魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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どうも、お久しぶりです。

しばらく放置していた夏休み編を更新してみました。

なお、今後は現在並行で書いている二次創作作品と同じような構成で文章を書いていく予定です。

昔の方が良かったと思う人もいるかと思いますが、ご容赦頂ければ幸いです。

それと『入学編』を全部書き直したので、そちらもよろしければ見てください。


夏休みデート その1

 夏休みも後半に差し迫り、お盆が明けても暑さは日に日に増していた。特にアスファルトやコンクリートで溢れかえっている街中はより蒸し暑くなっていた。

 そんな中、幅広の帽子と水色のサマードレスを身に着けた少女は、この猛暑の中、汗一つ掻かずに時計のある柱の下に立っていた。整った容姿と綺麗な佇まいに見とれる男性も多く、彼女の前を通ると無意識に彼女に視線を向けている。

 そんな少女は誰かを待っているようで、腕時計を眺めると辺りをキョロキョロと見渡している。

 しかし待ち人はまだ現れず、少しだけ少女は不機嫌になっていた。

 

「お姉さん、一人?」

 

 だが、彼女が不機嫌になっていたのは待ち人が来ないからだけではない。

 先程からこちらに下心丸出しの視線を向けている少年に嫌気がさしていたからだった。

 金属の装飾品を多く身に着け、少々気崩した服装の少年に少女はちらりと目を向ける。

 

「私に何か御用でしょうか?」

 

 こちらに干渉するなと言わんばかりに家庭環境によって習得した営業スマイルを浮かべ、心に壁があることを表すように丁寧な口調で少女は返した。

 

「さっきからここにいるのが見えてさ、折角だから一緒に遊ばない?」

 

「申し訳ございませんが、待ち合わせをしていますので」

 

 少年の後ろには彼の仲間であろう似たような服装をした集団がニタニタと笑っていた。

 

「でもさ、ずっと待ってても来ないんだからさ、俺等と遊ぼうぜ。絶対楽しいって保証するからさ」

 

 明らかな拒絶を表しているのに引き下がることもせず、少女は鬱陶しいと心の中で溜息をついた。

 

「待ってる人も遅れてるんだし、少しだけだか……」

 

「お嬢、御迎えに上がりました」

 

 ぐいぐいと少年が迫っているとその背後から一人の男が現れた。

 少年が背後に現れた男に目を向けると、その姿にギョッとした。

 彼と目を合わせるまで、少年はどうせ脅せば身を引くような奴だと思い込んでいた。だが、彼の風貌が少年の予想をはるかに上回っていた。

 彼の鋭い目つきは到底堅気のものではなく、顔の下にある傷は自分達のような喧嘩では到底つくことが無いものだった。その上、自分より頭一つ程背が高く、半袖のシャツの袖から見える鍛え抜かれた太い腕と複数の生傷、そして服の上からでも分かる鍛え抜かれた肉体に少年は息を呑んだ。

 明らかに自分達と異なる世界にいる人間、というのがその少年の抱いた感想であった。

 

「遅い。一体どこで油を売っていたの」

 

 先程まで優しい声(本人はそうは思っていないが……)だった少女が、やや低く冷淡な声で彼を叱責した。

 

「申し訳ございません。……ところでお嬢、またですか?」

 

 睨むような目つきで視線を向けられた怖くなって少年は小さく悲鳴を上げる。

 男の問いに少女はうんざりとした顔を浮かべていた。

 

「ええ。断っているのに一向に引き下がってくれないの」

 

「成程。……おい、小僧、お嬢に手を出すとは良い度胸だな?」

 

「あ、いえ……その……」

 

 ガンを飛ばしてくる男に少年は声を震わせる。

 ちらりと少年は自分達の仲間に目を向け助けを呼ぼうとするが、明らかに状況が悪くなったことを察知した彼等は少年を一人残してここから立ち去っていた。

 

「お嬢、あちらに車を待てせています」

 

 少年を無視して男が手で方向を指すと少女は頷いた。

 

「ええ、分かったわ。時間が惜しいから手早く済ませなさい」

 

「はい。……おい坊主ちょっとオハナシしようか?」

 

 少女が立ち去るのを見届けると男は少年に肉薄する。

 男の強面に少年は恐怖のあまり歯が噛み合わずカチカチと音を鳴らしている。

 

「なぁ?」

 

 男が少年の肩に触れた。

 

「す、すみませんでしたぁぁぁぁっ!!!」

 

 その直後、少年は一目散に逃げていった。

 少年の姿が見えなくなると、男の背後からクスクスと笑い声が聞こえてくる。

 その笑いにつられ、男も笑みを浮かべつつも笑い声を堪えようとする。

 

「く、ククク……。ハハハハハハッ!」

 

 先程まで少年を恫喝していた男、禅十郎は堪えきれず口から笑い声が漏れてしまった。

 

「禅君、様になり過ぎよ。ドラマに出てくる極道そっくりだったわ」

 

 背中をバシバシと叩きつつ笑っているのは先程まで少年にナンパされていた真由美である。

 

「いやいや、真由美さんだっていい感じじゃないですか。普段は深窓の令嬢を装って、その実態は冷酷な極道の娘って二面性がしっかり出てましたよ」

 

 深窓の令嬢を装っての言葉に真由美はカチンと頭に来て、禅十郎の頬を引っ張った。

 

「へー、それはどういう意味かしら?」

 

「イデデデ!」

 

「禅君は余計な一言が多いのよ」

 

 真由美の制裁から解放された禅十郎は自身の頬を撫でた。

 

「いってー……。でも役に立ちましたよね。知り合い考案のナンパ対策」

 

 先程の極道の娘と組長の部下を彷彿とさせるやり取りは禅十郎の知り合いが考案したナンパ対処法だった。

 真由美の容姿であればナンパにあうことも少なくない。普通に断って済めばいいが、場合によっては一緒にいる相手がいても引き下がろうとしない者もいる。そこでいっそのこと堅気が手を出してはいけない人間だと認識させることで、相手の方から引いてもらう方法を提案したのである。

 

「それはそうだけど……。というか禅君、恐らく彼の方が年上だと思うんだけど……?」

 

 真由美の疑問に禅十郎はむすっとした顔を浮かべる。

 

「それ言わないでもらえますかね? 小学校時代から年上に見えるって言われてるんですから。地味に傷つきます」

 

 この方法は禅十郎が高校生ではないと認識させる必要がある為に、本格的に表情の練習をしていたのであるが、そもそも禅十郎は強面の所為で少年っぽさが抜けており、高校生よりも年上に見えなくもないのだ。

 

「はいはい、拗ねない拗ねない。時間も惜しいから行きましょうか」

 

 真由美がそう言うと禅十郎は先程と打って変わって満面の笑みを浮かべた。

 

「はいっ!」

 

 禅十郎も何時までも不貞腐れてはいられないのである。

 何せ、今日は真由美とのご褒美デートなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 禅十郎と真由美が移動を開始した頃、そこから少し離れた場所で物陰に隠れている人影があった。

 

「……行きましたね」

 

(ファイトです! お姉さま、禅さん)

 

「あの野郎、お姉ちゃんにくっ付き過ぎだ。もっと離れろよ」

 

 心の中で二人を応援している泉美と禅十郎に対して腹を立てている香澄が二人の様子を遠くから眺めていた。

 真由美が一人でお出かけすることは別に珍しくないのだが、今回だけは胸騒ぎがすると香澄の勘が訴えていた為、こっそりと後を付けていたのである。

 その結果は香澄にとって最悪のものとなった。

 

「やっぱり変だと思ったんだ。お姉ちゃんが選んでた服、どう見ても異性受けのよさそうなものばかりだったし」

 

 確かに真由美の今の服装は九校戦で着ていたものに似ており、両腕両肩は素肌が剥き出しでスカートの丈も短めだ。肌色が多い服装と真由美の美貌が相まって鼻の下が伸びる男は少なくなかった。

 しかもそんな服を着る機会など滅多になかった為に、香澄は絶対に友達と遊びに行くのではないと推測したのである。

 

「うー、お姉ちゃんはあいつに騙されてるよ。あんな碌でなしなんかの何処が良いのさ」

 

「香澄ちゃん、どうして禅さんのことをそこまで悪く言うんですか?」

 

「……気に食わないからだよ」

 

 少しだけ間を開けて香澄は答えた。

 

「具体的には?」

 

「顔は怖いし、がさつだし、暑苦しいし、負けず嫌いだし、猪突猛進だし、偶に何考えてるか分からないし、大食いの上に無駄に舌は超えてるし、あんな見た目で勉強と家事も出来るし、トレーニングバカだし、人外じみた体力お化けだし、何時までもあたしを子供扱いするし。あんなのお姉ちゃんに相応しくないよ」

 

 そこまで列挙できるのかと泉美は内心呆れていた。というより一部は褒めているのか貶しているのか分からない理由であり、最後の方は完全に私怨であった。

 

「そういう泉美はあいつのこと結構擁護するけど、あんなのの何処が良いのさ?」

 

「え? えーっと。そうですね……。やっぱり全体的にカッコいいからでしょうね」

 

「えっ、何処が?」

 

 目を丸くして有り得ないモノを見たような顔を浮かべる香澄。

 

「禅さんは鍛え抜かれた鋼の肉体だけでなく、その志を絶対に曲げない強い精神を持っています。確かに強面ですが、時折見せる笑顔や寝顔は愛らしいものですから、全く気になりません。寧ろそのギャップがたまりません。それに体術だけでなく魔法師として高い才能を持ち合わせてなお驕らずに弛まぬ鍛錬を続ける努力家であり、そのことを他者に誇らない謙虚さも美徳です。炊事洗濯などの家事を含め多芸に秀でていますし、料理においてはあの千鶴さんさえも認める技能をお持ちだとか。確かに性格はちょっと乱暴な所はありますが、他者への思いやりがあり、その上での厳しさと優しさがある人格者です。そんな彼だからこそ私の理想的な……」

 

「待って泉美、もう良いから」

 

 ビックリするほどのマシンガントークに香澄は待ったをかけた。

 泉美がロマンチストであるのは知っているが、まさか禅十郎に対してそこまで盲目的になっているとは思わなかった。

 幸か不幸か、香澄が禅十郎の話を半分聞き流していた為に、泉美が禅十郎と真由美の交際を後押ししているのは完全に自分の目的の為であることを彼女は気付けなかった。

 

「もー、泉美もお姉ちゃんもあいつの上っ面しか見てないよ」

 

 香澄の言葉に泉美は首を傾げる。

 

「そうですか?」

 

 不思議そうな顔を浮かべる泉美に、香澄は身内の盲目さに溜息をつきたくなった。彼女は禅十郎の良い所しか見ていない、というのが香澄の抱いた印象である。

 

「あいつは本性は外道だよ! 人を人とも思わない極悪人なの! 見たでしょ、あの顔。どう見たって人殺しの顔じゃん!」

 

 確かにあの顔は怖いかもしれないが、泉美からしてみれば、殺意のない強面など大したことはないのだ。

 

「もー、香澄ちゃんってば大袈裟ですよ。確かに禅さんは自分の敵と断定した相手には情け容赦はないですけど、そうじゃなければ優しい方ですよ」

 

「あーりーえーなーいー! 泉美もお姉ちゃんもあいつの本性と向き合ってないからそんなことが言えるんだよ!」

 

「はいはい。それじゃあ、お二人の後をつけましょうねー」

 

「もーう! 何で信じてくれないのーっ!!」

 

 軽く流す泉美に香澄はむすっと不機嫌な顔を浮かべながら、彼女を追いかけていった。

 この時、悪い男に騙されないように泉美の目を覚まさせてやらねばと香澄は決意した。

 一方で、相手のことを悪く言う香澄に泉美はもう少し寛大な心を持つべきだと、彼女の悪い側面を矯正しなければと考えていた。

 姉妹でありながら、同じ人物を見る目が正反対であるというのがなんとも面白いことなのだが、それを見て揶揄う人物はここにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、禅十郎と真由美の後を追う泉美と香澄だが、実は二人を見ていたのか彼女達だけではない。

 泉美と香澄が隠れている物陰からそれほど離れていないカフェから禅十郎と真由美を監視している者が四人いた。大神、猪瀬、葉知野、吉崎の四人が普段と打って変わってラフな格好でコーヒーやジュースを飲んでいた。

 

「いやー、最初はどうなるかと思いましたけど、どうやら出だしは問題ないみたいっすね」

 

「あたしが教えた対処法なんだ。余程のバカじゃない限り手は出さないさ」

 

「にしても大将、とんだ極悪人面でしたね。やっぱ親子って似るんだなぁ。怒った社長そっくりっすよ」

 

「ヨッシー、後で社長と大将に言いつけるっすよ」

 

「止めろ! 冗談抜きで九州に送り付けられるわ!」

 

「まぁ、あんたらのどっちかが行ったらどんな風に更生されるのか見てみたいけどねぇ」

 

「「いやいやいや死ぬ死ぬ死ぬ!!」」

 

 猪瀬の発言に吉崎だけでなく葉知野も顔を青くして、顔を全力で横に振って拒絶する。

 

「……で何で俺達はここで無駄な時間を過ごしているんだ?」

 

 楽しそうに二人を眺めている三人を除き、大神はつまらなそうな顔を浮かべていた。

 

「何言ってんすか、大神さん。坊ちゃんの未来が掛かってるんですよ! そんな面白い……じゃなかった大切な瞬間を盗撮……じゃなかった目に焼き付けたいじゃないっすか!!」

 

「本音が漏れてるぞ、吉崎。それに猪瀬まで何で一緒にいるんだ」

 

「あたしも身内のそう言う浮ついた話を酒の肴にするのは大好きだからね。特にあの二人は弄る価値がある」

 

 吉崎のパパラッチ根性とそれを焚き付ける猪瀬に大神は呆れた。

 

「俺の休日をこんなくだらないことに使うんじゃない」

 

「えー、どうせ大神さん、読書か古本屋の散策しかしないでしょ。このご時世に紙媒体の書籍なんて読んでどうするんすか。タブレット端末の方がいっぱい読めますよ」

 

 実際に大神は紙媒体の本をいくつかテーブルの上に置いており、その内の一冊を手に取って読んでいた。

 

「俺の趣味は別に良いだろう。それに紙媒体も良いものだ。電子書籍も悪くないが、自分の手で一ページ一ページめくることが好きなだからな」

 

「そういうモノですかねぇ?」

 

 葉知野と大神が読書について語っていると、吉崎と猪瀬が移動する準備に入っていた。

 

「お二人さん、そろそろ移動しましょうや」

 

「さっさとしないと置いてくよ」

 

 禅十郎達が見えなくなる前に、四人(そのうち一人は無理矢理だが)は移動を開始した。

 店を出る直前、大神は禅十郎達の後を追う二人の少女の姿を目にするのだが、どうでもいいと無視することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして魔法科高校の先輩と後輩のデートは余計な者達も巻き込んで始まるのだった。




如何でしたか?

今回は真由美との夏休みの思い出を書いてみました。

事件が起こるのか、何も起こらないのかは今後のお楽しみに。

それでは今回はこれにて!

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