もう9年も前になる私の処女作に、連載中の時に感想を書いてくれていた方がチラホラといてくれたんですよね。
ああこの人はずっと私の作品読んでくれていたんだなぁと、嬉しく思うと同時に
処女作が9年前って事は……私は9年もこんな作品ばかり書いていたのかと少々自分の頭が心配になって来た今日この頃です。
ここはかつて侍の国と呼ばれていた江戸。
天人達に支配された現在、武士は刀を取り上げられ衰退の一途を辿っていた。
しかし誇りも主君も失ってなお世に抗い続け
天人と天人の傀儡と化した幕府に天誅を下さんとする者は
攘夷志士と名乗って日々国家転覆を目論んでいるのであった。
「であえであえ! 我等が幕府に抗う攘夷浪士共が襲撃しに来たと情報があった!」
「おのれテロリストめ! よもやこの将軍のおられるお城に侵入してくるとは!!」
そして今、将軍である徳川家代々が住み居城としている天下のお城に
将軍の寝首を掻こうと賊が侵入してきたと聞いて、家臣の者達が慌ただしく場内を駆け回る。
そんな彼等の目を欺き、死角となっている城の裏通路を駆けて行く集団達。
しかしそんな彼等の前に、二人の少年少女が待ってましたと言わんばかりにバッと前に現れる。
「待っていましたよ、やはり警戒の薄いこのルートを通るだろうってわかってました」
「”アイツ”の言った通りここで待ち伏せしておいて正解だったアル」
少年の方は志村新八、少女の方は神楽。
言わずと知れたかぶき町を拠点とし万事屋として働いている二人だ。
そんな一般人である二人がなぜこの幕府の頂点たる将軍の城の周りをウロついているのだろうか……
「おい、今なら謝れば許してやってもいいゾ、いい加減こんなくだらない事やってねぇで私達みたいにまっとうに働くアル」
「本来将軍の住む城に忍び込むなんて即打ち首ですよ、ここは大人しく投降して下さい」
「心配しなくてもヅラの奴もその内捕まるんだから、愛の巣という名のブタ箱で二人仲良くずっと暮らせばいいヨロシ」
二人は何も捕まえて即斬り捨てるだなんて思っていなかった、集団に対し大人しく投降するよう呼びかける新八と神楽。
だが
「ヅラじゃない……!」
集団の先頭に立ち、ひと際長い髪を揺らしながら歯を食いしばり
後ろの者達を護るかのように腕を組みながら大きく口を開いた。
「桂よ! そしてこの”七草真由美”もまたいずれはその姓を名乗る事となる! そしてそれが今日この日! 将軍の首を頂戴して私は桂真由美として新たなる日本の夜明けという名のバージンロードを歩く日なのよ!!」
誇らしげに城内で堂々と叫び声を上げるのは、本来この世界の住人ではない七草真由美であった。
現在彼女は元の世界へ帰るという選択を捨て、攘夷志士として華々しくデビューしていたのである。
「あなた達二人だけでこの桂一派を止められると思わない事ね! フハハハハハハハ!!」
「おお! 流石は桂さんのお嫁さん候補だ! 敵の陣地内にも関わらず盛大に高笑い上げてるぞ!!」
「桂夫人! 俺達も全力で二人を祝う為に攘夷活動頑張ります!!」
「エリザベスさんも桂さんとあなたの事を全力でサポートすると!!」
『新たなる日本の夜明けは近い』
腕を組みながら下卑た表情で傲慢な高笑いを上げる真由美の背中を見ながら
背後の桂一派である攘夷志士達が歓声を上げて一気に士気を高める。
その中で一際目立った外見をしている珍妙な生物、エリザベスもまたプラカードを掲げて真由美を影ながら応援している様子だ。
そして幕府における本陣の中であろうとお構いなしに騒ぎ始める彼女達を
前方で立ち塞がっている新八と神楽はジト目で見つめながらしばしの間を置くと
「なに本格的にテロリストの仲間入りしてんだよバカ会長!!」
すっかり桂一派の者達に慕われ仲間として認められている真由美に対して、ようやく新八が指を突き出してツッコミを入れるのであった。
「普通に桂さんの仲間になって普通に迎え入れられてるよこの人! エリザベスさんにまで気に入られてるし!! アンタ恥ずかしくないのかよ! 達也さんが言うにはアンタ本当に人望もあるカリスマ生徒会長だったんだろ!」
「生徒会長、フ、かつてはそう呼ばれていた事もあったわね……遠い昔の事ですっかり忘れていたわ」
「いやそんな昔の事じゃねぇよ! なに懐かしむような顔してんだ!!」
「でも今はそんな過去なんてどうだっていいわ、今の私は七草家という地位も、生徒会長というプライドも捨てて新たに生まれ変わったの」
新八に言われてもなお真由美は全く反省するつもり無しの様子で、かつて元の世界では名門七草家のお嬢様として数々の称賛を浴びていた事さえもゴミ箱に捨ててしまったのか
「今の私はそう! 腐ったこの国を正す為に異世界からやって来た魔法師!! そして桂さんとの祝言を執り行う為に日々国家転覆を目論む愛の革命士! 七草真由美は過去を一切捨てて輝く未来の為に、この城もろとも幕府をぶっ壊す事を誓います!!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
『その時歴史が動いた』
「いい加減目ぇ覚ませぇぇぇぇぇぇ!!! 輝く未来なんてテロリストやってる時点で来るわけねぇだろうが!」
桂一派の者達とエリザベスが、真由美の宣言にテンション高めに拳を掲げている状況に
負けじと新八もまた声を荒げてそんな彼女に喝を入れる。
「会長すっかり桂さんに洗脳されちゃってるよ! もう引き返せないよあのバカ!」
「仕方ないアルな、ヅラと体が入れ替わっていたのが長かったせいですっかり昔の自分を忘れてるみたいネ」
「……どうする神楽ちゃん? 僕等でちょっと痛い目に遭わせれば元に戻るかもしれないよ?」
「いやいやああいう男を振り向かせる為に夢中になっている女は何をしても無駄アル、死んでも治らねぇんだよああいう恋する自分が大好きなバカ女は」
すっかり充実した様子で今の生活を謳歌している真由美にすっかり呆れてケッと神楽が唾を吐いていると。
「神妙にお縄に付けテロリスト共ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
突然、頭上からキラリと何かが輝き、新八と神楽が同時に見上げたその瞬間
「いやもうお縄に付くとかそんなんいいからさっさと死ねゴミクズ共がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」
「っておわ! 上から巨大な火の玉が連中目掛けて落ちて来た!!」
上空から怒号を上げながら桂一派目掛けて隕石の如く巨大な炎の塊が降り注がれる。
あまりの光景に新八と攘夷志士達が驚く中で、真由美はフンと鼻を鳴らすと腕に付いたCADを起動して
「お呼びじゃないのよ!」
炎の塊に向かって腕を突き付けると、すぐさま魔方陣を展開して負けじと迸る冷気で対抗し、難なく突然の奇襲を凍らせてしまう。
炎であろうと一瞬で凍り付かせる、流石は腐っても名家の魔法師一族だ。
そんな彼女の前に、上から新たなる刺客がスタッと舞い降りて来る。
「チッ、この程度じゃそう簡単には死んでくれないのね」
「フ、私は大いなる野望と恋の成就の為にここで朽ち果てる訳にはいかないのよ、例え相手があなたでもね……」
現れた人物を大方予想付いていた真由美は、警戒心を解かずに腕を突き出したまま目を細める。
その人物は幕府を、江戸の治安を護る武装警察の制服を着飾った……
「真撰組の副長・土方十四郎の夫人であられるアンジェリーナ=クドウ=シールズ!!」
「狂乱の貴公子・桂小太郎の妻であられる七草真由美! この場でアンタを悪即斬にしてくれるわ!!」
真撰組、その制服を身に纏いし少女はリーナであった。
彼女もまたこっちの世界に流れ着き、桂一派の所に身を寄せた真由美と同様、真撰組の一員としてこの世界で危険分子の排除に勤しんでいたのだ。
「悪即斬? 笑えない冗談ね、幕府の犬の嫁になるという哀れな女などに私が後れを取るとでも思ったのかしら!?」
「ハン! 無様な敗北者を傍で支えるなどという愚かな選択を選んでしまったアンタなんて所詮は敵じゃないのよ! 行くわよ野郎共!!」
互いに相手の男を卑下し合って睨み合うと、リーナは腰に差した短剣を掲げて大きく号令をかける。
すると彼女の背後に一瞬にして同じ制服を着た真撰組の部隊が綺麗に隊列を築いた状態で現れたではないか。
「事前に兵を伏せさせ、相手が油断している所で一気に囲んで討ち取る。名家のお嬢様は戦の定義も知らなかったかしら?」
「く、どうやら旗色が悪いみたいね……」
「マズいですよ桂夫人! ここは一旦退きましょう!」
『突破口はお任せを!』
強面の真撰組部隊の先頭に立ちながら勝ち誇った笑みを浮かべるリーナ
まさかもう既に兵を周りに配置させていたとは……真由美は悔しそうに奥歯を噛みしめると、桂一派に促されてここは潔く退散する事を決める。
「仕方ない、戦いは逃げる事もまた必要な事と私の素敵な旦那様も言っていたし、ここはみんな逃げるわよ!」
「そう簡単に逃げ切れる訳ないでしょうが! やれぇ真撰組ィィィィィィィ!!!」
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
そそくさと退散し始める真由美の背中目掛けて、逃すまいとリーナは指を突き付けながら後ろにいる真撰組の者達に命令すると、彼等は一瞬の迷いなくその指示を聞いて刀を抜いて叫び声を上げた。
「全軍!! 連中を一人残らずたたっ斬れ!! 突撃ィィィィィィィ!!!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」
リーナが叫ぶとと同時に真撰組の者達も揃って逃げる真由美達を追いかけようとする
だがその時であった。
「突撃ィじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「どっふぅッ!!」
突如リーナの後頭部目掛けて勢いよく飛び蹴りがかまされる。
彼女はそれを綺麗に食らってそのまま地面に顔面から叩き付けられると
飛び蹴りした本人である人物が、口にタバコを加えたまま彼女を見下ろす。
その人物こそ真撰組の鬼の副長・土方十四郎であった。
「なんでテメェが真撰組仕切ってんだよ! 勝手な事してウチの隊士に命令してんじゃねぇぞゴラァ!!」
蹴飛ばしたリーナを見下ろしながら土方が怒鳴っていると、すぐ様他の隊士達がリーナの下へと駆け寄って行く
「姐さぁぁぁぁぁぁん!!」
「大丈夫ですか姐さん!!」
「何するんすか副長!! 新婚早々ドメスティックバイオレンスとかドン引きですよ俺達!」
「うるせぇ! だから俺はコイツと籍を入れた覚えはねぇつってんだろ!! オメェ等もなにそいつに肩入れしてんだ!!」
部下達に非難の目を向けられてなお食って掛かる様子で土方が叫ぶと、倒れていたリーナがヨロヨロとした足取りで立ち上がる。
「フフフ、やっぱりまだ認めてくれないようねダーリン……でも私は決して諦めないわ、これしきの事で折れてちゃ真撰組一番隊隊長は務まらないってモンよ」
「いつお前が隊長になったんだよ! 何も聞いてないよ俺!?」
「元アメリカエリート軍人だったキャリアを捨てた今、私の居場所はここだけ……十四郎さんの横で私は妻としてこの世界で一生を送ると決めたのよ!」
「誰が十四郎だ気安く名前の方で呼ぶんじゃねぇ! なんだよコイツ! 発想がさっき逃げた小娘とおんなじじゃねぇか!!」
まるで困難に苛まれてもなお挫けずに前を向いて歩くと決心したヒロインの如く、妙に演劇じみた動きをしながら空に浮かぶ太陽を見上げているリーナ。
この世界に来てから彼女はずっとこんな感じ、まるで話を聞いてもくれずにずっと自分の所へ嫁ごうとする気満々な彼女に流石に土方もうんざりする。
「チッ、最初は俺の事を斬り殺そうとしてきやがったクセに……つーか一番隊の隊長は総悟だろうが」
「でも副長、沖田隊長は今行方不明に……」
「どうせアイツの事だ、その内ひょっこり戻ってくんだろ」
今現在、真撰組・一番隊隊長の沖田総悟はここにはいない。
その事に心配そうな様子の隊士に対して土方がぶっきらぼうに答えていると、彼の背後から一人の男がヌッと現れる。
「副長の言う通りだ、例えバラバラになろうと我々真撰組の絆は永久に不滅だ。今は心配するより先に、我々が出来る事をまずしよう」
その男が現れた途端、隊士達は一斉にビシッと彼等の方へと振り向く。
その男はひどく大柄で、なおかつ着ている真撰組の制服はサイズギリギリだったのか、かなりパッツンパッツンになっていて今にも引き裂かれそうなぐらいだった。
「十文字局長ォォォォォ!!」
「俺達の為にわざわざこっち出向いてたんすね!!」
「見てるだけでここまで頼もしいと思える御方は他にはいねぇ! 局長! 俺達も頑張りやす!!」
「いやだから待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
大男の正体は十文字克人。
リーナと同じ異世界組からの来訪者にして、七草真由美と同じ学校の同級生だった男。
高校生とは思えない屈強な体つきと図体、そして威圧感ある顔付きのおかげであっという間に真撰組の新たな局長として任命されてしまった彼に、隊士達は欠片も疑いを持たずにこうして日々彼に絶賛を送り続けている。
当然その事に対しては土方も我慢ならない。
「真撰組の局長は近藤さん唯一人だ! いくら見た目が同じゴリラだからって惑わされんな! そいつはこの娘っ子と同じ別の世界から来た人間だぞ!」
「でも局長、沖田隊長と同じく近藤局長も不在なんですよ、代わりのリーダーがいないと組織的にマズいっすよ」
「だから近藤局長と同じく図体もデカくて懐も大きい、そして何よりこれまた立派なゴリラフェイスをした十文字さんを代理局長として」
「俺等を支えてくれる頭になってもらったんですよ!」
「なってもらったんですよじゃねぇよ! 副長の俺を差し置いてなに自分達で組織のリーダーを仕立て上げてんだ!」
どうやら自分の知らない所で隊士達は、近藤勲という真撰組において最も重要な大黒柱を失ったという影響が生じ
急遽、自分達のリーダーになりそうな人物に代わりに頭を務めてもらおうと決めてしまっていたらしい。
そして選ばれたのがまさかの近藤と微妙に雰囲気が近い十文字克人が選ばれたのだ。
「いきなり任命された時は流石に俺も困惑したが、真撰組の者達には寝床と食事を提供されている恩がある。それに何より同じ死線を潜り抜けた近藤の部下達に頼まれてはむげに断る事も出来まい」
「いや断れよ! 恩とか別にいいから! こっちはただ将軍に頼まれてお前等に一時的な仮住まいを与えてやってるだけだから!」
「まあ近藤の右腕であるお前にとって、異世界出身の俺が頭になるなど認めたくないであろうな、すまんなトシ」
「誰がトシだ! なにちょっと馴れ馴れしい呼び方になってんだよ! なにちょっとフレンドリーに接して来てんだよ!」
腕を組みながら事の経緯を話し出すニュー局長こと十文字に、土方が口にタバコを咥えたまま怒声を浴びせていると、彼の背後にいつの間にか復活したリーナが立ち上がってムキになった様子で
「ちょっと私をほったらかしにしてなにゴリラとくっちゃべってんのよダーリン!!! 嫁よりペットが大事なのあなたは!」
「この状況でお前まで割り込んで来るんじゃねぇ!! つうか逃げた桂一派を追いかけるんじゃなかったのかお前!」
「あ、そうだった、仕方ないわね……」
後ろからギャーギャー叫んでくるリーナに土方がウンザリしながらも振り返ると
彼女は急に落ち着きを取り戻してパンパンと両手を叩く
すると彼女の前にスタッと一人の男が突然上から降りて来た。
真撰組の密偵・山崎退である。リーナにひざまづいた状態で、真顔のまま彼女の方に顔を上げる。
「お呼びですか、姐さん」
「逃げたあのバカ女と部下達を尾行しなさい、アジトを突き止め今晩中にリーダーの桂もろとも粛清するわよ」
「御意、仰せのままに」
「お前はお前でなにやってんだ山崎ィィィィィィィィ!!!」
「あはんッ!」
忠実なしもべだと言わんばかりに馬鹿丁寧な言葉遣いと態度でリーナの命令に一切の迷いなく従おうとする山崎に
遂に土方はキレて拳を一発彼にお見舞いした。
「いつの間にそのガキに懐柔されてんだ! 泣く子も黙る真撰組がいきなりしゃしゃり出て来た小娘の言う事を素直に聞いてんじゃねぇ!」
「いてて……な、何言ってんすか副長! 姐さんはアンタが選んだ御方でしょ! 姐さんの言葉は副長の言葉と同じ! なら俺達も姐さんの言う事を聞くのは当然の事! って前に姐さん本人から聞きました! ぶべぇ!!」
「お前もう密偵止めちまえぇぇぇぇぇぇぇ!!」
彼女の戯言をそのまま鵜呑みにして信じている純粋な山崎に再度拳を振り下ろす土方。
そして
「揃いも揃ってバカみてぇにこんなガキ共に従いやがって……仕方ねぇ、このまま組織が腐り切る前にいっその事……」
もう我慢ならんと腰に帯刀していた鞘から遂に自分の刀を引き抜いた。
「テメェ等全員切腹だコラァァァァァァァァ!! おい山崎! お前がまず切腹しろ!! 介錯してやる!!」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「やべぇ副長がキレた!!」
「十文字局長! 副長を止めて下さい!」
「落ち着け、トシ」
「やだ、子供みたいにすぐに怒っちゃうダーリンも素敵……」
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!! 近藤さん早く戻って来てくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 総悟はどうでもいい!!」
刀を振り上げ怯える山崎に刃を向けようとする土方を、他の隊士達が慌てて止めに入る。
そんな状況でも十文字は至って冷静で、リーナはどこか恍惚した視線を向けて来て
土方はこの状況に耐え切れずに天を仰いで心の底から祈る様に叫ぶのであった。
そしてそんな状況を最初からずっと後ろから呆然と見ているのは
いきなり現れた彼等のおかげですっかり置いてけぼりにされた新八と神楽だ。
「一部メンバーが変わっても、真撰組は相変わらず騒がしいね……」
「当たり前アル、あのドS野郎が消えて代わりにヒステリックな小娘が入って、ゴリラの代わりにもっとでっかいゴリラが入っただけネ、私達から見ればあんまり変わらねーよこの税金泥棒共は」
よその目から見た感想を呟きながら、新八はふとここから見える城の方へと顔を上げた。
「そういえばあの人まだ話し込んでるのかな……随分と経つけど」
新八の視線の先にあるのはお城の天守閣、現征夷大将軍、徳川茂茂がおられる場所だ。
そこにいるであろう人物の事を考えながら、新八はふと心配になる。
「……なんか将軍に無茶な要求とかしてなければいいけど、下手すれば僕等の首も……」
「大丈夫アル、そよちゃんが言ってたネ」
不安になっている新八に神楽はケロッとした様子で相槌を打つ。
「兄上様とNEW兄上様はも立場も世界も関係ない、ただの”お友達”として付き合っていくんだって」
「何やら下の方が随分と騒がしいようですな」
「大方真撰組が内部で揉めているだけだろう、未だにあそこの副長は新体制の真撰組に慣れていないみたいだからな」
天守閣から見下ろすのは、神楽の友人であるそよ姫のお付きである六転舞蔵と
この世界に転がり込んで徐々に江戸での生活に慣れて来た異世界の漂流者、司波達也であった。
「どうやら桂一派と会長を取り逃がしてしまったらしい。連中はアホだが将軍の首を狙う逆賊なのは確かな事、一刻も早く捕まえなければ示しがつかないな」
「しかし達也殿、その会長という方は元々達也殿とは同じ世界の人間と聞いております、ここは達也殿直々に説得すれば彼女も改心する可能性も……」
「即刻捕まえて首を刎ねよう」
「いや首を刎ねるんじゃなくてなんとか説得を……」
「首を刎ねた上で晒し首にしよう、骸は家畜の餌に」
「なんでそんな頑なに首刎ねようとするのですか!? お嫌いなんですか彼女!?」
舞蔵としては相手が若いおなごというのもあるし、一時的なテンションに身を任せて桂一派に加わったのだろうと判断してどうにか穏便に済ませたいと思っていたのだが
達也は断固として彼女の首を飛ばす事以外考えられぬと、腕を組みながらハッキリと答える。
「舞蔵さん、俺達が蓮蓬と戦ってる中で幾度も将軍や俺の首を狙おうとしたのはあの魂をも攘夷志士に売ったあの女だ。改心する可能性など万に一つも存在しない、だから今すぐ殺そう、大筒の用意はまだか?」
「どんだけ殺したいんですか! いやいや待ってくだされ! 城の大筒を使うなど何をお考えなのですか! 将軍様の御前でそのような物騒な言葉を使うのはいけませんぞ!!」
天守閣から城の外を見渡し、真由美が何処へ逃げたかと模索しながら城の大筒を使う許可を取ろうとする達也にツッコミを入れながら、慌てて舞蔵は後ろへと振り返った。
「茂茂様からも何か言ってやって下さい」
「フ、許してやれ舞蔵」
舞蔵の視線の先には、天守閣の部屋で胡坐を掻きながら優雅に茶を飲む一人の姿が
徳川茂茂、言わずと知れたこの江戸の征夷大将軍だった。
「達也、こっちの世界での生活はどうだ、何か不自由があれば友として余が出来るだけの範囲で応えてやってもよいのだぞ」
「不自由なのは確かだが将軍の手を煩わせる必要は無いさ、一つだけあるとするならば大筒の許可を早くくれ」
「許可与えちゃダメですよ茂茂様ぁ! この人本当に撃ちますぞ! 目がマジですぞ!」
「ハハハ、流石にそればっかりは余でもおいそれと許すわけにはいかぬな」
冗談なのかマジなのか、頑なに大筒を使いたがる達也に茂茂は苦笑しながらやんわりと断りながら、別の話題に切り替えた。
「それにしてもあれからもう随分と時が経つ、蓮蓬の星による爆発の影響で集いし同志達は散り散りに吹っ飛ばされ……半壊した船で放浪してやっとこさ辿り着いた先がこの世界の地球……」
「あの時は茂茂様が帰って来られてこの舞蔵も安心しましたわい……随分と派手な戦に参加したようですな」
「初代将軍が起こした関ヶ原に負けず劣らずの大戦であった。あの時の体験は一生忘れる事はないであろうな」
蓮蓬と完全決着をつけた直後、茂茂達が乗っていた巨大ロボカイエーンはSAGIが行った最後の大爆発によってバラバラに崩壊した。
しかし奇跡的にも全壊には至らず、バラバラになった機体は元の宇宙船へと戻りなんとかこっちの世界に流れ着き、地球へと帰還を遂げたのだ。
「達也、そなたを元の世界に送る事が出来なくてすまなかったな」
「なに、戻ろうと思えば方法はいくらでもある、元の世界に一生帰れないって訳じゃないんだから気にするな」
申し訳なさそうに謝ってきた茂茂に、「将軍がすぐ謝るな」とツッコミを入れながら、達也は彼の方に笑みを浮かべて振り返った。
「それにこっちの生活も悪くないといえば悪くない、しがらみから解放されて好き勝手生きていけるというのも、俺としては新鮮味が溢れて楽しい生き方だと思っている」
「それは強がりであろう、そなたの妹はどうなる? 余達は無事だったが他の者達は未だ生死すら掴めないのだぞ、心配ではないのか?」
「確かに心配していないと言えば嘘にはなるが……」
こちらの地球には達也の妹、司波深雪はいない。彼女の安否は当然達也も心配しているであろう。
彼にとって何よりも大事な存在は唯一無二の妹である彼女なのだから。
しかし茂茂の鋭い指摘に対しても達也は微笑みを崩さず、壁に背を預けて腕を組んだ状態で再度口を開いた。
「俺は蓮舫の星が爆発したあの瞬間、ふと頭の中で一人の男の声が聞こえた気がした」
あの時の事を鮮明に思い出しながら、何故か達也の表情が若干曇る。
「絶対に負けられない相手、俺が初めてその背中に追いつき、追い越したいと思ったただ一人の男が、俺に一つ頼みごとをして来たんだ」
妹である深雪を除いて他の者とは一線を引いてきた達也であったが、この戦いを経て彼もまた慌ただしく変化していった。
様々な変人、奇人共と触れ合っていく中で、彼が最も対抗心を燃やし、負けられないという思いが強く芽生えた人物、ライバルとも呼べる存在が彼の中で生まれていた。
「その男はただ一言俺に呟いたんだ、『万事屋を頼む』と」
その言葉を再び思い出すように達也は両目を瞑る。
「あの男が今までずっと護り続けていた命に代えがたい大切なモノを任された、だから俺もその代わりとして奴に一つ頼みごとをして来た、あの男が大切なモノを俺に託すのであれば、俺もそれ相応のモノをアイツに託そうと思い……」
そこで達也は目を開き、話を聞いていた茂茂と舞蔵にただ一言。
「『妹を頼んだ』と答えておいた」
かつて「超能力」と呼ばれていた先天的に備わっていた能力が「魔法」という名前で認知され、強力な魔法師は国の力と見なされるようになった。20年続いた第三次世界大戦が終結してから35年が経つ西暦2095年
地球の存亡を賭けた大いなる戦が終わってしばしの時が流れ
休校していた国立魔法大学付属第一高校もまた授業を再開して早数日が経過していた。
「コラお前等ァァァァァァァ!! もうHRのチャイム鳴ってんぞ! なにタラタラと歩いてやがんだ!」
朝のHR開始前
学校の校門前には高校の制服を着た一人の男が朝っぱらからやかましい声で叫んでいた。
泣く子も黙る真撰組の局長、近藤勲である。
「もう門閉めるんだからさっさと走れ!! 学生の身で遅刻なんざ繰り返してたら社会に適応できねぇぞ!」
「おはようございますゴリラ先輩!」
「おはよう! でもゴリラじゃないから!」
「おはようゴリラ!」
「せめて先輩は付けてくんない!?」
「おはようございます、ゴリラゴリラゴリラ!」
「学名で呼ぶなぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ギリギリのタイミングで押し寄せてくる生徒達に慕われているのか馬鹿にされているのかよくわからない声を掛けかられながら、大方生徒達が各々の教室に向かっていくのを確認しながら、近藤はふぅとため息を突く。
「全く、最近の生徒は魔法学校の中でも屈指の名門の生徒だというのを自覚していない奴等が多すぎる、魔利君もそう思うだろ?」
「いや私はお前がウチの学校の生徒じゃないというのをまず自覚して欲しい」
長年この学校を支え続けてきたかのような体を装う近藤に、背後に立っていた風紀委員長・渡辺摩利がジト目で応えた。
「どういう事だ一体、蓮蓬に寄生された地球を救ってから数日経ったら、今度は私達の母校にゴリラが寄生し始めたぞ……」
「まあアレはアレで意外と生徒達に慕われてるみたいだから良いんじゃないですか?」
頭を抱えてこの現状を理解出来ていない様子の摩利を静かに諭すのは
七草真由美が不在の今、なんとか一人で生徒会を支えている市原鈴音であった。
「十文字さんがいなくなった事でゴリラマイナス1、その代わりに彼がやって来てゴリラプラス1。結果的にはゴリラプラマイゼロでなんの支障もありませんし」
「いやゴリラが増えたとか減ったとかじゃなくてだな……ていうか市原、私個人的にお前にちょっと聞きたいんだが」
いつもの仏頂面で相も変わらずマイペースな彼女に、魔利はふとここ数日の間でずっと疑問に思っていた事を尋ねてみた。
「……どうしてお前、何時の間に”黒髪”になっているんだ?」
ここ数日で思った疑問、地球に戻ってみるといつの間にか鈴音の長い青髪は、ガラリと黒髪へと変化していたのだ。
まさか地球が大変な事が起きていたのに呑気に髪を染めていましたなんて事は流石に彼女でもないと思うのだが……
そして摩利の尋ねに対し鈴音はしばしの間を置いた後に小首をかしげてとぼけた感じで
「……前から私は黒髪でしたが?」
「嘘つけ! 前はもっと濃い青髪だった筈だぞ!」
「気のせいでしょう、細かい事気にしてるとハゲますよ、ていうか既に頭頂部の方から兆しが……」
「え!? って下らん嘘つくなって言ってるだろうが!」
ここ最近何かとストレス溜まる一方なのでもしや髪に影響が?っと鈴音の言葉に一瞬惑わされる摩利だがすぐに嘘だと気付いて怒鳴りつける。
そうしていると今度は近藤の方が彼女達の方へ振り返り
「おい何やってんだ! 風紀と規律を守る俺達は常に目を光らせていないといけないってのに! ガールズトークで盛り上がってないで今はこの時間ギリギリに滑り込んで来る生徒達にビシッと喝を入れてや……!」
自慢げに指定の制服を靡かせてすっかりリーダー気分を味わっている近藤、しかし
後ろにいた摩利と鈴音に気を取られてる隙にブロロロロロと音を飛んで来たと思いきや
「ぐっぼぉ!!!」
「ってゴリラァァァァァァァァァァ!!!」
彼の頭部に思いきりスクーターのタイヤがめり込んでそのまま踏みつけて行ったのだ。
そのまま薙ぎ倒されて仰向けに倒れてしまった近藤に、魔利が慌てて駆け寄る。
「しっかりしろゴリラゴリラゴリラァァァァァァァ!!!」
「大丈夫ですよ、この程度の事でゴリラゴリラゴリラが死ぬタマじゃない筈ですから」
「だから学名で呼ぶの止めて……」
薄れゆく意識の中でもツッコミを怠らない近藤、彼は白目を剥いて静かにガクッと気絶したのを見送った後、魔利はすぐに彼をスクーターで轢いていった人物の方へと顔を向け……
「おい! 思いっきり人身事故起こした上に校内に原付で突っ込むな! 前にも言っただろうがお前達!」
「言っても無駄ですよ、あの二人、彼を轢いた事にさえ全く気にしてない様子で行っちゃいましたから」
彼女の叫びも意味をなさず、スクーターで近藤を轢いた二人組は止める気配無くそのまま学校目掛けて直進して行く。
運転してる方はスーツの上に白衣
その者の腰に後ろから両手でしがみ付いている方はこの学校の制服を着た女子生徒。
「流石ですね彼は、あんなに色々と騒動があったにも関わらず、ガラリと変わったこの世界の中でもたくましく生きてらっしゃる」
「たくましいってか神経が図太いだけだろ……全く、いい加減あの天然パーマはどうにかならんものか……」
「どうにもなりませんよ、だって彼は生まれつきのちゃらんぽらんであり……」
みるみる遠くへ行ってしまう彼を見送りながら
鈴音は隣で呆れている摩利をよそにフッと小さく口元を和らげていた。
「常に自分が思うがままを突き進んで”僕等”を導く、それが侍・坂田銀時さんなんですから」
彼の後ろに座っている少女の長い黒髪が半ヘルの隙間から靡くと同時に
彼の象徴的な存在である銀髪天然パーマもまたそよそよと小さく靡いでいた。
あ、次回で最終回です