こんな感じで書いた4話です。
とある、一人の男の話をしよう。
少年期、男はどこにでもいるような普通の男の子だった。目立った特技があるわけではなく、人並みに習い事をし、人並みにスポーツを始め、勉強をサボり、恋をした。
恋は報われることなく、そのことに悩みもしたがそこは人よりも少し早く立ち直った。
もう少し体が大きくなってきた時、彼は彼自身の中にとある一つの特技を見出した。
『人の気持ちが読める。』
怒りや悲しみ。不安や喜び。そういった、心の機微というようなものを妙に敏感に感じ取ることができることに気づいたのだ。
特技というにはあまりにあやふやなものではあった。しかし間違いなく長所であった。
それが必ずしも誰にでもできることではないと知った時、彼はこれをはっきりと意識して鍛えることを思いついた。
足の速い人がランニングをするように。頭のいい人が単語帳を持ち歩くように。歌の上手い人が発声練習をするように。
彼は考えた。そして、道行く人の表情や話し声からその心の内を探る反復練習を実施した。他にもいろいろやってみた。
結果、大学に上がる頃には人と接することを仕事にしようと決心するまでにその特技は確かなものへと成長を遂げていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私は今、とある三人の少女たちの写真撮影の現場に立ち会っている。
「はーい、それではこっちに目線だけくださーい。そうそう、腰に手を当てながら、振り向く瞬間て感じで。」
「こんな感じかしら?」
「いーねー! 今の頂きましたー! じゃあ、ちょっと自由に動いてみてくれるかな?」
たった今、カメラマンからの要求に完璧に応えてみせているのはその内の一人だ。
まだ女子高生という話だが、彼女の魅力に捉えられたが最後、決して逆らうことができなくなってしまいそうな程の存在感。大衆に埋もれないその美貌。一挙一動が人々の視線を釘付けにし、その心を掴んで離さない。
「あの子、本当にこないだまで素人だったんですか? とてもそうは見えませんか・・・。」
「まぁ、それだけレベルの高いオーディションだったのさ。それを勝ち抜いた彼女たちは、並のアイドルと比べてしまうにはあまりにも才気に溢れすぎる。むしろ、素人かどうかという点においてはまだまだこれからだよ。」
そう、その少女たちというのは、この間に開催されたオーディションのグランプリを受賞した少女たち。《
マスコミにも大々的に取り上げられ、世間からの評判も上々。アイドルのデビューとして、これ以上のものはないと思わせるほどの出来の良さだった。
現場にいるプロのスタッフから見ても彼女たちの資質は抜きん出ているらしい。というか、プロだからこそ彼女たちの資質を感じ取っているのだろう。
資質だけで言えば、城ヶ崎美嘉が三人いるようなものだと言っても過言ではないと私個人は思っている。
「(まぁ、速水さんの場合、《こういう長所》が見込まれてグランプリに選ばれたようなものだからな・・・。まさに水を得た魚ってわけだ。)」
事実、他の二人は人並みに苦労しているようではある。そう考えて隣のブースに目を向けると、そこには気恥ずかしそうにポーズを決める少女の姿があった。
「ちょっとちょっとー、表情硬いよー。」
「お、おう、じゃなくて・・・はい!」
「えーと、楽しいこと考えてみよっか。最近あった嬉しいこととか。」
「嬉しい、こと・・・。(そう言えば、この間の
「お、いいねー! そのまま次行ってみよっか。」
彼女は向井拓海。弱きを助け強きを挫くことを信条とする、いわば正義の特攻隊長だ。
言葉よりも先に手が出てしまう性格のせいか、どうにも器用なことは苦手みたいだ。ただ、型にはまった時の力強さは他の追随を許さない。
今の時代、何でも巧くこなすアイドルが多い中、こういうタイプはきっと化ける。そんな彼女の名前が「拓海(巧み)」というのは何の皮肉かとツッコみたくなるくらいだ。
あと、意外とグラマラスだな。なぜか露出も惜しまない。てか気にしないのか。もちろん、これも彼女の武器だ。
そして、残ったもう一つのブースでは最後のグランプリ受賞者が撮影を行っている。
向井さんもなかなかだが、不器用という点においてはこの子が一番かも入れない。
「こっち向いてー。いや、真正面じゃなくてさ。少しだけ斜めを向いて・・・うーん・・・?」
「おかしい、でしょうか?」
丈の長いワンピースに身を包まれた彼女の名前は水本ゆかり。
彼女は見た目こそお淑やかで華やかな感じがするものの、その実態はドが付くほどの天然だ。
元はフルート奏者で、コンサートに出場していたところをスカウトされてオーディションに応募してきたということだったが・・・自身の見せ方がわからずにかなり苦戦しているらしい。
これにはさすがのカメラマンもたまらず、こちらに助言を求めてきた。
「どうしましょうか?」
「そうですねー・・・いっそのこと、フルートを演奏してもらうのはどうですか?」
彼女は他の二人よりも特殊なのだろう。
この間、彼女が演奏するところを見せてもらったが、その姿は形容し難い美しさを纏っていた。それを引き出すことができればあるいは・・・。
「なるほど・・・水本さん! 今日はフルート持ってきてますか?」
「はい、母からは肌身離さずいつも持ち歩くようにと言われていますので。」
私の提案に感ずることがあったのか、カメラマンは水本さんにフルートを持たせ、その様子を撮ることにしたようだ。
「おぉ! いいねー! 次は最初からその調子で頼むよー!」
「はい!」
彼女が本来の輝きを放つのに、そう時間はかからなかった。
それを、フルートを演奏する時以外にも意識してくれるようになれば最高なのだが・・・それについてはまだまだ時間はかかりそうだ。
「さすがですね、プロデューサー。」
「いえ、私は何もしていませんよ。」
本心からの言葉だった。
確かに、こちらから手助けはできるが、実際に力を発揮するのは彼女たち自身だ。
「私はただ、教えてあげただけなんです。『あなたにはこんなにも才能がありますよ。』ってね。」
「他の人ならいざ知らず、あなたが言うと凄い言葉ですね・・・。」
「そんなことを言って許されるのは、あの高垣楓や城ヶ崎美嘉を見出したあなただからこそなんですよ?」
そう、これが事務所内での私の評価らしい。
彼女たちなら、私と出会わなくともいずれはきっと今と変わらない位置に立っていたと思うのだが。初めに声をかけたのが私だったにすぎない。
過大評価は止して欲しいものだ・・・。
「はーい、それでは最後に三人一緒に撮ってみよっか。肩を並べて立ってみて。外側の二人は中の一人に体を預けるようにしてー、そうそう!」
「立ち位置は変えてみてもいいのかしら?」
「もちろんいいよー!」
「あ、それでは次は私が真ん中になってみましょうか。」
いつの間にか撮影は順調に終わりに向かっているようだ。
速水さんはすでにコツを掴みつつあるようだし、他の二人も負けじと勇んでいる。うん、この三人は一緒にプロデュースしても問題なさそうだ。
・・・しかし。どうしても考えてしまう。
これがもし三人ではなく四人だったなら。
速水さんのような艶やかさを持ち、水本さんのようにお淑やかに、そして向井さんのように力強く。しかしそれでいて、誰とも交わらない存在感を纏っていた彼女。
ここにあの子がいたのなら、あの子はどんな輝きを放っていたのだろうか。そんな考えが頭をついて離れない。
いけない。アイドルは比較するようなものではないと分かっているはずだろう。こんなことを考えるのは目の前にいる彼女たちに対する、これ以上ない侮辱だ。
そう、私はただ見つけただけなのだ。
それを引き出す。それこそが私に課せられた責務なのだ。