とある土曜日の昼過ぎ頃。
私は荷物をまとめて、今日の仕事でお世話になった人たちの挨拶回りへと向かっていた。
「今日はお疲れ様でした!」
「あぁ、お疲れー。美嘉ちゃん、今日はよかったよー、またよろしくね。」
「はい、ありがとうございます!」
今回、私が出演したのは幸子ちゃんたちKBYDの三人がレギュラーで出演しているクイズバラエティー番組。そのうち、彼女たちが担当している一つのコーナーだった。
私の主な仕事はモデルだし、今まで雑誌で紹介されたりすることはあっても基本的にはテレビに出たりすることはほとんど無かった。これでも一応、カリスマJKモデルって言われてるし? 前まではそれでよかったんだけどね。
でも、最近はこうして登場するメディアを増やしていくことにも積極的になってきている。
私がJKでいられる時間がそう長くないからだ。
JKでなくなればもちろんカリスマJKモデルでいられなくなる。カリスマJKモデルでなくなれば箔がつかなくなるし、たぶん流行も作れなくなる。
そうなればモデルとしては二流だ、いつまでもそんなものに縋り付いてはいられない。少なくとも、他にも何かしらの柱となる代名詞がいるだろうということはヒシヒシと感じていた。
そんなわけで、こうやって後輩のいる番組なんかに出演させてもらってスキルアップを図っているわけだ。ここ最近は、モデルとしてならともかく、トークなんかはまだまだだと痛感させられることが多い。
昔のアタシだったらこんな風に開き直ることはできなかっただろうな・・・。ここら辺はやっぱり、あの人の影響が大きいんだと思う。
そんなことを考えていると前方から一人の女の子が歩いてくるのが見えた。
「あ、幸子ちゃん。」
「美嘉さん! さっきはどうも、お疲れ様でした! いつも以上に楽しい番組になりましたよ!」
「幸子ちゃんもいつも以上に可愛かったよー。」
「えへへ、そうですかー? 当然です!」
頬をほんの少し赤く染めながら、胸を張って自慢げに威張ってみせる幸子ちゃん。
あー、もう、ホントにこの子はもー。
「幸子は~ん、待っておくれやす~。」
「もー、そんな急がなくたっていいじゃんよー。」
幸子ちゃんに続いて現れたのは同じくKBYDの小早川紗枝ちゃんと姫川友紀ちゃんだった。
「三人とも、今日はもう仕事はないの?」
「そうやえ〜。それに、この日は毎週毎週収録があるさかい、特に何もないんやったら一緒に過ごす流れになるんどす。」
「これから昼を食べに行くとこなんだよ。」
「あ、そうだ! よかったら美嘉さんも一緒にお昼どうですか?」
「え、いいの?」
アタシはまだ仕事はあるけど、時間にはかなり余裕がある。
「お、それいいねー。幸子ちゃんにしてはいいこと言った!」
「ちょっと友紀さん! どういう意味ですかそれ! ボクはいつだって一番なんですから、いいことを言うのもいつものことです!」
「そやったら、宿題もしっかりせんといかんえ~。」
「わ、わわわわわかってますよ! ただ・・・あの宿題がカワイくないのがいけないんです・・・!」
「はいはい、そうですねー。」
「あ、友紀さん! 今、ボクのことをバカにしましたか!?」
こ、この三人って番組以外でもこんな感じなんだ・・・。幸子ちゃんがちょっと不憫になってきた。それがこの子のいいところでもあるんだろうけど。
何はともあれ、アタシたちは三人がよく行くというお店に行くことになった。お店っていうか喫茶店、かな。細かな路地をいくつか曲がったところにあって、まさに知る人ぞ知るって感じだ。アタシ一人で来られるような場所ではない。
でも、ほぼ毎週来てるって話だから、目立たないっていうのは第一条件だったのかもしれない。いくつか試した結果、ここに行きついたのだろう。
見た感じは洒落た感じの渋いお店だったのだが、一つだけ意外な特徴があった。
ゲームコーナーが設けてあったのだ。
ただし、ゲームと言ってもメダルゲームとかそんなのがある訳ではなくて、ダーツとビリヤードとパターゴルフがこっそり置いてあるだけではあったが。
さらに幸子ちゃんたちが言うには、ここの店長がかなりの恥ずかしがり屋で、滅多に人前には出てこないんだそうだ。
こういうお店も新鮮でいいなぁ。今度、莉嘉とみりあちゃんもつれてきてあげよーっと。・・・プロデューサーを誘っても別におかしくはない、よね・・・?
「だーかーらー、あそこはもっとテンポよく喋っていかないといけなかったって。変な間ができちゃって司会の人も困ってたじゃん。」
「いえいえ、あそこはあれでいいんです。少し間を空けることでカワイイボクの顔がアップになったんですから、全く問題ありません!」
「そやからこそ、そん後のリアクションが際立ったんどすな~。分かりますえ~。」
「あー、なるほど! それなら納得納得。」
「あれは狙ったわけではないですからね!?」
「はいはい、手が止まってるよー。」
お店に入って小一時間ほどが経っただろうか。いつの間にか三人は今日の仕事についての反省会(という名の幸子ちゃんいじり)を始めていた。こういう小さな努力があのバラエティー番組のレギュラーという結果に結びついているのだろう。
幸子ちゃんに至っては宿題をしながらそれに参加しているのだから、心の底からすごいと思う。今日、彼女たちから学んだことは少なくない。
・・・そろそろあのこと訊き出せないかな。時間もなくなってきたし。
「と、ところでさ・・・三人の今の仕事ってプロデューサーが取ってきてくれたんだよね? やっぱりあの人っていい仕事持ってきてくれるよね。」
「はい! プロデューサーはボクの引き立て方をよく理解していると思います!」
「そうどすな~、無茶な仕事は持って来ぉへんし。」
「あの人がついてくれるようになってやりやすくなったよねー。」
「そ、そう・・・。な、なんかアタシについて話してたりとか、する・・・?」
あぁ、もう。もっと上手く聞き出したかったのに・・・。
ほら、なんかすでに何か察したようにニヤニヤしてるし!
「なになにー、美嘉ちゃん、プロデューサーのことが訊きたいのー?」
「べ、別にプロデューサーがどうとかじゃなくて! アタシの元担当の人から見て、今のアタシがどう映るのかが気になるだけだから!」
「もしかして、そん為に来たんどすか? 乙女どすな~。」
「だから違うってば!」
今なら幸子ちゃんの気持ちが痛いほど分かるよ・・・。
「そうですねー。この間、言ってましたよー、『最近は苦手なことにも積極的になってるみたいだ、三人も負けてられないな。』って。ね、友紀さん。」
「うんうん、あの時のプロデューサーは嬉しそうだったなー。」
「・・・!」
な、なんか期待以上にいい返事が返ってきて面食らってしまった。そうなんだ、プロデューサーはそんなことを・・・。
今のアタシの顔はとても人に見せられたものじゃないと思う。
アタシがあの人に担当してもらえた期間はそんなに長くはなかった。Pはいつも人材不足だし、アタシや楓さんはすぐに結果が伴ったこともあって、その実績を買われたあの人は他の仕事を任されることが増えてしまったから。
それでも、あの時期ほど自分の成長を実感できたことは今までにないし、多分これからもない、と思う。プロデューサーにはそれだけ迷惑をかけたし、お世話にもなった。
だからもし、もし機会があるのだとしたら、この恩はいつか返したい・・・いや、返さなくちゃいけないんだ。
どう恩返しするかはまだ考えてないんだけど。
「すいませーん、注文いいですかー?」
なんだかいたたまれなくなったアタシは、間を持たせようと店員さんを呼んだ。さっきまではお昼を食べてたから、次はデザートかな。いや、でもこの後撮影あるし・・・。
「ご注文は何にしますかー?」
「あ、ちょっと待ってください・・・!?」
そんなことを考えていたら、店員さんが来てしまった。それに焦って顔を上げたアタシの目に、信じられないものが映る。
「あら、新人さんどすか? 先週まではいらっしゃりませんでしたよなぁ?」
「そうなんですよー、つい最近始めたばかりでー。(あれー、なーんかこの人たち見覚えあるなー。なんだったっけ・・・。)」
そこに立っていたのはとてもきれいな少女だった。歳は高2か高3ってところだろうか。
モデルをやっていると言われても納得してしまいそうなスタイル。キリッとした表情に、整った顔立ち。声も可愛らしい感じで、少し訛りが入ってる。
でも・・・。
「へー、そうなんだー。たぶんこれからもこの時間によく来るから、その時はよろしくねー。」
「あ、はい・・・あーー!! 思い出したー!」
「な、何ですかいきなり!?」
でも、それ以上に目を引いたのは
「あの時、あたしの家の近くで撮影してた三人組だーー!!」
これでもかと存在感を放つその銀髪だった。
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堀伯父さんの家で居候を始めてからのあたしはとにかく暇だった。
堀さんの家が自営業だったのならともかく、会社勤めの薬剤師なのだから仕方がない。しばらくは家事を手伝ったりはしていたものの、やるべきことがない。バイトを始めようと思ったのは当然の成り行きだった。
そうなった時、やはり一番に思いつくのは接客業だった。家庭教師なんかはできないだろうし、力仕事なんて以ての外だ。実家で身に付けた技術を活用しない手はない。
ただ、一口に接客業と言ってもあたしにできないことは多そうだった。ファミレスのフロアスタッフなんかは多分ムリ。できればもっと大きな施設で、他の従業員もたくさんいて、こまめに休憩が取れて、給料が悪くないところ。これが理想。
思いつく限りだと・・・図書館、本屋、結婚式場、ホテル、
候補を考えながら、スマフォで検索をかける。
その画面には、バイト未経験のあたしにとってはあまりにも多すぎる候補が乱立していた。電子機器をうまく扱えないこともあって、うまく条件を絞ることもできないままただ画面を縦にスクロールさせていく。
「(あら。)」
そんなこんなで思うような結果が得られない中、一つ気になるバイトを目にした。
『人気のない喫茶店。時給〇〇円。学生非歓迎。』
立地が悪いし時給も平均より明らかに下回っていた。きっと売り上げがよくないのだろう。しかも『学生非歓迎』ときた。
募集の仕方もなんだかぶっきらぼうで印象がよくない。他にも普通の人なら優先しそうなバイトはあったから応募がほとんどないのは間違いない。
しかし、あたしにとってはそんなのどうでもよくて、気になったのは最後の一文だった。
『店仕舞いの後は店の遊具で遊んでも良い。ビリヤード、パターゴルフ、ダーツ。』
「これだ。」
バイト募集の広告を見つけた日の二日後には面接をして、さらにその二日後から早速アルバイトとして働くことになった。
面接に行った時、店長だという面接官はあたしの容姿を見てギョッとしていたものの、あたしが学生でないこと、実家が京都の和菓子屋だということ、ダーツが好きなのでぜひ雇ってもらいたいことなどを伝えると、途端に機嫌がよくなり採用となった。
「ちなみに、ちなみになんですが。その髪って・・・地毛?」
「そうですよ。」
「あ、そうなんだ・・・。これからよろしくお願いしますね。」
店長は気の良さそうな人だった。そして、なんと女性である。イメージしてたのはぶっきらぼうな男性だったので、こちらとしてもかなり驚いた。
あと、もう一つだけ彼女の容姿で気になることがあった。
「・・・あの、あたしも一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ。」
「どうしてマスクとサングラスをしてるんです?」
そう、彼女は面接が始まってから今に至るまでずっとマスクとサングラスを着用していたのだ。見事なまでに不審者のテンプレ装備である。
「あ、えーと、あの・・・私は人と接するのが苦手なので・・・初対面の方と話す時には着けさせてもらってるんです。」
・・・それって仮にも接客を求められる者として大丈夫なのだろうか?
「もちろん初めて会った方にはきちんと説明しますし、常連さんとは面と向かって喋ることもあるんですけどね。」
そういう問題? 変な人やなぁ。
「ふふっ・・・。」
「どうかしました?」
「あ、いえ、あなたがこの状態の私を一目見た時に、悲鳴をあげるどころか質問もされなかったので変な人だな、と思ってですね。」
あなたには言われたくないですけどね?
こうして始まったあたしのバイト生活。一日目も二日目も、客は思ったよりも入っていた。初見さんがあまりいないのは予想通りだったが、常連さんはけっこういるらしい。
なんかあたしの実家みたいだ。そう思えば全然つらいことはないし、むしろ仕事量だけで言えば実家の方が多いかも。実家でサボってた分を差し引いたくらいかな。
「注文いいですかー?」
そして、迎えた三日目。
あたしは彼女たちとの出会いを果たしたのだった。
美嘉姉って悲恋のイメージしかない。