今回で後処理含めて締めです。
ちょっと時間が前後しています…………今回はミスじゃないよ!!
てなわけで、どうぞ
「えーっと、消しゴム消しゴム」
生徒会とのゴタゴタの後、スカーレットが飛び級で卒業する少し前、リッパーは、美術室で一人デッサンをしていた。
がらんとした美術室には、文化祭で作ったシフォンケーキがデザインされた看板がある。
保管場所にも悩み取りあえず、ここに置いてあるのだ。
デッサンをしながらもリッパーは、机の上に置いてある紙に視線が移る。
(集中力が、大分切れてるなぁ………)
「おーい、入るぞ」
聞き覚えのある声と共にスカーレットが美術室に入ってきた。
「うわっ!!スカーレット!!」
「『うわ』は、ねーだろ」
「いや、驚いただけだよ」
「まあ、いいけどよ」
スカーレットは、不満げに呟きながら座れそうな椅子を探す。
四角い木の椅子や丸椅子など、背もたれのない椅子がある中、背もたれのあるキャスター付きの椅子が目に付く。
その椅子に座るとコロコロとキャスターを回しながら美術室を動き回る。
「………誰も来ねーの?」
「多分ね」
リッパーの親友もリッパーの想い人も来る気配がない。
「流石にあんな事があった後じゃ来ないよ」
「んー………」
椅子をぐるぐると回しスカーレットは、リッパーと画架を挟んで向き合う。
リッパーは、デッサンの手を止め、意を決したように息を吐き出し、テーブルの上にある紙を手に取る。
(よし!)
「あのさ、良かったら美術────」
「あたし、この学園を飛び級で卒業する」
「……………え?」
思いもよらない言葉にリッパーの手から、紙が落ちる。
「どうせ、明日には分かることだけどよ、ま、お前には先に言っとこうと思ってな」
スカーレットは、なんてことなさそうに告げる。
「卒業?退学じゃなくて?」
「おう。一応、卒業」
「……………………そっか…」
リッパーは、落ちた紙を拾う。
「卒業した後は、どこに行くの?」
「軍」
再び紙が落ちる。
「なんで!?確かに口調は乱暴だし、態度も粗暴だけど、軍に行くなんてどうしたの!?」
「おい、今聞き捨てならねー言葉聞こえたけど」
スカーレットのコメカミに青筋が浮かび上がる。
舌打ちをしながらため息を吐くスカーレット。
クイーンとルイーズが裏で色々動いた結果、そこに落ち着いたのだ。
とはいえ、全てを話す必要はない。
「………スカウトされたんだよ。まあ、断る理由もないし、いいかなって感じで」
リッパーは、俯いた後、首を横に振る。
「もう、会えない?」
「それは、約束出来ねー………どこに行くか分かんねーし、それに何より予定が合わねーと思う」
スカーレットは、そう言いつつ胸が痛んだ。
あくまでスカーレットが口にしているのは、表向きの理由だ。
スカーレットは、ルイーズ達が色々な手を尽くして軍に入れた。
ルイーズは、スカーレットにせめて、親の手から離れるまでは、つまり、成人するまでは合わない方がいいと釘を刺していた。
切り裂きジャック、スヴェント家、何一つ解決していないうちにリッパーに合うのは、余り得策とは言えない。
「なら、連絡とかは、取れない?」
「それなら出来る」
連絡を取り合うだけにしときたまえと、ルイーズは、最後に付け加えた。
「じゃあ!」
「ただ、軍である以上突然、連絡が付かなくなったり、生死不明になったりする可能性がある」
これは、前もってルイーズ達から釘を刺されていた。
軍という性質上これはどうしても避けられないものだった。
もちろんスカーレットは、その話を聞いても断るつもりはなかった。
「まあ、だから、『絶対』は約束出来ねーけどそれでもよければよ、」
そういってスカーレットは、GHSを取り出す。
「??」
「連絡先、交換しとこうぜ」
「……………あれ?交換してなかったっけ?」
「してねーよ!!何言ってんだお前!!」
「ああ、アイリーンとは交換してたんだ。いけないごちゃごちゃしてた」
「………………………」
色々言いたいことをぐっと堪えてリッパーから、差し出されたGHSを操作する。
そんなスカーレットにリッパーは、言い辛そうに尋ねる。
「………将来の夢とかってないの?」
恐らくリッパーにしてみれば成り行きで決めているように見えたのだろう。
連絡先を交換し終えたスカーレットは、リッパーにGHSを返しながら口を開く。
「んー…………しいていうなら、幸せになりたいかな」
そんなリッパーの声音に気付かず、スカーレットは、なんてことなさそうに返す。
背もたれを抱き抱えるようにしながら向き合うスカーレットの表情を見たリッパーは、目を丸くして優しく笑う。
「そっか………」
「そういうお前は、どうなんだよ?」
「え?」
「だから、将来の夢だよ。画家になんのか?」
スカーレットの質問にリッパーは、先程まで描いていた画を見つめる。
「……………どうだろう?あんまり、しっかり考えたこともなかったなぁ」
「え?マジか?だって、お前、あんだけ絵を描いてたじゃねーか」
驚いているスカーレットにリッパーは、何とも言えない表情を浮かべる。
「うーん。別に画家になるために絵を描いてる訳じゃないし………」
「は?じゃあ、何で絵を描いてんだ?」
スカーレットの質問にリッパーは、腕を組んで考え込む。
「何でだろ………多分、描くものがあるからかな?」
リッパーは、手の中にある鉛筆を見つめる。
「僕にとって、絵を描くことは当たり前なんだ。もちろん、絵を描くことは楽しいけど…………なんて言うかな」
リッパーの鉛筆を持つ手はペンだこだらけだ。
「僕にとって絵を描くのに感じる、楽しいことも嬉しいことも苦しいことも辛いことも全部当たり前のことなんだ。だから、何でって聞かれても困る」
「へぇ………」
目をパチパチとさせた後、スカーレットは、そう呟いた。
「それに父さんを見てても思うんだけど、画家で食べてくって結構大変なんだ。それこそ、一握りの人間だけなんだ」
「だから、むりだって?」
「まあ、そんなところ」
「なりたくねーの?」
「いや、なれれば嬉しいかな」
「ふーん」
そういってスカーレットは、椅子から立ち上がりリッパーの後ろに回る。
「取った!!」
「へ?あ?ちょ、ちょっと!!」
リッパーから取り上げた紙をヒラヒラとさせる。
「なぁんか、さっきから大事そうに持ってるからよ~」
そういって書かれている文字を確認する。
「『入部届』?」
「あ、その……………」
リッパーは、顔を赤くして俯きながら、答える。
「良かったら、美術部に入部してくれないかなぁ………と思って………」
スカーレットの胸が少しだけ痛む。
お世辞にも人付き合いが得意とは言い辛いリッパーだ。
この誘いにも並々ならぬ勇気を振り絞ったはずだ。
「………ねぇ、
何も言えないでいるスカーレットにリッパーが尋ねた。
「クラスにいるよりも、家にいるよりもスカーレットを幸せに出来るよ」
声音は頼りないが、しっかりとスカーレットを見据えてリッパーは、告げる。
「………随分な殺し文句だな」
スカーレットは、椅子にかけ直す。
「でもよ、無理だ」
「なんで?」
「あたしが幸せになるには、正攻法じゃ無理なんだよ」
スカーレットを保護者から切り離すためにルイーズは、この方法をとった。
それ以外の方法を取ろうとすれば、スカーレットは、また、あの家に戻らねばならなくなる。
せめて、成人するまでは、こうしていなければならない。
「…………そっか、困らせて──」
「ゴメンとか言うなよ。ぶん殴るぞ」
頰を少しだけ染めながら半眼で睨み付けるスカーレット。
スカーレットは、嬉しかったのだ。
そんな風に誘ってもらえることも、食い下がられることも初めてだった。
だから、それを否定するように謝って欲しくなどない。
まあ、もちろん、そんな意図などリッパーは、ちっとも分からない。
困ったように目を泳がせるリッパー。
そんなリッパーからスカーレットは、鉛筆をひったくる。
「おら」
そういって入部届をリッパーに渡した。
渡された入部届には、スカーレットの名前が書き込まれていた。
「え?これ?」
「るせぇな。今日だけあたしは、美術部員ってことだよ。ほら、何やりゃあいいんだ?」
目を背けながら、そういうスカーレットにリッパーは、目を輝かせる。
「えっとね、りんごのデッサン!」
「なんかもう少しパッとしたのやんねーか?」
「基礎も出来てないのにそんなのやらせられないよ!」
ニコニコしながらリッパーは、スカーレットにスケッチブックと鉛筆を渡す。
「大丈夫、僕もアドバイスするから!」
リッパーも同じようなスケッチブックを取り出し、りんごのデッサンを始めた。
しばらく教室には、鉛筆がスケッチブックを滑る音だけが響く。
「…………ありがとな、リッパー」
そんな中、ポツリとスカーレットが溢す。
「え?」
突然礼を言われたリッパーは、素っ頓狂な声を上げる。
「ここでの日々は、正直、思い出したくもないことばかりだった」
スカーレットは、鉛筆を置き、身体をリッパーの方へ向ける。
「でも、お前と転校生と過ごしたあの日々は間違いなく楽しかった」
本当は気恥ずかしいので、目を背けたいのだろう。
だが、やはり、こういうことは目を見て言うべきだ。
「そこまで言われると、その、僕は………」
「知ってるよ。転校生の嘘泣きに騙されたのがきっかけだったんだろ?」
居心地悪そうにしているリッパーにスカーレットは、淡々と告げる。
リッパーは、引きつり笑いを浮かべる。
「アイリーンに聞いたの?」
「まあな」
ニヤリと笑うスカーレット。
「でも、例えきっかけがそうだったとしても、あの日々は楽しかった。おかげであたしは、これから先この思い出を抱いて生きてゆける。だからよ、ありがとな」
照れくさそうにそれでもはっきりと感謝を伝える。
そんなスカーレットの姿を見て、リッパーの胸がいっぱいになる。
まるで別れの挨拶、いやまるでではない。
スカーレットなりの別れの挨拶なのだ。
徐々にスケッチブックが歪み始めた。
「ンだよ、泣くなよ。これが今生の別れでもあるまいし、連絡だって取るぜ」
遂に我慢できなくなって、リッパーの瞳から涙が溢れ出した。
「泣いてなんかない、僕が泣くのは、フラれた時だけだ」
「じゃあ、その目から出てるのは何だ?」
「………ただの塩水……だよ!」
別れを悲しんでくれる人がいる。
申し訳ないことは、分かっている。
でも、思わずにはいられない。
「あたしは、幸せものだなぁ」
そう呟くスカーレットに文化祭で作った看板が目に入る。
あのドタバタの日々の象徴とも言える喫茶店の看板。
泣かないつもりだった。
でも、無理だ。
こんなタイミングでこの看板が目に入ってしまえばそんなの無理だ。
「なあ、リッパー、この絵売ってくれよ」
「え?」
目を白黒させるリッパーにスカーレットは、五百ガルドを指で弾いて渡す。
五百ガルド硬貨とスカーレットとそして、自分の描いたシフォンケーキの描かれた看板を見て、首を傾げる。
「……………安くない?」
「嫌だったら、画家になってみろよ。そしたら、そん時は、お前の言い値を払ってやるよ」
満面の笑みと少しの涙とともにスカーレットは、リッパーとそう約束した。
スカーレットの宣言にリッパーは、泣き笑いのような表情を浮かべる。
「ずるいなぁ………それに分かりづらいよ」
『だったら、友人の彼女以上に好きな人を作ればそれで解決じゃあないですか!』
図書館司書、クイーンのセリフがよみがえる。
何故、今、思い出したのか?
何となく、気恥ずかしくなったリッパーは、息を吐き出すと共に打ち消す。
瞳から流れる塩水を制服の袖で無理矢理拭き取り、リッパーも負けじと笑顔を作る。
「うん。約束だよ」
◇◇◇◇◇◇
現在。
「ルイーズ、この書類ですけど………」
そういって談話室に行くと、見覚えのある絵が額に入って壁に飾られていた。
「これって…………」
ルイーズは、紅茶を一口飲みながら微笑む。
ティーポットの隣には、シフォンケーキが切り分けられて置いてある。
「未来の超有名画家の大切な絵だってさ」
二人の約束が果たされるのはいつか?
ややこしい性格にややこしい生い立ちのスカーレット、
少し人付き合いが苦手で意外にリアリストなリッパー、
恐らくすんなりとは行かないだろう。
挫けるかもしれない。
でも、きっと大丈夫。
彼は、背中を押して貰った。
そして、彼女には、とっておきの幸せな思い出があるのだから。
スカーレットとリッパーで締めさせて貰いました!!
実は、随分前に出来ていたのですが、今回あげるにあたり、読み直してみると「あ、だめだ」となり何回も書き直しました。
では、また外伝86で