英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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64話

 全校生徒と先生達が集まった式典の大広間で、古ぼけた帽子が歌い終わった後、生徒のみんなが呆気にとられて、しんとした。やがて思い出したようにパラパラと拍手が起こるが、大半の生徒はひそひそ話に夢中だった。

 それも当然だ。オーシャンがホグワーツで学んでいる間、帽子が新年の宴で『警告』を発したことなど一つも無い。

 オーシャンは帽子の歌を思い出した。四人の創始者の違い、学校の危機、外敵の存在、そして四つの寮の生徒の団結。

 

 「今年はどうしたんだろう?これまでの歌と違う」

 ロンがハリーに言った。毎年恒例である組み分け帽子による歌はもちろん毎年歌詞が違ったが、今回ほど異彩を放っている歌を彼らは初めて聞いた。ハーマイオニーは不安そうだ。

 「これまでに警告を発した事なんてあった?」

 「もちろん、ありますとも」

 テーブルをすり抜けてぬっと顔を出しながら、グリフィンドールの寮憑きゴースト『ほとんど首無しニック』が答える。ニックが言うには、帽子は必要に応じて、学校に警告を発すると考えているらしい。

 

 マクゴナガル先生の読み上げによって、新入生の組み分けが始まる。新入生が各寮に組み分けされると、それぞれの寮の生徒が拍手によって迎える光景も、例年通り。あまりにいつも通りの新学期に戻ったので、さっきの組み分け帽子の歌は白昼夢(今は夜だが。)じゃないかと思ってしまう。

 しかし、例年と違うところがある。先生達と肩を並べて座っている、アンブリッジとかいう女。ハリーは、この女が尋問の時にいたと言った。魔法省で勤める女史が、何故ホグワーツに?

 

 長々とした新入生のリストを読み上げ終わった先生が、組み分けの終わった帽子が載った椅子を静かに片付ける。その後は例年通りである。ダンブルドア校長が立ち上がって生徒達に短く挨拶し、賑やかな食事が始まった。

 テーブルを彩ったチキンやパイ、ローストポテトに色とりどりのサラダにカボチャジュースに舌鼓を打ちながら生徒達が互いに話し合うのは、やはり先ほどの組み分け帽子の歌の事だ。『ほとんど首無しニック』が「彼は学校に危険が迫っている時に、いつも同じ警告をします」と言った。「団結せよ、外なる敵に気をつけよ、と」

 「帽子が学校の危険をどうして察知できるの?」ハーマイオニーが訊く。ニックが首をぐらぐら揺らして答えた。

 「さあ、私には分かりかねますが、思うに彼がずっと校長室にいるのが関係するのでは」

 

 確かに校長室は、校長先生の御座す所だ。学校に関する色々な事のみならず、アルバス・ダンブルドアその人の元には学校外からの様々な事柄も舞い込んでくる。実際、魔法省大臣のコーネリウス・ファッジは近年までダンブルドア校長に、年に何回も相談の手紙を送ってきたらしい。そこに保管されている組み分け帽子も今年は何か感じるところがあったのかもしれない。

 ニックと後輩達が話に夢中になっている間に(ロンとハーマイオニーの例年通りのいがみ合いもあったが)、食卓の大皿は軒並み空っぽになった。続いてデザートの糖蜜タルトが出て来て、次々に平らげられる。

 生徒みんなが満腹になって幸せそうな顔になると、ダンブルドア校長が再び腰を上げた。

 

 「さて、みんなよく食べた事と思う。今すぐベッドに雪崩れ込みたいと思うが、その前に少々お耳を拝借しようかの」

 そう前置きして校長が話した禁止事項については、生徒達の-特にフレッドとジョージの耳をほとんど右から左に流れていった。下の弟も含めたウィーズリー兄弟の目は、はやくもトロンとしている。次に校長が話したのは-。

 「今学期、新たな先生を二人迎える事になったのを嬉しく思う。グラプリー-プランク先生はの事は知っている諸君も多いじゃろう。『魔法生物飼育学』の担当じゃ」

 その言葉に、ハリー、ロン、ハーマイオニーがハッとした。三人と同じく、今までの『飼育学』を担当していたハグリッドの行方を不思議に思った生徒もちらほらいた様だったが、それでも大半の生徒が拍手した。

 

 「そしてもう一人は『闇の魔術に対する防衛術』を担当する、ドローレス・アンブリッジ先生じゃ」

 校長が紹介したのは、ハリーの尋問に同席した女性だ。見たところの年齢の割には、少女の様な化粧をしている。頬紅も口紅も服までがピンクだった。まつげをパチパチさせてにっこりと笑うのが、彼女自身の濃さを感じさせた。

 ダンブルドア校長が続けようとするのを、かんに障る特徴的な咳払いで遮って、女史は自ら生徒に挨拶するのを申し出た。校長が快く受ける。その様子を、生徒達は面白そうに見た。ジョージがオーシャンに耳打ちする。「ホグワーツのしきたりを知らないって事は、可哀想な事だ」

 

 アンブリッジ女史はほんの小さな子供達に語りかける様な調子でしゃべり出した。頬紅と口紅と服の色が、そのまま反映されているかの様な声だ。

 「ダンブルドア校長先生、丁寧な紹介をありがとうございます。改めまして、わたくしはドローレス・アンブリッジです。魔法省から来ました。皆さんとお友達になるのを楽しみにしています」

 フレッドがこちらを見て呆れたようにニヤリとした。片割れも多分、同じ顔をしている。「『お友達』。本気か?」

 

 ドローレス・アンブリッジの挨拶は、長い、の一言に尽きた。ほとんどの生徒は二分ほどで集中力が切れて、周りの友達とおしゃべりしている。ダンブルドア校長が挨拶している時には絶対に無い光景だ。

 そういうオーシャンも飽きていた。アンブリッジ女史の言葉はなんというか、小難しくて回りくどいのだ。まるで役人と話している様だ。いいや、確かに役人だったか。なんだか色々言っているのだが、要する所が全然理解できない。壇上で懸命に口元を動かしている彼女をぼうっと見てはいたが、その言葉は左から右へ流れていき、不思議なほどに全然頭の中に留まってくれなかった。

 

 気づけば女史の話は終わっていて、ダンブルドア校長とマクゴナガル先生が拍手を贈っていた。オーシャンはハッとして手を叩いた。周りの生徒達のほとんどがオーシャンと同じだった様で、慌てて拍手をしていた。校長が椅子から立ち上がり、アンブリッジ女史を迎える。「実に啓発的な言葉じゃった。ありがとうございました、アンブリッジ先生」

 「ええ、本当に啓発的だったわ」ハーマイオニーが真面目な顔で言った。低い声で仲間達話しかける。

 「君、まさかあの話を面白かったって言うんじゃないだろうな?」ロンがハーマイオニーに言って、フレッドがニヤリとした。「ああ、懐かしの兄貴を思い出すよ」

 

 「啓発的だと言ったのよ」のんきな男達の顔に彼女はうんざりする。「おかげで色んな事が分かったわ」

 「「ほんと?」」ハリーとオーシャンの声が重なった。ハリーは何の中身も無い無駄話だと言ったし、オーシャンの頭の中には彼女の言葉の切れ端も残っていない。オーシャンとぼけた顔を見て、ハーマイオニーは更にうんざりした顔をする。「…あなただけは、ちゃんと話を聞いていると思ったわ…」

 オーシャンは申し訳なさそうに弁解する。

 「ごめんなさい。小難しい用語をまくし立てる、役人独特の話し方は、どうも苦手で」

 

 ハーマイオニーはオーシャンの言い訳を聞いて嘆息し、「魔法省がホグワーツに干渉する、という事よ」と言った。

 「どういう事?」

 オーシャンが訝しげに聞いた時、校長が宴会のお開きを言い渡した。周りの生徒達が席を立って、ガタガタとにわかに騒がしくなる。ハーマイオニーがハッとした。

 「ロン、一年生の引率をしなきゃ!」

 ロンは一瞬、今年自分に与えられていた役目を忘れていた様だ。「-あ、そうだ。おい、お前達、そこのガキども!」

 ロンが一年生に口汚く声をかけたので、ハーマイオニーが非難する。引率される一年生の中や大広間から出ようとする他の生徒の中に、ハリーを無遠慮にじろじろ見ている者がいる事に、オーシャンは気がついた。

 

 「-もう、行きましょうか」

 ハリーに言って、オーシャンは席を立った。ハリーも立ち上がり、フレッドとジョージも加わって四人でグリフィンドール塔へ向かう。双子はその高い背で一年生越しに弟の働きぶりを面白そうに見た。「見ろよジョージ。泣けてくるね」「ああ、あの小さいロニー坊やが今じゃ、坊主達の偉大な先輩だ」

 「大丈夫、ハリー?」

 オーシャンは大広間を出て、無言で先を歩く後輩を見遣る。ハリーはぶっきらぼうに答えた。「ああ、じろじろ見られるのには慣れてる」

 

 今まで何度も良くも悪くも学校で問題ばかりを起こしてきたハリー・ポッターが、先学期の三校対抗試合で両親を殺した宿敵・ヴォルデモート卿が復活した、と主張した。この夏には『未成年の魔法使用に関する制限事項』を破り非魔法族の前で魔法を使い、魔法省の法廷尋問に出廷した。-世間のみんなに伝わっているこのような情報だけでは、みんながこのような目でハリーを遠巻きに見るのも、当然だと思えた。

 「変ね、今回はディゴリ-だって生き残っているのに、みんなそっちのことはまるで気にしてないみたい」

 オーシャンがそうつぶやいた所で、双子が彼女へ注がれている視線に気づいた。

 

 「おっと、噂をすれば-、だ」確かに、階段の所でうろうろしているセドリック・ディゴリーを見つけた。彼の方も人混みからオーシャンを見つけて、にっこりした。

 フレッドが隣で、砂でも吐きそうな仕草をした。オーシャンが鋭く言う。「やめて。糖蜜タルトが出るわよ」

 「やあ」

 照れくさそうに声をかけてくるセドリックにいつもの笑顔で答え、オーシャンはハリー達に「先に行ってて」と声をかけた。ところが双子達は、番犬のごとくその場に留まっている。そんな彼らに構わず、オーシャンはセドリックに問いかけた。

 

 「夏休みはどうだったの?」

 「すごくよかったよ。あ、-ポッターは、大変だっただろうけど」

 さっさとハリーが行ってしまった方を見て、セドリックが言った。双子はセドリックがそんなことを言い出すと思っていなかったようで、少しびっくりしている。

 「日刊予言者新聞を?」

 オーシャンが聞くと、セドリックは顔をしかめて答えた。

 「ああ、家族みんなで読んでる。ひどいこき下ろし方だ。ポッターは嘘つきで気が触れた暴力主義者だとか、ダンブルドアは虚妄にとりつかれているとか」

 

 「嘘つきって-貴方もいるじゃない」例の夜の事だ。「貴方の所に、取材は来なかったの?」

 「全然。『予言者』の記事で触れられもしないよ。『あの夜』から僕は存在を抹消されている」

 セドリックが肩を竦める。「僕も本当に『あの夜』にいたのかって、時々自問するよ」

 「何故そんなことするのかしら。貴方の存在を無視したりするなんて」

 「さあ。ぼくには分からないけど、十数年前に生き残った男の子が今回も一人だけ生き残るって筋書きの方が、なんかこう-ドラマティックだ」

 セドリックに言われて、オーシャンは頷いた。いかにも、去年ホグワーツを嗅ぎ回っていた蝿女の好みそうな記事だ。尤も、その蝿女は今や可愛い後輩の手の中だが。

 

 しかし真実を報道する新聞がそんなことを始めてしまっては、もはやその辺の三流週刊誌と同じだ。結局は自分の目で見た物しか信じられない世の中になってしまったらしい。セドリックも同じ事を考えている様で、少なくともその一点に関しては二人の意見は一致した。

 そこでどちらからともなくおやすみを言い合い、その場を後にする。オーシャンが階段を上がり出すと、従順とも言える様子で双子も後を追いかけた。二人そろって階段下をちらり返り見る。セドリックはオーシャンの後ろ姿が見えなくなるまでその場に留まっていた。

 

 「あいつ、大丈夫かよ」

 「何が?」

 セドリックの姿もすっかり見えなくなった所で、フレッドがオーシャンに言った。何も気にしていない様子のオーシャンに、ジョージが肩を竦める。

 「みんな宴会の後は真っ直ぐ寮に帰ってるっていうのに、お前に一声かける為だけにあんな所で待ってるんだぜ?気が知れないね」

 「私に声をかける為だけにいたとしても、それはそれで健気な事じゃないの」

 「お前は知らなかったかもしれないが、あいつ、お前の姿が見えなくなるまで動かないんだぜ?ストーカーの気質があるよ」

 「それを言うなら―」

 オーシャンが立ち止まり、二人を振り返って言い返す。もう『太った婦人』の肖像画前に到着していた。

 「貴方達は何なのよ。先に行ってって言ったのに、私の背後に留まっちゃって。まるで私を守る騎士か、忠犬ハチ公だわ。―『ミンビュラス・ミンブルトニア』」

 

 婦人に合い言葉を言って談話室に入っていくオーシャン。「―私は子犬を二匹も飼った覚えはないわ」

 双子も肩を怒らせてそれに続く。「誰が犬だ、誰が!」「まったく、うんざりしちまうぜ。騎士がせっかく守ろうとしても、我が姫は自由奔放でいらっしゃる」

 オーシャンは暖炉の肘掛け椅子に、脚を組んで腰掛け、双子を見上げた。まるで高慢な姫の様に。

 「貴方達がもし、ハチ公ではなく騎士だとしたら―」

 高慢かつ、妖艶に。

 「―貴方達が仕えているのは姫ではなく、くノ一。守っているつもりでも、陰では逆に守られているかもしれないわ」

 

 暖炉で爆ぜる火が作り出す陰影が、オーシャンの微笑をより一層妖しく魅せる。彼女を見下ろしていた双子が、ゴクリと唾を飲んで、魅惑の呪文にでもかかった様に同時に膝をついた。

 オーシャンはその二人の頭を順番にひと撫でする。彼らを撫でた手で、自分の唇を軽く触った。うぶな男達ほどからかいたくなる、意地の汚いくノ一。

 「さて、そのくノ一に守られてる『姫』は、誰だと思う?」

 

 「……何、あれ」

 談話室で繰り広げられている光景に、他の生徒がざわめいていた。ハリーやハーマイオニーはそれを冷めた目で見ているが、近くにいた新入生の女子達は頬を紅潮させて黄色い声を上げている。「あの人絶対、千年生きた魔女よ!お話で読んだの!」

 柱にもたれて笑い転げている、双子の悪友のリーにロンが訊いた。

 「…あのさ、あれ、何の儀式?」

 リーは涙を拭って答えた。「さあ。でも、見ろよ。あいつらのあの顔」

 確かに双子のあの恍惚にも似た表情には、弟でさえ笑いを禁じ得ない。彼らの隣で、コリン・クリ―ビーがカメラのシャッターを切った。

 




2019年一発目の投稿の投稿になります。今年はもっと執筆頑張ろう!
みなさま、本年も「英語ができない魔法使い」オーシャン・ウェーンをどうぞよろしくお願いいたします!

UA 164851件、お気に入り1792件、感想101件、評価2818ptありがとうございます!

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