ASOA   作:空中儀礼

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初日を終えて その2

 βプレイヤーである友人に話を聞いて、何やら想像以上に凄そうだというほとんどその感触だけで私はASOへの参加を決めた。でもその友人と一緒にプレイすることになるとは思ってもみなかった。

 なぜなら私が多少ひねくれたところはあってもただのゲーマーなのに対し、彼はガチのVR廃人にしてMMO強者であったから。

 ま、その時点ではASOが一体どういうゲームで彼がASOに何を求めているのか、わざわざ話を聞きに行ったにもかかわらず私は大して理解できていなかったということだ。

 

 ログイン直後示し合わせて彼と合流した際初めて行使した【識別】の結果に私は軽い眩暈を覚えた。プレイヤー名が「肝硬変」になってるが……。

 そういえばβでは究極の酒飲みキャラを作るための検証がどうとか言ってはいた。確かに言ってはいたが、あのゲーム攻略の鬼が清々しいまでにネタプレイへの道を歩もうとしていることに困惑を禁じ得なかった。

 ……。

 とりあえず名前はまともなものに変えさせよう。

 例えばハイエンドのVRマシンはただのゲーム機と考えれば正直高価にすぎる代物だが、医療目的であれば別だ。そのためにいくらお金を出してもかまわないという人は常に一定数いて、もともとゲームに興味を持たなかった人がVR体験を通じて特にオンゲにハマっていくケースを私はそれほど珍しいと思えない程度に知っている。

 食事制限中のプレイヤーとか――そういう人向けのコンテンツの充実ぶりを伝える記事をニュースサイトで見たことがあるが――絶対ASOにもいると思う。

 極まったVR廃人にいちいち説明するまでもないことなので、あんまりクリティカルな病名はやめとけとだけ告げた。確かオンゲで使い回していたハンドルネームがあったと思うが。被るような名前じゃなかっただろ?

 

「ASOは攻略優先じゃない。

 他のゲームの知り合いに会うと面倒だから。

 ……それ、何度も言ったはずだよね。名前は俺が悪かったから、これで勘弁して」

 

 酒豪キャラだっけ?本気だったんだなというと、彼はやや憮然とした面持ちで答えキャラの再作成へ戻っていった。

 

 クワンコはリアルでは酒の類は一切飲めない。べつに医者に止められているというわけではない。ただの下戸だ。

 

 普通VRで飲酒というと医療行為に準じたもののことを指す。

 依存症克服のプロセスにVRが組み込まれたり、あるいは長期に渡る食事制限を円滑に進めるためのものであったり――いずれもあまり重い症状の患者に対しては逆効果になり得るわけで、その使用には人格面も含めて担当医師の慎重な判断が求められた。

 後者に関しては行政の相談窓口などから割合気軽に医療サーバーへのアクセスコードを発行してもらえるとも聞いたが、何にしても医師と要相談な点は変わらない。

 

 もちろん私たちはそんな過程を経ずにのうのうと飲んだくれてるわけだが。

 

 人はVRのみに生きるにあらず――。

 こんなスローガンの下現実社会がVRに課した枠組みは相応に窮屈なものだったが、抜け道がないわけではなかった。

 医療関係と並ぶVR界のデンジャラスゾーン、それがエンタメ、特にゲームの世界だ(エロ?あれは地下に潜ったから除外する)。

 作品の世界観を醸成する上で必要かつ副次的な法的逸脱は、常識的範疇においてこれを認める――いわゆるVR法の条文に挿入されたこの一文が「抜け道」の根拠とされているわけだが、果たしてASOのクオリティは常識の範囲に収まっているといえるのか?

 私個人の実感でいえばもろにアウト。それでも一応は業界団体の審査を通過してサービス展開されているゲームだ。彼らの審査基準はいつだって私たちゲーマーを戸惑わせるが、幸い彼らが職務を放棄したという話は聞いたことがない。

 

 手元で揺れる琥珀色の水面を見つめながら思う。

 これが必要かつ副次的な法的逸脱ねー。ゲーム本編の進行に全く関係ない部分だろうに、ASOが何を目指しているのか分からない。

 本気で異世界創造でもやる気かよ。

 

 これほどのゲームが月々の微々たる基本料金だけで遊べてしまう。

 吐き気を催すほどの圧倒的コスパだ。初日のプレイヤー数を目にしたときも胃液が込み上げてくるのを感じたが飲み過ぎたかもしれない。

 もし私が運営側の人間であったら正気を保てる状況じゃなかっただろうな。

 まあ、始まってしまったものは仕方ない。とりあえずあまり人目を引かない程度にこのゲームが成功するのを祈るとしよう。


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