司令官はよくいなくなる   作:Jasper Finley

1 / 5
提督が来たら…… その1

 午前10時、叢雲は司令官が普段仕事をする筈の執務机の椅子に座り、書類仕事をしていた。

「叢雲、1000だにゃ。司令官の到着予定時刻だけど、出迎えはしないのかにゃ?」

「そうねぇ……正直、私としては微妙な気分なのよね。司令官も司令官だし、第1も第1よ。遅れることが事前にわかっていたなら連絡しなさいよって――」

「あー、わかった、睦月が悪かったから、その話は前も聞いたからすとっぷすとっぷ! 確か皐月ちゃんが見に行ってるはずにゃし、皐月ちゃんに任せるにゃー」

「はぁ、これでまた来ないって言ったら、どうしてやろうかしら。如月に至っては二回も来ないことはないだろうって、もう歓迎会の料理の手入れ始めてるのよ? そもそも司令官ひとりに食べさせるのにそんなに手間がかかるのかしら」

「睦月にもわからないけど……如月ちゃん、睦月が如月ちゃんの部屋にお邪魔してる時も、ずっと料理のお勉強をしてたにゃしぃ。今日の朝も張り切ってたにゃー」

「ああもう、この話やめやめ! もし司令官が来なかったら一発ぶちかましてやるわ!」

「さ、流石に初顔合わせの上官にそれは不味いんじゃないかにゃ~?」

「しっかり連絡すらしない唐変木にはいい薬でしょ、それに今の私は提督よ、司令官なのよ! 上官がなによ!」

「と、唐変木って……代理だってこと、忘れてないかにゃ~…?」

 

 ばしん、と机を叩き気合を入れる叢雲。彼女がこの鎮守府に来てから1週間が経った。着任時に出会う筈だった提督は、予定時刻になっても現れず。その3時間後にこの第37鎮守府の隣にある、第1鎮守府(おとなり)の提督から提督が来ないと連絡があった。密かに期待していた彼女は怒り、以前から付き合いのあった彼に当たり、予想よりもずっと早い段階で提督代理という立場を得ると共に電話を叩ききった。後で士官学校に居た頃に良くしてくれた彼に対して罪悪感を感じる叢雲であったが、それは誰にも知られることはなかった。

 

 ――横須賀第37鎮守府。文字列だけで見ると誤解しそうだが、横須賀に鎮守府が37個あるわけではない。日本各地に作られた37個目の鎮守府であるということである。ここは特例で作られた鎮守府であり、ここの初期艦に抜擢された叢雲は特殊な立場の提督がよく不在になるということで鎮守府設立の1年も前に建造され、提督としての基本的な知識を詰め込まれて、晴れてここの鎮守府の所属艦娘となったわけである。ちなみに同じ初期艦であった睦月と如月とはここに来て初めて顔を合わせた。私はいることを知っていたが、向こうは私が来ることを知らされていなかったようで、驚いていた顔が印象深い。

 数日間で3回建造し、弥生と皐月と長月を迎え入れた。駆逐艦を3隻建造しただけであるのに、資源に大打撃を受けた。大型艦を擁するのは遥か先になるだろう。歴史としてはただそれだけで、撃破数は皐月がたまたま出会った駆逐イ級1隻だけの、駆け出しの鎮守府である。

 

 ここ1週間のことを思い出し、頬杖をしながら書類仕事の煩雑さから逃げていたところで、電話が鳴る。ハッとして時計を見ると、1030を回っていた。このパターンには覚えがある。話を聞いてもいないのに、表情が硬くなるのがわかる。着信先は第1鎮守府、2時間半早くしたところで、遅刻は遅刻。変わることはないのだ。電話を取ると、こちらの機嫌を伺うような声が聞こえてきた。

 

「えぇと、第37鎮守府の叢雲さん、ですかね?」

「何よその気色悪い声は。そうよ私よ、ま~た1週間待つの?」

「い、いや、そちらには向かっているそうなんだけどね? 予定が長引いたせいで、到着が遅れると――」

「はぁ、アンタね……もっと早く連絡できないわけ!? 私が士官学校に通ってた時からそうだったけど、時間に甘いのはどうかと思うわよ、ホント。忙しいのはわかるけれど、何なら秘書官か誰かに連絡を任せる手もあるじゃない?」

「い、いやぁ、本当に申し訳ない。でもほら、叢雲さんとは話したかったし。元気?」

「えぇ、聞いての通りよ! 普通に話したいなら時間を守ることね、用件は以上? 切るわよ!」

「……仕事明けのはずだし、彼には優しくしてやってほしい」

「善処するわ」

 

 そう言って叢雲は電話を切る。聞いての通り、叢雲と第1の提督との仲は良好である。睦月はこの短い付き合いで、『触らぬ神に祟りなし』という言葉を覚えたようで、皐月の様子を見に行ってしまった。

 ひとりになった執務室で、ひたむきに書類仕事に取り組む叢雲であった。

 

 

 

「叢雲ちゃ~ん、ご飯よぉ」

 

 ノックの後、入ってきたのは如月。手にはお盆を抱え、その上にはご飯、味噌汁、焼き魚と大根おろしと言ったいかにも和食という風の料理が乗っていた。

 

「あら、如月じゃない。ご飯? 司令官はまだしも、私達には必要ないでしょ? どうしてまた急に」

「いえ、作って味見して、私は美味しいと感じたのはいいのだけれど、やっぱり不安になっちゃって。睦月ちゃんが不機嫌と言ってたのもあって、味見ついでに元気を出して欲しいと思って……ね? お願い!」

 

 ふと時計を見ると、時刻は1330。思ったよりも時間は進んでいたようである。

 

「いいわよ。で、司令官はまだ来ていないのね」

「そうなのよ。だから、焼き魚を焼いて叢雲ちゃんに持ってきたの。煮物もあるけど、持ってくる?」

「いや、いいわ。二度手間でしょ? どうせまた睦月が来るだろうから、その時に感想を伝えて貰うわ」

「えぇ、わかったわ。睦月ちゃんは叢雲ちゃんを気に入ってるようだから、これからもよろしくね」

「そう? 嬉しいわね、わかったわ」

 

 そう叢雲が返すと、如月は去っていった。如月の作ったご飯は美味しいと感じたが、士官学校時代に食堂に通わなかったせいで、他の味との比較は出来なかったのが少し悔やまれる。さらっと睦月が伝言係として走らされることが決定したが、それを伝えると睦月は喜んで食堂へと向かっていった。

 

 そうして時は経ち、時刻は1430。提督は未だ来ない、書類仕事も終わってしまった。海に出て、体を動かすことにした叢雲は、出撃ドックへと足を向けた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。