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もしも、自分の願望が何でも現実に起こってしまう能力を手にしたとしたら、どうする?
例えばの話だ。自分が超能力者になりたいと願ったとしよう。スプーン曲げをしたいと思えば手も触れていないのにスプーンがあらぬ方向にヘし曲がり、手から気の弾を撃ちたいと思って手を翳したらその通り自分の頭で想像していたように気の弾なる何かが手の平から飛び出すような。
カラスが白色をしていると思えば白色のカラスが現れるし、異世界に行きたいと思えばよくあるファンタジーな世界に飛ぶことだって可能な、そんな荒唐無稽な能力だ。
俺はこう思うね。
断固としてそんなのはあり得ん。例えもしも人間がそんなアニメ的な漫画的な能力を得たとして、今までそんなことをやったこともないような奴らが手も使わずにスプーンを曲げられるわけがない。
異世界に行きたいと願うのは自分が今の人生に嫌気が差しているだけのことであって、住む世界が変わればそんな嫌気が消え去るかもと思っているだけのことであり、だったらそんな妄言を吐いていないでまずは自分の身の回りの整理……そうだな、部屋の掃除なんかから始めたらどうだ? という話だ。
だからな、どうするもこうするもないんだよ。今まで通りに生きるしかなくて、俺達のような奴らは精一杯草をかき分けながら自分の人生をやり過ごすしかないのさ。
「ですが、もし仮に出来るのだとしましょう。我々がそのような超能力を持つことに成功して、本当に何でも出来てしまうのなら。それを当たり前だと仮定して考えるのであれば、どうなるのだと思いますか?」
そうだな。そんなことは天地が百回ひっくり返っても起こらないだろうが、その時は世界が滅びるだろうよ。
「なるほど。それはつまり、どういう過程を経て世界の滅ぶ結果に至ってしまうわけですか?」
どうもこうもないだろ。頭に思い浮かべるだけで何でも願いが叶えられちまうというのなら、一人でも世界滅んじゃえーと願った時点で世界は簡単に滅びちまうだろ。
そもそもが破綻しているんだよ、そんな問いは。データをリセットすればやり直せるようなゲームと現実は違うんだぜ。そんな魔法があってたまるか。
だから人間は人間らしく、もっと分相応なことを考えるべきだと思う。人間には早すぎるんだよ、そんな超人的なものはさ。
そうだろう? 古泉。
「そうですね。人類には早すぎる……あなたの意見も尤もだと思います。人間は全知全能の神ではありませんからね」
と、いうか。
大体何で俺がこんなところまで来て、お前みたいないけ好かない優男と机を挟んで電波真っ盛りな会話を展開しなくちゃならないんだ。何か理由があるなら教えてくれ、ないなら今すぐ帰るぞ。コーヒーの代金はお前が払え。
「いやはや、手厳しいですね。中々に有意義な話だと思ったんですが、あなたはそうは感じないらしい」
さて。
俺と古泉がどこでどんな会話をしているかなんて、察しのいい奴ならすぐに気が付くことだろう。
そう、駅前の喫茶店である。
古泉に呼ばれて男と二人で喫茶店に入ったかと思えば、いきなりわけの分からない話を古泉が切り出し今に至っているのだ。
はっきり言って何がいいたいのかさっぱりだ。
そりゃそうだろう? いきなり「願望実現能力があるとして、あなたはどう思いますか?」なんて聞かれれば誰だって耳の穴を指でほじくり回して溜息と共に「は?」の一つや二つは返したくなるもんだ。
お前も高校生になったんだったら、その中学二年生のような思考とはそろそろお別れをした方がいいと思うぞ、いや本当に。頭が良くても電波だなんて、俺は真っ平御免だね。はっきり言ってお前がそういう奴だとはまるで思わなかったがな。
そもそもがだ。俺と古泉は旧知の仲じゃない。今回と同じようにして何度か古泉の方から俺に接触をしてきて、ほんの少しだけ関わり合いを持っただけの知人同士に過ぎないのだ。それだというのに、友達にもできないような話を俺にするとはよっぽど頭が飛んでいるらしい、とだけは理解した。
中学時代は佐々木とも色々な哲学的会話をしたもんだが、ここまで超越的電波みたいな話はしなかったね。あったとしても、もっと確かな土台を踏み締めた上での理解ある会話だったと記憶している。
ともかくその話、他の誰にもしない方がいいぞ。これ以上引かれたくなけりゃな。
「言われずとも誰にもしませんよ。僕はあなただからこそ、このような話を持ち掛けたのですから」
どこまで本気で言っているのが知らんが、なんだそれは。
まさか俺を見て同類だとでも思ったんじゃないだろうな? 止めろ古泉、間違っても俺はお前と一緒の人種じゃないことは確かだ。中二の友人をお探しなら別の人に当たってくれ。
それとも何か? 俺にその気はないぞ、心底気色悪いから止せ。
「おやおや。いえ、本日はありがとうございます。僕にとって、為になる話は聞けましたよ」
古泉は否定もせず、静かに笑った。
止めてくれ。
――春も過ぎようとし、段々と物事が鬱陶しくなるような時期がやってきた。
六月病も腐る所まで腐る、梅雨入りのじめっとした今日。
日曜日。俺は特にすることもなく自宅でぼうっとテレビ番組を眺めていた。録画されていた面白くもつまらなくもないバラエティ番組を見ながら怠惰な日常を送っていると、谷口から電話が掛かってくる。
内容はこうだ。
「合コンだよ合コン、なぁキョン――」
通話は切れた。
俺は適当に妹と遊んでやったりテレビゲームなどに興じてみたり、そんな一日を過ごしてその日を終える。
過ごしてみて、日常に違和感を覚えるのだ。
――俺は一体何をやってるんだ? とな。
まるで意味のない哲学的な思考が唐突に浮かび出すなんて、ひょっとするとあの古泉にでも当てられたのだろうか。流石にないと思いたいが、ないと思いたいだけで、既視感のような歪みが警邏を鳴らしているような気さえする。
初めに言っておこう。
俺はこの時から、いいや。古泉と話していた頃――いいやもっと前から、この既視感ならぬ違和感を確かに覚えていたのである。
それが事のきっかけに繋がるとは知らずに、俺はのうのうと自宅のベッドで眠りに就くのであった。