深海生まれのバガボンド   作:盥メライ

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焼け落ちた海と鉄錆のアリア

 艦娘達、ひいては人間達の生命線、鉄や油といった資源の多くは海を渡らなければ手に入らない。私達と違って必要な物が多い艦娘達はともすれば戦闘以上に気にかけなければならない。物資の補充が滞れば簡単に戦線は崩壊する。そうなってしまえば後に待つのは惨劇だ。

 対して私達は補給や物資の補充に関してほとんど気を払う必要がない。私達にとって海は庭のようなものだ。どれだけ荒れようが歩くのに苦労することはない。艤装の修理だってさして気にする必要はない。私達の身体は朽ちた鉄と澱と不穏な何か、ようは海に沈んだ物で出来ている。言ってしまえば身体は海で出来ている。修理に必要なものはそこら中に転がっている。

 気を払わなければならないのは弾薬くらいのものだ。例えそれが尽きてしまってもすぐに戦線崩壊したりはしない。艦娘のように一々拠点に戻らなくてもちょっと下がれば補給出来てしまうのだから。

 

 

 私達の出現と合わせてかやや遅れてか、なにもなかったはずの海域に突如として島が現れるという現象が世界各地で発生した。不思議で都合のいいことに、そこには豊富な資源が眠っていた。艦娘ですら踏み入ることのできない島が私達の資材庫だ。そこから補給艦によって各地の同族に届けられる。艦娘達が捕捉している補給艦は全体のごく一部でしかない。故に私達はどこにでも、いくらでも遊弋していられる。

 艦娘にとっては悪夢のような事実だろう。この海に存在する全ての島を制圧しなければ私達の補給線を絶てないのだから。

 同時に、考えようによっては大したことではないとも言えるだろう。どんな海域でもほぼ無限に補給できる状況にありながら、私達は敗北を重ね続けているのだから。

 

 

 新たな島の出現によっていたるところで海流の変化が起きた。場所によっては船の進行を妨げるほどの大きな変化だ。艦娘ですらその影響からは逃れられないらしく、四苦八苦している様子を見たことがある。

 何度も翻弄される内に乗り越え方もわかってくるもので、艦娘達が海流の影響を受けてまともに戦えなかったのはごく最初期だけだ。人間達はさほど長い時間をかけることなく海流の踏破と私達の打破を並行して行うのに最適な編成を編み出した。

 私達とてただ攻め込まれるのを黙って待っていたわけではない。大小様々な島や複雑な海流を盾に、艦娘達に不利を押しつけられるよう作戦を立てて布陣した。これがただの艦船であったならば結果は一方的だったろう。戦闘とは名ばかりの蹂躙戦が繰り広げられていたはずだ。それだけのものを私達は練り上げた。

 結果だけを見れば確かに一方的ではあった。私達の連敗記録は今も伸び続けている。

 

 

 私達の資材庫である島には少なくない戦力が常駐している。空母よりも遥かに戦闘機運用に長けた同族が配置されているため、いかに歴戦の艦娘であろうと簡単には落とせない。遊弋しているいくつもの艦隊のおかげで島に近づくことすら容易ではない。

 仲間意識というものが薄い私達にしては本当に珍しい、協力して築き上げた防衛線だった。明確な目的を持たずに海を彷徨う私達が真面目に戦うことに備えをしていた集団だった。

 私の知る限りで最も長く抗戦していられた艦隊だ。敗北の記録はいまだ途切れていない。

 

 

 強力な艦隊を組んで攻め込んだ同族は悉く撃破された。守りを固めた同族は堅いはずの守りを貫かれて資材庫ごと吹き飛んだ。この目で見たわけではないけれど、かつて同族がいたはずの海が、島が、それを教えてくれる。なにもかもがなくなったことを、嫌というほど、嫌になるほど。

 艦娘が海を取り返しきれないのは私達があまりにも強いからではなく、絶対数が尋常でなく多いからだ。私達は個々の力では勝っていても組織としての力はどうしようもなく負けている。戦う前から敗北している。まともな思考能力のある人間なら白旗を振る状況だ。

 残念ながらと言うべきか、私達は人間ではないし、そもそも勝ち負けなんてどうだっていい。ただそれぞれに叶えたい何かがあるだけだ。

 

 

 

 仰向けのまま身じろぎ一つせず波に揺られている艦娘を見つけた。戦いの後のようで衣服はぼろぼろで艤装もほとんど脱落していた。同族の姿がないということは、勝利したのは彼女なのだろう。

 周囲に他の艦娘の姿はない。彼女だけが流されてしまったようだ。波に揺られ続けて幾分冷えてしまっている上に意識もないけれど、息はある。触れた頬から命の温かさを感じた。私達にはないものだ。

 艦娘は彼女一人。私も一人。いまだかつてない、二度と来ないであろう状況に少しだけ好奇心が疼いた。

 固く抱き締めた左手にはなにがあるの。心臓でも頭でもなく、その手を守っているのはどうして。

 聞いてみたい。答えてほしい。なんの為に戦っているのか。この問いに返ってくる答えを、私は知っていた。

 

 

 

 

 向き合えば撃ち合うしかないと言ったのは私だ。これはただ、その通りになったというだけのこと。

 艦娘と私を引き離す砲弾は腕をかすめて海に消えた。不思議なことに、撃たれた腕よりも胸の方が痛かった。




じっとりする時季ですが、梅雨は結構好きです。洗濯物さえ乾いてくれれば。

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