英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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29話

 差出人不明の荷物の中身に呪いがかけられているかもしれないと考えるのは、ごく全うな事だ。ハーマイオニーがハリーを思ってやった事は、至極当然と言える。

 それなのに何故、新品のファイアボルトがマクゴナガル先生の手によって預かられた事を、ハリーとロンは怒っているのだろう。しかも、通報者のハーマイオニーにその矛先を向けるのは、お門違いというものである。

 

 「ハーマイオニーは貴方の事を思ってやっているのよ。本来は、貴方自身がマクゴナガル先生に通報すべきだったわ」

 「だって、無事に帰ってくるとは限らないじゃないか!」

 「本当に呪いがかけられていたとしたら、無事には帰ってこないでしょうね。でも、貴方の命は無事に済むわ」

 「でも…」

 「…ちょっと本音で話していいかしら?」

 「え?」

 「男がつまらない事でぐちゃぐちゃ言って女の子を悲しませるんじゃないわよ。ご自分の命が箒より重いと何故気づかないの」

 「酷い!」

 

 クリスマス休暇が明け、ホグワーツの日常が戻った、グリフィンドールの談話室。日本人留学生オーシャン・ウェーンは、可愛い後輩、ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーの二人を目の前に正座させて説教していた。普段は温和なオーシャンが、これまた普段は猫かわいがりしている後輩を怒鳴りつけている姿を、同寮の生徒達は珍しがって遠巻きに見ている。

 

 「本音で話すって言ったじゃない。っていうか、貴方達の方がハーマイオニーに酷い事をしているのよ?今すぐ土下座で地べたに頭こすりつけて謝らなければ、箒が無事に帰ってきても私が塵も残さず粉々にしてやるから、覚悟していなさい!」

 オーシャンが声も高く言ったので、ロンは「冗談だろ?」とでも言いたげに笑った。

 「えっ、ちょっと、怖い事言わないでよ、オーシャン。今世紀最高の箒だぜ?」

 「その最高の箒が一本壊れた所で、私は痛くも痒くもないわ。私には箒の一本より、ハーマイオニーの方が大事だもの」

 

 事の始まりは、クリスマスの昼食後。ハーマイオニーは、ハリーとロンに相談無しにハリーの元に送り主不明のクリスマスプレゼントが届いた事を、マクゴナガル先生に報せたのである。ファイアボルトはマクゴナガル先生に事実上没収され、呪いがかけられていないか徹底的に分解して調べられる事となった。

 その出来事以来、ハリーとロンはマクゴナガル先生に通報したハーマイオニーを、ほとんど無視していた。最初はいつも通り成り行きを見守っていたのだが、あまりにも度が過ぎるのを見かねたオーシャンは、後輩二人をきつく叱っていた所だった。

 

 「おい、オーシャン、気は確かか!?ファイアボルトだぞ!?それを失う事が、我がグリフィンドールにおいてどれだけの損失になるか-」「なら、ウッド」割って入ってきたオリバー・ウッドの顔を見て、オーシャンは遮った。

 「貴方が試運転してみればいいわ。万が一箒にかかっていた呪いが原因で貴方が死んでも、ハリーは試合でスニッチをとる事ができるから問題ないわね?」

 ウッドは言葉に詰まっていた。

 

 「-とにかく、」オーシャンはハリーに向き直って言った。「貴方にあまり手荒な事はしたくないわ、ハリー。でも私にとって、大切なのは貴方だけじゃないという事をよく覚えておいて」

 寝室にオーシャンが去ると、フレッドとジョージが弟とハリーの肩に、ポン、と手を置いた。

 「これ以上あいつを怒らせたくなきゃ、さっさと謝った方が身のためだ」

 「ありゃ、箒の一本や二本どころか、トロールも一撃で倒せるな」「しかも、パンチで」ジョージの言葉に、リーが付け加えた。

 

 

 

 一月が過ぎ、二月になった。ハリーは夜に度々談話室から姿を消す事が多くなった。吸魂鬼対策として、ルーピン先生から守護霊呪文を教わる個人授業をつけてもらっているのだという。

 

ハリーとロンはまだ納得していない様だったが、ハーマイオニーに「とりあえず」という感じで謝罪したという。その話をハーマイオニー自身の口から聞き、オーシャンは一安心していた。

 「全く、男の子って本当に仕様がないんだから」

 そう言いながらもどことなく嬉しそうに宿題のレポートを書いている彼女に、オーシャンは相槌を打った。

 「そうね。男の子って、本当にどうしようもなく、どうしようもない時があるのよ」

 

 ルーピン先生はまた病気の様で、いつにも増して疲れ切っている様に見えた。授業で見せるあの穏やかな笑顔に少しの影がよぎっているのに気づいて、オーシャンは何とも言えない気持ちになり、胸がきゅうと締め付けられる心地になった。

 

 「ああ、ウミ。ちょっと待って」

 授業が終わり、みんなが続々と教室を後にする中で、オーシャンはルーピン先生に呼び止められた。友人達を振り返ると、アンジェリーナ、アリシア、ケイティは「頑張って」とオーシャンに向かって目くばせし、双子は明らかに嫌そうな顔をした。その場から動きそうにない二人を女子三人が無理やり引っ張っていき、リーは双子の鞄を持って退散した。

 

 「…何でしょう、先生」

 自分の気持ちを封じ込め、興味のない風を装うとどうしても声も表情もどこか冷たいものになってしまう自分の不器用さを、オーシャンは呪った。本当は少し嬉しい癖に。いやいや、これでいいのだ。私は恋なんてしないのだから。矛盾した二つの感情が交ざりあって、気持ちが悪い。

 ルーピン先生はそんなオーシャンに、花籠を取り出して見せた。いつぞやに、先生の部屋のドアノブにかけておいた、あの花籠だ。魔法で作り出した花は、まだ咲いたばかりの様に生き生きしている。

 

 「この花籠をかけてくれたのは、ウミだろう?校長先生が、この花は日本の花だと教えて下さってね」

 ルーピン先生はそう言いながら、籠の向かって右側から垂れ下がっている紫色の花を、そっと丁寧な手つきで持ち上げた。まるで、自分がそのように大切に扱われているかの様な錯覚に陥ってしまって、オーシャンは顔が赤くなるのを感じた。ルーピン先生は続ける。

 「この籠全体としてもとても綺麗なんだけど、とりわけこの花が気に入ったんだ。私は花の名前にはあんまり詳しくなくてね。教えてくれないかな」

 

 畜生、校長め。ますます顔を赤くしながら、オーシャンは心の中で毒づいた。だからクリスマスの時、あんなに面白がって色々言ってきたのか。

 「…藤。それは、藤の花です。先生」

 何だ、今の声は!?自分の口から出てきたのが、想像だにしない甘くて酸っぱい恋する乙女の声だったので、オーシャンはびっくりして口を覆った。その挙動にルーピン先生も目を丸くしている。オーシャンは両手で口を覆ったまま、逃げる様に教室をあとにした。

 

 

 

 その日の薬草学のクラスで、一枚の紙きれを見つけた。何かの単語の羅列が書かれているその紙切れを双子に見せると、書かれている言葉は全て、グリフィンドール塔に入る合言葉の様だった。そんなものを一体誰が温室に落としたんだろうと首を傾げていると、ピンと閃いた。これは、使える。

 

 その日の夜、修復中の『太った婦人』の代わりに置かれている絵画、『カドガン卿』の前で、困り果てているネビル・ロングボトムを見つけて、オーシャンは声をかけた。

 

 「どうしたの?」

 カドガン卿が喚いた。「内なる部屋に押し入ろうとしている、不埒者だ!」

 ネビルは泣きそうな顔で、オーシャンに訴えた。「今週使われる合言葉を書いた紙を、どこかに無くしちゃったんだ!」

 「もしかして、これかしら?」オーシャンが紙切れを懐から取り出すと、ネビルは天の助けが現れたかのように顔を明るくした。全く、表情がコロコロと変わる事。

 

 オーシャンが合言葉を言って扉が開くと、彼女はネビルを伴って談話室に入った。そして肘掛け椅子に彼を座らせると、相談を持ち掛けた。

 「ロングボトム、悪いけどこれ、私にくれない?」

 合言葉が書かれている紙切れを手に言うオーシャンに、ネビルはびっくりしていた。

 「けど、君には必要ないじゃないか!みんなと同じで、ちゃんと合言葉を覚えられるもの」

 「もちろん、タダでとは言わないわ。紙切れだと落としやすいでしょうし、同じものを腕に直接書いてあげる」

 

 腕に直接書いた所で風呂に入れば綺麗さっぱり消えてしまうのだが、ネビルはそれに思い当たらなかった。オーシャンの申し出を快諾したネビルの腕に、彼女は数週間分の合言葉を書き込むのだった。

 


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