八月ももう終わりです。
来年まであと三分の一年となるので、この調子だとあっという間に来年になってしまいそうな気がしてきました。
では、お楽しみください。
2020/10/20:文章を修正しました。
新人戦モノリス・コードは第一高校の優勝で幕を閉じた。
その試合を九島烈と源十郎は最後まで見ていた。
「あのドレッドノート、どうやら私が知っているものと少々違っているようだな」
「少々どころかもう別物の域になっておるわ。ワシが使っていた物よりずっと使い勝手が悪くなった正真正銘の欠陥品じゃ。あれは宗士郎も含めて他の奴は誰一人として扱えんし、下手したら命を落とす代物じゃろうな」
それが比喩ではないと彼の声色で理解した。
そもそも『ドレッドノート』とは衝撃を地面に受け流す魔法ではない。確かにその効果を発揮するが、それはあくまでも一つの使い方でしかないのだ。
吉祥寺は第三高校の卒業生である荻原仁が試合中に使っているのを見たことがあり、インデックスで調べたことを真に受けて、空中では受け流せないと断定した。
だが空中で受け流すことは不可能ではない。出来るのだが、扱い方を間違えれば確実に怪我を負う。そんな代物をおいそれとインデックスに載せるわけにはいかず、起動術式の一部を削って一般公開するようにしたのである。
「君が教えたわけではあるまいな」
「ワシは『オリジナル』しか教えておらん。あいつらが勝手に思いついて、勝手に作って、勝手に使っておるだけじゃ」
この試合で使ったドレッドノートに改悪したのが誰なのか源十郎は見当がついていた。
「オリジナルが開発された理由を知っているから、私はあれを中途半端な形で登録するように仕向けたのだがな」
「まったく禅十郎もそうじゃが宗士郎も清史郎も揃いも揃って何を考えとるんじゃ!! 特に清史郎じゃ、勝手に改造しおって! あんな無茶な使用にして誰かが真似をしたらどうするんじゃ!」
源十郎は顔が赤くなるほど憤慨していた。
今回のドレッドノートの改良した人物は一人しか心当たりがなかった。魔法を本当にただの道具としか見ていない禅十郎の二番目の兄である清史郎は使用者に危険が及ぶことを無視して術式を改竄することがあった。
当然、彼の施したドレッドノートも源十郎が知っている物よりずっと酷くなっていた。
ドレッドノートとは触れた物体の運動エネルギーを吸収し、指定した場所からエネルギーを付与する魔法となっている。かつては地面に受け流したり、物体に付与することで相手の物理攻撃から自身の攻撃へと転じるカウンター魔法として利用されてきた。
そんな魔法の改変として彼が把握しているのは掌に触れている気体に付与することで衝撃波を放ったり、拳に乗せて攻撃力を上乗せしたり、吸収したエネルギーを数倍に改変して攻撃へと転じるなどより強力なカウンター攻撃としても使える魔法へと昇華しているくらいだ。
だというのに、清史郎は術者本人に直接付与することで、超加速で滑空する移動方法を思いついていた。カウンター攻撃と並行して使えていると言う事は間違いなく慣性制御など術式に組み込まれていない。あの急加速ならば体で受ける加速度は半端なものではなく、常人なら気絶しているか骨が折れるレベルだ。あの改悪したドレッドノートを使えるのは間違いなく禅十郎と宗士郎ぐらいであり、常人が使えば間違いなく体が耐えられない。
そんな危険な魔法を公の場で使用する禅十郎も問題があるのだが、宗士郎にドレッドノートについては報告するよう言い聞かせていたのに一度もあの改変について報告が無かった。
「宗士郎の奴、自分達だけで使おうと思って儂に報告しなかったな! 帰ったら三人纏めて説教じゃ!!」
目的が一緒になると普段いがみ合っている三兄弟が組んで碌でもないことをするのはこれで何度目だろうかと、憤慨する源十郎を横に烈は思い出して笑みを浮かべた。
(と言ってもアレは少々やり過ぎではあるがな)
その中で一番鮮明に記憶しているのは禅十郎が昔、学校を廃校寸前まで追い込んだときに宗士郎と清史郎が一枚噛んでいたことだ。あの事件は相当悲惨だったと記憶している。
それ以外にも非合法組織に三人だけで喧嘩を売って社会的にも物理的に壊滅させたり、非人道的な実験を行っていた村を再起不能まで追い込んだりと、表沙汰になっていないのが不思議なことをいくつもやっているのである。
「あの三馬鹿め、もう一度教育せねば理解せんのか!」
「そうは言うが、昔の君も相当色々やっていた気がするがな」
昔の源十郎も随分と無茶をやっていたことを知っている烈にとっては彼も三兄弟も然程違っているとは思えなかった。
戦時中、上官に当たり前のように歯向かっており、当時の烈の頭を散々悩ませたのだが本人は自覚していない。確かにやらかした回数で言えばすでにあの三兄弟の方がずっと多いのだが、情勢的に考えれば内容的にどっこいどっこいなのだ。
「あいつらの方がずっと質が悪いわ! まったく、宗士郎を次期師範にすることで九州に留まらせ、清史郎を東北の研究所へ飛ばし、禅十郎は関東で隆禅の跡を継がせることでようやくマシになったと思ったら、内緒であんなことをしとるんじゃ。もう、どうすればええんじゃ!」
「一人一人は見所があるというのに、三人が揃うと碌なことにならない。篝の三羽烏ならぬ
「のう烈ちゃん、ワシは一体どこで育て方間違えたのかの?」
「彼らがああなのは君の孫だからではないかね」
「何でじゃ!」
その言葉に源十郎はまったく納得がいかなかった。
競技終了後、新人戦優勝パーティは明日の試合の為に最終日まで延期となった。
現在、達也や上級生は明日のミラージ・バットに向けて選手達の調整をしている頃、ホテルのとある部屋では数人の男女が集まっていた。そこには禅十郎の他に、仁、大神、猪瀬、葉知野、静香、宗士郎と言った面子が揃っている。
「まずは新人戦優勝おめでとうと言っておこうか」
最初に口を開いたのは仁だ。
声を掛けられた禅十郎は今日の試合で燃え尽きており、文字通り溶けていた。ぐったりとテーブルに突っ伏しており、試合で見せた覇気は欠片も残っていなかった。
「おーう。ありがとさーん」
「珍しいくらいに燃え尽きてるわね、この子」
「今回は致し方ないかと。かなり無理をし続けていましたし」
「鍛錬が足らんのだ、愚か者」
そんな姿を物珍しそうに見ている猪瀬に静香が擁護するが、宗士郎は容赦がなかった。
「うるひぇー」
「荻の旦那、大丈夫なんですか、今の坊ちゃんに仕事の話をして」
葉知野が溶け切っている禅十郎をつついても全くやり返さないことを面白く思ったのか、何度もつついて反応を観察していた。なお後日につついた回数分だけ拳でやり返されることになる。
「今日ぐらいはその態度は大目に見る。後輩達が優勝できなくなったのは遺憾だが、禅は自身の役割を果たしているのだからな。それにその状態でも話は聞けるだろう」
「あざーす。それで静香さーん、試合中何か変化はあったー?」
完全にだらけている状態で禅十郎は静香に尋ねると、彼女は申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「ごめんなさい、特に何もなかったわ」
そんな彼女に禅十郎は手を横に振る。
「全然謝ることないよー。そもそも昨日の今日で試合にちょっかい出せると思ってなかったしねー。それとあんまり無理しないでねー。無理して倒れたらその日が俺の命日になるからー」
チラッと宗士郎の方に目を向けるが、当の本人は無反応であり、静香は困った笑みを浮かべていた。
「禅、前に渡した資料は見たのか?」
大神はだらけている禅十郎が少々気に食わなかったが、上司の仁の意向に逆らわずに話を進めることにした。
「見たよー。協力者になるのがこんなにいるって大会委員の上層部はバカしかいないのかねぇ?」
禅十郎は端末から貰った資料を再度開いて素直な感想を口にした。
資料には無頭竜に協力している大会委員の名簿とその経歴が書かれており、協力した理由の大半が借金や脅されたなどであった。
「平和ボケなんじゃないっすか? こりゃあ、一度痛い目見ないと分からないかもしれませんぜ」
葉知野の言葉に大神も猪瀬も頷いて同意する。
「今回の件で上がそれなりに注意を呼びかけてはいるが、今の所、大会委員は重い腰を動かす気はないだろうな」
「つまり、もう一回第一高校が痛い目に遭わなきゃ動かないって? えー、めんどくさー。もう面倒だから脅して動かそうぜー。委員会にとっても広められたくない情報もあるんだからさー」
「気持ちは分かるが、そういう訳にもいかん。それでは犯罪組織と同じ手口だ」
禅十郎が物凄く嫌そうな顔を浮かべている理由はここにいる誰もが理解していた。あれ程の事故にあっておきながらこれまでの事故は全て偶然だと言い切る向こうの態度に腹を立てない方がおかしいのである。
「分かってるよー。でもさー、モノリス・コードで優勝もしちまったし、無頭竜は嫌でも動くよー」
「確実に行動に出るのは間違いないか……。どうしますか、仁さん」
「こちらからは何も出来ないことに変わりはないが、流石に何もしないというのもな……」
「無頭竜については予定通りにするとして、大会委員の方は烈爺に動いてもらいましょうよー」
禅十郎がゆっくりと手を上げて提案したことに仁は口元に手を当てて考え込んだ。
「九島閣下か……。大会委員会に不貞を働く者がいると言うだけで動いてくれるか?」
「教え子の頼みなら聞いてもらえるんじゃないですかねぇ? それに俺の事情知ってるんで無視はしないと思いまーす」
「ふむ、なら任せる」
「うーす。じゃー、アポ取ってきまーす」
そう言うと禅十郎は早速九島烈に連絡を取るために外に出て行った。
「さて、後は予定通り葉知野には例の仕事をしてもらう」
「了解っす。あ、荻原の旦那、折角なんで少し遊んでいいですか?」
「どうせ彼女には勝てないだろう」
葉知野のふざけた提案に大神と猪瀬は呆れて溜息をつき、仁は真面目な顔でそう言った。
「いやー、ハッカーとしてのプライドというかなんというか。負けっぱなしは嫌なもんで」
「予定が狂わない程度にしておけ」
仕事に差しさわりがない程度で部下にガス抜きをさせるのは仁の良い所であり、彼のもとで働くと作業効率が一気に上がると結社の中でも人気があるのである。
「あざーす! じゃあ、直ぐに終わらせてくるんで、そいじゃ!」
満面の笑みを浮かべる葉知野は早速作業に取り掛かる為、部屋を後にした。
葉知野に頼んだ仕事は藤林響子から結社の集めた情報を盗んでもらう事だった。
まず葉知野が響子のパソコンにハッキングを仕掛けてデータを盗むつもりが、彼女のセキュリティによって逆にデータを奪われてしまうというシナリオで向こうにデータを渡すことになっている。データの内容は結社で集めた無頭竜の情報のすべてだ。
調べていると無頭竜の件に軍も一枚噛んでいるらしく、折角なので無頭竜の処分は彼等に任せようという方針になったのだ。
軍に協力したのではなく、葉知野の趣味であるハッキングで誤って重要なデータを盗まれてしまい、その相手が軍人だった為、こちらからは何も手を出していないと言い切るのである。
隆禅にはこのことを伝えており、許可も既に得ている。タダで情報を与えることとなるが、軍に借りを作れると言う事で良しとされた。
「仁さん、今から行っても明日の試合までに間に合いますか?」
禅十郎と葉知野が居なくなった後、残った大神は先程から懸念していたことを仁に尋ねた。
その問いに対して、仁は首を横に振った。
「いや、無理だろうな。何かしら犠牲が出る可能性は高い。あいつもそれは理解している上で九島閣下を頼ることを選んだのだろう」
「……流石に今すぐに周公瑾の首を取りに行くというのは」
「有り得ないだろうが、今すぐにでも奴を襲撃したいと思っているだろう。奴とブランシュの関係を考えれば動く可能性があってもおかしくなった。それを通達しなかったこちらに非があるとアイツにはそう言い聞かせているが、今でも責任を感じているのだろう。その上……」
仁は宗士郎に一瞬だけ目を向ける。
「近接戦で敗れたことは今でも気にしている。次に顔を合わせれば問答無用で殺しに行くだろう」
「確かに奴は厄介な存在です。この先、国外の連中がこの国で何かを企む時には奴が関わってくる可能性が高いかと」
「ああ。だからこそ、アイツが先走って暴走しないようサポートしてやれ。その為にお前達をあいつの元に置いたのだからな」
「分かっています。では私もここで」
仁にそう言うと、大神は部屋を後にした。
残っていた猪瀬もここですることは無いので、大神達の手伝いをしに行くと彼の後を追った。
部屋には仁、宗士郎、静香の三人だけが残った。
「仁、奴は役に立っているか?」
先程から一度も口を開かなかった宗士郎が初めて口にしたのはそんな言葉だった。
それは兄として心配しているのか、それとも義理の兄弟の邪魔をしていないか、どちらともとれる言葉だった。
「学生の身分を差し引いても十分な働きだろう。正直、そこらの新人が束になっても奴の方が優秀だ」
「……そうか。あの男の情報は?」
「未だに不明だ。これまで国内にいる形跡もあったが、何度か国外に逃走していることも確認されている」
仁の報告に宗士郎は拳を音が鳴るほどに強く握りしめた。
「必要があれば呼べ。あの男の事に関しては俺もあの愚弟も全面的に協力する」
宗士郎の声色は変わっていないが、それでも彼の腕を見ればどれだけその一件に強い感情を向けているのか分かった。
宗士郎だけではない。禅十郎や清史郎も、そして父である隆禅でさえも『あの男』という存在が絶対に許せないのだ。
普段はいがみ合う三人が強調するほどに共通の敵と認識させる『あの男』はそれほどまでの事をした。そしてそれ以上のことを今でもやろうとしている。
「お前達三兄弟が足並みそろえるのは心強いが、正直、どんなことをしでかすのか分からなくて怖いな」
「それは愚弟達の方だろう」
「いや、お前も頭に血が上るとタガが外れるだろう。静香さんの為に島民をどれだけ恐怖のどん底に陥れたと思ってるんだ」
「奴等は法が届かぬことを良いことに人の道を外れた。当然の報いを受けたまでだ」
悪びれもせず、さも当たり前だという態度の宗士郎に仁は苦笑を浮かべた。
一方で静香はそんなことを口にする宗士郎に申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「宗士郎さん、あの……」
「お前が背負う必要はない。奴等は私の逆鱗に触れた故に叩き潰しただけだ。お前が悪いなど誰にも言わせん。お前はあの日まで得られなかった日常を謳歌せよ。それだけで私は満たされる」
これ以上言う事は許さんと言う宗士郎の目に静香は口を閉じ、ただほのかに笑みを浮かべて頷いた。
なんとも甘ったるい空気に仁は辟易する。
「そこまで言うならいい加減にお前は静香さんと籍を入れろ」
「……まだ時期ではない」
「ただ手を出すのが怖いだけだろ。良い年したヘタレめ」
仁の一言に静香は顔を真っ赤にし、宗士郎も眉間に皺をよせ、仁を睨みつける
「両想いであったことすら気付かず、腹を刺された鈍感男にだけは言われたくないな」
「何だと?」
「事実を言ったまでだ。なぁ、兄者よ?」
互いに触れられたくない部分を口にした仁と宗士郎は睨み合い、しばらくの間、険悪なムードが部屋中を漂い続けるのだった。
新人戦最終日の翌日は曇天の空だった。
その日の朝から禅十郎と達也は作業車に来ていた。
「それは確実な情報だろうな?」
「当然、俺らが総合優勝に王手を掛けたんだ。奴らがこのまま指を銜えて黙っている訳がない。無頭竜は確実に動く」
ここに深雪達がいないのは、今回の第一高校を中心として起こっている事故について話し合いたかったからだ。その中には当然、他の人に聞かれたくないことも多々あり、朝練を省略してここに集まったのである。
「賭場ってのは胴元が勝つようにするのが最も儲かる方法だ。フェアな勝負なんざ端からする気がねぇ奴らがこのままおめおめと敗北を許すと思うか?」
「だったら今後何が起こると予想する?」
「考えられる選択肢は二つ。第一高校の選手が一人も入賞しなかった場合と九校戦そのものが中断された場合だ。最も低い選択肢も入れれば、賭博参加者全員を抹殺するってのもある」
流石に最後のはないとは思うが、入れておいて損はないだろうと禅十郎は考えていた。
それを聞いた達也は顎に手を当てて考え込む。
「一つ目を選択するなら、第一高校のCADに細工して事故を装わせるのが一番だな。今になって拉致や殺害を行えば形跡が残りやすいのは明白だ」
「事故であればそれなりに自然な流れだと思われるからな。ま、もう何度もやってるから参加している奴らは薄々は勘づいているだろうが、苦肉の策ってヤツだろうさ。あいつらはボスからの制裁が怖いんだろうぜ。随分とえげつないことをしているようだし」
一通り禅十郎から話を聞いた達也はそろそろ本題に入ることにした。
「それで俺にその情報を提供した対価に何をしろと?」
「いや、九校戦では特にしてもらうことはないな。普段以上に気を付けろってぐらいだ」
それには達也も意外な顔をしていた。何かが起こるというのに、普段通りにやればいいと言われて驚きを隠せなかった。
「……それだけだか?」
「ああ、それだけさ」
「お前の言い分だと深雪以外にも被害者が出ると思うが」
「相手の手口が分からない以上、大会を中止することは出来ねぇよ。そんな状態で対策を打てなんてどだい無理な話だ。それにお前の役目は深雪ちゃんを優勝させること。他の選手に目を配らせたところで、担当者からは余計なお世話だって煙たがられるだけだろ」
確かに今でも達也の事を良く思っていないエンジニアは少なくない。それに達也にとっても深雪以外に意識を向ける気など無かったため、やれと言われても乗り気はしないのが現状である。
「十師族に頼むことも出来ないとはな」
この一連の会話だけで禅十郎は動くことが出来ないのだと達也は察した。自分が良く知っている禅十郎なら事件が起こるまでに何かしらの方法で無頭竜を叩き潰している。それが出来ないのは彼は何かしらの制約があるからだと予想するのは達也にとって容易いことだった。
「出来たとしても十文字家はともかく七草家は動かねぇよ。そもそも七草家として無頭竜と敵対する理由がないからな。つうか、今から言っても何も出来ねぇよ」
薄情と思われるかもしれないが、確かに今更対策を立てるなど誰でも困難だろう。達也でも精々CADに細工をされないようにするか、襲撃を防ぐくらいで、その他に注意を向けるとしても何処に向ければ良いのか分からない以上どうしようもないのだ。
「可能な限り手は打った。もう後はなるようになるしかない」
達也は禅十郎の言い分には納得し、彼の本心も理解した。
「なら、九校戦以外で俺は何をすればいい?」
人の悪い笑みを浮かべる達也に禅十郎は同じようにニヤリと笑みを浮かべる。
「話が早くてわかる」
達也は禅十郎から情報を聞き出すにはそれ相応の対価を支払うことを知っている。
春の事件以降、達也は禅十郎から情報を提供してもらうように約束を取り付けていた。
達也にとって確実かつ信頼できる情報源を持つ人物は重要であり、場合によっては禅十郎から聞いた方が八雲より安値で情報を入手しやすいと考えたからだ。
まず交渉するにあたって達也が禅十郎に渡した対価は自分の正体についてだ。四葉の生まれであることと身分を隠していることは確かに価値ある情報であり、禅十郎は個人契約の対価としてその情報で契約した。
しかし達也が未成年である為に、金銭的な話をするのは如何かと言う事で打開策として達也が提案したのはフォア・リーブス・テクノロジーの最新型CAD、それもシルバーモデルのモニターを提供してもらえるよう取り計らうと言うことだった。これに関しては達也がトーラス・シルバーであることを伏せており、禅十郎に身内にFLTの関係者がいるためだと言う事にしてある。
いずれは金銭でのやり取りに変更するが、しばらくはこれで手を打つことで決定した。ただし提供する情報は結社として伏せなければならない情報以外だけという条件付きではあるが、達也はそれでも十分だった。
「タダでそんな情報を渡すわけがないだろう」
普段であればこちらが頼まない限り情報を提供しないのに、珍しく情報を売り込みに来たことに達也は何か裏があると勘付いた。
「まぁな。つっても達也の事だから深雪ちゃんに危険が迫ることに関してなら頼まなくてもやるだろうが、折角なんでちょいとな。どうせ無頭竜が深雪ちゃんに手を出したら報復するつもりなんだろ」
「当然だ。俺にとって一番優先すべきことは深雪だからな」
(うーん、声がマジだよ。このシスコンマジでヤバいわ)
そんなことをわざわざ口にする勇気は流石の禅十郎には無かった。
「だと思ったよ。でだ、もし報復するならちょいと頼みたいことがあるんだわ。それが今回の情報提供におけるそっちが渡す対価ってことで」
その提案に考える時間はそれほどかからなかった。
「……聞かせてもらおうか」
「ああ」
そう言うと、禅十郎は一枚のデータカードを達也に渡し、その要件を伝えた。
話が終わると禅十郎は作業車から去り、一人になった達也は渡されたデータカードを眺めていた。
「たったそれだけとはな」
内容を聞いた達也はいまだに禅十郎の真意を理解できなかった。そもそも理解するつもりもないが、明らかに内容が情報の対価として見合っていないのが気掛かりだ。
(まぁ、深雪に害がなければ問題はないが……)
これ以上余計な事を考えるのは放棄して、達也は今日の試合に向けて用意を進めるのであった。
如何でしたか?
達也と禅十郎が入学編が終わった後にしていたことについて触れてみました。
設定ミスはしていない……筈です(自信がない)。
では、今回はこれにて。