省も後悔もしている。けどやりたかった。
流石にアチャクレスのカードは使いません。というか使えません。
黒化英霊に関して、というかプリヤの設定に関する考察は全部独自解釈です。まあプリヤの設定は本編にはフィードバックされないと言われてますし(免罪符)、間違っててもしょうがないよね!
いつもご意見ご感想、たくさんありがとうございます!
今回も待っておりますので、どうかよろしくお願い致します!