銀髪姫 〜power of dream〜   作:ホイコーロー

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2話《駄洒落はお好き?》

 傍から見たら、その時の私は間違いなく不審者だったように思う。

 それほど、《銀髪の少女》を見つけたときの衝撃は凄まじいものだった。

 

 まず目を引いたのは、言うまでもなく、彼女を探す手がかりとなったその銀髪。この目でしっかり見るのは初めてかもしれない。雪のような白さを保ちながら、ここ京都でも悪目立ちしすぎない拙さ、というか渋さが見受けられる。

 服装は和服だった。銀髪に和服・・・? とも思ったが、先に言った渋さもあり、違和感のようなものは感じなかった。おそらく、淡い青色のような、静かで控えめな色が彼女にはよく似合うことだろう。和服も然り、だ。

 そして最後に、なんといってもその表情。どこかふざけているようでありながら真に迫る眼をしている。いくばくか見つめ合っていれば、何もかも見透かされそうな、そんな表情。

 それらはつぎはぎなようで、つぎはぎのようであることが共通点でもあった。そんなあやふやなものだからこそ紡ぎだされる、ミステリアスな雰囲気。

 

 そのどれもが、彼女のアイドルとしての資質を指し示していた。

 

「あのーー?」

「あ、は、はい!」

「そろそろ手、放してほしいんやけど?」

「ご、ごめん! なさい!」

 

 いつの間にか彼女の手を掴んでいたらしい。

 力がこもってしまっていたのか、掴まれていた箇所をさすりながら彼女は言葉を続けた。

 

「あーぁ、ついに見つかっちゃったかぁー。」

「へ? 見つかった?」

 

 それってどういう・・・。

 

「あ、いやねー、なんか(あたし)のことを探してる人がいるって知り合いから聞いたからさー。ちょっと逃げてたんよねー。」

 

 え、ええぇぇーーーーー・・・。

 

「そ、そんなぁ・・・。」

「あはは。いやいや、ごめんねー。でもさでもさ、そういうお兄さんも悪いじゃない? だって、会ったこともない男性がものすごい表情で探しまわてるって聞いたもんだからさ。逃げるなって方が無理やしー。」

「うっ・・・。そ、それについては否定しないけど・・・。」

 

 てかものすごい表情って・・・そんな風に見えてたのか。

 

「まぁ、実際に会ってみたらそんなに悪い人でもなさそうだしー? ここを探し当てたご褒美として、少しぐらい付き合ってあげてもええよー。」

「つ、付き合う?」

「だって、あたしのことナンパしに来たんやろ? 今時、こんな根性のある人そういないし、あたしもちょーっと興味湧いたかも?」

 

 な、ナンパ!? うーん、まぁ、間違ってはないのか、な?

 

「あれ、違うんー?」

「ちょっとね・・・。ま、まぁ、それなら、とりあえずゆっくりできる場所にでも行こうか。」

「あ、じゃあちょっと待っててもらえるー?」

「え、うん。」

 

 そういうと、彼女は裏口らしき場所からちょうど《和菓子屋塩見》のあるあたりへと消えていき、数分後、小さな手提げ代わりの風呂敷を持って出てきた。

 って、それってつまり・・・。

 

「ね、ねぇ、そこってまさか・・・。」

「ん? 知っててここに来たんじゃないの? そこ、あたしん家だよー。」

 

 それが私と《塩見周子(しおみしゅうこ)》との出会いだった。

 

 

 

 

「えー、一目見ただけでティンと来たー? それってもしかして一目惚れー? いやー、いくらシューコちゃんでもそんなの照れるわー。

 で、名前も知らない相手を三日もかけて探し出すなんて・・・本当に根性あるねー、お兄さん。」

「そ、それって褒めてます?」

「もちアンドろんだよー。」

 

 なんか、思ったよりも適当な子だな・・・。

 塩見さんは《和菓子屋塩見》で看板娘として働く少女だった。つまり、あの親切なおじさんは実は初めから私に正解を教えてくれていたのだ。デマとか言ってごめんなさい。

 

「そう言えば、あの和菓子屋の受付の人ってお父さん? やけに機嫌が悪いように見えたけど・・・大丈夫?」

「あー、もしかして三日前くらいに来た? それはゴメンね。その日、あたしが店の手伝いををサボったから怒ってたみたい。常連さんもそんなことを言ってたよー。」

 

 あ、さいで・・・。苦労してそうだな、その人も。ということは、私が見たときのこの子はサボタージュの真っ最中だったってわけだ。

 話を聞くと、彼女は高校はこないだの冬に卒業し、特にやりたいこともなく親のすねをかじっているらしい。

 

「手厳しい評価だねー。」

「す、すいません。」

「で? アイドルのプロデューサーさんがあたしなんかに何の用なん?」

 

 とりあえず、名刺を渡したことでナンパではないということを理解してもらえたようだ。

 

「それはもちろん、スカウトです。」

「・・・。」

 

 あ、あれ? 反応がない。

 塩見さんは八つ橋を食べる手を止めることなく、どこ吹く風で窓の外に視線を向けたまま私の話を聞いていた。

 

「初めに見かけたときも思いましたが、あなたは他の人にはない、特別なものを持っていると思います。ぜひ、今度、東京で実施するオーディションに参加していただけないでしょうか?」

「ふーん・・・。」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・ん? あれ、あたしの番?」

 

 ま、マイペースにも程があるぞ、この子・・・。

 

「え、えぇ、どうぞ。」

「はい、どうもー。えーとね、ちょっとすぐには分かんないかなー。あたしにはあたしの事情もあるし、二つ返事ではいオッケー、ってわけにはやっぱいかないよね。」

「そう、ですか。」

 

 事情、か。そう言われてしまうとこの仕事(スカウト)は途端に難しくなる。

 「興味がない」というだけならどうにかする自信はある。事実、私が担当したアイドルの中にはそういった子も少なからずいたのだから。

 しかし、家の都合でダメと言われると・・・プロデューサーとしてできることは途端に少なってしまうのだ。

 

 それでも、できることはしておきたい。

 

「ねぇねぇ、一つだけ聞いてもいい?」

「え、は、はい! どうぞ!」

「どうしてあたしに声かけたの?」

 

 どうして、か。

 もちろん、一目見たときに目に付いたのは銀髪だった。外見も美少女と言って過言ではないし、スタイルもいい。

 ただ、見た目がいいだけの子なら、ここまで必死にはならなかったと思う。

 うーん、改めて言われると・・・いや、うん、そうだな。

 

「表情、でしょうか。」

「表情ー? 笑顔、ってことー?」

「あ、いえ、まだ塩見さんの笑顔は拝見できてません。

 ・・・寂しそうな、表情をしていたので。」

 

 私の持論は「夢見る女性はもれなく少女」だ。

 目の前にいるこの女性も疑いようもなく少女なのだと思ったのだが、どこか、その、寂しそうにも見えた。気がしたのだ。我ながら酷い理由だが・・・。

 

「ふーん、寂しそう、か。変なこと言うねー。」

「す、すいません、適当なことを言ったつもりはないのです。」

「・・・。」

「・・・。」

 

 うっ、このペースはよくない。

 

「そ、そうだ! 今度、私たちの撮影現場を見学しに来てみませんか?」

「撮影?」

「はい、今、私が担当するアイドルたちがすぐそこで撮影をしています。暇があったら見に来てみないかと。参考になるかもしれないですし。」

「なにそれー、楽しそう! 行く行くー!」

 

 あれ、意外と好感触。

 

「そ、そうですか。じゃあ、この時間にこの場所でやってるので。さっき渡した名刺をスタッフの人に見せてください。話は通しておきます。」

「あれ、プロデューサーは案内してくれないの?」

「うーん、できればしてあげたいけれど・・・。」

 

 今までサボってた分がなぁ。

 

「あー、今まで私を探してサボってた分があるのかー。」

「うんうん、実はそうなんですよ・・・って何で分かるの!?」

 

 本当に、マイペースな子だな。

 

 

 

 

 結局、彼女が見学に来てくれていたのかは分からなかった。

 風の便りで、銀髪の少女が来ていたということを聞いたが・・・うん、やっぱり来てたね。そんなの、彼女以外にあり得ないね。

 そして、KBYDの三人に「どこをほっつき歩いていたのか」と文句を言われながらも、撮影は大成功に終わった。うん、本当にごめんね。

 

 私は、銀髪の少女がオーディション会場に現れることを願いながら帰途に就くのであった。

 

 

 

 

 そして、運命のオーディション当日が訪れた。

 

「プロデューサーさん、どうかされたんですか?」

「え? と、特に何もないですよ。どうしてですか?」

「えー、何もないってことはないよねぇ? 今だって、なんか上の空みたいだったしー?」

「はい、いつものプロデューサーさんじゃないみたいです。ほら、寝癖が三つ(いっつ)もありますよ? 身だしなみには気を付けないと。」

「楓さんはいつも通りだねー。」

「はは・・・。」

 

 この二人は、今日の審査員として参加してくれる《高垣楓(かたがきかえで)》と《城ヶ崎美嘉(じょうがさきみか)》。高垣さんはうちの事務所を代表するトップアイドルだし、城ヶ崎さんは世間で知らない人はいない程のカリスマJKモデルだ。

 この二人が担当するということもあって、今回のオーディションは大々的に告知され、全国から参加者が集まると予想されている。もしかしたら、次世代を代表するような少女が今日見つかるかもしれない。いずれにせよ、レベルが高いことは間違いないだろう。

 

 今の私はそんな変に、見えるのだろうか。

 確かに、今日はあの子がアイドルを目指してくれるかどうかが決まる日なのだ。・・・自分でも気付かないうちに緊張していたのかもしれない。

 こんなのは久しぶりだ。

 

「実は・・・。」

 

 

 

 

「へー、そんなことがあったんだー。」

「珍しいこともあるものですね。」

「えぇ、この仕事を始めてそれなりになりますが、あれほどの逸材はそう出会えるものではない。そう確信しています。」

 

「プロデューサーさんがそこまで言うなんて・・・嫉妬してしまいますね。その子に会った時、じっと(しっと)していられるか不安です、私。」

「何するつもりよー、楓さんったら。どんな子がきたとしても、評価は平等に、ね?」

「はーい、高垣楓、了解(ひょうかい)いたしましたー。」

「・・・高垣さん、酔ってます?」

「ふふ、どうでしょうかねー?」

 

 この人は本当に・・・。この間のドラマでクールな女刑事を演じていたとは思えない。こんな彼女だからこそ、大勢の人を魅了しているのも間違いないが。

 

「城ヶ崎さんの言う通りです。今日はとても大事なオーディションですから。くれぐれも真面目にお願いしますね。」

「えー、そんな、酷いです、プロデューサーさん。」

「はーい!」

 

 

 

 

 そして、オーディションが始まった。

 やはり前評判通り、今回は規模が大きいだけでなく、全体の平均レベルも高い。

 南は沖縄から、北はロシアまで・・・。ってロシアってすごいな。

 と、とにかく、今回のオーディションはそれだけ大規模で、事務所としての今後もかけた一大プロジェクトなのだ。何度も行われる審査を勝ち抜くのは容易なことではない。

 

 ただ、それでも彼女なら・・・。私はそう、思っていた。

 

 しかし、そんな私の気持ちを知ってか知らずか。

 オーディション会場にあの銀髪の少女が現れることはなかった。

 

 

 

 

「うぅ・・・。」

「ほらほら、プロデューサー、泣かないでー。」

「ありがとうございます、美嘉さん。」

「みっ・・・!?」

「あ、す、すいません。つい飲みすぎてしまったようで・・・。」

「や、ぜ、全然構わないけどねッ!」

 

 その晩、私は審査に参加してくれた二人に付き添われて、八つ当たりをするかのようにお酒を呷り続けた。弱い方ではないと自負していたのだが・・・。こんなに飲んだのは過去に覚えがない。

 

「もー、しょうがないですねー。すいませーん、お水いただけますかー?」

「はいよー。」

 

 ちなみに、お店のチョイスは楓さんだ。

 

「だからここはやめた方がいいって言ったのにー。」

「うふふ、違うわよー、美嘉ちゃん。大人にはこういう無茶が必要なこともあるのよー。美嘉ちゃんも、ストレスが溜まったら羽目を外すことはあるでしょう?」

「うーん、そんなものなのかなー? それならいいんだけどさ・・・。プロデューサーも、自分でなるだけ抑えてよねー。フォローはしてあげるけどさー。」

「す、すいません。お二人にはとんだ迷惑を・・・。」

 

「いいのいいのー。私は仕事の後にここに来るのはよくあることですし、むしろ、一人よりもみんなで来た方が楽しいですから。」

「わ、私だってプロデューサーにはいつも感謝してるしー? たまに手間がかかったくらいじゃ嫌いにはならないよ。む、むしろ、頼られるのは嬉しいっていうか・・・。」

「あらあら、美嘉ちゃんったら乙女ね~、求め(おとめ)られるのが嬉しいだなんて。きっといいお嫁さんになるわ~。」

「お、お嫁さっ・・・! か、からかわないでください! 楓さん!」

「ごめんなさーい。ほら、プロデューサー、お水来ましたよー。自ら(水から)飲めないなら、口移し(口から)で飲ませてあげましょうかー?」

「楓さん!!」

 

 

 

 

 こんなはずじゃなかったのだ。こんなつもりはなかった。

 一人、たった一人の少女にここまで心を揺さぶられるとは、思ってもみなかったのだ。それほどに、私は彼女の資質に惚れ込んでいたのだ。

 

「塩見さん・・・今、あなたはどこで何をしているのでしょう・・・。」

 

 夜空の下、二人の美女に挟まれながら彼女のことを思う。・・・これじゃ本当に一目惚れでもしたみたいじゃないか。

 回らなくなった頭で、これからのことを考える。そうだ、スケジュールの間を縫ってもう一度彼女に会いに行ってみようか。今度は、彼女が持つという事情も訊いてみよう。もしかしたら力になれるかもしれない。

 

 どうしても、諦める気にはなれなかった。

 

「全く・・・本当にこんなになっちゃうなんて・・・。」

「だからこれは必要なことなんですってー。」

「楓さんも飲みすぎ!」

「えへへー、怒られちゃったー。」

 

 ・・・この人がどうしようもないことは今の私でも分かる。あ、ちょっと酔いが冷めてきたかもしれない。

 

「ありがとうございます、お二人とも。私はもう少しやることがありますので、事務所まで行こうと思います。」

「えー、今から仕事ー!? 無理だってー。」

「そうですよ、プロデューサー。無理は禁物です。油断大敵ですよー。」

「なんか楓さんが頭悪そうなこと言ってるのは分かります。・・・でも、そうですね、お二人がそう言うのなら、今日は休みましょうか。」

 

 今日のオーディションは一日で終わるような代物ではない。審査結果の集計に、会場の後始末。まだまだやらなければいけないことが山積みだ。

 これは、明日からしばらくは休めないな。

 

 うん、少し吹っ切れたかもしれない。

 やらなければいけないことがある。希望も、完全に潰えたわけではない。可能性はある。今はできることを、やっていこう。

 

「・・・本当にありがとうございます。」

「いえいえー♪」

「いいっていいって。また何かあったら頼ってよー? 抱え込んじゃダメだからねー?」

「はい、分かりました。こんなことをプロデューサーの私が言うのもおかしいけど・・・二人のこと、頼りにしてます。」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「えーと、名刺によると・・・ここかな? おー、大っきいねー。さすがあたしを見つけてくれただけはあるねー。」

 

 彼が帰途に就いたその頃、一人の少女が事務所の前へとやってきていた。

 

「はーぁ、お腹すいたーん。

 手掛かりは一枚の名刺とあやふやな記憶だけだったし、家を追い出された時にはどうなることかと思ったけど。何とかなるもんやねー。」

 

 オーディションも終わり、人通りのなくなった広場で月明かりに照らされながらほっと息をつく。心なしか、その表情には疲れが見える気もする。

 

「さーて、あの人は今もあたしのこと待っててくれてるかなー?」

 

 彼女の来訪を、彼はまだ知らない。




一話書いたけど、出なかったのでもう少し書いた。
一つ付け加えると、私はメインは楓Pです。二周目はぜひ恒常でお願いします。

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