「さて、着任が遅くなってすまなかった、皆。改めて自己紹介をしよう、僕がこの鎮守府の提督になる
食堂の長机に艦娘7人と司令官が座っている。艦娘は私、睦月、如月、弥生、皐月、長月、明石。
申し訳なさそうな顔で自己紹介をする司令官に、各々がリアクションを示している。弥生が怒っていると勘違いした司令官が、本当に弥生を怒らせたのが印象的だった。
そんな拗ねている様子の弥生を見ていると、普段は何をしているんだろうか? という疑問が湧いてくる。特に趣味も持っていない私は基本的に執務室で仕事しているか、ぼーっとしているか、海で艤装の慣らしをしているかで、そんな生活をしている中で弥生の姿を見かけることは少ない。今度本人に聞いてみることにしようかな。
「……それでさ、何で僕の前にしか料理が置かれてないのかな?」
困惑したような顔の司令官がそう宣う。
「もしかしてアンタ、基本的な艦娘の知識もないの!?」
「ちょ、ちょっと叢雲?」
思わず大声を出しながら椅子をどかして立ち上がる。それに対して声を上げるびっくりした表情の睦月と、同じく驚いた表情の司令官。咳払いをして、椅子を掴み再度座る。
……自分でもよくわからないくらい今日は感情に流されやすいから気を付けないといけない。自覚はなかったけど、司令官の存在が私に与える影響ってそんなに大きいのかしら?
「ごめんなさい、ちょっと気がたっているわね……」
「あ、いや、いいんだ。遅れてきたのは僕だしね……ただ、僕はてっきり皆で食事を取っているものかと思っていたからさ」
「普段は……如月が自分で作って食べてるわね。私は基本的に執務室の椅子に座って何かしらしてるから、食堂には顔出さないし……如月以外にご飯を食べてる人っているの?」
「はいはーい! 睦月、昨日と一昨日は食べたよぉ~! それ以外だとー……睦月も知らないかなぁ?」
「えっと……昨日は皐月ちゃんも食べにきたわ。そもそも私が料理に手を出し始めたのが一昨日だから、料理を食べたのは睦月ちゃんと皐月ちゃんと叢雲ちゃんだけじゃないかしら?」
「え、でもボクが4日前に出撃ドックに走ってた時、キッチンからおいしそうな匂いしてたよ?」
「それ、弥生……お菓子作ってた……」
「えっ」
料理を食べたことのあるメンバーの確認をしていたところ、弥生が衝撃のカミングアウト。司令官以外のみんなが弥生を見る。
「おいしいって、雑誌に書いてあったから……気になって作ってみた」
「それで、味は……?」
「おいしかった……のかな? 市販のお菓子を食べたことがないから……わからない」
「今度ボクにも作って~!」
「いいよ……折角だし、全員分……作る……」
「わ~いにゃしー!」
「あらあら、楽しみね」
「おぉ、そいつはいいな」
「やったぁ!」
喜ぶ皆の姿をほほえましそうな表情で見る司令官。私も口元がにやけているのがわかる。ただし、司令官のような表情ではなく、お菓子が楽しみなだけではあるけど。
「ああ、違う違う。ってことはつまり、こうやって食堂に皆が集まるのは初めてってことか?」
「私が覚えてる限りはそうね。そもそも私はさっきも言った通り執務室にずっといるし、長月は海上をごろごろ転がってるし……睦月は自室で小説読んでて、如月と弥生は……わからないわね。明石も工廠にずっといるでしょ?」
「そうですねぇ、がらくたを触ってるだけではありますけど……あ、でもたまに中庭のベンチに座ってぼーっとしてますよ! 日向ぼっこというか、ぽかぽかして気持ちがいいんです。叢雲さんも今度いかがです?」
「考えておくわ」
「ふーむ……」
この話を聞いて司令官は何やら考えている。何を考えているんだろうと思って聞いてみる。
「あ、いや、艦娘という存在についてな……実のところ、半信半疑ではあったんだよ。『人格』があって、その先がないだなんて話を手放しに信じられる性格じゃなかったから。私用で艦娘と関わる機会はあったけど、話した艦娘はちゃんとそういうのがあったしね。でも、ここの鎮守府に着任して、僕はどうすればいいのかなって思ってさ」
「どうするって? どういうこと?」
「端的に言えば……僕は皆の趣味とかを探す手伝いをしたほうがいいのかな、ってこと」
「うーん、そうね……でも私達は通販とかで物品の購入を許可されてるじゃない? ずっと海の上に立ってる長月や執務室にこもりっきりの私みたいなのを除けば一応皆何かはしてるわけだし、困ってる子にアドバイスしてあげればいいんじゃないかしら?」
「そうなると一番手を差し伸べるべきは君だと思うんだけれど」
「わ、私は執務で手が回らなかっただけで多分大丈夫よ」
「うーん、僕の着任が遅れたからだね。それは本当に申し訳ない」
「え、あ、いや――」
「ね、ね、とりあえずご飯食べない? せっかく如月が作ってきてくれたのに冷めちゃうよっ! あとあと、ボクに一口ちょーだい!」
ちょっと失言だったかもしれないと思って言葉に詰まった時、皐月が割り込んできた。
「……それもそうだ。じゃあ食べさせてもらうよ、如月」
「ええ、召し上がれ、司令官」
そう言って司令官は焼き魚を一瞥し、長机を見回し、一言。
「……調味料ってないのか? 醤油とか」
――その場にいた、弥生を除く艦娘全員が顔を見合わせた。弥生だけは『なかったのか……』とでも言いたさそうな表情をしていたが。