英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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63話

 「はぁ…」

 ホグワーツ特急のコンパートメントで窓ガラスに頬を擦り付けて、オーシャンはため息を吐いた。「しょうがないよ」ハリーが何度も慰めの言葉を口にするが、彼女の顔色は依然曇ったままだ。

 昨日の夜、ルーピン先生の死体に化けたまね妖怪ボガートにぶち切れたせいで、ブラックの屋敷の客間の床を衝撃魔法で落としてしまった。その後言葉の能力が戻ってくるのを待って、ウィーズリーおばさんやルーピン先生に手伝ってもらいながら客間と厨房を元通りに直して、落ちてきたがれきで負傷したキングズリーやロンの怪我も治した。ロンの切り傷の方は、傷があった場所に少々毛が生えてしまったが。

 

 自分の家をめちゃくちゃにされた主は呆れるやら笑うやらで、今朝は目が合う度にお気に入りのジョークの様に言った。「グリフィンドールの床は落とすなよ?」

 犬の姿で見送りに来たブラック家の主とも離れ、今はホグワーツ特急に揺られて城へ到着するのを待つばかりである。フレッドとジョージは悪友のリーと『仕事』の話をしに行き、ロンとハーマイオニーは監督生の車両に向かった。オーシャンはハリーとジニーと、そこで行き会ったネビルと一緒にコンパートメントに腰を落ち着けた。この個室には先客がいて、ジニーと同学年だというレイブンクローのルーナ・ラブグッドが雑誌を読んでいた。

 

 「いつまでため息ばっかり吐いてるつもり?」ジニーがハーマイオニーに似た口調で言い、ネビルはペットのヒキガエルを握りしめて、ハリーとオーシャンに聞いた。「何かあったの?」

 「-そう、ちょっとした事故よ」

 うんざりした口調でオーシャンが返す。その時突然、今まで黙って雑誌を読んでいたルーナが顔を上げ、ハリーをじっくりと見た。

 「あんた知ってる。ハリー・ポッターだ」

 「うん」

 ハリーは今までの人生で何万回自分の名前を肯定したか分からない。それでもちょっと唐突すぎて、困惑していた。するとルーナは、オーシャンに目を移す。

 

 「あんたも知ってる」

 「え?」

 他の寮の下級生に顔を覚えられる様な事をしたつもりは無い。

 「三校対抗試合の時に、ハッフルパフのセドリック・ディゴリ-に抱きかかえられてた。ムーディ先生の腕を吹き飛ばしたし、一昨年はシリウス・ブラックを捕まえに出て先生達に怒られてた」

 「-ああ、もう、それ以上言わないで!」

 「大丈夫、これ以上知らない。あと一昨年の『闇の魔術に対する防衛術』のリーマス・ルーピン先生との噂しか知らない」

 「……」

 一番知って欲しくなかった事をさらりと言われて、オーシャンは絶句した。こう悪事を並べ立てられると確かに、覚えないでという方が無理な気もする。ハリー・ポッターとまでは行かなくとも、ウィーズリーの双子の様なものだ。

 

 「と、ところで、みんなこの夏はどうだったの?」

 ジニーが話題を変える。ネビルが楽しそうに答えた。「ああ、誕生日に何をもらったと思う?」

 「『思い出し玉』?」ハリーがからかうように答えた。ホグワーツに入学した年にネビルが貰った誕生日プレゼントで、持ち主の忘れているものを思い出させてくれる優れものだが、当時のネビルは思い出し玉を持っている事さえ忘れてしまうので、あまり役には立たなかった。トランクの肥やしになっていないといいが。

 「違うよ、これ見て」そうネビルが瞳を輝かせて見せてくれたのは、サボテンに似た植物の鉢植えだった。

 

 「これ、なあに?」

 「ミンビュラス・ミンブルトニア。すごく貴重な植物なんだよ。早くスプラウト先生に見せたいなあ」

 見てて、と言ってネビルは植物を目の高さに掲げ、羽ペンの先でそのおできを突いた。

 途端に全てのおできから勢いよく、気持ちの悪い色の液体が飛び出して来て、みんなの服や顔にかかった。ハリーは植物から出てきた『臭液』が口いっぱいに入ってしまったので、窓を開けて吐き出した。コンパートメントの中がくさい臭いで満たされる。

 

 その時コンパートメントの扉が開いた。匂いでゲホゲホとむせ込んでいるオーシャンの目に映ったのは、いつもの友達に囲まれているレイブンクローのチョウ・チャンと、その彼女の友達に何やら好奇の目で見られている、ハッフルパフのセドリック・ディゴリーだ。  

 「あン…こんにちは、ハリー」

 チョウ・チャンは『臭液』にまみれたハリーに声をかけながら、すぐそばにいるセドリックをも気にしている様だった。いつもの彼女にしては少し落ち着きがない。

 「あら、ディゴリーにチャンなんて意外な取り合わせね。こんにちは」

 頬についた『臭液』をとりつつオーシャンが声をかけると、セドリックの声は久しぶりに出てきた様に裏返っていた。

 

 「や…やあ!ん、ゴホ…久しぶりだね」

 頬を染める彼の様子に一瞬チョウ・チャンが複雑な表情を見せ、すぐ後ろにいる彼女の友達は怒りにも似た顔でオーシャンを睨んだ。

 「…悪い時に来ちゃったかしら?」チョウがハリーに聞いた。みんな服を『臭液』でべっとりと汚し、ハリーは口の中に張り付いた臭いに嘔吐いていたからだ。

 「あ、いや-」否定しようとしたハリーがまた嘔吐いた。代わりにオーシャンが答える。「ごめんなさい。今私たちひどい臭いだから、後にした方がいいかも。貴方もどうせ見るなら、素敵なハリーの方がいいでしょう?」

 どちらにも悪い気を持たせない様に返答したつもりだったのだが、何故かチョウは一瞬傷ついた表情を見せた。そのまま答えず、ふい、とそっぽを向いて行ってしまう。チョウの友達がその後を追い、セドリックはオーシャンの仰せのままにした。「-あ、じゃあ、僕も友達の所に戻るよ。また後で…」

 

 扉が閉まり、ハリーが肩を落とす。せっかくチョウが会いに来てくれたというのに、『臭液』にまみれていたら格好の一つもつけられない。「大丈夫よ」ジニーが慰めだか励ましだか分からない事を言って杖を取り出し、スコージファイ、と呪文を唱えてみんなの『臭液』をとってあげた。

 とれからしばらく、ロンとハーマイオニーも戻ってこなかったしコンパートメントを訪ねてくる客も来なかった。みんなで車内販売のカートから買ったお菓子を食べたり、爆発スナップゲームで遊んだりした。ロン達が戻ってきたのはみんながゲームにも飽きてきた頃だ。

 

 「ふう…くたくただ」

 そう言ってげんなりとした顔でコンパートメントに入ってきたロンは、ネビルの隣に転がっている蛙チョコレートの箱をめざとく見つけて拾い上げ、腰をかけながら開封してあっという間に口の中に放り込んだ。

 「なあ、各寮に監督生は二人づついるんだけど、スリザリンは誰だと思う?」

 「マルフォイ」ロンの問いにハリーが蛙チョコレートのカードをぼんやり見ながら即答した。

 「当たり」ロンが憎たらしげな顔で答え合わせした。ハリーも浮かない顔でいる。ハーマイオニーが付け足した。「しかも女子の監督生は、パンジー・パーキンソンよ」ジニーの隣に腰掛ける。「トロールよりも頭が悪いのに、よくも監督生なんてなれたもんだわ」

 

 ロンとハーマイオニーが、見慣れぬ顔がいることにはたと気づいた。ルーナも彼らを見る。「あんた知ってる。クリスマスのダンスパーティに、パドマ・パチルと行った」

 藪から棒にルーナが言ったので、ロンは驚いている。ハリーに目配せすると、ハリーは肩を竦めて応えた。ルーナが続ける。「パドマはあんまり楽しくなかったって言ってた。あんたがあんまり構ってくれなかったってさ」

 「あらあら」

 くすくすとオーシャンが笑う。ロンは顔を赤くして呟いた。「放っとけよ…」

 

 ジニーが彼らの間に入って、互いを紹介する。ロンは一気に機嫌を悪くしてしまった様であまりルーナの方を見ようとしなかったが、妹は気にしなかった。

 話題を変えるために、ハーマイオニーがルーナの読んでいる雑誌に目を留める。「何を読んでるの?」

 「『ザ・クィブラー』だよ」ルーナは自分の顔を隠すように雑誌を持ち上げて、表紙を見せた。何故かルーナが逆さまに読んでいるせいで、表紙を飾っている人も逆さまになって困惑している。

 

 「面白いの?」ネビルが訊くとハーマイオニーが答えた。「あら、『ザ・クィブラー』ってクズ雑誌よ」

 するとルーナが雑誌を膝の上に伏せて、ハーマイオニーを見据える。

 「あら、うちのパパが編集してるんだけど」

 「…アー……」

 自分の失言を取り戻そうとしたハーマイオニーだったが、ルーナは一つ息を吐いて誌面に戻ってしまった。ひっくり返して、今度は正常に持ち帰る。表紙の人間が気を取り直してまた格好つけ始め、表紙にいくつか踊っている見出しも読めるようになった。

 「ん?ルーナ、ちょっとそれ、見せてくれる?」

 表紙の見出しを見るやいなやハリーは顔色を変えた。ルーナが素直に貸してくれる。どうしたの?とオーシャンが訊くと、ハリーは表紙の中でも小さい見出しを指さした。

 

 「あー…ブラック?黒ってこと?それがどうしたの?」

 その見出しの中でも、オーシャンの目に一目で分かる単語はそれしかない。オーシャンが首をひねっているとハリーは少しイライラして答えた。

 「色の事じゃない。人名だよ」

 ハリーはそれだけ言うとロンと一緒に紙面を追うのに夢中になった。訳が分からないオーシャンに、ハーマイオニーが耳打ちする。「あなたの愛犬の事よ」

 オーシャンが手をぽんと打つ。なんだ、それならそうと言ってくれればいいのに…いや、ルーナがいる前でそう口にできる名前でもないか。

 

 「それで、何が書いてあるの?」

 「あとで教えてあげるよ」問うたオーシャンにハリーがそう返答するのを見て、ルーナはさも当たり前の事を口にした。

 「何で?自分で読んでみたらいいじゃない。パパの雑誌は面白いんだよ」

 その一言にオーシャンはぐうの音も出ない。みんなが笑った。

 「英語を読むのは苦手なのよ」

 「何で?喋ってるのに、そんなの変」これまた正論で返された。

 

 「…厳密には、私は英語を話してもいないし、聞こえてもいないのよ。これは私特有の魔法効果。耳に入ってきた英語は日本語で聞こえるし、私が話す日本語が英語に聞こえるようになってるの」

 「フゥン。でも、授業でノートをとったりしてるでしょう?もう何年もホグワーツにいるのに、なんで読めないの?」

 無邪気な顔で訊いてくるルーナに、オーシャンの反論が尽きた。ルーナは正論しか言っていない。そんなオーシャンを哀れに思ったのか、ハーマイオニーが助け船を出す。

 「ルーナ、これ以上はやめてあげて。何年も授業に出ていても進歩しないほどに、彼女の英語力は壊滅的なのよ」

 もうフォローでさえない。

 「フゥン、わかった。だけど…あんたって変わってるね」

 ルーナが引き下がり、ロンは口に拳を突っ込んで笑い声を押さえている。オーシャンは窓ガラスに額を押しつけ、逃避した。「…今日の夕食のメニューはなにかしら……」

 

 

 

 

 ホグワーツ特急が徐々にスピードを落とし、止まった。列車から降りると外はもう日が落ちていて、夜空にホグワーツ城のシルエットが浮かび上がっているのが見えた。

 「あれ、一年生の引率がハグリッドじゃない。誰だろう」

 そういえば、あの「イッチ年生はこっち!」という元気な声が、今年は聞こえない。毎年一年生を列車のホームから城の中まで引率するのは、ハグリッドの仕事だ。

 「一年生はこちらへ!」と、女性教師がきびきびした声で新入生をまとめている。

 「ハグリッドに何かあったのかな?」

 心配そうな顔をするハリーに、オーシャンは言った。

 「大丈夫よ。確か先学期の暮れの話では、校長はハグリッドとマダム・マクシームに秘密の任務を与えるって聞いたわ。きっと、その件で不在にしてるんじゃないかしら」

 「いつ頃帰ってくるんだろう?それに、授業は?」

 「そればっかりは任務の内容を知らない私の口からはなんとも言えないわね…。後でこっそりとマクゴナガル先生に訊くしかないかしら」

 そんな話をしながらオーシャン達は人の流れに沿って歩いた。例年通り、馬車がそこで待機している。

 

 この馬車を牽いているのがセストラルという生き物だと知ったのは、六年生の時の『魔法生物飼育学』だった。五年生の新学期の時は馬なしだったのに、六年生の新学期では何だか気味の悪い生物がいるなあ、くらいに思っていたら、どうやらこの生物は死に触れた者にしか見えないそうなのである。

 どうして急に見える様になったのかと首をひねっていて、はたと気づいた。私は五年生の暮れに一回死んでいるのだ。そりゃあ三途の川の手前まで行けば見えるようになるのも道理である。

 馬車はガタゴト揺れながら、セストラルが進む。城はすぐ目の前である。







なんだかんだで2018年最後の更新になります。
更新が止まりがちで読んで頂いてる読者様をやきもきさせてしまった事だと思います。
みなさま今年もオーシャンを愛していただいて、ありがとうございました。
よいお年をお迎えください

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