英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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86話

 双子は逃げも隠れもしなかった。オーシャンとセドリックの二人は、中庭で得意満面な顔をする犯人二人を見つけた。すでに校内の共有部の床はほとんど沼地になっていて、『臭液』の被害も未だ続いていた。

 

「見つけたわよ、貴方達!」

 オーシャンはセドリックと中庭に降り立って言った。フレッドは大胆不敵な仁王立ち、ジョージは彼の傍らにあるトランクの上に、足を伸ばして座っている。

 

「よう。いかがだったかな、我らの『インスタント沼』は」

「臭液も新校長就任記念に付けてやったぜ」

 

「男前が上がったな」とセドリックを見てニヤニヤ笑う二人に、オーシャンは腕組みして答える。「あら、そう。就任記念は、この間の花火で終わったと思ってたわ」

 

 二人は同時に肩を竦める。オーシャンは、ジョージが下にしているトランクを見た。

「どこに行く気?」

 

 一人、二人と生徒が集まってくる気配。アンブリッジが来るまで、そう時間はかからないだろう。

「まあ、祭りはここまでって事だ。俺たちは新天地を求める」

 

「お前等は早いとこ下がって、あいつらに紛れた方がいい」ジョージが、後ろに出来つつある野次馬を指さす。「お前等もお仲間だと思われちまったら、敵わないからな」

「この華麗なる仕事は、我らウィーズリー以外には渡す気が無いもんでね」

 

「ふざけないで」

 あくまでふざけた調子を貫く――こんなもの、いつもの悪戯の延長線上だとでも言うような双子に、オーシャンは怒りの眼差しをむけた。

 

「大真面目さ」「騎士達も、守られるばかりはもう飽きたのさ」

 代わる代わる答えた双子は、不敵に笑った。その時どやどやと騒がしく、アンブリッジがフィルチや親衛隊のスリザリン生を引き連れて来た。双子がセドリックに目配せする。

 

「ウミ、ごめんね」

 セドリックは短くそう言うと、以前にした様に彼女の体を抱え上げて、肩に担ぎ上げた。体勢を崩して落ちない様に、胴をしっかりと両手で掴む。

 

「きゃ、セド!? やめて! 下ろして!」

 抵抗するオーシャンに足下をふらつかせる事無く、セドリックは彼女を担ぎ上げたまま野次馬の生徒達の中に下がっていった。

 

 下ろされた彼女はすぐに双子の元に戻ろうとしたが、すでにアンブリッジは中庭に入っており、それを取り囲む様な形で親衛隊達が双子を逃がすまいと包囲網を狭めている。

 

 セドリックを振り返り、どういうことかと目を向ける。彼は中庭から目を離さずに言った。「邪魔しないであげて」

 

「さてさて」中庭のアンブリッジが、双子に向けて勝ち誇った声を出した。「学校の床を沼だらけにしてしまったのは、さぞかし楽しかった事でしょうね」

 

 双子は軽い声で答える。「ああ、実に楽しかったね」「今学期、数少ない有意義な時間だったな」

 

 アンブリッジは彼らを捕らえるように親衛隊に号令をかけたが、双子はそれより早く杖を高く掲げた。「アクシオ! 箒よ、来い!」

 

 時を置かずして、絡みついた鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら、二人がアンブリッジに没収されていた箒が到着した。双子はよく似た動作で箒の柄を取ると、襲いかかってきたスリザリン生を躱して空中へと跳び上がる。

 

 箒に跨がりながら親衛隊の手の届かない所まで飛翔したジョージは、その場でこちらを振り向いて大音声を上げた。

「ダイアゴン横町93番地、『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』をどうぞごひいきに! 我々の新店舗です!」

 

 舞台映えする仕草で、フレッドは腕を広げた。「この女をホグワーツから追い出さんとする勇者には、特別価格にてご提供させていただきます!」

 

 双子の声明に、中庭を取り囲むスリザリン生以外の生徒達が拍手喝采する。アンブリッジは憎々しげに舌打ちをし、「何をやってるの!? 捕まえなさい!」とヒステリックな声を上げた。フレッドとジョージがこちらを見る。

 

「セドリック・ディゴリー!」

「我らが姫を任せたぞ!」

 

 そう言う彼らに、セドリックは大きく手を振り上げる。その答えに二人は満足げに頷いて、彼方へと飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 双子の自由への逃亡は伝説になり、今や学校中がその話題で元気を取り戻した。悪戯双子が築いたその歴史に続けと言わんばかりに、生徒達は可能な限りアンブリッジや親衛隊を困らせる悪戯を日々仕掛けている。

 

 クラスの半数が双子の売りさばいていった『ずる休みスナックボックス』で体調不良に似た症状を起こすのを、オーシャンはため息交じりで見ていた。

 

 学校中の良い子達があの悪戯双子になってしまった様で、オーシャンは今すぐにでも学校を飛び出して彼らの構えた新店舗に殴り込みに行き、この惨状の落とし前を付けさせたい、と思う。

 しかしその前に、確認するべき事がある。

 

 

「ハリー、私に言うことは無い?」

 金曜日の談話室。オーシャンは、座ってテーブルに宿題を広げるハリーを見下ろして聞いた。一緒にテーブルを囲んでいた、ロンとハーマイオニーが顔を上げる。

 

「なんの事だい?」ハリーは手を止めず、こちらを身もしなかった。

 オーシャンは手近のソファに、足を組んで腰掛ける。

「あら、そう? 私はハーマイオニーに聞いたのだけれども。『ハリーがブラックに会うために、フレッドとジョージは馬鹿げた陽動作戦でアンブリッジを惹きつけようとした』って」

 

 毛先をいじりながら、高圧的な視線で続ける。「聞き違いかしら?」

 ハリーは、やっと彼女に目を向けた。後ろ暗い所があるような視線。

 

「私あの二人に何回も、貴方達に世話を焼きすぎだって怒られたのよね。人の事言えないと思わない? ねえ?」

「分かったよ! 分かったから、そんな意地悪な言い方しないでくれないか!?」

 

 執拗なまでの責めに、ハリーは羽根ペンを置いてお手上げをする。ロンとハーマイオニーはオーシャンの珍しい物言いに戸惑っていた。ハリーの降参した様子を見て、オーシャンは足を解いて前のめりになった。

 

「どうして、ブラックに会いたかったの?」そして冗談めかして、「まさか、突然ホームシックになった訳でも無いでしょう?」と付け加える。

 

「そうだって言ったら、納得してくれる?」聞くハリーに、「するわけ無いでしょう?」と鋭く答えると、彼は肩を落とした。

「だよね」

「私をご理解して下さっている様で、実に助かるわ」

 

「でも、言いたくない」

 打って変わった口調のハリーにオーシャンが口を開きかけたが、ハーマイオニーの方が早かった。

 

「スネイプが『閉心術』を教えるのを止めた件についてじゃないの?」

 その問いかけに、ハリーは実に分かりやすく乗った。「あ――うん、そう。それだ」

 

 オーシャンは懐疑的に腕を組む。ハリーは早口に言った。

「スネイプが僕に『閉心術』を教えるのを止めたって言ったら、二人共すごい怒ってて――」

 

「待って。『二人』って?」

「ルーピンも一緒だった」

 

「…………ふぅ~~~~ん……」

 ハリーの告げた人名に若干上擦った声で相づちを打つと、ロンがオーシャンを見て、からかい混じりの声を出す。「あっ、ちょっと羨ましいんだ!」

 

「そこの赤毛、黙りなさい」図星を当てられて、杖でぴしゃりとロンを指す。彼は口にチャックをした。

 

 ハーマイオニーが座った目をハリーに向ける。

 

「けど、やっぱり『基礎が出来てるから、指導は必要ない』なんて言われたって言うのは、嘘だったのね。おかしいと思ったのよ。仮にそうだったとしても、スネイプがそんな、あなたを『出来がいい』と認める様な発言するはずないもの」

 

 ハーマイオニーの弁にハリーは、ぐっと息を飲んだ。ぐうの音も出ないという事はまさにこの事。その鮮やかな追い詰め方、見習いたい。

 

「昨日もまた、ブツブツ寝言を言ってたってロンに聞いたわ。まだ例の夢を見てるんでしょう?」

 

 ハーマイオニーに問われてハリーは、クィディッチでロンがクアッフルを獲れる様にしたかった、と苦し紛れの言い訳をした。廊下の夢なんて見ていない。ただのクィディッチの夢だったという、弁護側の主張。

 

 ロンはあっさりとそれを信じて、「でも、モンタギューの奴が明日までに退院しなかったら、僕達にもまだ、優勝杯のチャンスはあるだろ?」と言った。

 

「うん、そうだね」話題が逸れてホッとした様なハリーの声。オーシャンが軌道を修正しようとするより早く、またもハーマイオニーが「じゃあ、オーシャンが行ってあげなきゃ」と言った。

 

「え?」

 彼女の方を見る。ハーマイオニーはにっこり笑って、「応援」と言った。

 

 

 

 

 

 

 翌日土曜日。寮対抗クィディッチ、スリザリン対ハッフルパフ戦。

 セドリック・ディゴリーは事実上の引退試合に気を引き締める。朝食の後、同寮の生徒達の多くが、「頑張れよ」と背中を叩いてくれた。

 

 この日を迎えた事に、彼は少しの感傷に浸る。もしかしたら、一歩道が違えば迎えることが出来なかったかもしれない、引退試合。暗闇の墓場で、彼の命を守ってくれた温かい光(と彼は思っている)。

 

 その光を手渡してくれた女性を思う。みんなを守ろうとする事にひたむきな女性。誰より勇敢で、けど危なっかしくて、初めてこの手で守りたいと思った、ただ一人の女性。

 

 彼女がくれたこの時間。いや、もしかしたら、『あの時』からの全て。まぜこぜになる、感謝と感傷と愛情。

 

 厳かな気持ちを抱いて、彼は他の選手達と共に、選手入場口へ向かう。熱狂するスタジアムに入場しながら、目はグリフィンドールの観客席に、彼女の姿を探していた。

 

 いた。一番前の最前列。いつもの後方席ではなく、クィディッチ好きしか取らないような真ん中の特等席。彼女の周りは、いつものハーマイオニー・グレンジャーとロン・ウィーズリー、ハリー・ポッターと、グリフィンドールチームだった。グレンジャーが気付いて、彼女に話しかけながらこちらを指す。

 

 ピッチの中央に到着し、スリザリンチームと向かい合う。審判のマダム・フーチに従って、キャプテンのマーカス・フリントと握手を交わした。マーカスがこちらの手を潰さんばかりに握ってきたので、負けじと握り返す。彼は不愉快そうに唇を歪めた。

 

 手を投げ捨てるように、乱暴に振りほどかれると、チームメンバーがマーカスの態度に眉を顰めて、大丈夫か、と心配してくれた。手をさすってそれに答えて、グリフィンドールのスタンドに目を向ける。

 

 目が合った彼女の声が聞こえる様だ。

 微笑んで、「見てるわよ」と言ってくれた彼女がいれば、負ける気はしなかった。

 

 






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