魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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どうもです。

書き溜めてたのが納得いく形で出来たので、珍しく連日更新しました。

なので前話を見ていない人はそちらからお読みください。

2020/10/26:文章を修正しました。


篝VS十文字

 論文コンペまであと八日となった。

 発表を手伝っている学生だけでなく、当日会場警備を行う体育会系の学生も熱心に活動しており、まさしく全校一丸となって準備に取り掛かっていた。

 軍や警察を志望している学生などの為に用意された野外演習場に来ていた禅十郎は意外な二人を見かけた。

 

「あれ、二人共こんなところでどうしたんですか?」

 

 そこにいたのは真由美と摩利だった。

 

「事故防止のモニター要員として来たのよ」

 

 このような演習場で訓練を行う際、事故に対応するためのモニター要員が存在する。それに二人が呼ばれたとなれば納得がいった。

 

「そう言う禅君は十文字君と訓練?」

 

 今から行われるのは克人が中心となって会場警備を行う学生の士気を高めるための訓練である。警備隊として選ばれた学生、主に一年生や二年生は克人の訓練相手となることにやる気を見せていた。

 

「十対一には出ませんが、十文字先輩と一対一でやることになってます」

 

 下級生は十対一で克人と訓練を行うが、禅十郎は一対一で模擬試合をすることになっている。そもそも十対一でもかなりのハンデに思われるだろうが、提案したのか本人自身であり、彼が後輩が十人で掛かっても圧倒できる程の実力者なのだと改めて理解させられる。

 

「まぁ、君なら当然だろう。十対一で君がリーダーになれば十文字でも敗北する可能性が十分にあるだろうしな」

 

「俺でも難しいですよ。姉貴ならもっと上手く……いや、もっとエグイ事しますよ」

 

「……何で言い直したの?」

 

 言葉がひどくなったのは真由美も理解できなくもないが口にはしなかった。

 禅十郎の奇策は千景譲りであり、宗士郎が禅十郎を崖っぷちにまで追い込みまくったことで実践する機会は多くあった。その為、戦闘時の判断能力は一年生の中でぶっちぎりのトップなのである。

 そんな彼が十文字を相手に徒党を組めば、相手の実力に圧倒されても戦略で圧倒する試合が見れるのではないかと摩利は期待していたが、どうやら期待に沿えないことに若干ガッカリしている様子である。

 

「因みに清史郎の兄貴なら試合が始まる前に終わらせてます」

 

「禅君待って、それじゃ試合の意味がなくなるわよ」

 

 家族の中でも清史郎が性格面で一番狂ってると言われており、あの千景ですら手を焼くほどの策略家であるのは真由美も知っている。千景がまだ現役の生徒会長だったころに聞いた話だが、戦略ゲームで一番良くて敗北寄りの引き分けに持っていくのがやっとのことだ。

 本当に兄弟姉妹の中で何で禅十郎が比較的まともに見えるのか、物凄く疑問に感じる真由美だった。

 

「九校戦明けで久方ぶりに実力を見る後輩が多いが、十文字に対抗できるとすれば君なら誰を推す?」

 

 そんな友人の心情など露知らず、摩利は禅十郎が知っている範囲で面白い生徒はいるか尋ねた。

 

「吉田幹比古ですかね。モノリス・コードの代理選手だった」

 

 即答する禅十郎に摩利は意外だと言いたげな目をしていた。

 

「彼か? 確かに面白い魔法を使うと思ったが……」

 

「当時の幹比古と一緒にしない方が良いですよ。今のあいつなら神童と呼ばれるのに相応しい実力になったと言っても過言ではないです」

 

「ほう……」

 

 禅十郎が絶賛する後輩に摩利は興味を抱いた。

 

「まぁ、他にも見応えのある同級生はいますが、急成長した今のあいつなら十文字先輩に一矢報いることも可能かもしれませんね」

 

「成程、それは楽しみだ」

 

 面白い情報を共有したことで邪な笑みを浮かべる風紀委員組(一人は元だが)に真由美は呆れて溜息をついた。

 

「因みに禅君は十文字君に勝てる見込みはあるの?」

 

 真由美は禅十郎の実力を良く知ってはいるが、それはあくまでも近接戦闘においてだ。魔法師としての総合的に考えれば、克人の方が圧倒的に強いのは間違いない。そんな彼を相手に勝機があるともいえる禅十郎の態度の理由を彼女は聞きたくなったのだ。

 

「勝機は無きにしも非ずです。まぁ、ファランクスは難しいでしょうが、他の障壁なら確実に突破してみせます」

 

 自信たっぷりに断言する禅十郎に摩利は興味深いと笑みを浮かべ、真由美は絶対碌なことじゃないと予想して疑うように彼を見つめた。

 

「禅君、一つ聞くけど、危ない方法じゃないわよね?」

 

「勿論、安全面は十分にクリアできてますよ」

 

「本当に?」

 

 サムズアップまでして問題ないと言っているのに信用しない真由美に禅十郎は苦笑を浮かべる。

 

「疑り深いですねぇ」

 

「普段の行いを見れば禅君の大丈夫は信頼できないもの」

 

「えー。俺と兄貴が使っても怪我しないんで信用してくださいよー」

 

「二人だけって言葉でもっと信用がなくなったんだけど」

 

 化け物じみた身体能力の二人用に調整されている手段を一般人が使える訳がなく、真由美は絶対まともな手段じゃないと断定した。

 

「何でですか?」

 

「じゃあその方法、他の人は使えるの?」

 

「えっ? 俺達用なんで出来るわけないじゃないですか」

 

 たった数秒で真由美の推測は確信に変わり、思わず溜息をついてしまう。

 

「やっぱりアウトじゃない」

 

「えー」

 

 愕然とする禅十郎に摩利は思わず笑った。

 

「これまでの君の行動を見ていれば当然だな」

 

「そうそう。禅君ったら小さい時から碌なことしてこなかったし。特に兄弟三人が揃って行動したら周囲の被害は通常の十倍よ」

 

「俺をトラブルメーカーみたいに扱わないでもらえますかね? そもそも諸悪の根源は清史郎の兄貴ですよ」

 

「実行犯は禅君じゃない」

 

「兄貴だってやってますよ。そもそも俺等が一緒にやったことなんて、爺への仕返しか、俺等に喧嘩売ってきた奴等を返り討ちにしたぐらいですよ」

 

「それで周りにどれだけ被害が出たと思ってるの」

 

「うーん、会社がいくつか潰れたような」

 

「禅君……」

 

 何処か陰のある笑みを真由美は浮かべる。

 

「……あはははは」

 

 明後日の方を見て乾いた笑い声をあげる禅十郎に真由美はムッとする。

 

「笑って誤魔化さない! この間も妙なことに関わってたわよね」

 

「んにゅー。にゃんで知ってんですかー」

 

 真由美に頬を引っ張られながら、気の抜けた声を上げる禅十郎。

 

「私の家もそれなりに情報は入るのよ。家庭の事情であってもあんまり変なことに首を突っ込まないの!」

 

「へー? いやれふー。かてぇいのじじょうなんでー」

 

「ぜーんーくーんー」

 

(何やってるんだか、こいつらは)

 

 先程から黙って目の前でイチャイチャとスキンシップを取っている二人を目にして摩利は内心煮え切らない気持ちになっていた。いくら幼い頃から家族間の付き合いがあるとしても異性に対してここまでスキンシップなど普段の真由美なら絶対に取らないだろう。

 少々興味を抱いている達也にでさえ、ここまでやったことは無いのだから間違いはない。

 

(何でここまで仲が良くて付き合わないんだ、この二人は)

 

 異性を超えた友人と言う間柄でもないのに目の前でイチャつかれると少々イラっと来る。

 そう言う摩利も彼氏の話をすると、普段と打って変わって乙女になるのだが、そんなことをツッコめる勇者は三人の周囲にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして時が経ち、克人との十対一の訓練は一通り終わりとなった。

 模擬戦闘を五回行った結果は克人の圧勝である。

 禅十郎の言う通り、幹比古も冷静に判断して克人を翻弄する場面を見せ、その活躍に摩利達の興味をひかせる結果となった。

 なお、ボロボロになっていた幹比古は沢木に連れられて残りの訓練にまで駆り出されることとなる。

 そして現在、十対一の模擬戦闘訓練を終えても克人は演習場に残り、次の挑戦者の準備が終わるのを待っていた。

 

『これより三年生十文字克人と一年生篝禅十郎の模擬試合を開始します』

 

 開始のブザーが鳴り響き、克人は移動を開始する。

 スタート地点は互いに知らされておらず、制限時間三十分以内に相手を戦闘不能にすれば試合終了である。

 最初は無作為に移動するしかない為、周囲の探索を怠らずに克人は移動する。

 後輩相手に随分と慎重に行動しているようだが、克人にとって禅十郎の奇襲が一番厄介なのだ。

 確かに克人の防壁は学内のみならず国内においても最強と言えるだろう。だが、その防御も常に張っているわけではないし、認識できない攻撃には全く対処が出来ない。すなわち、学内屈指の機動力を持ち、奇襲する技能が備わっている禅十郎は十文字にとって脅威足り得るのだ。

 真正面から戦えば克人に軍配が上がるが、奇襲となれば禅十郎の方に分がある。

 物量で勝つか、機動力で勝つか。

 初手を防ぐか、初手を決められるか。

 そこがこの試合の勝敗を分ける。

 

「ふっ……相変らず行動が読めない男だ」

 

 思わず笑みをこぼした克人もついさっきまではそう思っていた。

 

「まさか正面から攻めて来るとはな」

 

 試合が開始して数分が経ち、克人の前には全力でダッシュで向かってくる禅十郎の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「十文字を相手に正面突破か」

 

「やっぱり……。そう来ると思ったわ」

 

 摩利が禅十郎の予想外の行動に驚いていた。

 一方、真由美は(嫌な方向で)予想通りであることを確信し、片手でおでこを抑えて溜息をついていた。

 

「てっきりあいつなら秘策を踏まえた奇襲を仕掛けると思っていたが……。以前そんな話をしていたしな」

 

 少し前に摩利が興味本位で禅十郎に克人と戦うことになったらどう戦うか聞いていた。その時の答えが、認識されないよう奇襲を仕掛けるしか手はないとのことだ。

 最大火力の物理攻撃を使えば不可能ではないが、ファランクスを出されたらほぼ勝ち目がないと禅十郎は断言していた。

 それ故に摩利は禅十郎は奇襲を狙ってくるだろうと踏んでいたのだ。

 

「摩利、そもそも予測されている手口が成功する確率はあると思う?」

 

「いや、それを成功するために策を練るんだろう? 実際にあの人だっていくつも策を練ってきたじゃないか」

 

 摩利と真由美は千景の戦略を良く知っている。

 可能な限り対処できるように戦術を二重三重にも構えており、その内容は王道から邪道まで幅が広い。物事を多方面から観察することに彼女は特化しており、第一高校の中で誰よりもその影響を受けているのが禅十郎なのだ。

 

「ええ。でもね、知覚出来ない奇襲に対処する術は十文字君にだってない訳じゃないの。もし奇襲が失敗すればファランクスを展開されて長期戦になるのは間違いない。となると禅君が使える手はかなり少ないわ」

 

「近接格闘に持っていけば勝利は確実だろうが、十文字がそう簡単に防御を崩すとは思えんしな」

 

 禅十郎の実力は学年屈指と言えるだろうがそれはあくまでも近接戦闘においてであり、魔法師としての技量であれば克人の方に軍配が上がる。実力差が明確になっている以上、禅十郎が勝つ可能性は限りなくゼロに近い。

 

「だとすれば……」

 

 そんな条件下で禅十郎が勝利する方法として確実なのは一つしかなかった。

 

「恐らく禅君はこれまでと打って変わった別の策を用意しているはずよ」

 

「さっきの禅が言っていた策か……。どんな秘策を出してくるのか見物だな」

 

 九校戦が明けた後、彼も幹比古同様に成長しているが直接目にしたわけではない。彼がどう成長してきたのか、真由美達はモニター越しで二人の戦いを見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 やや開けた場所で克人は禅十郎が高速で木々を掻い潜り、此方に迫ってきているのを肉眼で捉えた。

 

(何が狙いだ、篝……)

 

 想定外の行動であるが、真正面からの勝負では自分に軍配が上がるのは間違いない。それが分かった上での正面突破に克人は異様な不気味さを感じていた。

 よく見ると、試合前にはつけていなかった両腕の黒い手甲が克人の目につく。

 形状からして、アレは間違いなく武装一体型のCADだ。今まで使用したところを見たことが無いことから、禅十郎の策の一つであるのは間違いない。しかし、それだけではないだろう。必ず他にも無数の策を用意しているはずだと克人は気を引き締める。

 彼は克人の知る同年代の中で最も実戦形式の訓練をしてきた後輩であり、他の下級生から感じられない緊張感があった。

 克人は用心してドーム型の防御型のファランクスを展開する。その上で、移動系魔法により地面を崩して、禅十郎の機動力をそぎ落としにかかる。だが、この程度で禅十郎の動きが止まるとは思っておらず、あくまでも牽制としか見ていない。

 案の定、禅十郎だけ重力が小さいかのように軽々と崩れた足場でも速度を下げずに迫ってくる。

 ならばと、克人は攻撃型ファランクスで禅十郎を真上から押しつぶそうとするが、縦横無尽に動き回る禅十郎の速さに克人は照準を合わせることが出来ずにすべて不発に終わる。

 

「相変らず、恐ろしい速さだな」

 

「そりゃどうも!」

 

 しかし、ただ速いというならば他にも手段はある。

 禅十郎の進行方向に対物障壁を展開して、彼の進行ルートを限定するように仕向けた。

 だが、この程度で禅十郎の行動を制限するには不十分だった。目の前に壁が出れば急停止か急旋回しなければならないが、地面から約二メートルほどの壁を禅十郎は容易く飛び越えたのだ。

 

(まるで曲芸師だな)

 

 そんな禅十郎を見て克人はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。この程度で自分の掌の上で踊る男ではないという事実と、久方ぶりに骨のある相手との試合に思わず高揚している自分がいた。

 緊張感を持ちながら試合を楽しんでいることに克人は気付いていない。

 全ての手札を見せる訳にはいかないが、これまで多くの学生を破ってきた戦法を紙一重で突破する禅十郎を目にして彼の底力に興味を抱いていたのだ。

 

(これならどうだ!)

 

 今度は禅十郎の前に前方、上空、左右に逃げ場を無くす立方体型の対物障壁で禅十郎を閉じ込める。本来ならば自分を守る魔法を相手を捕獲する為に使う。固定観念を取っ払うことがあの姉弟と関わって慣れてきてしまったことに克人は気付いていなかった。

 その直後、中に囚われた禅十郎の背後から対物障壁の中に嵌るギリギリサイズの攻撃型ファランクスが襲い掛かる。

 完全に逃げ場がなくなり、八方ふさがりと思った矢先、禅十郎が両手を手刀にして構えた。そして唐突に禅十郎の両腕の手甲が文字通り燃えた。

 その光景に克人は目を疑ったが、直ぐに新たな衝撃的な光景を克人は目にする。

 禅十郎が燃える手刀で目の前の障壁魔法を真っ二つに斬ったのである。

 防壁が破られ、鳥籠に閉じ込められてた禅十郎は僅か数秒で外に解き放たれる。

 魔法を斬るなどと言う光景を克人は初めて見て驚きを隠せず、一瞬だけ行動が止まってしまった。

 直ぐに我に返るが、その僅かな時間ならば禅十郎が克人に迫るのに十分であった。

 克人との距離まであと数メートルと言ったところで禅十郎が炎を宿したままの左拳を構え、攻撃に転じる動きを見せる。

 

(来るかっ!)

 

 障壁を腕で斬るという光景を見せられ、絶対の防御ともいえるファランクスが破られるのではないかと危惧し、克人が身構えると、唐突に視界が光で満たされた。

 まさかの不意打ちによる目晦ましである。この時、克人は禅十郎の拳に気を取られており、彼が汎用型CADの操作に気付いていなかった。

 咄嗟に腕で視界を覆って目を瞑り、被害を最小限にしつつ、周囲に展開しているファランクスを解除しないように集中する。目が見えなくなっても克人の耳は音を拾うことができ、ファランクスを強打する音が彼の耳に入った。

 どうやらあの炎でファランクスを破ることは不可能だったようだが、油断はしない。

 しかし、それ以上は何も起こることはなかった。

 克人は目を開き、先程の閃光でやや視界がぼやけてはいるものの、辺りを把握しようとする。

 

(いない……だと?)

 

 目の前から禅十郎が姿を消していた。

 即座に索敵魔法をかけ、周囲に人がいないかを確認するが反応がない。

 確かに禅十郎の機動力は目を見張るものがあるがこの短時間で索敵範囲を抜けるとは思えなかった。だとすれば可能性は一つしか思い浮かばなかった。

 

「下からかっ!」

 

 その可能性が頭に浮かんだが、対処するには遅かった。

 克人が言葉を発した瞬間に、地面が唐突に沼になったかのように克人の足を飲み込んでいく。その直後、ドーム型のファランクスの内側にいる克人の眼前に禅十郎が地面から這い出てきた。

 

「そらよ!」

 

 克人が驚く暇もなく、禅十郎は移動魔法と自己加速魔法を併用して威力を増した蹴りを克人に叩き込む。

 

「ぐっ!」

 

 咄嗟に両手を盾にして防ぐが、地面の所為で踏ん張りがきかず、流動した地面に背中から倒れていく。

 手をクロスしたことで反撃の魔法を使おうとするが、禅十郎の動きはまだ止まっておらず、空中に待機したまま片腕を蹴られて操作する指をCADから離してしまった。そのままなす術もなく地面に半身が飲み込まれると、砂の流動が止まり元の固い土に戻った。

 克人の両足と片腕は地面に埋まっており、禅十郎は五体満足で地面の上に立っていた。

 己の状況を判断して克人は低く唸る。

 

「……降参だ」

 

 流石の克人も四肢のうち三つも使用不能になれば、足掻くことは不可能だった。

 

『ただいまの模擬試合、十文字克人の行動不能により篝禅十郎の勝利となります』

 

 アナウンスを聞いた禅十郎は緊張が解けたのか、一気に口から息を吐きだした。

 

「はぁ、危なかったぁ。流石にちょっとヒヤッとしましたね」

 

 体中についた土を掃いながら感想を言う禅十郎に克人は溜息をついた。

 

「よく言う。余裕だったではないか」

 

「体力限定ですよ。魔法技能で言うなら勝ち目ないんで、奇策で勝たせていただきました。いやー、ファランクスが地面の底まで行ってなくて良かったですよ」

 

 禅十郎は粒子流動(パーティクル・フルーディゼイション)を発動して、克人を地面から掘り出す。

 

「まさか、一度受けた地面からの攻撃を二度目で貰う羽目になるとはな。同じ手口を成功させたお前の戦略は見事としか言えん。あの魔法は九校戦で対戦相手が使っていたな?」

 

「覚えてたんですか? 清史郎の兄貴がこの魔法に興味を持って研究して編み出した戦法ですよ」

 

「ほう……。流石だな、篝の『狂人』は」

 

 克人からその名が出て禅十郎は軽快に笑った。

 

「色んな意味で狂ってますからね、兄貴の頭は」

 

 禅十郎が克人に勝った流れは、まず克人の視界を潰し、ファランクスに禅十郎がぶつかったと知覚させる。その後も攻撃すると思わせ、禅十郎の動きを察知するよりも防御に意識を持って行かせる。その直後、粒子流動(パーティクル・フルーディゼイション)によって砂をかき分けられるようにし、加重魔法を使って一気に地面に潜り、更に移動魔法で克人の真下まで移動する。間髪入れずに粒子流動で克人の足場を崩し、禅十郎は移動魔法にて一気に地上に上って攻撃を入れ、克人を地面に沈めて動きを止めたのだ。

 これを短時間で行った禅十郎の手腕に克人は称賛した。

 

「俺の場合は時間との勝負でしたからね。十文字先輩が地面を抉ってくれなかったら、逃げながらバレないように土を柔らかくしなきゃいけませんでしたよ。演習場の土って割と固いんですよね」

 

 靴の爪先で地面を蹴りながら禅十郎は苦笑を浮かべる。

 押し固められた地面で粒子流動を使うことは可能だが、短時間で地面に潜るにはそこそこ土が柔らかい方が良いのだ。

 それがなければ、長時間克人の攻撃を避け続けつつ地面を耕さなければならず、作戦がバレる可能性も上がってしまう。つまり克人の先制攻撃は禅十郎の機動力を下げるのではなく、作戦の手間を省くのに役立ってしまったのだ。

 

「……成程、俺は自発的にお前の作戦を手伝ったという訳か」

 

「まぁ、これは初見殺しなんで、二度目は通じないですね」

 

「それでも勝ちは勝ちだ。そもそも敵を前に地面に潜るなど俺は思いつかん」

 

「そんなもんですかね? まぁ、この作戦が無理だったらファランクスを解けるように演習場の地形を変えるしかなかったですね」

 

「修繕に時間が掛かりそうな作戦だな」

 

「そりゃあ、先輩に勝つには地形ぶっ壊す覚悟がないと勝てそうにないですよ」

 

「その評価は誇って良いのか、悲観すれば良いのか分からんな」

 

「捉え方はご自由に」

 

「そうか」

 

 克人は禅十郎が対物障壁を斬った両手に宿った炎について聞きたかったが、恐らく答えてくれないだろうと思い、その疑問は口にはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 試合を見ていた真由美と摩利は内容について色々と振り返っていた。

 

「十文字が負けるとはな。それにしても土の中に潜るとは、あいつは忍者か……」

 

「実際に知り合いに高名な忍術使いがいるんだから、その人に教えてもらったんじゃない?」

 

 正確には『忍び』だよと本人がいれば笑顔で茶々を入れるだろうが、そこまで詳しくない二人には忍びも忍者もそれほど大差が無かった。

 と言っても禅十郎は八雲からは特に忍びの技を教わっているわけでもなく、ただの体術の練習相手として手合わせをしていく中で、彼が時折見せる手口を禅十郎の伝手で色々と再現しているだけなのだ。

 

「もっと派手にやるかと思ったが、今回は色々と地味だったな」

 

 想定外の動きをしたのは最初だけで、戦略の内容としてはそれほど度肝を抜かれるようなものではなかったのか、摩利は少々試合内容が物足りなさそうな顔をしていた。勿論、克人が敗北したのは驚かされたが、もっとエキサイティングな試合になるのを期待していたのだ。

 

「そう? 魔法を打ち消す炎なんて私は見たことないわよ。対抗魔法の一種だと思うけど、術式解体とは違ったわね。魔法で改変された事象を切り裂いているのかしら?」

 

 真由美の予想は的中しており、この場で使用した本人がいれば舌を巻いていた所だ。

 因みにこの魔法をある人物が見た場合、禅十郎は間違いなく質問攻めされる案件に発生するのだが、幸いにもその人物は別の場所で必死に走っているところだ。

 今回は比較的まともな戦術だった為、真由美から小言はなく、むしろかなり上機嫌だった。普段から『肉を切らせて骨を切る』または『背水の陣』ともいえる戦術は使おうとしているので、ようやくまともな戦術を使い、彼の成長を内心喜んでいた。

 

「ファランクスには効かなかったがな。だが、あの炎、肘から腕全体を覆っていたが、あんなことをして腕が燃えないのか? どう見ても幻影じゃない本物の炎だ」

 

 そんな彼女の心情などに気付かず、摩利は終盤の方で見せた魔法について疑問を浮かべた。

 

「流石に何も対策はしてないことは無いはずよ。それに禅君は火のエレメンツの家系だから火や熱を使った魔法はかなり得意なのよ。といっても実戦よりも料理を作るときに使うことが多いみたいだけど……」

 

「魔法で料理をするのか、あいつ」

 

「昔は魔法の火力調整の練習で料理を作ってたそうよ。夏休みに一回だけ見せてもらったけど、禅君の火加減はプロ顔負けだったわ。普通に調理するより凄く美味しかったわ」

 

 七草家の令嬢である真由美もプロの料理人が作った料理を口にしている為、料理の質の違いもそれなりに分かる。そんな彼女が真面目な声色で禅十郎が作った料理を絶賛した為に嘘ではないのだと摩利は理解した。

 そもそも魔法を使った料理を食べることになった背景が物凄く気になったのだが、流石に脱線しそうだと思い、摩利は今は横に置いておくことにした。

 

「そもそも禅の家が体術に特化しすぎてて、本来の特性を忘れてたな」

 

「普段がアレだからね」

 

 身体能力を向上させる魔法ばかり使っている所為で、禅十郎が火のエレメンツの血筋であることを時折忘れてしまうことに真由美は苦笑を浮かべる。

 ただ、今回は本当に危険な方法で戦わなかったことに真由美は満足して、残りの試合を見ることにした。

 それから二試合行い、禅十郎は様々な策を講じて善戦したが、どちらも克人の勝利となった。

 

 

 

 

 

 

 試合が終わった後のこと、摩利はふと禅十郎に聞いてみたいことがあったことを思い出した。

 

「禅、そう言えば、地面に潜っていたが、どんな感じなんだ?」

 

「ああ、地面に潜ると暗くて何にも見えないんですよ」

 

「よくそんな状況で十文字の場所を正確に狙えたな」

 

「かなり練習しましたからね。でもまぁ、結構大変でしたよ。なにせ地表に出るまで周りも見えない上に呼吸止めなきゃいけないんで。一回練習中に地面の中に埋まりそうになって窒息しかけました」

 

「えっ?」

 

 その場には真由美と克人もおり、禅十郎が思わず口にしたことに真由美は口を開けて驚き、克人は眉をひそめた。

 

「あ、やべ……」

 

 うっかり口にした内容に気付いた禅十郎は真由美から目をそらした。

 

「ふーん、そうなんだぁ。あんなにまともに見えて、そんな危ないことをしてたんだぁ」

 

 声色は上機嫌なほど明るく、顔は満面の笑みを浮かべているはずなのに、真由美から発する殺意にも似たオーラに摩利は戦慄した。

 

「ねぇ、禅君、どうして目をそらすのかしら?」

 

 あんなに危ないことはしないでと何度も念を押してきた。それ故に今回見せた戦術は比較的まともであった為に彼も成長したのだと思っていたらこの有様だ。練習で命に係わるようなことをしていたことが発覚し、それが真由美の逆鱗に触れた。

 

「……」

 

「禅くーん、お姉さん、怒ってないからこっち見なさい」

 

 いや、絶対に怒っているだろうと摩利は口にしたかったが、彼女の怒りを通り越した感情を前にして余計な一言が命取りになると本能が警告した。

 一方で完全に黙秘する禅十郎は真由美からゆっくりと離れるように移動を開始する。

 摩利は逃げるなと叫びたかったが、相変らず真由美が怖くて口を開けない。

 だが禅十郎の逃走は予想外にも克人が彼の肩を強く掴んだことで失敗に終わった。

 

「事情は知らんが、逃げるのは感心せん。甘んじて彼女の 責を受け入れろ」

 

 克人に逃走の邪魔をされて唖然とする禅十郎は誤って真由美と顔を合わせてしまう。

 真由美は嘗てないほどに綺麗な微笑みを浮かべているはずなのに、彼女の背後から般若を髣髴とさせる幻影が見えた気がした。

 

「禅君、せ・い・ざ」

 

「……うす」

 

 結局、禅十郎は真由美のお説教を受けることになった。

 真由美は生徒会を引退しており、校内で魔法が使えない為、物理的な制裁はほぼ無理矢理付き合わされた摩利に、禅十郎が逃走しないよう見張る役目は克人に、言葉による制裁は真由美が担当し、滅多にない三巨頭の共同作業によるお説教現場が演習場付近で見られることとなった。




如何でしたか?

十文字家のファランクスへの対処ですが、アレってドーム型なんで地面の下は一切干渉されてないと仮定した上での戦い方です。

違和感を感じたらすみません、そういうモノだと思ってください。

因みに対物障壁の対処は分かる人にはわかるかもしれません。

でも使えても不思議じゃないですよ。

なんたって彼は『篝』ですから。

では今回はこれにて。

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