司令官はよくいなくなる   作:Jasper Finley

2 / 5
提督が来たら…… その2

 叢雲が出撃ドックへ到着すると、先客が居た。長月である。

 

「おや、叢雲じゃないか。今日は司令官が来るのではなかったか?」

「いーえ、また遅刻よ。もう頭にきちゃって、折角だから体でも動かそうと思ったのよ」

「で、運動場ではなくこっちにきたと。いいのか? 司令官が来ても咄嗟に向かえないぞ?」

「あっちは1週間と半日も待たせてるのよ? 数分くらい何よ」

「大変だな、お前も。折角だし、砲撃演習でもするか? 私も以前の演習からいくつか改善をした。その成果を確かめたくてな」

「いいわよ、確かに今日はみんな司令官のために出ずっぱりだものね。前回の誰も弾を当てられない、避けられないなんて惨状からはさっさと脱却したいものね」

「ああ、あれは酷かった。3対3の身内戦でよかったとつくづく思っている」

「じゃ、私はウォームアップしてくるから、休憩が終わったら来て、好きな時に煙弾を打ち上げて。それを開始の合図にしましょ」

「了解した」

 

 そう言って、叢雲は装着の終わった艤装と共に水の上に立ち、海へ出る。風を切り、水しぶきを浴び、しかし濡れる事のない普段着の制服。今の技術では解明できないオーバーテクノロジーで固められた存在、それが艦娘。そして、そのオーバーテクノロジーでしか対抗のできない正体不明の敵、深海棲艦。彼女ら――駆逐イ級のような個体が女性型であるかは疑問であるが――の目的は謎、しかし日本に攻め入ろうとしていることはこれまでの行動からしても確実であり、数で勝る彼女らから日本を守るのがやっと、と言った戦況だ。

 深海棲艦の出現から2年、そろそろ民間から物資不足の不満が出始めているくらいの時期だが、仕官学校時代に教わった戦況だと、どうやら劣勢らしい。今から1年半前――つまり出現から半年経った頃、深海棲艦の大侵攻があったらしい。当時、突然現れた存在の解析に躍起になっていた日本は、容易く本土から遠い島を全て深海棲艦に明け渡すこととなった。幸い、本土にたどり着く頃にはその大侵攻の勢いは削がれ、こちらに来た深海棲艦から守り抜くことはできた。しかし、今も沖縄などの島を取り返すことは叶っていない。

 

 十分に体が暖まった頃、長月が出撃ドックから現れた。叢雲が長月を視認するや否や、彼女は煙弾を撃ち上げ、こちらへと砲撃を放ってきた。しかし、この距離は有効射程ギリギリであり、それが直撃することはない。艦娘の根幹は船であるけれども、今はヒトの体。方向転換も()()()やりやすく、被弾率は格段に下がっている。それは深海棲艦にも同じことが言え、更に艦娘同士での戦いでは、如何にこの体に慣れているかでまず勝負が決まると言ってもいいだろう。だがしかし、私は多くの時間を執務室で浪費し、長月は四六時中海上で体捌きの訓練をしていた。その点で言うと、長月に叶うことはないだろう。

 しかし、そこは睦月型と特型の違いがある。性能面ではこちらのほうが上で、この差を埋めるのはかなり大変だと昔、となりの提督が言っていた。艦種が違うともっと大変だとのことだが、私も長月も駆逐艦。そこは今は関係ない。ならば、いくら体捌きで負けていようといくらでもやりようはあるはずである。

 

 ……そう叢雲は思っていた。

 

「あれ、あれ? な、何で当たらないの? うわっぷ!」

 

 長月の放った弾が水柱を上げ、その水柱に突っ込む。いくら制服が濡れないと言っても、それ以外の部分は濡れるのだ。艤装は濡れても全く構わないが、髪や顔には影響が出る。視界を塞がれ、ふらついている叢雲に再度弾が迫る。まともに水を被って目の見えていない叢雲に、その演習用弾は直撃した。

 

「私の勝ちだな」

「ぐう、むむむ、何で私の撃った弾は当たらないのよ!」

「明石が言うには、私達の艤装は初期状態だと弾が散弾さながらに飛んでいくらしい。何故このようなことになっているかは不明だが、それならそれでやりようはある。先程の叢雲のように足を止めさせれば、いくらなんでも数発は当たる。これまた明石から聞いたことだが、その兆候は深海棲艦にも見られるらしい。つまり、一にも二にも訓練ということだ。私はそう結論付けた」

 

 長月は、若干早口で捲くし立てるようにそう言った。一にも二にも訓練であるかは別として、実戦を経ない場合、それが一番手っ取り早い方法ではあるのではないかと、叢雲も思った。

 

「でも、私って提督代理で秘書官じゃない? 長月みたいに時間は取れないわよ」

「ははは、確かにそうだな。しかし、それはまた別の問題だ。それに関しては、他の鎮守府のそういったポジションの艦娘にでも聞いてみたらどうだ? 有益なことが聞けるかもしれないぞ」

「そうねぇ、今度第1の提督にでも聞いてみるわ」

「そうするといい。私は適当に体を動かしてから上がろう。司令官が来たら通信で教えてくれ、すぐに行くからな」

「何だかんだで楽しみなのね」

「当たり前だろう。お前もそうではないのか?」

「数時間前まではそうだったわ」

 

 根に持つタイプなんだな、と長月は笑う。ええそうよ、と返してから叢雲はドックへと入り、演習用弾で損傷を受けてないかを確認する。問題はなさそうなので、休憩のために自室へ向かうことにした。道中、食堂があったのでついでに改めて如月に感想を言いに行き、自室で最近読み出した睦月イチオシの恋愛小説を読み始めた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。