柘榴は花恋 -近頃、私、愛したい-   作:純鶏

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3話 告白

 霞ヶ丘町には、古くから建てられた図書館が存在する。近くには公園もあるからか、お年寄りや小さい子どもがわりとやってくる図書館であり、憩いの場としてもよく使われる場所であった。

 ただ、普通の図書館とは少し違った雰囲気で、どちらかと言うと本を読むという点ではあまり好ましくないところではある。特に郷土歴史遺産の物が多く展示され、さらに関係者以外は入れもしない中庭まであるという造りであった。そのうえ、置かれてある本の数が石川県内の図書館の中でも少なく、分かりづらい場所に建てられたものだから、図書館としての評価はあまり芳しくない。

 

「これ、なんでこうなるんだ?」

「答え見て分かんないの?」

「だから、聞いてんじゃねぇか」

 

 図書館の2階。机が多く置いてある学習室にて、相田と宇垣の2人は教科書と問題集とノートを広げて勉強していた。

 時刻は18時ごろ。学校の中ではあまり集中できず、つい会話が増えたり、クラスメートや他の生徒で集中が削がれることも多く、相田と宇垣の2人は静かな図書館の中で勉強することにしていた。

 

「これ、このまえの授業でやっていたじゃないか。授業、聞いてなかった?」

「聞いていたさ。しっかりとな。でも、聞いたからって、分かっているわけじゃないからな」

「それもそうだね、政の耳が竹輪であることを忘れていたよ」

「なるほど。中が空洞(くうどう)だから聞いたことを右から左へ受け流しちゃう感じか……って、バカにしてるだろそれ!」

「いいじゃないか。能天気という意味ではね」

 

 あれから2週間ほどが経ち、期末試験までの日にちが少なくなって、相田は焦りを抱き始めていた。そこで相田は、自分より頭の良い宇垣に勉強を教えてほしいと頼み、今回はこの図書館で勉強を教えてもらうこととなった。

 相田は中学の頃から成績が悪かったため、距離の離れた霞ヶ丘高校に入学するしかなかった。そんな相田とは逆に、宇垣は中学生の頃から成績は良い方であった。実際、学力的に霞ヶ丘高校よりももっとランクの高い学校を目指すことも出来た。

 だが、宇垣は霞ヶ丘町に住んでいたのもあって、近場の高校に行きたかったという理由があった。そのため、霞ヶ丘高校を選んで入学したのである。

 

 そして、今回の期末試験では、相田にとって一番の難関と言われる数学が待ち受けていた。苦手としていた教科だったため、宇垣は数式やら解き方やら色々と教えていきながら、期末試験が始まるまで共に勉学に勤しんでいた。

 1時間ほどが経ち、相田は問題集の1ページ分の問題を解き終えると、背伸びをするように立ち上がる。

 

「ちょいと飲み物買ってくるわ」

「うん。じゃあ、自分のも買ってきて」

「なにがいい?」

「政のセンスにまかせ……るのはやっぱり危険そうだから、ウーロン茶で」

「へいへい、了解」

 

 相田は1階の自販機の方へと向かう。ずっと座って勉強することが苦手なのもあり、学習室そばの階段を下るという動作だけでも、相田にとっては良い気分転換になっていた。

 本来なら図書館の中で飲み食いは禁止されてはいるが、2階の学習室だけは飲み食いをしても良いとなっている。そのため、喉が渇き始めた相田は、図書館の入り口の外に設置されている自販機にて、アルミ缶のお得用になっている炭酸飲料水を購入する。おつりの小銭が出てきて、それを取っては財布の中に入れようとしている最中、後ろから女性の声が聞こえてくる。

 

「あれ? 相田くんじゃない?」

「え?」

 

 炭酸飲料水を手に取ってから後ろを振り向くと、そこには相田の好きな女性である椎名がカバンを持って立っていた。思わぬところで声をかけられたからか、相田の心臓の鼓動が段々と早くなっていく。

 

椎名(しいな)さん?」

「こんなとこで何してるの?」

「えっと、その……期末試験に向けて勉強かな」

「そうなんだ。えらいね、相田くん。私なんて勉強まだだよ?」

「そんな、べつに……ただ赤点を取らないように、ちょっと勉強してるだけだから」

 

 相田は緊張しながらも、嬉しそうに笑みを浮かべながら椎名と会話する。お世辞だとしても、椎名から“えらいね”と言われて嬉しく感じずにはいられない。

 ただ、まさか褒められるとは思っていなかったため、相田はすごく動揺してしまう。その動揺を隠すように、つい癖で頭をかいてしまう。

 

「もしかしてなんだけど、宇垣くんも一緒?」

「え? ああ、うん。そうだね。涼平も一緒だよ」

「そっかぁ……やっぱり」

「ん? やっぱり?」

「ううん、なんでもないの」

 

 椎名の“やっぱり”という言葉に、相田は少し不思議に思って聞いてしまう。なぜ、椎名さんが宇垣もいると思ったのだろうか。その疑問に、頭の中で思考していく。

 だが、相田は少し考えると、すぐにその理由に気付く。相田はよく宇垣と一緒にいることが多い。いつも一緒にいるのだから、椎名がこの図書館に宇垣がいるかもしれないと思うのも普通だ。だから相田は、椎名が宇垣がここにいたことに“やっぱり”と言ったのだろうと思い、これ以上は聞かずにいた。

 

「じゃあ、ちょっとだけ挨拶しに行こうかな」

「え? ああ、うん。2階の学習室にいるよ」

 

 アルミ缶の炭酸飲料を片手に持ちながら、相田は先に歩いて椎名を誘導していく。

 相田は椎名と2人だけで歩いていると、まるで親しい間柄の関係に見えてしまうなと、ふとそう思ってしまう。すると、段々と心臓の鼓動が早くなっていき、緊張が高まっていく。しかし、このまま沈黙のままでいるわけにもいかない。なにか話さないといけないなと思い、耐えきれず相田から口を開いた。

 

「そういや、椎名さんはなんでここに?」

「え? えっと……そうそう。借りたい本があったの。だからね、来たんだ」

「そうなんだ。俺はあんまり本とか読まないから、図書館に本を借りに来るなんてすごいね」

「ううん、相田くん達みたいに、図書館で勉強している方がよっぽどすごいと思うよ」

「ほんとうなら、勉強も家とか学校でできるといいんだけどね」

 

 相田は椎名と階段を上がりながら、苦笑いを浮かべる。本当は、宇垣に教えてもらうために図書館にいるわけなんだが、さすがに椎名の前でそれを言うことは相田には出来ないでいた。

 2階の学習室に相田と椎名が入ると、宇垣は教科書から入って来た2人へと視線を向ける。特に椎名の姿を見ると、少し驚いた表情を浮かべる。

 

「ん!? 椎名さん?」

「こんにちは、宇垣くん」

「椎名さんもここに来てたんだね。椎名さんも勉強?」

「いや、本を借りに来たんだって」

「ああ、なるほどね。そうなんだ」

 

 相田から椎名が図書館にいる理由を聞くと、宇垣は頷いて、手に持っていた教科書を机に置く。妙に何かを察したような表情を浮かべる。

 

「そうだ。ちょっと学校のことで話があるんだけど、いいかな?」

「うん? ここで?」

 

 椎名が宇垣に近づいて、少し申し訳なさそうにお願いする。宇垣は椎名の言葉を聞いて、こんな場所でするのかと言いたげな表情で、椎名の問いに問いかけの言葉を返す。

 

「じゃあ、ちょっと外でもいい?」

「うーん………いいよ。じゃあ政、ちょっと行ってくる」

「おう。行って来いよ」

 

 また2人きりになるのかと思うと、相田の表情は少し曇っていく。

 そんな相田に、宇垣は座っていたイスから立ち上がると、右手を下手に突きだして、相田の前までやってくる。

 

「それより、ウーロン茶は?」

「え? あっ!?」

 

 宇垣に言われて、相田は宇垣に頼まれていたものを思い出した。しまったと言わんばかりに、口を開けて硬直してしまう。手に持っているのは、炭酸飲料水だけ。椎名に声をかけられ、宇垣の分の飲み物を買うことをすっかり忘れていた。

 

「もしかして、買ってないの?」

「すまんな、忘れてた」

「仕方ない。じゃあ、自分が外行くついでに買ってくるよ」

 

 宇垣はそう告げると、学習室を出て行こうとする。それについて行くように、後ろから椎名が歩いていくのを、相田は見つめる。

 

「政、あとでもう1本買ってきてね」

「はいはい……って2本目買わせる気かよ!」

 

 そう言って、宇垣は笑って学習室からいなくなると、椎名も一緒に笑って学習室から出て行った。

 

 

 

    ×     ×     ×     ×

 

 

 

 相田は2週間ほど宇垣に勉強を教えてもらいながら、なんとか期末試験までにテスト範囲までの内容を頭に叩き込んでいった。そのおかげか、相田の期末試験の結果は悪くはなく、なんとか赤点を取らずに済んだのだった。

 

 辛かった期末試験が終わり、三者面談も終えた生徒達はこれから始まる夏休みと8月の創設祭に期待を膨らませていた。

 そんな7月19日の火曜日。4限目の体育の授業が終わっての昼休み時間。相田と宇垣は教室で昼食を食べて雑談をしている。そんな中、相田が眠たげな表情で宇垣に言う。

 

「すまんわ」

「ん? どしたの政?」

「さすがに眠いから寝るわ」

「そっか。じゃあ、自分はちょっと用事あるから。また後でね」

 

 4限目にあったのは体育の授業。内容は学校のプールで水泳するというものであった。プールに入れる数少ない機会というのもあり、相田はつい、はしゃいでいた。その結果、相田は昼の休み時間が始まって昼食を食べ終えた後、疲労による眠気に襲われてしまう。

 宇垣が教室から立ち去ると、相田は机に顔を伏せて眠る。そこで相田は目を閉じながら、プール学習で椎名の水着姿を思いだすことにした。眠りの世界に誘われているのもあって、相田の表情が段々と綻んでいき、ついでに鼻の下まで伸びていく。

 

 霞ヶ丘高校には学校指定の水着とかはない。なので、プール学習の際は各自で自由に水着を持ってくることになっていた。

 そんなプール学習の時間。相田は女子達に視線を向けずにはいられなかった。特に意中の相手である椎名には、無意識に目で探してしまうほど視線を向けていた。

 椎名智華の水着は、フリルのついた淡い水色が主に使われているチェック柄のビキニ。特に胸や尻がでかいわけでもなく、特にスポーツをやっているようなスレンダーな体つきでもなく、やや細いくらいの体。そのため、外見は色っぽいというよりは可愛らしいという印象であった。

 それは相田にとって椎名に対する可愛いイメージが余計に拍車をかけ、可愛いという感情が頭を埋め尽くしていく。椎名の可愛さで心が満たされていくと、相田は幸福感も相まってぼんやりと眠りについていく。

 

 寝始めて15分くらい経った辺りで、相田は目を覚ます。眠たい目をこすっては、教室の時計に目を向ける。

 時刻は1時18分。15分ほどぐっすりと寝ていたことに少し驚くが、それ以上に休み時間が少ししかないことに、気持ちがブルーになっていく。

 

「あれ? 宇垣は?」

 

 相田は眠たげな眼差しで教室の中を見渡すが、宇垣の姿はどこにも見当たらない。

 しばらく見渡して、相田は自分が眠る前に宇垣が言ったことを思い出す。宇垣が何かしらの用事があって、教室から去ったんだと今になって理解した。

 

 次の5限目の授業まであと10分弱。それまでにトイレだけは行かないといけないなと思った相田は、あくびをして背伸びをする。そして、椅子から立ち上がって近くのトイレへ向かった。

 

 教室を出て近くの男子トイレに入り、相田は頭がぼんやりとしたまま次の授業のことを考える。たしか、次の授業の科目は英語。なんか疲労感があってダルいし、またしても眠くなりそうだな。そう思って小便を済ませると、洗面台で冷たい水を顔に何回か浴びせる。少し頭が冴えてきたのか、持っていたハンカチで顔を拭いた後は眠たげな表情は消えている。相田は顔を軽く叩いては次の授業に対して気持ちを切り替え、トイレから出た。

 その瞬間、横から来た女子生徒に肩がぶつかる。トイレが階段のそばにあるのもあり、相田からは死角であった。相田もトイレの前の廊下の方を注意して見ていたわけではなかったため、横から女子生徒が走ってきたことに気づかないでいた。相田にぶつかった女子生徒は少しよろめいている。

 

「あ、すみませ……っ!?」

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 相田自身もまさかトイレから出て横から急に来るとは思っていなかったため、反射的に肩がぶつかった女子生徒の謝ろうとして、女子生徒が倒れた方に視線を向ける。

 しかし、女子生徒の姿を見た瞬間、相田は驚きのあまり硬直してしまい、言葉を止めてしまう。そんな相田を無視するように、女子生徒は口元を手で隠したまま、男子トイレの隣にある女子トイレの中へ慌てて入って行った。

 

「え、なっ……なんで椎名さんが!?」

 

 相田はひどく動揺する。今ぶつかった女子生徒が、相田の意中の相手である椎名(しいな) 智華(ちか)であったこと。椎名が涙を流しながら、トイレに駆け込んで行ったこと。辛そうに、自分の悲しみを隠すように、女子トイレの中へ逃げていった様子が、相田の心に刺さる。

 相田は心の中で自分に問いかける。いったい何が。何がどうして、椎名さんは泣いているんだ。どうしよう。もしかして、俺がぶつかったせいなのだろうか。それとも、他に何かあったんだろうか。相田は椎名が泣いていたことが頭から離れず、今の状況が飲み込めないでいた。

 

「あ、政じゃないか」

「うえっ!? りょ、涼平?」

 

 宇垣が階段から下りてくると、ずっと女子トイレを見つめたままでいる相田に気付いて肩を叩く。相田自身は、後ろから急に肩を叩かれて驚いてしまう。そんな相田の態度に、宇垣は心配そうに尋ねる。

 

「どうしたの? こんなとこで、女子トイレなんか見つめて」

「えっと、それがさ。椎名さんとさっきぶつかって」

「ああ、なるほどね」

 

 相田の言葉に、宇垣は頷いては微妙な表情を浮かべる。困惑気味の相田は、宇垣が何故そんな顔をするのか分からない。

 

「うーん、なんて言えばいいのかな。もっと時期を見て言おうと思ったんだけど」

「え、涼平。もしかして、椎名さんのことで何か知っているのか?」

「知ってるも何も……いいや、とりあえずどこか別の場所に行こう。話はそれからにしようか」

 

 宇垣は少し悩ましげな表情で言い淀んでいたが、周りにいる他の生徒を見ては、相田の手を取って男子トイレから離れる。相田は宇垣が人気のない場所で話したいのかなと思い、とりあえずそのまま宇垣についていく。

 学校の中庭に出られる一番近くの場所を通っては、学校裏の人気の無い場所に行く。周りから見られない場所ではないが、人があまり通らない場所なので、宇垣はそこで足を止める。

 

「で、なんで椎名さん泣いてたんだ?」

「それは……」

 

 相田が椎名について追及すると、宇垣は困った表情を浮かべる。普段の宇垣は割と率直に言うことが多い。今回もそうだと思っていた相田は、率直に言えずに悩んでいる宇垣の様子が珍しく感じた。それだけに、宇垣から語られる言葉が何なのか緊張してしまう。

 

「実は自分、椎名さんに告白されたんだ」

「は? え、あ……はあっ!!?」

 

 相田は、宇垣が何を言っているのかがすぐに理解することが出来ないでいた。むしろ、本能的に理解したくないと思っているのか、言葉の意味を理解することを躊躇していた。

 しかし、しばらく考えれば誰にだって分かる。宇垣が椎名に愛の告白をされたことは、さすがの相田も考えついた。

 

「どういうことだ? え、椎名さんが涼平に告ったって……そういうことなのか?」

「うん、そうだね」

「………マジで? 嘘だろ?」

「嘘じゃない、本当だよ」

「そんな……」

 

 かつてない現状に、相田は開いた口が塞がらないでいる。好きな椎名さんが、友人である涼平に告白をしたこと。それが嘘偽りのない真実なのだとしたら、自分はどうすればいいのか。2人はこの後、どうなっていくのか。相田は戸惑いを隠せず、宇垣のそばへ行って問いただす。

 

「って、え? じゃあ、涼平は椎名さんと付き合うのか!?」

「いいや、それはない。自分は断ったから……」

「そ、そうなのか」

 

 宇垣が椎名と付き合うことになっていないと分かると、相田は少し落ち着きを取り戻していく。だが、宇垣に聞きたいことは山ほどある。相田は続けて宇垣に問いかける。

 

「え、でも、なんで?」

「なんでって、それは……その」

 

 宇垣は相田に告白を断った理由を聞かれると、理由を言いたくないのか視線を下に向けて考え込む。言いたくなさげな宇垣を、相田はずっと見つめる。

 

「それは?」

「……そうだね。政には話そうかな」

 

 相田の表情は真剣で、椎名の告白を断った理由を聞きたいという意志を感じ取れる。そんな相田に宇垣は観念したのか、断った理由を話すことを決める。宇垣は意を決したように視線を相田に向ける。

 

「私は……いいや、自分はね。椎名さんを愛せないんだ」

「愛せない? どういうことだ?」

「だって、もし愛してしまえば、彼女はもう“人”ではなくなってしまうから」

「え? どういうことだ?」

「……つまりね、政」

 

 宇垣は目を逸らさず、相田の目をじっと見つめる。しかし、宇垣の顔が歪む。まるで、笑みを堪えているかのような、宇垣は何とも不気味な笑みを浮かべる。

 

 その笑みを含んだ表情と、その真剣で苦しむような目と、その震えるような声。

 次の宇垣の言葉を聞いた瞬間、その言葉で相田の背筋は一気に凍っていき、目を見開かせてしまう。

 

「愛すれば、自分は愛する人を殺してしまうんだよ」

 


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