司令官はよくいなくなる   作:Jasper Finley

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提督が来たら…… その3

 ふと時計を見ると、時刻は1700を過ぎたあたりであった。

 

「結局、今日も来ないのかしら」

 

 叢雲は窓べりに手をついて陽が落ち始めた空を眺める。皐月はずっと正門前で司令官の到着を待っていたのだろうか。

 皐月はこの鎮守府が動き始めてから4日目に建造された艦娘だ。よって、伝聞でしか初日の出来事は知らないし、司令官が来ることをとても楽しみにしていた。叢雲とて、司令官と会うのが楽しみでないわけではない。小説を読み始める前にあったやりどころのない怒りは、読んでいるうちにどこかへと行ってしまった。

 しかし、『着任する』と知らされて、それがふいになると知らされるというのは期待を裏切られた気持ちになり、とても悲しくなる。小説を読んでいたからか、そうして物悲しい気分に浸っていた叢雲は、突然入ってきた通信にびっくりしてその場に飛び上がった。

 

『……叢雲、大丈夫? なに今の声、面白いね!』

「うっ、うるさいわね!」

 

 通信の主は皐月。曰く、正門前で体に慣れるために運動していたところ、1台の車が止まったらしい。司令官ではないかと思ったため、連絡を入れたとのこと。

 そう聞いた叢雲は、身なりを整えて正門前へと向かった。

 

 ――果たして、そこに居たのは第1鎮守府(おとなり)の提督であった。彼の名は畑部紀之(はたべのりゆき)。うちの司令官の学友で、提督にスカウトした張本人らしい。士官学校に通っていた時に何かとお世話になったが、知り合いに対しての時間感覚がルーズなのがいただけない。逆に、叢雲が見つけた彼の短所と言えばそれくらいのものであった。割とマイナスポイントではあるが、しかし総合すると叢雲からは好印象である。

 ……して、そのお隣さんが何の用だろうか?

 

「やあ、叢雲さん。……まだ怒ってる?」

 

 こちらの機嫌を伺うようにして挨拶をする畑部。叢雲は一瞬、足を蹴り飛ばしてやろうかと思った。

 

「いつまで引き摺ってるのよ。もうちょっとシャキっとできないの?」

「いやぁ、まあ。……前々から思ってたけど、君の言葉は僕の心を真正面から刺してくるね。勘弁してくれないかなぁ」

「物事を教える時はいっちょまえの面構えになるくせに、何で普段からそうできないのか前々から疑問に思っているだけよ」

「本当にやめてくれないかな!? 普段の僕に魅力がないみたいじゃないか!」

 

 両手を広げてポーズを取る畑部。その時、正門からひょこっと皐月が顔を出した。

 

「おーい叢雲~、その人がボク達の司令官かい?」

「違うわよ皐月、この人は第1鎮守府の提督よ。私が士官学校でお世話になった畑部さん」

「どうも。畑部紀之です。よろしく、皐月さん」

「よろしくね! それで……もしかして、今回も司令官が来れなくなっちゃった?」

 

 明らかにこちらを見て恐る恐ると言った表情で聞く皐月。睦月もそうだったが、それほどまでに怒ってたりイライラしてたりする時の私は接しづらいのだろうか、と叢雲は思った。今度、一度自分の振る舞いを見直す必要がありそうだ。

 

「いや、もうすぐ来るはずだ。僕も久しぶりに会いたいと思ってね、今日の分の職務は終わったし、折角だから友人に会いに来たんだよ」

「そっかぁ、もうすぐ来るならボクもここで待ってようかな」

 

 と言ってふたりで正門前に立ち、司令官を待つ姿勢に入った。私も待とうかしら、と思いとりあえず睦月に通信を入れてみる。

 

『はいは~い、睦月だよ~ん。叢雲ちゃんが正門前に居るのは知ってるにゃし。睦月が執務室にいるから、叢雲ちゃんは司令官を待ってていいよ。ちゃーんと、出迎えてあげてね~』

「……わかったわ。ありがと、睦月」

『叢雲ちゃんてば、ずっと楽しみにしてたもんねぇ~?』

「そ、そんなことないわよ!」

『本当にないのかにゃ~?』

「う……もしかしたら、ある、かも、しれないわね。とにかく、任せたわ。私はここで司令官を待ってるから。どうせ正門の方見てるんでしょ、司令官が来たらお茶でも入れて待っててちょうだい」

『あいあいまーむ!』

 

 その睦月の返しで通信は切れた。『そんなこと~』のところで大声を出してしまったせいか、ふたりがこちらを見ていた。頬を少し赤く染めながら、叢雲もその待機場に入り込んだ。

 

 

 

 ――およそ30分が経った。日が完全に傾き、橙から紺へと空の色が変わり始めた頃、畑部の車の後ろにタクシーが止まった。その中から出てきたのは、白い新品の軍服を着た男だ。その男は、畑部を見るなりびっくりした表情を浮かべ、叢雲と皐月を見て申し訳なさそうな表情になった。

 畑部が口を開こうとしたが、畑部の前に滑り込んだ叢雲が最初に口を開いた。

 

「遅かったじゃない。建造時に会って以来ね」

「ああ、そうだな。僕が1週間前に着任できなかったことに対して怒っていたということは畑部から聞いていた。済まなかったな、叢雲」

「気にしてないわよ」

「嘘だぁ」

 

 皐月がダウト宣言。叢雲は苦い表情になり、司令官は苦笑いした。

 

「皐月、だったか?」

「うん、睦月型の5番艦、皐月だよ、よろしくな!」

「よろしく。叢雲、本当に済まなかったね」

「いいのよ、別に。確かに報せを受け取った時は怒ってたけど、私の存在自体イレギュラーな役職にあるもの。そもそも、アンタがこのまま着任しなくてもおかしくはないとも思っていたわ」

「いや、叢雲さん。その場合は、流石に第37鎮守府は解体になると思うなー」

「アンタは余計なところで口を挟まなくてもいいのよ」

 

 そう言われ、頭を掻きながら笑う畑部。ふと、不意に耳に手を当てると、「秘書官からお呼びが入っちゃった。じゃ、僕はこれで」と言って車に乗り込んで行ってしまった。

 

「挨拶だけで行ってしまったか。積もる話もあったものだが」

「また後で幾らでも話せる機会があるでしょ。1週間も遅れたんだから、執務を優先しなさいな。とりあえず顔合わせしましょ、執務室で睦月が待っているわ」

「わかった、じゃあ行こうか」

 

 鎮守府の構造はちゃんと把握しているらしい司令官を先頭に、3人は歩き出した。道中で如月と長月に司令官が来たと連絡を入れると、1830に食堂に集合ということになった。当初予定していた時刻からは外れたが、歓迎会は無事開催できそうである。


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