「あー、つっかれたぜ! やっぱ慣れないことはするもんじゃねぇな。」
「あら、そう? 最後の方はけっこうノリノリじゃなかった?
私としてはもっと色っぽいポーズとかしてみたかったのだけれど、逆に止められてしまったわ。」
「奏さんは凄いですね、もうすでにプロって感じがします。」
撮影は無事に終了し、三人の控室へと足を運ぶと、今日の感想を話しているところだった。
新人である三人に対して個室が割り当てられていることが、事務所が彼女たちにかける期待の大きさを物語っている。
「失礼するよ。みんな、お疲れさま。今日はありがとね、これは私からの差し入れだよ。」
「あ、プロデューサーさん、お疲れ様です。」
「あら、気が利くのね。もしかして女性の扱いには慣れてるのかしら?」
「おう、サンキュー! ちゃんとシュークリームも入ってるんだろうな?」
・・・最年少が一番礼儀正しいってどういうことだろうね?
ちなみに付け加えておくと、向井さんは高校三年(18)、速水さんは高校二年(17)、水本さんは高校一年(15)だ。制限があったわけではないが、偶然にもグランプリ受賞者全員が女子高生というのは少し出来過ぎだな。プロデュースしやすくっていいけどね。
「おっと、そんな態度だとやるわけにはいかないなー。別に俺一人で食べてしまっても構わないんだが?」
「あー、悪かった! アタシが悪かった! だから、な! その手に持ってる袋をこっちに寄越せって!」
「ダメですぅ~、誠意が足りません~。」
「あー、もう! どうもすいませんでした! 申し訳ありませんでした!」
「・・・? あの方々は何をなさっているんですか?」
「ふふっ、拓海ちゃん、頑張ってー。」
私は向井さんに対しては容赦はしない。
なぜかというと、彼女をスカウトしたのがこの私だからだ。
「こんの野郎・・・こっちが下手に出てやったら調子に乗りやがって・・・。」
「あ、ちょっと待って。ごめん、ふざけすぎた。だからその振り上げた拳をしまって! お願いだかr・・・ギャーーー!」
逆を言えば、彼女も私に容赦ないのが辛いところだな。
彼女をスカウトするのには骨が折れた。なにせ、この性格だ。元がヤンキー紛いの特攻隊長だったこともあり、普通にしていればアイドルなんてものに縁がある人物ではない。
彼女をスカウトする時に分かったことが、意外と彼女は乙女属性に興味があるということだ。例えばこのシュークリーム。甘いものに目が無かったりする。他にも、猫や犬などの小動物が好きだったり、実際に着ることはなくともカワイイ感じの服装に憧れていたり、とか。
別に付け込んだわけではない。彼女も夢見る少女だったということだ。
「プロデューサー、大丈夫かしら?」
「あらあら、気を失ってしまったようですね。」
「自業自得だぜ。」
私は差し入れを持ってきただけだったはずなのに・・・。何でこんな目に・・・。
もういいや、殴ったことを後悔するまでこのまま狸寝入りしてやる。
「どうしましょう?」
「そうね・・・やっぱりこういう時は目覚めのキスがいいのかしら?」
「き、ききき、キス!!??」
なーに言ってんだ、こいつは。あと、向井さんは慌てすぎな。
「えぇ、そうよ。男女は逆だけれど、『目覚め=キス』っていうのは常識でしょう?」
「そりゃ物語での話だろうが!」
「ま、細かいことはいいじゃない。物は試しってことで・・・。」
「っていい訳あるかーーい!!」
「あら、残念。」
「わー、凄いですねー、奏さん。」
「あー、つまりはただ鎌をかけただけじゃねぇか・・・。」
あっ、だまされたのか。
くっ・・・こいつ演技もなかなかいけるじゃないか・・・そっちの路線も考えておくか。
「全く・・・それよりもみんな、宿題やってきたか?」
「ん、まぁ、一応な。」
「考えてきましたよ。」
「思ってたよりも難しいのね、こういうのって。」
それは以前にこの四人で集まった時の話だ。彼女たちが三人でユニットを組む可能性を伝えた上で、私は彼女たちにとある一つの宿題を出した。
三人のユニット名である。
実は、この宿題は私が担当するユニットのアイドルに初めに必ずやってもらうことの一つでもある。
もちろん、まだユニット化が本決まりしたわけではないし、もしそうなったとしてもユニット名はこちらで勝手に用意するというケースもありうる。むしろ、事務所としては彼女たちに考えさせる方がリスクがあると判断しそうなものだ。新人の割に期待のされ方が桁違いだからな。
それでも、私はこの宿題が彼女たちにいい影響を及ぼしてくれると信じて疑わない。なぜなら、名前を考えるということは、自分が何になりたいかを考えるということだからだ。
今の自分にできること、できないこと。やりたいこと、やりたくないこと。やらなければいけないこと、やらなくていいこと。全てを総合して紡ぎ出されるものが《名前》なのだ。
私はそこに、少女たちの夢を見る。
「それじゃあ、まずはアタシからだ!」
一番手は向井さんだ。
部屋にあるホワイトボードへと向かい、おもむろにペンを取ると普段の彼女からは考えもつかない端整な字で一つの単語を書き殴った。
《
「却下。」
「あ、ひっでぇ!」
いや、まぁ、彼女らしいな・・・。
それにしても・・・
「それにしてもどうしてシンドバッドなんだ?」
「お、よくぞ聞いてくれた! みんなもちろん、《船乗りシンドバッド》てのは知ってるよな?」
「えぇ、名前だけでしたら・・・。」
「知らないことはないわね。」
それから向井による、シンドバッドの解説が始まった。
『船乗りシンドバッド』。
曰く、シンドバッドというのはアラビア語で《インドの風》という意味だということ。曰く、その物語はアラジンやアリババでも有名な
あぁ、なんとなく彼女が言いたいことが分かったような気がする。
「つまりは、私たちは芸能界っつー大海に小舟一つで乗り出す航海者なわけだ。シンドバッドのように、幾多の困難を乗り越えて後世に語り継がれる存在になろうぜ! っていう思いがこいつには込められているわけよ。」
なるほど・・・。
「なんだ、いい名前じゃないか。」
「だろぉ!」
「えぇ、初めはふざけてるのかと思ったけれど、ちゃんと考えてあるのね。驚いたわ。」
「拓海さんて物知りなんですねー、凄いです。」
本当にな。こんなところで意外な頭の良さを見せつけられるとは思ってもみなかった。当て字も格好よくまとめられていて、見栄えがいい。アイドルらしいとは間違っても言えないがな。
「この後に発表するのは気がひけるわね。」
さて、気持ちを切り替えて。二番手は速水さんだ。彼女もペンをとり、《心怒抜刀》の下に文字を書き連ねる。
《ウィーキス》
そこには見慣れない単語が書かれていた。
「・・・? どういう意味でしょう?」
「そのままよ。訳して『私たちはキスをする』てね。」
「ってなんじゃそりゃ!」
こいつはまたなんとも・・・さっきと言い今と言い、キスに拘りでもあるのかね、彼女は。
速水さんは他の二人とは違い、スカウトなどではなく一般からの応募だったからどういう性格なのか測りかねていたのだが・・・ますます分からなくなってしまった。
「いえいえ、私もちゃんと考えてきたのよ? ほら、キスってやっぱり特別な行為じゃない。王女の呪いを解いたり、永遠の誓いを立てる時に使われたり。」
「おう、そうかもな。」
「だからこれは、『私たちはファンの皆さんに誓いを立てます。』ってことなの。ロマンチックでしょ?」
「お、おう、そうかもな。」
ほらほら、向井さんが女子力の違いを見せつけられてたじろいでしまっているじゃないか。
「ま、これは速水さんなりの覚悟が込もった言葉だってことだね。」
「えぇ、そうよ。理解が早くて助かるわ。」
「それでは最後は私ですね。」
さて、三番手は水本さんだ。
ただ字を書くにしてはゆったりとしすぎる雰囲気でホワイトボードに文字を綴っていく。
《παραμύθια》
「って読めねぇよ!」
「あ、失礼しました、こう読むんです。」
書くの遅かったのはただ単に書きにくかっただけかい。書いてる途中で気づくだろう!
そして今度こそその言葉が現れた。
《パラミシア》
・・・これって。
「ギリシャ語で『お伽話、童話』という意味の言葉です。」
「へぇー、ゆかりもなかなか物知りじゃないか。」
「いえ、これは母から教えてもらった言葉でして。今回のことを伝えたら、一緒に考えてくれました。」
「いいお母さんね。」
「いいな・・・。」
「「「え?」」」
「うん、いい名前じゃないか。意味ももちろんだけど、口に出した時のリズムがいい。短すぎず長すぎず。発音もしやすい。音もp音から始まっててきれいだ。このまま採用したいくらいだよ。」
「あ、あら、そこまで褒められると照れてしまいますね・・・。」
うん、これは本当にいいんじゃないか。もしユニットを組むことになって名前を決める時には推薦してみよう。
そして、やはりというかさすがというか。
三人とも共通点のある名前だったな。
それぞれの個性による相違はあれども、どれもが物語とか夢を言葉に表したものだった。
冒険譚から名前をとってきた《心怒抜刀》。少女たちの憧れである物語の定番を表した《ウィーキス》。そしてお伽話を意味する《パラミシア》。
今回のことを見る限り、彼女たちでユニットを組ませない理由はなさそうだな。
「いやー、なかなか楽しかったぜ。」
「そうね、なんだか私たちって相性いいみたい。」
「これからも一緒に頑張っていきましょう。」
そろそろ、私も本気で彼女たちをプロデュースしていかないと置いていかれてしまうね、これは。