お待たせしました!!てなわけでどうぞ!!
「さあ!始まったね!!」
ついに文化祭本番。
クラスにはルイーズとスカーレットの二人だけ。
まあ、想定内と言えば想定内だ。
「リッパーは、何時頃に来るって言ってた?」
「取りあえず、開祭式の前には来るっつてたし、そろそろじゃねーか?」
「んじゃあ、罠を外しとくかねぇ」
ルイーズは、教室の入り口に置いておいた罠を撤去し始める。
決まった手順で開けないと音が鳴るという単純な仕組みなもの。
そして、それに気をとられるとそのまま足元の糸に引っかかり転ぶというものの二重トラップだ。
ルイーズが昨晩、念のためと用意したトラップだ。
何せルイーズ達は一度看板を壊されている。
用心するのは、当然だ。
「結構鳴ったよね」
「泊まって正解だったな」
スカーレットは、そう言って大欠伸をする。
昨夜は、油断したときに鳴り響くトラップとすっころんだ時に響く鈍い音のオンパレードだったのだ。
「どいつもこいつも、読みやすくて助かるねぇ」
スカーレットの欠伸につられながらルイーズは、大欠伸をし、目元にあふれた涙を拭う。
しかし、伊達眼鏡のレンズに当たってしまい、伊達眼鏡と顔の隙間から涙を拭った。
「ところで、開祭式は、誰が出る?」
二回目の欠伸を噛み殺しながらスカーレットが尋ねる。
誰かは教室に残っていないとまた何か壊されかねない。
「私とリッパーが出るよ。開祭式までは、私が見張ってるさ」
「あー………そっか、それがあったなぁ」
スカーレットは、顔を歪めながら呟く。
そう、スカーレットは容疑者候補の一人であるリッパーを今日一日中見張らなければいけないのだ。
「つーか、ずっとって……トイレとかどうすんだ?」
「トイレ行かさなきゃいいじゃん」
「………………冗談だよな?」
「冗談だよ」
「だったら、真顔で言うんじゃねーよ」
ルイーズは、からからと笑いながらスカーレットの肩に手を置く。
「まあ、出来る範囲で言いさ」
「出来る範囲で、なぁ…………ところで、お前は誰を見張んの?」
「内緒………というか、単純に決まってない。目に付いた奴をしばらく見張ろうかな?と思ってる」
ルイーズの回答にスカーレットは、少しだけ悩みながら考え込む。
「ふ、二人とも!大変だ!」
そんなスカーレットの悩みを吹き飛ばすようにリッパーが画架を持って教室に飛び込んできた。
「どうしたんだい?」
ルイーズが尋ねると画架を床に卸し、リッパーはポケットからパンフレットを取り出し広げる。
「ぼ、僕たちのクラスの名前がない!」
「「は?」」
◇◇◇◇◇◇
「どういうことだい?これを見る限り、私達のクラスの申請書は提出されているはずだけど?」
開祭式が始まる少し前にルイーズは、本部で生徒会の受付印の入った書類を女性の役員に見せる。
「……………こちらのミスですね。開祭式の際に訂正しますので」
書類を確認した生徒会の一人は淡々とそう告げた。
「……………普通、一言ぐらい謝罪があるものだけどねぇ」
「申し訳ありませんでした」
ルイーズは、ボイスレコーダーのスイッチを入れる。
ボイスレコーダーからは先ほどのやりとりが流れる。
その音声を聞いた瞬間、初めてその役員の表情が揺らいだ。
ルイーズは、顔の近くでボイスレコーダーを降る。
「確かに言ったね?約束は守りたまえよ。でないと私はこの音声を愉快な事に使うからね」
「………会長と相談します」
「相談とかじゃなくて、訂正しろと言っているつもりなんだけどなぁ?」
「…………」
「何の騒ぎだ?」
そんなことをしているとスミスとジョンが、やってきた。
二人を見た瞬間、ルイーズの頬を涙が伝う。
「聞いてよ。二人とも!私達のクラスの名前がこの出店紹介のパンフレットに載っていないんだよ。しかもこの人に訂正を求めても上と相談しますとか言って全然取り合ってくれないんだ!!」
声を震わせていうルイーズ。
「いや、訂正するって言ったはずですよ!」
「私が録音しているといった瞬間、上と相談すると言う返事をしたよね?」
後に引けない状態になってから出たこの言葉。
それがでた時点でやり過ごそうとしていたのが丸わかりだ。
ルイーズの瞳からはハラハラと涙が落ちる。
その涙を拭おうとして伊達眼鏡に手をぶつける。
ルイーズは、気を取り直して眼鏡の隙間から手を入れて涙を拭う。
「わ、分かった!ちゃんと俺らで訂正するから!」
「…………本当」
「もちろん!」
ルイーズは、再びボイスレコーダーのスイッチを入れる。
《わ、分かった!ちゃんと俺らで訂正するから!》
「よし、言質もとった。それじゃあ頼んだよ」
ルイーズは、ぱあっと輝いた笑顔でそう告げ、本部から出て行こうとする。
「…………どうせ貴女達のクラスの売り上げなんて意味ないくせに」
先ほどルイーズに追い詰められた女性の生徒会役員がボソリと負け惜しみのように呟いた。
それを聞き逃すルイーズではない。
ルイーズは、その女性の生徒会役員に指を突ける。
「言ったね?口から出た言葉には責任を持ちたまえよ」
その声音の底知れぬ冷たさにその場にいた全員の背筋が凍り付く。
ルイーズは、突きつけた指を下ろすと、ひらひらと手を振って自分のクラスの場所に戻った。
リッパーを見つけるとルイーズは、隣に立つ。
「ど、どうだった?」
「一応、訂正させるように脅してきた。でも、多分、パンフレットの訂正までは間に合わない」
「そ、それって…………」
「そう。外部のお客さんは、どうしたって少なくなる」
「ど、どうするの?」
「さて、どうしたものかねぇ」
ルイーズは、腕を組んでステージを眺める。
ステージ上では初老の男性、学園長が挨拶を呼んでいる。
「…………リッパー。君、開祭式代わりにでといて」
ルイーズは、そう言って講堂から出て行った。
◇◇◇◇
「お前、戻ってきていいのかよ!!リッパーの見張りはどうすんだ!!」
「まあ、あんだけ人がたくさんいればいいでしょ」
ルイーズは、そう言いながら部屋の隅で荷物をごそごそといじる。
「お前、言ってること無茶苦茶だぞ」
呆れたスカーレットを余所にルイーズは、段ボールから引っ張り出す。
「それは、ともかくさっき言ったような訳だから外部の客は、中々しんどいところがある」
「………ま、訂正してもらえただけでも御の字だよな」
諦めにも似た声音でポツリとこぼすスカーレット。
「甘い甘い。甘いよ、スカーレット。甘いのはお菓子だけ十分だ」
「そうは言ってもよ──────」
ルイーズに反論しようとして顔を上げたスカーレットは、言葉を失った。
「………………何そるぇ?」
「クマの着ぐるみ」
「んなことはわーってるよ!!そーじゃなくて、何でんなモノ被ってんのかって聞いてんの!!」
クマの着ぐるみに身を包み即席のプラカードを持ったルイーズにスカーレットは、力の限り突っ込んだ。
「つーか、それ、いつ、どこで借りてきたんだ!!領収書は!?」
「私物。もしかしたら、いるかも?と思って昨日持ってきておいた。あと、領収書はリッパーの時と違って親のを借りたわけじゃあないからいいだろう?」
「やべぇ…………もう、どっから突っ込めばいいか分かんねぇ………」
「とにかく、目を引けばいいんだ。だから、これをつけて宣伝してくる。聞けば、他のクラスでもやってるところがあるみたいだし」
「いや、そうは言ってもよう……」
「大丈夫。リッパーには、着ぐるみで宣伝することには、了解貰ってるし」
「いや、そうじゃなくて…………」
「んじゃあ、思い立ったが吉日って事で行ってくるね!」
「話聞けよ!!お前、それで今日一日、切り裂きジャックの容疑者候補見張るつもりか!?」
スカーレットの叫びは、ダッシュで教室から姿を消したルイーズには届かない。
教室には、スカーレットとこれで宣伝すると言っていたお手製看板。
「あいつ何しに行ったんだー!!」
スカーレットは、腹の底からそう叫び、看板を手に取ってルイーズを追いかけようとする。
『文化祭開始です!!皆さん楽しみましょう!!』
文化祭の開始を告げるアナウンスが鳴り響いた。
「え……………まじ?」
◇◇◇◇◇◇
文化祭の真っ最中、ベイカーは、真面目にスミスを見張っていた。
連絡用の小型マイクを仕込み、ぱっと見は文化祭を楽しんでいるように見える。
そんなベイカーの後ろにエラリィが立つ。
「何でここに?」
「隣にジョンがいる」
「あぁ、なるほど」
二人が固まっていると不審に思われる。
その前に聞いておきたいことがある。
「これで何か変わるのか?」
結局、見張るのは今日一日。
その間に動きを見せるとは考えづらい。
「さてね。まあ、何もやらないよりはマシじゃない?」
背中にいるエラリィにベイカーは、そう答える。
「俺からもいい?」
「なんだ?」
「今回の件、隊長、途中から変じゃなかった?」
「というと?」
「いつもは、俺と一緒に教官を嗜めていたと思うんだけど、途中からあきらかにそんな様子なかったよね?」
「…………多分、手綱を離したんだ」
これ以上は、流石に支障が出ると判断したのだろう。
エラリィは、GHSを取り出しメール画面に打ち込む。
《クイーン隊長は、アレでも教官に制限をかけていた。だが、今回の件は、特に後手に回っている。だから、教官の制限を外した》
エラリィからの文面に目を通し、ベイカーも文字を打ち込む。
《今までも結構好き勝手やってたと思うけど?》
《いや、今までも教官の提案や考えをクイーン隊長が一端咀嚼して、僕たちに指示という形をとっていた。だが、今回は違う。今回は、ほぼ教官の独壇場だ》
《…………言われてみれば………でも、何で?》
《…………それが分かれば僕も苦労はしない》
《だよねぇ》
二人は、大きくため息を吐いて立ち上がった。
そんな二人の目の前を何だか見覚えのあるクマの着ぐるみが子どもの手を取って横切った。
「……………………おい、今の」
「やめて。俺に振らないで」
「いや、だって、お前の担当だし」
「違うよ!!というか、見失う前に行くよ」
ベイカーは、そう急かすとエラリィとともにスミスとジョンを追った。
◇◇◇◇◇◇
「ありがとう、クマさん」
喋らない代わりに手をひらひらと振って返事の代わりにする。
迷子の子どもを親に送り届けたルイーズは、ハレの見張りを続ける。
今のところハレに異常はない。
尾行や見張りには向かない格好だが、文化祭というこの行事が見事にルイーズを覆い隠していた。
ライオン、トラ、それにブタザル、ブウサギなどなど、皆、着ぐるみに身を包んで宣伝していた。
(うーむ……………やっぱり、看板あった方がいいなぁ)
先ほどから子どもにはたかられるのだが、クラスの喫茶店に案内できない。
(まあ、仕方ないものは仕方ない)
ルイーズは、思い直して再び歩き出す。
【まさか、そんな格好してるとはな】
聞き覚えのあるボイスチェンジャーのかかった声。
その声とともに短剣がルイーズに襲いかかる。
ルイーズは、慌てて一歩下がった。
短剣は、空しく空を切る。
短剣を持つボイスチェンジャーのかかった声の正体。
何度も見たあの、切り裂きジャックだ。
(マジかい……………)
ルイーズは、慌ててハレを見る。
ハレはまだいる。
(と言うことは…………ハレは切り裂きジャックじゃあない)
短剣を構える切り裂きジャックは、ルイーズに狙いを付けている。
戦闘は避けられない。
だが、そうなってしまえば文化祭は中止だ。
何せ、切り裂きジャックが潜り込んでいるのだ。
中止にせざるを得ない。
(……………分かっているさ。それが普通だ)
ルイーズも納得は出来ている。
文化祭も守り、切り裂きジャックの処理、両方やるなんて無理だ。
それこそ、そんなものは綺麗事だ。
しかし、そんなルイーズの脳裏をよぎるのは、スカーレットだ。
あの一人ぼっちで作業をしていたスカーレット。
失敗を望む奴らの思い通りになりたくないと言い放つスカーレット。
看板を壊され肩を落としているスカーレット。
ようやくそれらが実を結ぶかもしれないのに、今、全く関係ない要因で全てが無駄に終わってしまうのだ。
努力が報わないのは、辛い。でも、それ以上に自分の実力と関係ないところで報われないのはもっと苦しい。
ルイーズは、拳を握り締める。
これから選ぶのは困難な道だ。
─────「出来る出来ないじゃあない、やれと言っているんだよ」─────
いつかベイカーに言った台詞が、今まさにルイーズに帰ってきた。
ルイーズは、深呼吸を一つする。
《あぁ、久しぶりだな》
声音を変え、いつもより低音。
【覚えてたのか】
ルイーズは、考えた。切り裂きジャックの事件にすれば文化祭は潰れる。
ならば、事件にしなければいい。
しかし、普通ならば無理だ。
だが、今は普通ではない。
文化祭だ。
文化祭を潰さないために文化祭を利用しない手はない。
《忘れるものか。あの時、私の目の前で体温を失っていく母の姿を忘れたことなど一度たりともない》
つまり、この事件を演し物にしてしまえばいいのだ。
【……………は?】
戸惑う切り裂きジャックに構わずルイーズは、続ける。
《私は、お前が見落としていた、あの時の小熊だ》
【………………何を言っているんだお前は】
《お前を倒すためなら何だってする。私は復讐のためだけに生きてきた!》
【いやいやいやいやいやいや】
《覚悟しろ!!人間!!》
現実を仮想にし、ルイーズ(クマの着ぐるみ)は、切り裂きジャックに殴りかかった。
さあさあ、お祭り騒ぎですよ!!
では、また外伝67で( ̄∇ ̄)