英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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51話

 「水中人なんか、本気を出せばやっつけられるんだ」

 「あら、どうやってやっつけてやるのかしら。いびきでもひっかけてやるつもり?」

 談話室で下級生に得意気に話すロンに、通りすがりのハーマイオニーが言った。

 今までハリーの陰に隠れて脚光を浴びることが無かったロンだったが、第二の課題で人質になった事で一気にみんなの関心を集める事となった。

 今では話に尾ひれもついて、(全て自分でつけているものだったが)さらわれる事に抵抗し大立ち回りしたが、水中人に卑怯な手を使われて無理やり眠らされてしまった-という事になっていた。

 

 気持ちよく話していた所をハーマイオニーに水を差されたロンは、その後は尾ひれを仕舞いこむ事となった。この所彼女はイライラしている。それと言うのも、ビクトール・クラムの大切な人だという事が学校中に知れ渡り、ホグワーツの生徒にからかわれまくり、ダームストラングの生徒からは後ろ指で噂話をされまくっているからだった。

 

 「ダームストラングの生徒達はともかく、ここの生徒の噂好きは今に始まった事では無いわ。いちいち気にするだけ無駄よ」

 昼食の席でジュースを飲んで、オーシャンが言った。彼女もセドリックの大切な人だという事-しかも、湖から出て来た時にお姫様抱っこをされていたのが、いい話のタネにされていた。

 何となくレイブンクローの女子生徒-特にチョウ・チャンの周りにいる女の子達から、時折それとなく嫌がらせを受ける事もしばしばあった。嫌がらせと言っても、実害はほとんどない可愛いもののため、好きにやらせているが。

 

 「私はあなたの様にできた人間じゃないの!全く嫌になっちゃう!」

 ハーマイオニーはプリプリ怒りながらパンを頬張った。その姿がとても可愛いくて、オーシャンは柔らかく笑った。

 「私は別に、できた人間じゃないけれどね。人の噂も七十五日よ。放っておきなさい-でも、もしも嫌がらせなんか受けた時には教えてね。相手の耳に自然薯を生やしてあげる」

 「うげっ…何なの、その呪い。ネギより痛そう…」

 

 

 

 三月に入り、ハリーの元にブラックからの手紙が届いた。

 「どういう事?シリウスはホグズミードまで戻ってきてるの?」

 朝食時に届いた手紙を早速、ハリー、ロンと一緒に読みながら、ハーマイオニーが言った。ハリーは声を荒げる。「そんなバカな!捕まったらどうする気だ?」

 「何が書いてあるの?」オーシャンの質問に、ロンが答えた。

 「土曜日の午後二時に、ホグズミードを出た所の、柵の所で待ってるって。食料を出来るだけ持ってきて欲しいって書いてある」

 

 「まあ、大丈夫だろ」まるでブラックが帰ってくることが迷惑だとでも言う様に眉を顰めたハリーに、ロンが軽く言った。「あそこはもう、ディメンターがうじゃうじゃしてるわけじゃないし」

 「そうね。あの犬もそこまで馬鹿じゃないだろうし、きちんと安全策をとっているのではないかしら」

 オーシャンも笑って同意する。ハリーの顔はそれでも晴れなかった。その時、オーシャンの元にも、小包をぶら下げた一羽のふくろうが舞い降りた。

 

 

 

 

 「では、そろそろ行きましょうか」

 翌日の正午に、オーシャンはハリー達と一緒にホグズミードに出発した。ハリーはシリウスが注文した食料を、昼食の席からたんまりくすね、オーシャンはその懐に、昨日届いた父からの返信と、同梱されていた母からの差し入れを忍ばせて来た。

 一緒に行こうとアンジェリーナから誘われていたが、ごめんなさい、と断った。彼女には言えないが、ハリーがブラックに会いたい様に、オーシャンも今日ばかりはとてもブラックに会いたいのだった。ただ、その種類は違うかもしれないが。

 

 ホグズミードでの用事は、ハリーの買い物に付き合って靴下を見る事だけだった。なんでも、厨房で働いている屋敷しもべ妖精のドビーが第二の課題の朝に鰓昆布を入手してくれたので、ハリーは課題をクリアする事が出来た。そのお礼に、今日は一年分の靴下を買って帰る予定らしい。

 

 一時半を過ぎたので四人が村のはずれに向かうと、そこには懐かしい姿があった。

 「久しぶり、シリウスおじさん」

 新聞を咥えた真っ黒な毛むくじゃらの犬に、ハリーが言う。ブラックは尻尾を嬉しそうに振って、向きを変えて歩き出した。ついてこい、という事らしい。

 左右に揺れる尻尾を見ながら三十分は歩いただろうか、やがて岩石で覆われた山の麓に出た。曲がりくねった道をブラックについて歩き、その姿が狭い岩の裂け目に消えた。ハリーを先頭にしてその裂け目に体を滑り込ませると、ブラックは変身を解いて本来の姿に戻った。中は薄暗い洞窟で、奥ではヒッポグリフのバックビークが待っていた。四人は礼儀正しくお辞儀をしてくちばしを撫でた。

 

 「肉!」

 逃亡した夜と同じローブを着たブラックが口に咥えていた新聞を口から離し、血走った眼で言った。彼がハリーの鞄を奪いに来る前に、オーシャンはハリーの肩から鞄を外して、さっとブラックに放り投げた。キャッチしたブラックはおもむろに鞄を開けて、中からチキンとパンを取り出して一心に貪り始めた。その勢い、野獣の如し。

 

 「まるで獣ね」オーシャンが見下す様に言うと、ブラックは肉で口を一杯にさせながら「そう言うな」と言った。

 「ほとんどネズミばかり食べて生きていたんだ。あまりホグズミードで食料を盗んで、注意をひくのは良くない」

 「その気になれば、山菜や魚なんかも採れるでしょうに。カエルなんかも意外に美味しいと聞くし、イナゴは佃煮にしたらもはやごちそうよ?」

 「おいおい、日本人の味覚と一緒にするなよ」

 

 ハハハ、と大げさに肩を竦めたブラックに、オーシャンはにっこりとして言い放った。

 「そう。折角、母が作ったイナゴの佃煮を持ってきてあげたのだけれど、必要なさそうね」

 「何!?美空の手作りだと!?」

 昨日、父からの返信と共に届いた小包を懐から出して見せるオーシャンに、ブラックは駆け寄り跪いた。

 「お手」

 足元に跪いた大の男に、オーシャンは優雅とも言える素振りで言った。彼女が差し出した右手に、ブラックは躊躇せずにそれを重ねた。

 いい子ね、と頭を撫でられる名付け親を、ハリーは複雑な面持ちで見ていた。

 

 「シリウスおじさん…。こんな所にいて大丈夫なの?」

 ハリーが聞くと、ブラックは恐らく初めての佃煮の味に慄きながら言った。

 「私の事は心配するな。これでも、愛すべき野良犬のふりはだいぶ上手くなった」

 佃煮をパンに挟んで食べながら、ブラックは先ほど口に咥えていた、汚らしく変色した『日刊予言者新聞』を顎で示した。ロンが拾いに行って、両手に広げる。

 「私は現場にいたいのだ。どうやら、事態はますますきな臭くなっている様だからな」

 

 その後、後輩三人と愛すべき野良犬が今回の事態の情報を整理している間、オーシャンはバックビークが繋がれている近くにあった、僅かに光が差し込んでくる箇所の岩に腰掛けて作業を始めた。

 懐から取り出したのは、父から送ってもらった魔法力が込められている藁と丈夫な糸だ。本職の父が魔法力を込めた藁だから、効果は抜群だと思われた。一応、耳だけはブラックの話を聞いている。

 藁を束にして糸でくくり、それを何か所か繰り返す事で、人形にする。仕上げにまじないをかければ、作業は完了だった。あとは-。

 

 「…それでも、ダンブルドアがスネイプを信用しているのは事実だ。しかし、もしもスネイプがヴォルデモートのために-っ痛い!」

 「あら、ばれちゃった」

 オーシャンは話に熱くなっているブラックの背後へ回り、その伸び放題になった髪の毛からめぼしい物を一本拝借した。こちらを振り向いて自分の頭をさすっているブラックの様子など気にもせずに、活きのいい髪の毛を藁人形の胴体にねじ込む。

 

 「何だ?何のつもりなんだ、君は?」

 言って目を白黒させているブラックの胸に、完成した藁人形を押し付けた。「実験よ。これをポケットに入れて、そこに立っていなさい」

 踵を返してブラックから少し距離を置き、「危ないから、貴方達も離れなさい」と言って、ハリー達にも後ろに下がらせた。ブラックを全員が遠巻きにしている状態で、オーシャンは殺意をもって杖を抜き、呪文を唱えた。

 

 「燃えよ!竜の息吹!」

 「ええ!?おい、ちょっと待-」

 続くブラックの言葉は音にならなかった。オーシャンの呪文で、一瞬の内に彼の体が燃え上がったのだ。「おじさあああん!?」ハリーが絶叫した。

 もしも一分待って期待していた現象が見られなければ、すぐに火は消す予定だった。しかし、それはハリーによって遮られる。

 「エクスペリアームス!」

 ハリーの呪文でオーシャンの杖が後方に飛んだ。「どういうつもりで、こんな事するんだ!?」

 

 ハリーがオーシャンに駆け寄って、彼女の首根っこに掴みかかる。その時、ロンが言った。「おい、待てよ。ハリー!シリウスは大丈夫だ!」

 ハリーが振り返る。ブラックにまとわりついていた火炎が燻って消えて行った。彼のローブは少し焦げたが、呪文をかけられる前と変わらない姿でそこにいた。オーシャンが詰めていた息を吐いた。

 「実験、成功ね」

 「実験?」 

 オーシャンはブラックに近づき、彼の状態を観察しながら、「さっき渡したものは、どうなったかしら?」と聞いた。

 自分に何が起こったか、理解が追いついていないブラックが無言でポケットをひっくり返すと、ポケットの中の藁人形が煤となってパラパラと出てきた。

 

 「全く。こういう事をやる時には、せめて事前に説明して欲しいね」

 呆れ顔で言ったブラックに、オーシャンは満足気だ。「仮にも学生の、ほとんど思い付きの実験よ?貴方に嫌がられると思ったの」

 「確かに」ブラックは呆れ顔だったが、笑っていた。

 「オーシャン、どういうことか、説明してくれる?」名付け親と上級生が和やかに話しているのを不満顔で見て、ハリーが言った。

 

 


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