今更さらですが、魔法科高校の劣等生の続編がアニメになるのは嬉しい限りです!
また、『追憶編』のアニメもとても魅力満載で面白かったです。
この調子で続編が出来ることを期待しています!
舞台装置をトレーラーから降ろしている光景を眺めながら禅十郎は大きな欠伸をしていた。
「ふあぁ~。あー、眠い」
「篝、緊張感が無さすぎるぞ」
隣で不真面目な態度を取っている後輩に服部は呆れて溜息をついた。
服部は禅十郎の態度を本気で注意しなくなっていた。この半年で彼のすることに毎回過剰に反応するのが面倒になり、注意するのも形だけとなっている。
正直な所、半年経っても未だに服部は禅十郎に向ける感情を整理出来ていない。ふざけた態度を取りながら、与えられた使命を十分に全うしている。謹厳実直にやっている方がバカバカしく見えるほど、彼の功績は大きいのだ。
一年生でありながら風紀委員の即戦力として期待され、今では摩利と同様に見回りをしているだけで事件発生率が激減した。余程のことが無い限り、彼が風紀委員を務めている間は大きな事件を起こそうと考える人は出ないだろう。
九校戦では深雪よりリーダーの経験が豊富という理由で、真由美が根回しして彼を統括役に就かせた。押し付けられた形であったが、職務を全うして総合優勝に貢献している。
そして今回の警備隊への勧誘だ。本来なら有志を募るはずなのに克人が態々呼び出すほど彼の実力を買っていた。
当然、彼も血の滲むような努力をしてきているのは分かる。篝家の道場は生半可な鍛え方はしないのだと沢木や桐原から話も聞いている。自分と年が変わらないのに、師範代まで上り詰めたのは称賛に値することだ。
それほど分かっていながら、どうしても彼を認めるまでに至らなかった。
(俺もまだまだという事なんだろうな)
彼を認められない最大の理由は真由美の彼への信頼に対する嫉妬だ。彼女の下で生徒会役員として一年以上共に活動してきたにもかかわらず、たった一日で彼女からの期待を一気に追い越されたと感じたことが始まりだった。
後輩に嫉妬してしまうとは情けない話だと服部は自嘲する。
好意を寄せた人に自分より評価され、魔法師としての実力すらも上。これで劣等感を抱かないとすれば、自分は彼に負けを認めたことになってしまうと感じた。彼を圧倒したいと思っているわけではないが、このまま負けっぱなしであることを服部は良しとは思わなかった。
(とはいっても勝っているのは学年が一つ上だけなのだがな……)
今更ながら場違いなことを考えていたことに気付いた服部は禅十郎を一瞥する。
緊張感というモノがない態度をしているが、禅十郎の動きを注意深く見ると気だるげな態度を取っているようで、彼の目は周囲を万遍に見るように動いていた。
「篝、お前の目から見て周囲の様子はどうだ?」
「今のところ周囲に不審者はいないですね。ただ……」
「ただ?」
「ここに来る途中なんですけど、普段より外国人が多いんですよ。主に大陸系の方なんですが」
「……確かに多かったな」
ここ二週間、会場の下見をしていた服部はここに来るまでの道中で見た通行人の特長を思い出して禅十郎の指摘が間違っていないことに気付く。
「どうも嫌な予感がするんですよねぇ」
危機察知能力も長けている禅十郎のその一言は服部の警戒レベルを上げるには十分だった。
「……篝、ここは俺が見ておく。お前は見回りに出てくれ」
ここで暇になるくらいなら彼を自由にするべきだと服部は判断した。
克人も必要であれば彼を自由に動かすことを勧めていた。事件への鼻が利く禅十郎なら、自分達では気付けないことを察知できるとのことだ。
既に会場周囲が異常だと見ているのなら、一旦周囲に目を配らせるべきだろうと、服部は個人の感情を抑えて彼を頼ることにした。
「了解しました。では後はお任せします」
そう言って禅十郎は会場全体の見回りに行った。
これで少しでも対策になれば良いと服部は思った。しかし数分後、エリカと花音が険悪な表情で睨み合っている現場を目にし、自分が下した判断をやや後悔するのだった。
周囲を散策していると、禅十郎は雫とほのかを見かけた。
「よう、お二人さん」
論文コンペに来るとは聞いていたが、始めから来ていることに禅十郎は内心驚いていた。達也が関わっていても、論文コンペに来るのは一高の発表が始まる前だと思っていたからだ。
「うん。禅は一人で警備?」
警備の学生は二人一組で行動している中で、禅十郎は一人で徘徊していた。
「ああ。十文字先輩に自由に動けるようにしてもらったからな。その代わり会場内の捜索は徹底的にやれってさ。まったく三年の先輩方は人使いが荒いよ」
警備する区画はチームごとに振り分けられている。その中で数名ほど自由に動ける役割がおり、禅十郎もその枠で警備をしている。
「でも、やっぱり凄いよ。一年生でもここまで信頼されている人はいないんじゃないかな」
「うん。さっき一条さんを見たけど、彼は十三束君と一緒に行動してたし。禅も少しは自信を持っても良いと思う」
ほのかと雫は禅十郎が先輩から高い信頼を得ていることを賞賛しているが、当の本人はただの便利屋のように扱われている気がして複雑な気分だった。
「まぁ、不審者云々の前に清史郎の兄貴を探し出さなきゃいけないんだよなぁ。じゃねぇとおちおち仕事も出来やしねぇ」
「禅の二番目のお兄さんだよね?」
雫は禅十郎の二番目の兄である清史郎についておぼろげな記憶しかない。明確に覚えているのは禅十郎とは全く性格が似ていないことぐらいだ。
「そっ。市原先輩と話がしたいんだと。コンペが終わるまでは会うなって釘刺しておかねぇと勝手に色々しでかしそうでな」
清史郎は相手の事情を全く配慮しない為、先に手を回しておかなければならない。その上、思考と行動が予測不能であり彼女の平常心を乱す可能性もある。
「手伝った方が良い?」
禅十郎は普段より数割強く首を横に振った。
「いや、いい。雫ちゃんも光井さんにも会わせたくない。というか会うな」
「え?」
清史郎と会うことを避けるように示唆する禅十郎にほのかは困惑する。
「いや、前言撤回だ。清史郎の兄貴だって分かった瞬間、魔法使ってでも良いから先制攻撃しろ」
「さっきより酷くなってる!?」
自分の家族を雑に扱う禅十郎にほのかは目を丸くする。
一方雫は、おぼろげな記憶から清史郎は軟弱者だと禅十郎が言っていたことを思い出していた。研究ばかりに集中し、自身の健康管理すら出来ておらず、何度改善しても全て失敗に終わっているらしい。
体を資本としている禅十郎は健康を第一に考えている。そのため、自身を疎かにして研究に没頭している清史郎とはそりが合わず、不仲になるのは当然とも言えた。
「禅、もしかして本当に仲の良い兄弟っていないんじゃない?」
「んな訳ねぇだろ。清史郎の兄貴を除けば道場関係のいざこざがあるだけだ」
禅十郎はそう言うが、未だに千香との関係がこじれており、早く対処した方が良いと雫は思っている。だが、あまり彼の家庭に干渉してはいけないと黙ることにした。
「ん?」
話しをしていると、禅十郎は遠くに何かを発見した。
「あー、悪い。ちょっと用事を思い出したわ。じゃ、しっかりコンペを聞いてろよ。うっかり眠るんじゃねぇぞ」
「余計なお世話」
やや早歩きでその場を立ち去った禅十郎は少し先の曲がり角に入っていった。
禅十郎が立ち去ると、二人は会場に入ろうする。
「くたばれや、クソ兄貴!!」
「おふぉう!!?」
後ろから変な声と騒音が聞こえたが、何も聞かなかったことにして雫達はそそくさとその場を後にした。
禅十郎は何とか清史郎を発見し、余計な事をしないよう(物理的に)釘を刺した。
既に時刻は午前十時を過ぎており、論文コンペは始まっている。会場内は発表を聞くために静かであり、警備隊の多くは開始前より気を引き締めて事に当たっていた。
禅十郎は気合の入っている彼等の神経を逆撫でしないように人通りの少ない場所を選んで徘徊している。チームを組まずに一人で自由に行動できる禅十郎を良く思っていない生徒が、第一高校以外で一定数いるのは今朝の警備隊の集まりで気付いていた。九校戦で活躍し、代表である克人の推薦があっても外部の者にとって自分達より優れている事に納得していないようである。
そんな感情を向けられたことが懐かしいと思いながら、禅十郎はエントランス付近を歩いていた。
「禅君」
横から声を掛けられ、視線を動かすと一本のボトル缶が自分に向けて投げられた。
それを禅十郎は難なく片手で受け取った。
「お見事」
「いきなり投げないでくださいよ、響子さん」
禅十郎に飲み物を投げてきたのは藤林響子だった。
「あなたなら楽勝で取れるでしょう。それ、私からのお裾分けよ」
「そいつはどうも。響子さんは青田買いですか?」
禅十郎は響子が防衛省の技術士官であることを把握している。その為、彼女がここにいることに何の違和感も覚えなかった。
「ええ。それに中々興味深いテーマもあるし、『カーディナル・ジョージ』を含めて優秀な学生が多いから私の顔を覚えてもらうかと思ってね」
青田買いはあくまで表の名目であり、響子には他にいくつか要件があった。
その中で最も秘密にしなければならないのは達也との面会だ。達也の正体と自分達との関係を知られるわけにはいかない。だが、技術士官という立場であれば、優秀な学生に会うという名目で達也にも接触が可能だ。
「いやぁ、響子さんのような美人が来れば大抵の男なら顔を忘れないですよ。特に思春期真っ盛りの男子なんて、警戒心が紙並みに落ちるでしょうね」
(まぁ、達也は絶対ないと思うけどな……)
禅十郎は結社の仕事や道場の師範代として女性と接する機会は多かったが、響子は彼の知ってる女性の中でもかなりの美人だと言える。そんな彼女の美貌を前にしても平然としている悪友を思い出し、心の中で笑みを浮かべた。
「あら、ありがと。そう言えば、禅君って警備隊をしてるようだけど区画は割り当てられていないの?」
「俺は十文字先輩から自由行動を許可されてるんですよ。なんで人混みの少ない所を重点的に徘徊してます」
「なるほど。十文字家の次期当主殿は禅君の扱いをよく理解しているようね。あなたって相当鼻が利くし」
禅十郎は悪意や不穏な気配に敏感で勘も鋭い。一か所に止めておくより自由に行動させて、不審者や不審物がいないか探させているのだ。
「俺は犬ですか?」
「犬は犬でも獰猛な猟犬だけどね」
禅十郎は響子を睨みつけるが、怒気が一切感じられない為、彼女は肩をすくめるだけだった。
「だって禅君、規則には忠実じゃない。これまで校則破ったことないでしょ?」
「……悪法じゃない限りは守りますよ」
その一言に響子は溜息をついた。
「何となく分かってたけど、禅君、軍には向いてなさそうね」
付き合いはそこそこある為、彼の性格はそれとなく知っていた。
禅十郎は理不尽に直面すると噛み付く傾向が強いと響子は認識している。これまで、彼が起こしてきた事件の殆どが、権力や暴力で好き勝手する人に相対した際に起こしているのだ。
組織にいれば、そんなことは少なからず起こる。軍でも道理の通らない理由で無茶な命令を受けることもある。もし彼がそれを受けたらどうなるか。響子にとってその結末を予想するのは造作もなかった。
(ぶん殴ってるわね、間違いなく。しかも心身共に再起不能にするぐらいに)
「軍人気質じゃないってのは分かってますよ。下克上上等ってのが家の流儀ですし」
「そうよねぇ。よく考えたら禅君の家族に軍と警察の関係者がいないのよね」
「門下生だったら沢山いますけどねぇ」
篝流体術の門下生は軍と警察に数多くいるというのに、開いている篝家の家系には一切関係者がいないというはなんともおかしな話である。
だが、軍と警察にとっても直接関係者がいないのは都合が良かった。エレメンツの中でも異端と言われる篝家の人間に主導権を掌握されかねないと危惧している者が上層部に少なからずいるからだ。といっても、当の本人達は軍や警察に入る気がそもそも無いため、彼等の懸念は全く無意味なものなのだが……。
響子と出会う前から周囲を散策していたが、不審物は確認できない為、禅十郎は次の区画に向かうことにした。
響子も行き先の途中にある喫茶コーナーまで行くとのことで、彼女と一緒に向かうことにした。
「光宣の奴、やっぱ第二高校に進学ですか」
響子との共通の話題を出せるとしたらまず挙がるのは九島烈の末の孫のことだった。
「あの子の事を考えたら、そこが妥当でしょうね」
「となると響子さんの後輩になるってわけですか。正直に言うと、三高じゃなくて良かったですよ。あいつが九校戦に出たら俺等の四連覇は難しくなりますからね。……まぁ、出れたらの話なんですが」
「……」
「すみません。口が過ぎました」
黙ってしまう響子に禅十郎は謝罪した。
流石にこれは口にすべきではなかった。
今の光宣に九校戦に出ることはほぼ不可能なのは分かっている。
ただ、ふと頭によぎってしまったのだ。彼が普通の学生として生活している姿を。
今もそうなって欲しいと願っているが、それがどれだけ困難なのかを失念してしまっていた。
「俺の方でも色々探してますが、前例が無さ過ぎて知り合いの医者も頭を抱えている状況です」
「禅君、あなたがそこまでする必要な無いのよ。本来は私達が……」
「これは俺の我儘です。九島家の問題だとか、余所者には関係ない話だとか知ったこっちゃない。誰が何を言おうとあいつは俺の弟分で、あいつが当たり前の幸せを手にする為なら、例えあの老いぼれ当主だろうが、あいつの兄姉だろうが、俺の親父だろうが、誰にも邪魔はさせません」
強い意志の籠った声で禅十郎は宣言する。
彼の言葉は九島家の現当主である九島真言のことを完全に敵視していると理解できるものだった。
光宣の出生の秘密を彼は知っている。光宣という無二の友を生んでくれた真言には感謝の気持ちもあるが、それ以上に彼への憎悪が勝っていた。禅十郎も真言の立場も理解はしている。だが、その上で一線を越える選択したことは到底許されるものではなかったのだ。
光宣が人としての幸福を充分に得られない理不尽を看過できない禅十郎はコネクションを最大限に使用して、彼が抱えている問題を解消しようと動いている。
「禅君の頑固なところはお父さん以上じゃない?」
本来なら関わる必要のないことだが、彼の決意を折ることはかなり難しいだろう。それも並大抵ではない。響子が知る中でもそれが出来るのは僅か数名だけだ。それ故に彼女は彼への説得はほぼ諦めていた。
「子というのは親を超えるものです」
「悪い所まで超えないで欲しいんだけど……」
呆れて溜息をつく響子を見て、禅十郎はくつくつと笑う。
光宣の話を切り上げた後、喫茶コーナーまで他愛のない話をしていった。
「じゃ、私はここで。お裾分け、
響子はそう言って禅十郎と別れた。
禅十郎は彼女の言葉に引っ掛かりを覚え、貰ったボトル缶を裏返す。そこにはテープで固定されたデータカードがあった。
(成程。お裾分け……ねぇ?)
彼女がここにいた理由がただの青田買いだけではないことを察した禅十郎はデータカードを取り外し、ボトル缶を横に投げた。
彼の投げた缶はゴミ箱に吸い込まれるように入っていく。
「ったく、予想通り忙しくなるな」
彼のつぶやきはゴミ箱に入る音で掻き消されるのだった。
「あれって禅じゃねぇか?」
禅十郎が響子と別れる少し前、二人が歩いている所を小休止の為に会場の外に出ていたレオとエリカに見られていた。
「うわ、仕事サボって綺麗なお姉さんと談笑って良い御身分じゃない」
エリカも本心ではないのだろうが、会いたくない長男の寿和と出会ったことで機嫌が悪かった。その上、今の禅十郎が呑気に女性とお喋りしている姿が寿和と重なって見えてしまっていた。
「サボってねぇんじゃ……。あー、そう言えば、少し前にもメガネを掛けた美人の姉ちゃんと話してたな」
コンペが始まる少し前に禅十郎が響子とは別の女性と話している光景をレオはふと思い出した。禅十郎より少し背は低いがそれでも女性としては長身で切れ目の美人だった。雰囲気で言えば、彼の知っている人だと摩利や花音に近い。
「あいつ、女性を口説く趣味でもあったっけ?」
「いや、あの時は口説くっていうより説得してるような感じだったな。最後は面倒になったのかどついてたし、ああいうことが出来るとすれば家族とか親戚だろうな」
女性相手に拳を振り上げているのも禅十郎にしては珍しいのだが、家族なら有り得ない話でもない。エリカも腹が立って寿和を殴ることもあるからそれと同じような物だろうと納得した。
エリカは経験則で納得したが、レオは禅十郎が殴った相手を見てその女性が血縁関係のある人物だと判断した。エリカには詳細な説明を省いていたが、実際はただ殴るのではなく本気のアッパーだったのだ。その上、殴られた側は全くダメージがない様子であり、あのタフさは禅十郎の親戚だろうと判断したのだ。
「でも、あの人はどう見ても親戚じゃないわね」
「道場の知り合いとか?」
「腕は立ちそうだけど、あの道場出身って感じはしないわね。あそこの門下生の女性って独特の雰囲気があるし」
成程、とレオは軽く相槌を打った。武術に長けたエリカのように見ただけで相手の力量を把握する観察眼は備わっていない為、彼女の判断を参考にするしかなかった。
普通に談笑しており、彼等の間に入る気もなかった二人は禅十郎に声を掛けることはせずに会場に戻っていった。
如何でしたでしょうか?
亀更新なのはいつも通りなのですが、実のところ、魔法科高校シリーズの展開を読んでいて、少々軌道修正というか設定変更とかを考えてたら、全然話を書いてないって事態に。(他の趣味に現を抜かしてたのもありますが……)
それでも、この作品をお気に入り登録している人が増えているのは嬉しい限りです。
なるべく早く更新出来るようにしますので、しばしお待ちいただければ幸いです。
では、今回はこれにて!!!