ASOA 作：空中儀礼
レムトの外周を何周したころだろう、視点の遥か先からこちらに向かって手を振る女性が見えた。私は壁に沿って走っており、私以外の誰かに向かってというのは考えにくい。自分を指差したり後ろを振り返ったりしていると察してくれたようで、手を大きくブンブン振り回している。そうか、私か。でも何だろう？
緑色のマーカーだからプレイヤーであることは間違いない。私の反応を見て彼女をくるりと背を向けると奥の路地へ入っていくのが見えた。私は少しペースを緩めて彼女の後についていった。「あのー？」
突然目の前が真っ暗になってびっくりして足を止めたのだが、どうも薄手の外套のようなものをかぶせられたらしい。ちょっと何なんだろうかこれは、どうせ投げつけるにしてももっと他にふさわしいものがあるんじゃないか例えばタオルとか。
抗議のつもりで声を上げようとする私を制すように目の前にメッセージが展開した。よく見れば苛立ちを隠さない相手さん――細かい模様？のある鉛色の身軽そうな装備でまとめた、私より短いショートボブの女に急かされるままパーティ申請を了承する。矢継ぎ早のウィスパー申請、こうも急かされて気分がいいはずもなかったが私はこれも許諾した。そして飛んできた一言が「あなた、痴女なの？」だから私はもう何と答えたらいいのものやら――いや、否定しろよそこは。
「ち、痴女ではないとは思うんですが」
なぜ断言しないのか？何かやましいことでもあるのか我がことながら意味が分からないが、女は、ふーんと気のない様子で手元のウィンドウを操りこちらに寄越す。えーと何々。……。血の気が引くとはまさにこういうことを言うのだと実感した。
＊＊＊
要するにこの人は、とある掲示板で私が晒されているのを見るに見かねてこうして忠告してくれてるということなんだろう。ナチュラルに気圧される感じあるけど、いい人なのだきっと。
それにしても油断した。自覚なかったけど初めてのVRゲームで舞い上がってたのかもしれない。アバターが装備品の下に身につけてるものを覗き込んで競技用のウェアに似てると思ったのが運のつきだった。そもそも私下着つけない派だし、痴女じゃなくて。このカラダでどれだけ走れるものなんだろうと思ったときにはすでに駆け出していたように思う。その場で装備を脱ぎ棄てなかっただけでも褒めてやりたいくらいだ。ああ、けれどもアイテムボックスが途中で煩わしくなって目立たない場所に突っ込んでおいたのだ。後で回収しなければ。
「スレの流れはもう完全に変わってるから問題ないと思うけど、ここに書き込んでない人間も含めて何人かには撮られてるでしょうね。
ここの運営はエロに厳しいけどこの程度じゃまず動かないから……実害がないことを祈るしかないわね」
私がついた盛大なため息と共にウィスパーが解除され次いでパーティも解除された。顔を上げるとそこにはいつの間にか暗い色のローブを身に纏った彼女がいて、なぜか雰囲気ががらりと変わって見えた。先ほどまでの強烈な存在感が鳴りを潜めて目の前にいるのにいないかのような希薄な印象。
（これに懲りずゲームを楽しんでくれると嬉しいわ……だって、あなたきっと強くなるもの……）
すれ違いざまそう囁かれたものの同一人物の発してる声と思えず唖然としたがどうにか声を振り絞る。それはバラバラなまま意味をなさなかったけど、受け取った外套をどうしたものか困ってることは通じたようだ。
「私はもう使わないものだし、あなたが使ってあげて。
大丈夫よ、あなたのカルマなら。……じゃあね」
そういうと彼女はまるで滑るような歩みで路地を出ていった。
その場に残された私は、こういうのを狐につままれたような心境といえばいいのかしばし立ち尽くし、すっかりカラダが冷えたせいだろう、クシャミを一つして折角なので外套を羽織った。
＊＊＊
――時を遡ることしばし。
つーか>>1よ、レムトのどのへん？と。書き込み。リロード。いいリアクション。おめーがな、と。書き込み。
さて、網張ってたら別のものが引っかかったわけだが、ここからどうする……ナカザキは……ログインしてるな。よしよし。
あ、ナカザキ君おいっすー。今大丈夫かな？張り込み中？あー東の？はいはい。ちょっとお願いしたいんだけど今からいうところにこっちの指示通りレスしてもらえないかな？いい？悪いね。場所は――。レムトのやつ、そう。リロードリロード。内容は――。うんうん、適当に変えてくれてかまわないから。リロード。ハイ、書き込み。じゃあ次は――。なんでってそりゃ一緒に狩り行ったんだから分かるに決まってんでしょ。ほらほらどうすんの、きみの書き込みのおかげでこの子がこれ以上イヤな目にあわずに済むかもしれないんだよ？リロード。あ、もう書き込んである。正義感だけはムダにあるからなこのムッツリ。いーえー何でも。……あと任せて大丈夫？うん、適当に切り上げてくれたら。えー？しょうがないなー、今度私のコレクション見せてやるから――あ、いいですって何だよ遠慮するなよナルシサス・モスカトス。リロード。何アドバイス送ってんだコイツは。つか女神様あるんかい。……手際いいな。私とテレパスしながら書き込んでこれか。あの件いっそこいつに丸投げしちゃう？いやしかし――って、あれ？通り過ぎちゃった？クッソ――。
＊＊＊
……ちいちゃん？おっすー。例の掲示板軽く漁ったけど思った以上に……うん、一人二人じゃすまない感じだね。ごめん、無茶ぶりだったわー。私も時間見つけてチェックする。いいよ、おかげで面白いものも見れたし。今から戻るから、お茶にしよう？うん、そのときにでも。まあレアケース過ぎてあんまり参考にならないんだけどね。
※スレの顛末
（一応確認だけ……げっ、何よこの伸びは。もしかして判断誤った？スレは放置すべきだったか……。あー天然物の登場か、これは荒れる。そしてナカザキ君面白いなー。なんだよ「爆撮！」って）
※例の件
PKKのカルマ識別請負業が闇で横行しているという噂。グレーゾーンだが一部は明らかに協力者めいた動きをしているとか……