魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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ご無沙汰しております。
リアルが中々忙しくて更新できませんでした。
今回から横浜騒乱編の後編に入ります。
また夏休み編も同時に更新していますが、どちらから読んでも問題ない内容になっているので、好きな方から読んじゃってください。

それにしても「追憶編」が映画じゃなくてTV放送になるとは予想外です。
特番になるのか、それとも他の話も入ってくるのか、とても楽しみです!!


論文コンペ前日

 論文コンペ前日となった十月二十九日、土曜日。本番を目前に最終チェックを行っており普段より校内は騒がしかった。

 

「あ゛ー、づがれだー」

 

 そんな空気に流されることなく脱力した声を上げる禅十郎は机の上で溶けていた。

 

「お前、論文コンペ目前に何でボロボロになってんだ。包帯だらけの時は流石に驚いたぞ」

 

 机の上で脱力してうつぶせになる禅十郎に森崎は呆れていた。

 

「手加減知らずの兄貴と姉と伯父さんが悪い。三対一でボロ雑巾にされたし、一対一でも一度も勝てなかった」

 

「お前を圧倒するってどんだけ強いんだよ、お前の親族は」

 

「三人揃って道場内最強クラス」

 

 乾いた笑い声を上げる禅十郎に森崎はぞっとした。

 篝流体術は千葉流剣術を含め余所と比べれば門下生の数は少ないが、その厳しい鍛錬により質は恐ろしく高いと評価されている。それを乗り越えているはずの禅十郎が全く勝てない人間がいるという事実に森崎は想像がつかなかった。

 

「そんな人がいるんじゃ、お前の所の門下生と戦って勝てる気がしないな」

 

「心配すんな。下段の奴等は十三束とか沢木先輩でも勝てる」

 

「基準にする人間違ってるだろ。十三束もだが沢木先輩なんて相当強いだろうが」

 

 マーシャル・マジック・アーツの中でも屈指の実力者である二人では比較対象にならないと森崎は眉間に皺を寄せる。

 

「俺のとこの道場の入門試験は精神面を重点的に見てんだよ。身体能力が高くても精神面が脆ければアウト。だから下段のレベルはかなり差が激しいんだ。まぁ、中段に上がるのは入門してからの本人の努力次第だがな」

 

 師範代となって禅十郎もようやく道場の全貌を知る機会が増え、夏には実際に門下生に稽古をつけることもあった。初めて下段の相手を本格的にした際には実力があまりにもまばらであったことに驚かされた。禅十郎が幼少期から認識していた門下生の実力も実際は中段以上であったのだ。

 

「マジか。やっぱり厳しいんだな、お前の所」

 

「まぁな。結構容赦ねぇぞ。見上げれば人が当たり前のようにポンポン飛んでんだ」

 

 森崎は人が見上げる高さにいる日常を想像することが出来なかった。

 

「俺も本格的にどこかの道場に通おうかと思ったが、お前の所は止めておくわ」

 

「そりゃ残念。ま、手合わせくらいなら受け付けてるから、力試し程度にどっかで使ってみろよ」

 

「へぇ、そんなこともしてるのかよ」

 

「訓練相手が少ないと強くなれないからな」

 

 他愛のない話を終えると禅十郎達は今日最後の仕事をこなしに教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 校内の警護をしながら、人を探しをしていると禅十郎は真由美と摩利に出会った。

 

「先輩方、市原先輩と服部先輩見てないですか? 明日のデモ機搬送に関して最終確認をしたかったんですが」

 

「リンちゃんなら今学外に出てるわよ。はんぞー君はその付き添い」

 

「あちゃー」

 

 何処を探してもいないはずだと禅十郎は納得した。

 

「でもそんなに時間は掛からないわよ。午後にリハーサルをするから、あと一時間もすれば戻ってくるんじゃないかしら?」

 

 真由美から話を聞いている内に、明日発表するはずの彼女の行動に対して禅十郎は眉間に皺を寄せた。

 

「ちょっと不用心じゃないですか? 最近色々厄介事が立て続けに起こってるんですよ」

 

 禅十郎の指摘に真由美と摩利は揃ってバツの悪い顔を浮かべる。

 

「あたしらも止めたんだがな。どうしてもと譲らんから服部を付き添いにした」

 

 二人掛かりで説得しても折れないとなれば、相当大事な用事があるのだと禅十郎は納得することにした。

 

「桐原先輩か沢木先輩もいれば盤石だと思うんですがねぇ……」

 

 納得はしても実際の問題として思う所はあった。

 禅十郎の目から見ても服部は白兵戦の技量は高いが一流には届かない。魔法技能的に対人および対物戦闘どちらも可能かつ中・遠距離が得意な彼ならば白兵戦を得意とする二人が付き添えば護衛として十分だとみている。

 

「今更だな」

 

「ですねー」

 

 それは摩利も理解していた。だが、ここで提案したところで彼女は既にここにはいない為、不毛な話し合いでしかなかった。

 そこで禅十郎は新たな話題を上げることにした。

 

「そう言えば、今年のコンペに俺の二番目の兄貴が来るんですよね」

 

「その人って東北にいるんじゃなかったかしら?」

 

 真由美は次男の清史郎についてうっすらとしか覚えていなかった。千景が在学中に暇つぶし序でに清史郎について話しており、大学を卒業したら東北の研究機関に行くのだと聞いていたことが僅かに記憶していたくらいだ。

 

「市原先輩を含めて優秀な後輩と話がしたいんだとか。俺からも伝えておくきますけど、後で先輩に会ったら断る理由を考えておくよう伝えてください」

 

 真由美と摩利は禅十郎の最後の一言に首を傾げた。

 

「え……、断る理由?」

 

 聞き間違いかと真由美は摩利に視線を向けると、彼女は頷いて間違いではないと肯定する。

 

「あいつと発表前に会うなんて悪影響しかないですよ。当ったり前のように犠牲者が出る実験するような奴ですから。知ってるだけで病院送りになったモルモ……被験者は二十人超えてます」

 

(今、モルモットって言いかけたわね)

 

(言いかけたな)

 

 実際に禅十郎も何度も大怪我に繋がった実験に付き合わされたことが何度もあった。

 清史郎は周囲から注意されても余程のことが無い限り一切聞く耳を持たずに研究を続ける自己中心的な男だ。しかし裏を返せば一つの事に集中しやすく、目的を達成するまで諦めない性格ともいえる。それが幸いしたのか、魔法研究において彼の欠点を補って余りある功績を出しており、一人の研究者としての信頼は周囲から得ているのだ。

 

「いやぁ、揃いも揃って俺の兄弟に碌な奴はいないっすわ」

 

「君はブーメランって言葉を知っているか?」

 

「俺は三兄弟なのかで相当真っ当ですよ」

 

「……」

 

 真顔で言い切る禅十郎に、そんな馬鹿なと摩利のジト目が自身の心境を露わにする。

 

(まぁ、あの人もそうだが、兄弟だからかやっぱり似てるんだな)

 

 情報が足りないため比較はしないが、彼女の知る篝家の兄弟姉妹の共通点はそれとなく理解していた。それは酷い欠点がありながら、人を惹きつける強さを持っていることだ。

 尊敬する先輩は何事をも恐れない強い精神を持ち、周囲に強い影響を与えて生徒会長になった。

 目の前の後輩は己が信念を捻じ曲げない強い意志と圧倒的な実力を兼ね備え、次代を任せられる後輩となっていた。

 二人の兄は最愛の男性が認めるほどの実力を持った事で、次期師範代筆頭候補にまで上り詰めている。

 篝家というのは良くも悪くも面白い人が多いというのが、摩利の抱くイメージだった。

 

「ま、君の忠告は市原に伝えておこう」

 

「会うとしてもコンペが終わってからにしてくださいよ」

 

「分かっているさ」

 

 後は適当に学内の見回りをすることにして禅十郎はその場から立ち去った。

 なお、鈴音にも同じことを伝えると真由美達と同様に困惑した顔を浮かべるが、時間があれば会って話をしたいとのことだった。彼女がそう決めたのなら仕方ないと、禅十郎はせめて彼女に悪影響が出ないように手を回すように頑張ろうと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 同日、場所は篝家の邸宅にある隆禅の書斎。

 そこでは隆禅、千鶴、宗士郎と壮年の男がソファーに掛けていた。

 

「此度は息子が世話になった。感謝する」

 

 隆禅が向かいに座る男に頭を下げた。

 それを見た男は慌てて首を横に振った。

 彼は篝俊儀(としのり)。禅十郎の母親である千早の姉、千奈の夫であり彼の師匠にあたる男だ。

 

「礼には及びませんよ、隆さん。もともと稽古をつけようと思っていましたから。不幸中の幸いとは言えませんが、人喰い虎との戦闘はいい切欠になりました」

 

「この数日で己の弱さに気付けても悪癖に気付けない未熟者だがな」

 

 辛辣な言葉を掛ける宗士郎に俊儀と千鶴は困った笑みを浮かべた。

 

「仕方ないわ。だって禅ちゃんがああなったのは宗ちゃんも原因の一つなんだから」

 

「俺だけではないだろう。弟可愛さに門下生でもないのに夢中になって色々吹き込んだのは何処の誰だったか、もう忘れたか」

 

 宗士郎の言葉に千鶴は珍しく口元をひくつかせる。加えて、穏やかな笑顔に僅かな陰りが出ていた。

 

「あらあら言葉が足らな過ぎて大事な大事な妹を腐らせたのは何処の何方だったかしら? そんなことだから何時まで経っても師として未熟なままなのよ」

 

 千鶴の仕返しに今度は宗士郎の眉間の皺がさらに深くなった。

 普段仲が良い家族だが、道場に関連するとかなりギスギスした関係となる。それは禅十郎と千香だけでなく宗士郎と千鶴も例外ではなかった。

 宗士郎は師範筆頭候補とされているが、未だに試合で千鶴に勝ち越しておらず、指導面でも差が出てしまっている。これには宗士郎もやや引け目を感じているが、中々改善することが出来ないのが現状である。

 しかし言われっぱなしでいるのも癪に障る為に、彼女の口撃に対して規則を守らずに勝手な事をしたことへの非難で応戦する。それは千鶴にとっても痛い点であり、結果的に禅十郎の悪癖を生み出す最大の要因を作ってしまったのだ。ただし、宗士郎だけには言われたくない為、彼女も相当機嫌が悪くなっていた。

 

「ま……まぁまぁ、二人共、そんな昔の事を掘り返しても仕方がないだろう。アレは若気の至りと思いなさい」

 

 険悪な空気になりかけている二人を見兼ねた俊儀が仲裁する。

 

「隆さんも止めてくださいよ。この二人が喧嘩すると実力行使で仲裁できる人が少ないんですから」

 

「すまんが、この件に関して私は口を出せん。情けない話だが父親としての責務を最低限しか出来ず、魔法しか教えてこなかった。道場関係は全て源十郎殿に任せっきりだった故に千香の不調に気付けなかった。これは私の不徳が招いた結果だ。他の事なら兎も角、この件に関して今更父親面して横槍を入れるなど筋違いだろう」

 

「……そうですか」

 

 そう締めくくる隆禅に、俊儀はそれ以上この件に関して追求しなかった。

 隆禅は結社の長として多忙である為に子育てには最低限の事しか関われなかったのは周知されている。どれだけ多忙かと言うと、結社を作った後、子供の出産に立ち会えたのは一回のみ、授業参観は半分以上行けず、体調を崩した際には看病することすら出来ない程、家庭の時間を取ることが難しかったのだ。

 

「母の配慮が全て無駄に終わったな」

 

 宗士郎がそう言うと隆禅は珍しくバツの悪い顔をするが、すぐに軽く咳払いをして誤魔化した。

 

「でもお母さん、その気があるなら七人目も作ろうかしらって言ってるのよね」

 

「肉体的な適正年齢だとそろそろ限界ではなかったか? それに二十も年の離れた弟妹がいるというのもな……」

 

「そうねぇ、悪い訳じゃないんだけど、あの子達に年下の叔父さん叔母さんが出来るのもねぇ」

 

 先程までの険悪な空気が霧散しており、二人は母親がやろうとしている事にやや抵抗を受けていた。家族が増えることは嬉しいとは思うが、甥や姪ではなく弟妹となると話は違うのだ。

 

「あの千早さんならやりかねないね。あの人、いくつになっても隆さんにぞっこんだから」

 

 母親である千早は冗談のようなことを本気で実行してしまうことがある。六児の母親になり、一人の大人として今では自重出来てはいるが、昔はかなりタガが外れており、篝家の悩みの種だった。

 隆禅に惚れ込んでいた学生時代では彼に振り向いてもらう為に様々なことに手を出した。色仕掛けから薬物投与、時には法に触れるギリギリのラインまで走ることもあった。

 既に二十年以上経っているが、今でも隆禅が何故千早と結婚しようと思ったのか分からない者も少なくない。それは俊儀も例外ではなかった。

 

「不仲であるよりは良いが、少しは場所を弁えて欲しいところだ」

 

「個人レッスンの教師として全国から引っ張りダコだし、お父さんも多忙の所為で一緒にいられないのよね。その時間が長いと後が大変だし、小さい頃の禅ちゃんも千香ちゃんもよく我慢できたわ」

 

 千鶴は昔の事を思い出し、苦笑を浮かべた。

 母親の奇行という名の愛情表現に対して、彼女は今でも苦手意識がある。彼女も家族愛が強い方だが、母親はそれを軽く凌駕しているのだ。一人の大人として母を尊敬はしていても一人の親として見本にするのは躊躇われる程だった。

 

「あの目はもう諦めたというのが正しいだろう。禅十郎にいたっては今よりずっと深く瞑想していた。今のあいつにも見せてやりたい程見事だった」

 

「宗士郎君、目を付ける所はそこじゃないよ。というか君は立ち向かうどころかひたすら逃げてたよね?」

 

「足腰を鍛える良い鍛錬になった」

 

 眉をひそめる俊儀に対して宗士郎は明後日の方へ目を向けた。

 

「こらこら、誤魔化すんじゃない。君が邪険に扱うから息子に避けられたって理由で何度もあの人のヤケ酒に付き合わされたんだから」

 

「……断らないあなたにも問題はある」

 

「宗士郎、いい加減お前も己の非を認めろ。少々みっともないぞ」

 

「……」

 

 頑なに首を縦に振らない宗士郎に隆禅が苦言を呈すと彼は黙ってしまった。

 頑固な所はよく似ている親子に俊儀と千鶴は揃って苦笑を浮かべた。

 千鶴は夕食の支度がある為、部屋を後にすると俊儀は柔らかな笑みから神妙な顔持ちになった。

 

「それで隆さん、明日はやはり……」

 

 俊儀が振った話題に隆禅は頷いた。

 

「何かが起こると我々は見ている。これまでの情報に間違いが無ければこのまま騒動が終わるとは思えん」

 

 先日、呂剛虎を捕えた功績によって軍と本格的に情報共有を行うことになり、今回の主犯の捕縛に協力している。だが、未だに結果が出ていない。このまま何もせずに終われば良いが、そんな淡い期待を抱くつもりは隆禅には無かった。

 

「私は手伝えませんが、門下生からは宗士郎君を含め二十名ほど派遣できるよう手配いたしました」

 

「要請に応じていただき感謝する。宗士郎、もしもの時はよろしく頼む。明日は清史郎も来ている。場合によってはあいつにも動いてもらえ」

 

「了解した」

 

「いやはや、上手く行けば三狼の復活が見られるかもしれないのにその場にいられないとは残念です」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる俊儀に宗士郎は今日一番の嫌そうな顔を浮かべた。

 

「アレは共通した敵がいたから共闘したにすぎん。あの程度の事であいつ等と一括りにされるとは甚だ遺憾だ」

 

「いやいや、君達三人が関わった事件の中であれ程悲惨な結末を僕は知らないな」

 

「事後処理が大変であったのは間違いない。頭に血が上ると容赦が無くなるのは源十郎殿譲りだな」

 

 一番払拭したい過去を思い出させられて不機嫌な態度を取る宗士郎。それに対して、俊儀はそうなって当然だと苦笑を浮かべ、隆禅は過去トップクラスに多忙であった時期を思い出して溜息をついた。

 

「あのような事はめったなことが無い限り起こらん。そもそも俺も含め、最も頭に血が上りやすい条件が違いすぎる」

 

「まぁ、確かに。特に禅十郎君に限っては滅多なことが無い限り起こらないからね」

 

「……だと良いがな」

 

 心配することは何もないと俊儀は言うが、隆禅は彼のように楽観的になることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全国高校生魔法学論文コンペディション開催の当日。

 まだ日も登り始めたばかりの頃、禅十郎は墓の前で目を閉じて合掌していた。普段の彼ならばこんな場所でも騒がしくしそうだが、今では鳥の鳴き声が聞こえるほど静かに墓で眠っている者へ祈りをささげていた。

 合掌を終え、瞼を開けると禅十郎は苦笑を浮かべた。

 

「本当は昨日来てやりたかったんだけどな、色々忙しくて一日ズレちまったよ。いやぁ、あんたの弟にさんざん小言を言われたわ。口うるさくてかなわねぇな」

 

 ここにいるのは禅十郎ただ一人。そのはずなのに彼の口調は目の前に誰かがいるようだった。それを気にせず禅十郎は今日まであったことを色々と語った。家や学校で経験した面白い出来事から下らない出来事まで色々と楽し気に話した。

 返事がないのは分かっている。それでも彼は話すことを止めなかった。

 最後の話題に禅十郎はある友人の話を口にし始めた。

 

「前に俺の友達の話をしただろ? そいつ俺と同い年で今回のコンペに参加してるんだ。入学当時からスゲェ奴だと思ってたが、まさかここまでとは予想しなかったよ」

 

 そう言うと禅十郎の口角が少しだけ歪んだ。

 

「あんたの言う通りだったよ。もっと広い視野で世界を見てれば同い年でも自分より凄いヤツは沢山いた。そいつをちゃんと分かっていたら……」

 

 僅かに言葉が詰まった。

 禅十郎にとって最も愚かな選択をした。この場所に来ると最も後悔しているあの出来事を鮮明に思い出してしまう。

 

「あんたは今頃何してたんだろうな? あの婆さんの後を継いで孤児院の先生でもやってたか? それとも普段通りに結社の雑用か? はたまた好きな女性と結婚して子供でも作ってたか?」

 

 禅十郎の問いかけに答える者はそこにはいない。あるのは亡くなった人の遺骨が納められた墓のみ。

 僅かな静寂の後、ゆっくりと禅十郎は息を吐いた。

 

「悪い、最後は愚痴ばっかりだったな」

 

 そう言って禅十郎は供えていた饅頭のいくつかをその場で平らげた。

 

「あんたの行きつけの店の饅頭は何時食っても格別に美味いな。……また来るよ、“大神さん”」

 

 禅十郎の前にある墓には『大神猛(おおがみたける)』の名が彫られていた。

 禅十郎はその場を後にしながら残りの供え物を口にする。

 

「……ああ、でも、美味いもんを食ってもやっぱ一人じゃ満たされない事ってあるんだなぁ」

 

 そう呟いて禅十郎は恩人の墓を後にした。

 墓所から少し歩くと、大神賢吾が車に乗って待っていた。

 

「終わったか?」

 

 禅十郎が助手席に乗るのを確認して、大神は目的地の第一高校まで車を走らせた。

 

「ああ。朝早くから送ってもらって悪いな」

 

「構わん。あの人の墓参りに来る人は多い方が良い。こういう時ぐらいは特別扱いしてやる」

 

 墓参り以外にも融通しろよと禅十郎は心の中で愚痴を漏らした。

 

「そいつはどうも。で、何か情報は掴んだか?」

 

「いや、何も出てきていないな。やはり一筋縄ではいかん相手のようだ」

 

「つっても、想定してる人数を踏まえると仲間を解放する為に人質でも取りに来るしか思いつかねぇ」

 

「その可能性もあるが、相手も人間だ。俺達の予想を超えてくるかもしれん」

 

「予想の範囲内で終わってくれると良いなぁ。今日は千鶴姉特製のスペシャル弁当なんだよ。五段の重箱に籠められた栄養満点の数々の品々、そして一番下の段には俺の大好物が入ってる俺の知る中で最も至高の弁当。これはじっくり食べたいんだよなぁ」

 

「お前、警備隊だろ。そんなに食べる時間が割けると思ってるのか?」

 

「割ける様に交渉してきた!!」

 

 休憩は交代制ではあるが、禅十郎は弁当を食べられる時間帯を克人に交渉して確保したのである。昼もあるが量の事を考え、丁度第一高校が発表を行っている時間にも入れてもらった。達也達が発表をするが、発表練習で何度も話を聞いて内容を把握している為、直接見に行く必要がないのだ。

 

「変な所で力を入れるな!! バカかお前は!!」

 

 そんな勝手な事をしていいのかと大神は頭を抱えたくなったが、警備隊に勧誘した克人はもともと禅十郎を自由に動かすつもりであった。事件に対する嗅覚が鋭い上に、勘も良く働く。それを十全に使う為に食事が必要なら時間を通常より長くするなど全体を指揮する克人には造作もないことだった。

 

「……まぁいい。コンペの会場周辺の警戒は結社から応援を寄越すことになってる」

 

「お前等以外、誰が来るんだよ?」

 

「知らん。俺も詳しい情報は聞かされていない。そもそも本件の主導権は向こうが持ってる時点で俺達は出来る限りの事をするしかない」

 

「うげ、笠崎のおっさんの人選とか嫌な予感しかしねぇよ」

 

 笠崎の部下と因縁が多い為に禅十郎に対する嫌がらせを込めた人選をしてくるのではないかと推測していた。

 

「あの人でもこんな時にそんなふざけたことをしてくるとは思えないが……」

 

「いや、あの権謀術数の権化ならやりかねん。前も能力は十分なのに俺との相性最悪の人選してきやがったし」

 

 大神は幹部の中でも古株である笠崎が不穏な状況下で爆弾を投げ込むようなことはしないと考えていたが、彼より笠崎の人となりを知っている禅十郎は否定する。そんな馬鹿なと思ったが、禅十郎の予測は間違っていなかったのだと大神は後に知ることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 同日、ある場所では一人の男が朝日が昇るのを眺めながら酒を嗜んでいた。

 

「さて、此度の騒乱は私に何を見せてくれるのかな?」

 

 男はこの先に起こる出来事を把握している。だが、その後に起こることまでは推測するのは困難だろう。何せ、これから起こるのはテロでも暴動でもない。戦争なのだから。

 戦争はあらゆる可能性を秘めている。人間の思惑が蠢き、悲劇、喜劇が渦巻くからこそ、予想だにしていないことが起こる。起死回生の奇跡を起こすこともあれば、想定以下の結果を生むこともある。

 だからこそ彼は様々な所に働きかけて種は撒いた。後はどんな芽が出てくるか待つだけだ。

 

「ここで死んでしまうのは致し方ないが、生き残ったなら、君にどんな影響を与えるのか楽しみだよ」

 

 男はそう呟き、グラスに注がれた酒を一気に飲み干すのだった。




如何でしたか?
今回は題名の通りコンペ前日と、ちょっとだけ論文コンペ当日の内容となっています。
始めた当初から禅十郎の過去に関わってくる人物の設定はありましたが、今回でようやく出すことが出来ました。
今回はこれで満足です。
次回から論文コンペ当日に話が進んでいきます。
色々とやりたいことを詰め込んでいますが、相変らずの亀更新ですので、次回まで少々お待ちください。

それと今更ながら、お気に入り登録者数2500人突破いたしました。
本当にありがとうございます!!

それでは今回はこれにて。

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