ASOA 作:空中儀礼
そこはレムトから遠く離れた町の酒場――リアルの憂さを晴らすためそして狩りの疲れを癒すため、今宵も集いて杯を重ねる三匹の姿がそこにはあった。
***
かつてフルダイブのVRシステムがゲームで採用され出す少し前、今や新しい廃人ゲーマー像が必要とされているみたいな論調があった。
「ふーん?」
「あったな。海外のフォーラムで盛んに意見交換されてるのを見た」
多分私が見ていたのと同じものだろう。クワンコの中の人は私と違ってネットでガンガンものいうタイプだから、あるいは私の見た中に彼のコメントも混ざっていたのかもしれない。
アニスは寝落ちの都市伝説知ってるくらいだからどっかで見ててもおかしくないはずだが覚えがないらしい。軽く説明しておくか。
「「みなし睡眠」とか、今になってみるとバカみたいに思えるけど」
「は?あんなの最初からおかしかっただろ」
そうかクワンコは否定派だったか。私は議論の発端となった記事が面白くて、どちらかというと肯定したい気持ちでログを眺めていた。
「みなし睡眠」はべつにネットローカルな話題というわけではないのでアニスもよく知っていた。
要はフルダイブのVRシステムを体験中の人間の身体が夢を見ている状態と酷似しているため、これを睡眠とみなすことが可能なのではないかという話だ。今では明確に否定されているが当時は国内外問わず政治経済医療各方面巻き込んでの大論争となった。
「もしかして廃人どもがますますゲームの世界に入り浸って戻ってこれなくなるっていうやつ?そういう話ならよく見たけど」
ああそうだった、新しい廃人像の話だな。
「いやそうじゃなくて戻ってくるんだ。新しい廃人は「みなし睡眠」を利用して24時間ゲームとリアルを行き来し続ける」
「うん?それって何か普通に聞こえるけど?」
廃人だよね?と首を傾げるアニス。かわいい。
一個大事な前提が抜けてるぞとクワンコに突っ込まれる。ああ、これだから昔話は面倒臭い。私は物事を順序立てて説明するのが苦手なのだ。
「でもあんたの言いたいことは分かった。
アニスはASOをどう思う?」
「えっ」
「いきなりだなおい」
話を引き取ってくれたのは助かるが。
「うーん。すごいし面白い?」
「それだけ?」
「えー?ちょっと待ってよ。いま考えるから。
……うん、やばいくらいリアル。クソリアルだけど全然クソじゃないっていう」
ああごめんね。育ちがよくないもんでさ、とアニスは自分の口の悪さを謝ったがそんなことでいちいち目くじら立てるやつはここにはいない。
クワンコはフォローするようにアニスの言葉を繰り返した。「クソだけどクソじゃない」「おいちがうだろ」「そうか?」「ふはっ」
「要するにさ、恐ろしくリアルなのにリアルじゃありえないことがここでは当たり前に起こる。魔法とかモンスターとか。スキルやステータス、職業や種族といったシステム面を含めてもいい」
「まさに夢だよ。フルダイブのVRシステムが実現して、コスト面での問題も障害でなくなりつつあったあの頃俺たちが夢見てたゲームそのものだ、ASOは」
「結構しんどいけどね。他のゲームに比べると」
そうだ、ASOは疲れる。そしてそれこそが肝心要なところでもある。
「あの議論の発端になった記事の投稿者……なんていったっけ?」
私もさっきから思いだそうとしてるんだが思い出せないでいる。
「ま、いいか。とにかくそいつはこう考えた。この先リアルと見間違うばかりのVR技術が確立するとして、例えばそんな中で凶悪な魔物相手に切った張ったをくり返すのはかなり大変なことなのではないか、と。その上フルダイブのVRマシンはその特性上プレイヤーの身体能力がよりいっそう重要視されると予想されていた」
「長時間のログインや効率重視のハイペースな狩りが実質不可能となる代わりに廃人たちが得るのはリアルの時間だ。ゲーム内の疲労はログアウトすれば持ち越されないし、何より「みなし睡眠」がある。もちろん他のゲームで遊ぶといった選択肢もあるわけだがそれではただのゲーマーになり下がってしまう。
……彼らが他のプレイヤーを出し抜くにはどうすればいい?」
「「リアルで鍛える」」
「ま、ASOだと普通に言われてることだな。トッププレイヤーがリアルスキルの権化みたいな人だし」
「でも他のゲームやってるやつにそれいうと、なんだそのクソゲーで終わるっていうね」
「……わたしも言われたことある。
好きなゲームバカにされるとムチャクチャ腹立つよねっ」
***
「それじゃASOに限っていえばその人の言ってたことは当たってたってこと?」
「「みなし睡眠」以外はそうかな。
予想より大分時間かかったけど。あの記事もう何年前だっけ?」
「……俺は、あと十年はムリだと思ってた。人づてにβテストに誘われてASOの仕様を聞かされたときも半信半疑だった。今でもたまに自分は本当は夢でも見てるんじゃないかと思うことがある。ASOはそれくらいすごいよ」
実感とともにぐっとエールを呷るクワンコを、私とアニスはただじっと見ていることしかできなかった。
「さて、俺にとっては夢。
アニスは……クソリアル?
ああ悪い悪い。やばいくらいリアルね。
一人だけ聞かないというのも感じ悪いよな」
さぁ吐いてもらおうか。あんたにとってASOは?ニヤニヤしながらそう迫るクワンコを押し退けながら考える。いや、もう何と答えるかは決まってるんだけど。
「正直これが答えになるか分かんないけど、ASOはウソのつき方が上手いと思う」
「ほう」
「それってわたしの答えの反対?」
「そうでもない。言い方の違いかな。リアル一辺倒じゃないというかうまく誤魔化してるというか」
「むしろ逆に感じるときもあるが……ま、あんたの話を聞こうか」
「おれはASOのゲーム性を評価したい。ASOのゲームバランスは絶妙だ!」
「ぶっ」
「ぐふっ」
あのさ、ちょっと受けすぎじゃない?二人とも。
クワンコは髭を泡まみれにし、アニスは背中を丸くして激しく咳き込んでる。
「くそっ。今の絶対笑わせるつもりでいっただろう」
いや確かに狙って言ったけども。そんなにダメか?ASOのゲームバランスって。一般的な意見はともかくとして、この二人ならある程度認めてくれるんじゃないかと思ったんだが。
笑うというより苦しげであったアニスがテーブルの下から顔を出し、深く深く息を吐いて呼吸を落ち着かせると取り繕ったように真剣な表情で、
「とりあえず、卑怯!」
やめろ人を指差して非難するのは。トラウマなんだよ。「それから!」うん、それから?
「わたしだってASOのゲーム性には一家言ある」
多分クワンコも、とアニスが視線を振った先では両腕を組んだ厳めしい顔のドワーフが、
「まあな」
威厳たっぷりなのはいいが泡ふいてからにしろよ。
ああ、今日も長い夜になりそうだ。私たちは絶対こうやって駄弁ってる時間の方が長い。ログイン時間だけならあの人ともいい勝負できるんじゃないかと思うんだが。レベル差?広がる一方だよ。決まってんだろ。