翌日の朝食の席では、フレッドとジョージがリー・ジョーダンを交えてひそひそと話し合っていた。どの様にすれば、首尾よく三校対抗魔法試合に潜り込めるかを相談しているのだ。
そんな面倒くさい思案をするくらいなら、腹を決めて諦めてしまえばいいじゃないか、とオーシャンは思う。他の理由で試合に名乗りを上げる事が出来ないのならいざ知らず、年齢制限だけはどうしようもない。恨むなら、遅く生まれた自分を恨む事だ。
「『老け薬』か…。なかなかいいアイデアだ」
舌なめずりして言ったジョージに、サラダを頬張っていたオーシャンが言った。
「不正をしたところで、試合に出場できるメリットより、もし選ばれて命が危険に晒されるデメリットの方が大きいわよ。やめた方がいいわ」
「さっすが。物事を悪い方向に考えるのが、日本人のいいところだよ」何回目かの忠告に、フレッドがうんざりしながら言った。
「いいよな、年齢制限に引っかからない奴は。十月に誕生日なんだろ?アンジェリーナが言ってた」
「あら、私、エントリーするなんていつ言ったかしら」
言ってジュースを啜ったオーシャンを、双子とリーは目を丸くして見た。
「エントリーしないのか!?」と、言ったのはフレッド。
「したところで、代表選手に選ばれるとは限らないわ」
「お前なら選ばれるさ!英語はできないけど、度胸だけは人一倍だ!」と、ジョージ。
「じゃあ、課題に英会話が出て来たらおしまいだわ」返したオーシャンは愉快そうに笑う。
「出るか?課題に、英会話が?」オーシャンの返事にリーが笑った。
「でも、せっかくのチャンスなのに!」信じられない、という風に言ったジョージに、オーシャンはさも当然の様に返答した。「エントリーして、私に何のメリットがあるのかしら?」
「「優勝したら、一千ガリオンだ!」」声を揃えて言う双子。オーシャンは笑った。「日本では使えないわ」
「換金したらいいだけだろ」頬杖をついてリーが言う。
「そんな手間をかけてまで、お金なんて欲しくないわ」オーシャンが言った言葉に、双子の目が妬ましそうに細まった。生涯でその様な台詞は言った事も、考えた事も無い。
「…お前って実はお嬢様だったのか?」
フレッドが言った言葉を、オーシャンは笑い飛ばした。
「あら、私、日本なんて万年不況の国に生まれたのよ、そんな事あると思うの?」
午後の授業は『闇の魔術に対する防衛術』だった。新しい先生の出で立ちが出で立ちだったので、生徒達の間には様々な憶測や噂話が飛び交っていたが、今日の授業はそのなにものも吹き飛ばすものだった。
教室に現れるなり、マッド-アイ・ムーディは開口一番に言った。「わしの授業で、そんなものは使わん。仕舞ってしまえ」
ムーディ先生が、前の席に座っていた生徒の教科書を杖で指したので、みんな指示通りに教科書を仕舞った。
「このクラスは、去年の授業で闇の怪物たちとの戦い方を満遍なく学んだ。防衛術の実習も少しやっている」
ムーディ先生が言うのを聞いて、みんなの脳裏に去年の授業の様子が思い出された。ルーピン先生は、最初は頼りなく見えたが、今までのこの授業では最高の先生だった。
「しかし、その前は全くダメ。何も進んでおらん」
先生がきっぱりと言い切って、数人の生徒が堪えきれずに吹き出した。オーシャンの脳裏に、自慢の白い歯を過剰に強調した胡散臭い笑みが蘇る。
「お前たちは六年生-魔法社会に出るその時は目と鼻の先だ。N.E.W.Tなんていうテストは何の役にも立たない。今まさに呪文をかけられようとしている時に、自分の身を守ってくれるのは自分だけだ」
先生の義眼がぐるぐると回り、教室にいるみんなを眺めまわした。魔法の目だ。
何が始まるのか、みんな怖々としている。先生は机の引き出しを開けて、ガラスの瓶を取り出した。中では真っ黒な大きい蜘蛛が三匹、ガサゴソと動き回っている。双子が目配りして、囁き合った。「ロンが見たら、発狂するな」
その時、魔法の目がピタリとフレッドとジョージを見て、先生の本当の目も間を置かずにして双子を見た。「ただの蜘蛛がそんなにおかしいか」
双子は声をかけられて、背筋を僅かに正した。「さて…一般に『許されざる呪文』と呼ばれている、魔法法律によって定められている、最も厳しく罰せられる呪文を知っている者は?」
教室中のほとんど全員が、恐る恐るながら手を上げた。フレッドやジョージすらも手を上げているのを見て、オーシャンは少し驚いた。彼女が驚いた顔で二人を見るので、ジョージが声を潜めて言った。
「お前も経験あるだろ、分からないのか?」
「え?」
フレッドが当たり、ボソリと答えた。「えーっと…『服従の呪文』」
「ああ、その通りだ」先生は瓶から蜘蛛を一匹取り出して手の上に乗せると、そこに杖を向けて呪文を唱えた。
「インペリオ!服従せよ!」
「ああ、それね…」その呪文になら、覚えがある。一昨々年にクィレル(ヴォルデモート付き)にかけられたが、全く命令の内容が理解できなくてかからなかった奴だ。
蜘蛛が先生に操られて、糸でぶら下がってブランコの様に遊んだり、タップダンスを踊る姿を見て、みんな笑って囃し立てた。
「面白いと思うのか?これが蜘蛛では無く、お前たちであったならどうだ?」
先生の一言で、笑いが止んだ。
「完全な支配だ。破るには、強い意志の力が必要となる。誰にでも出来うる事ではない。だから、出来ない無駄な足掻きをしてみるより、呪文にかからない様に注意する事だ。油断大敵!」
この呪文を受けた時を思い出して、オーシャンは身震いした。賢者の石をクィレルから守ろうとしたハリー達を追いかけて、隠された学校の地下室に単身で乗り込んだ時だった。あの時、クィレルの体に寄生していたヴォルデモートの命令によって、クィレルはオーシャンの手でハリーを殺そうとしたのだ。
幸い、英語が喋れなかったおかげで呪文にかかる事は無かったが、もしもあの時服従させられていたら、どうなっていたか、考えるだけで恐ろしい。
「他に禁じられた呪文を知っている者は?」先生の呼びかけに、アリシア・スピネットがおずおずと答えた。「は…『磔の呪文』」
「ふむ…」先生は次の呪文を見せる為に、『肥らせ呪文』で蜘蛛を大きくした。蜘蛛が嫌いだというロンなら、真っ青で逃げ出す大きさだ。
先生は肥大化した蜘蛛に杖を突きつけて唱えた。「クルーシオ!苦しめ!」
途端に蜘蛛はひっくり返り、わなわなと痙攣し始めた。蜘蛛に声があったなら、きっと絶叫している事だろう。何人かの女子が悲鳴を上げた。
先生は、呪文を十分に生徒に見せつけたところで蜘蛛から杖を放した。蜘蛛は息も絶え絶えな様子だったが、まだ生きていた。先生は蜘蛛を魔法で元の大きさに戻して、ガラス瓶に戻した。
最後の呪文は、死の呪文『アバダ・ケダブラ』。
ムーディ先生が瓶から取り出した新しい蜘蛛が、先生の杖から発せられた緑色の光に照らされて、いかにもあっけなく、ころりと死んだ。みんなが息を飲んだ。
「よくない」先生が動かなくなった蜘蛛を片付けながら言った。「最後にして最悪の呪文。しかも、これに対抗できる呪文は無い。この世界のどこにもだ。そうだな、ウエノ」
突然呼ばれて、オーシャンははっとした。「-はっ!?はあ…」
何故かムーディ先生の両眼が、確かめる様にオーシャンを見ていた。突然のオーシャンへの質問に、双子や仲間たちもびっくりして彼女を見た。何故、先生は突然そんな質問を?
先生は数秒の間、オーシャンの中の何かを見透かそうとしているかの様に彼女を見つめていたが、やがて踵を返して授業に戻って行った。
「何だったのかしら?」『許されざる呪文』についての複雑なノートを取りながら、オーシャンはジョージの隣で声を潜めた。先生は何故、あんな質問をしたのか。まるで、死の呪文に対抗する呪文が無いという事を、オーシャンに確認している様な口ぶりだった。 「そりゃ、日本にも対抗呪文は存在しないだろ、って事じゃないか」ジョージが事も無げに言った。
「でも、そんな事わざわざ何で聞いたの…?往年の闇払いだったら、知っていそうなものだけれど」
「知るかよ、俺に聞くなって」ジョージはうっとうしそうに眉を顰めた。丁度、新しい説明の為に、最初に黒板に書かれた文字が見えないクリーナーを使って消えていくところだった。
それから数日間、特に何事も無く過ぎた。夏の休暇中に猛勉強したおかげで、急激に『魔法薬学』の成績が良くなったオーシャンが、スネイプ先生を驚かせただけだった。
「今年はやけにやる気があるな、ウエノ。何を企んでいるのか、気味が悪い」
自分の授業で生徒がやる気を出す事は喜ばしい事であるはずなのに、スネイプ先生は口を歪めてそう言ったのだった。別に先生に褒めてもらう気でもないオーシャンだからいいが、もしもこれを言われたのがネビルであったのなら、きっと委縮してしまって成績が逆戻りしてしまうに違いないだろう。
木曜日にオーシャンが談話室に戻ると、ハリーとロンの二人がテーブルに宿題を広げているのが目についた。
何故それが目についたかというと、二人には珍しい事に、とても楽しそうに宿題に取り組んでいたのである。
「二人とも、楽しそうね。何の宿題?」
背後から声をかけると、二人は一瞬ハッとして振り向いた。しかし相手がオーシャンだとわかるとすぐに胸を撫で下ろした。
「なんだ、オーシャンか」
「ハーマイオニーだと思った?」オーシャンがからかう様に言うと、二人は少しばつの悪そうな顔をした。
「あの子に怒られそうな事でもやっているの?」聞きながら二人の宿題を覗き込むが、一見した所、ちゃんと宿題をこなしている様に見えた。テーブルの上に散らかっている計算だのなんだのを殴り書きしている羊皮紙が、その証拠だ。
『占い学』の宿題で、この先一か月の自分の運勢を占う宿題が出たという二人に、オーシャンは同情した。「私も『占い学』はさっぱりなのよ…。東洋占術だけでも小難しいのに、西洋占術の星とかお茶の葉だとかは、さっぱり分からないわ」
「でも、妹が占い師なんだって、前に言ってたよね?」ハリーが意外そうに口を開くと、オーシャンは鋭い口調で返した。「妹と私は別よ」
その後一時間、後輩達が自分たちの向こう一か月の悲惨な人生を羊皮紙にでっち上げている間、オーシャンも机の隅を借りて『魔法薬学』の勉強を始めた。「君も宿題かい?」ハリーが聞くと、オーシャンはいいえ、と端的に返した。二人は、二人の嫌いな『魔法薬学』の自習なんて、正気の沙汰じゃないと思ったに違いない。
「宿題じゃないなら、なんで…」ハリーは言いかけて、言葉を飲んだ。オーシャンはその時、『人狼』についてのページを開いていたのである。英語で書かれた教科書の、行間にびっしりと日本語の訳を書いて、読み返す時に不自由が無い様にしておいたページだ。ロンが呟いた。「君、まだルーピンの事を?」
オーシャンは教科書に目を落としながら、それに答えた。「野暮な事は言いっこなしよ。…私、『完全に狼を脱する薬』が作りたいの…まだ言ってなかったかしら?」
教科書を読みながら、はらりと落ちてきた髪の毛を耳にかける仕草をするオーシャンの姿は、二人が思わずドキリとするほど、大人びて見えた。もしかするとそれは、彼女が口にした『目的』のためかもしれない。二人は突然に、でっち上げの運勢を懸命に作っている自分達の存在が、小さく感じたのだった。
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迫りくる三校対抗試合。双子に迫る白い悲劇!(ヒゲ)