英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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62話

 夜はすばらしいごちそうがテーブルに並んだ。厨房にはロンとハーマイオニーへの「監督生おめでとう」の文字が書かれた横断幕がかけられ、椅子はすべて無くなり、立食パーティの形式がとられた。不死鳥の騎士団の面々がこのパーティのためにかけつけて、ロンとハーマイオニーにお祝いの言葉を述べた。ロンはお祝いに買ってもらったばかりの自分の箒の自慢に余念が無い。

 

 立って物を食べるというのは、どうにも落ち着かない。立ち食いそば屋でさえ行ったことの無いオーシャンである。壁に寄りかかって食べようにも、それもあまりに行儀が悪い様に思えて、結果ジュースを飲み干すばかりであった。

 「シリウスは監督生になった事はあるの?」

 ジニーが聞いたのを、ブラックが笑い飛ばす。「私もジェームズも、そのような機会には一切恵まれなかった。そういった役割は、全部リーマスの担当だったからね」

 ルーピン先生も笑っていた。「先生方は、私がこの親友達のストッパーになることを期待していたんだろうけどね。残念ながら、そんなもので止まる様な男達じゃない」

 そんな会話に自分の口角が上がりたがっている事を感じて、オーシャンは顔を見られない様にそっぽを向いた。

 

 しかしこう、周りをみていると、何故英国人はこんなにも立食パーティが似合うのかと思う。ほら、ルーピン先生なんていつもの倍はかっこよく-…いやいや、待て自分。そういう事じゃ無い。オーシャンが首を横に振って邪念を追い払っていると、ふとルーピン先生と目が合った。好いた殿方のふとした表情に逆らえないのが乙女である。耳まで真っ赤に染まったオーシャンは、ウィーズリーおばさん達の方へ逃げた。

 

 ウィーズリーおばさんは長男と話し込んでいた。どうやら、ビルの髪の毛が長すぎるというのだ。「あなたハンサムなんだから、絶対短い髪の方が似合うわよ」

 髪を短く切ってもらいたい母に対して、息子は自分のポニーテールを守る様にした。「これでいいんだよ、ママ」

 「ええ?でもねぇ…。ねえ、オーシャンも短く切った方がいいと思わない?」

 言われて、ビルをまじまじと見る。顔は確かに一般的にかっこいいと言われる部類なのだろう(ルーピン先生の方がかっこいいが)。服装も髪型も、今時の女子が好みそうな感じではある(私は先生の方が好みだが)。だからさっきから、()の中身がうるさい。

 

 「そのままでとっても素敵よ」

 いつもの微笑みを添えて返したオーシャンだったが、それでもおばさんはあまり納得していない様子だ。ビルが口笛を吹いた。

 「何?」

 「いや、君っててっきりそういう言葉は言えない子かと思ってたんだ…。そんな感じでルーピンにも言ってあげたらいいのに」

 「なっ…!」

 ビルの視線が、完全にからかっていた。ウィーズリーの兄弟達は、残念ながらこういう血筋らしい。

 「余計なお世話よ!」

 顔を赤くしてオーシャンは精一杯それだけを言い返す。ふいとそっぽを向くと、ハリーと目が合った。近づくと、すぐそばでフレッドとジョージとマンダンガスの三人が怪しい取引をしている。

 

 「このお馬鹿さん達は何をしているの?」

 ハリーに尋ねる。彼は苦々しく笑った。「アー、有毒食虫蔓がなんとか?」

 「よう、オーシャン。『ずる休みスナックボックス』買うか?」「まだできてないんだけどな。購入予約ってやつだ」

 双子が言い、すぐにマンダンガスとの値引き交渉に戻る。弟の祝いの席でさえビジネスの話とは、日本の企業戦士に負けずとも劣らない熱意である。まあ、夢の実現まであと一歩という所なのだ。祝いの席でもおとなしくできないのは、ある意味仕方ないのかもしれない。それが分かっていても、オーシャンは呆れてため息を吐いた。

 「どうやら本物のお馬鹿さんね…つける薬も無いわ」

 「ムーディに見られているかもしれないから、早くした方がいいんじゃない?」

 「おっと」「そいつはいけねぇ」

 いつまでも平行線をたどっている密談に、ハリーの一言が終止符を打った。ムーディ先生の『魔法の目』は、あらゆるものを見透かしている。彼の義眼の前にはこそこそできるはずもないのである。

 マンダンガスは違法に手に入れた品をフレッドの手に押しつけて、代わりにジョージから双子の言い値である十ガリオンを受け取る。双子はハリーに礼を言って、その場からそそくさと消えた。

 

 ハリーとオーシャンは二人残された。ハリーが所在なさげに声をかける。「あー…それで、-元気?」

 「ええ、ふふ…どちらかというと、貴方の方が元気じゃない様に見えるけど」

 「そう?」

 その時、ムーディ先生からハリーに声がかかったのでハリーはそちらに言ってしまった。一人取り残されたオーシャンはと言うと、もう二階に上がって休もうと考えた。めでたい雰囲気を台無しにしないよう、気配を消して忍び足で厨房を出る。

 

 静かに階段を上がっていると、どこかからすすり泣きが聞こえてきた。耳を澄ませて声の聞こえる方向へ歩を進める。客間の扉が開いていて覗くと、しゃがみ込んで肩をふるわせて泣いているウィーズリーおばさんの背中が見えた。

 「おばさま…?」

 どうしたの、と続けようとして、気づく。おばさんが杖を向ける先には青ざめたロンの死体があった。

 一瞬訳が分からなくなったオーシャンだが、ロンがこんな所で死んでいるという違和感に気づく。ロンは厨房で新しい箒の自慢話をしながら、ごちそうをむさぼっている。

 ともすると、あれはまね妖怪ボガートか。そういえば、おばさんは客間のどこだかにボガートがいるようだと言っていた。

 

 それにしてもおばさんがこのような状態では、ボガートを相手するのは無理だ。愛しの息子の死に姿を見せられて、すでに戦意を失っている。代わりに相手をしようとしたオーシャンが、杖を抜いて客間に入った。

 途端に血だらけのロンの目がぎょろりと動いて、オーシャンの姿を認める。こちらの『恐怖』に化けるつもりか。と思ったその時。

 

 足下に、ルーピン先生の無残な姿が転がっていた。

 

 記憶が途切れる。

 気づくとオーシャンは、がれきに沈んだ厨房のテーブルに横たわっていた。傍らに涙の痕をそのままにしたウィーズリーおばさんが座り込んで、形容できない目でこちらを見ている。ドアの外から、肖像画達の叫び声が聞こえた。厨房でテーブルを囲っていた面々ががれきの中から現れた。オーシャンはきょとんとして、上を見る。天井にぽっかり大きな穴が開いていて、客間の中が見えた。

 足下にはぺしゃんこに潰れたルーピン先生の死体があって、それを見つけた本物の先生が杖を向け、「リディクラス」と唱えた。途端に小さな満月に変わったボガートは霧散した。

 

 つまり客間の床が抜けて、オーシャンとおばさんとボガートは厨房に落ちてしまったという事らしかった。あの一瞬で?屋敷の老朽化のせいか?

 みんな衣服が汚れてボロボロの姿になっている。がれきのせいで、キングズリーは頭から血を流していた。オーシャンが目をぱちくりさせていると、屋敷の主が呆れ顔で目の前に立った。口に出されたのは流ちょうな英語で、彼女は何も聞き取れなかった。


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