魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

52 / 86
どうも、一ヵ月ぶりです。

リアルが忙しくて全く書く時間がありませんでした。

漸く時間が出来たので、生存報告と共に投稿しました。

では、お楽しみください。

2020/10/20:文章を修正しました。


決勝戦、開幕

 決勝戦開始までまだ時間があり、禅十郎は試合までテントの近くで体をほぐしていた。と言ってもストレッチをしているのではなく、九校戦に来てから毎晩やっている特定の人物を想定したイメージトレーニングである。

 拳を突き出し、蹴りを放ち、時には防御を取る。

 傍から見れば変質者だが、この付近で見ているのは雫たった一人である。

 

「禅、もしかして不完全燃焼?」

 

 雫は木陰で禅十郎のトレーニングを見ていた。

 

「まあ、なっ! 達也と幹比古ばっかり動いて、てっ! 俺は何にもしてねぇから、なっ! 予想以上に相手が攻撃してこなく、てっ。滅茶苦茶暇だったぁっ!」

 

 技を繰り出すと少し口調が強くなってしまうが、難なく会話をすることが出来るので雫は特に気にしなかった。

 

「二人共凄かったからね。禅は全く活躍してなかったけど」

 

「うるせぇ、なっ! 俺だってもう少、しっ! やりたかったつう、のっ! ディフェンス、がっ! 暇すぎなんだ、よっ!」

 

「暇だからって、もう欠伸しないでね」

 

「二試合目しかしてねぇ、よっ!」

 

「でも、前の試合も途中から寝てたよね?」

 

「……よく分かった、なっ!」

 

 禅十郎が指一つも動かさずに立っていたのを見た雫は試合中に居眠りしているのではないかと疑った。

 他の人は達也達の試合に目が向いている為、気付いている人はほぼいなかったが、直立不動で一切動かなかったことに雫は違和感を感じ、試合が終わって少ししてやや眠そうな顔をしていたのを一瞬だけ目にしたことで確信したのである。

 最後に綺麗な裏回し蹴りをすると、禅十郎はイメトレを一時中断して、雫の脇に置いてあるスポーツ飲料を取った。

 

「禅、本当は体の調子戻ってないでしょ」

 

 禅十郎は肩をすくませた。今更隠す気はなかった。

 

「まぁ、二試合ぐらいなら全力でやっても問題ない体力は温存してる」

 

「全快じゃないってことでしょ。ダメだよ、ちゃんと治療しなきゃ」

 

 言っても聞かないだろうけどと最後に付け加えると、禅十郎は分かってるじゃないかと言いたげにクククと笑い声をあげる。

 

「どうせ、昨日の電話だって禅を探してた人に見つかったら達也さんと一緒に試合に出れないと思ったからでしょ」

 

 ミラージ・バッドの試合が終了した後、雫が受けた電話の相手は禅十郎だった。

 それに驚いて恐る恐る出てみると、第一声に『それ以上驚いた反応したら黒歴史を皆にばらす』と言われた。突然のことで始めは固まってしまったが、彼の奇行に慣れていた為、どうにか落ち着いて話すことができ、一緒にいたほのか達に相手が禅十郎である事に気付かれることなく話をすることが出来た。

 禅十郎との通話は僅かであり、自分を探している人がいたらなるべくミーティングルームから引き離せと頼まれただけだった。

 その後、ホテルに辿り着くと禅十郎を探している三人を発見し、彼の言う通り、ミーティングルームから極力離れる方向に彼らを誘導してみせたのである。

 

「まぁな。達也なら十分な勝機のある策を練るだろうし、あの時点で八割以上回復しているって分かったらな俺を選ぶだろうって思ったからな。手の内を知ってるなら戦力はなるべく強くしたいだろうし、俺の性格も達也なら理解してるだろうからイケると思った」

 

「……やっぱり禅ってバカでしょ?」

 

 声を押し殺すこともせず、禅十郎は盛大に笑った。

 

「バカの前に戦闘って言葉が付くけどな」

 

 恥ずかしげもなく笑う禅十郎に雫は頭が痛くなった。こういう性格は何時になったら治るのだろうかと未だに憂いているのである。

 

「筋トレバカ、脳筋、バトルマニア、戦闘狂、暴食暴飲の見本が二本足で立ってる、激辛党の総帥、欲望に忠実なおサルさん」

 

「おいこら、流石にキレるぞ」

 

 容赦のない雫に禅十郎の額には青筋が浮かび上がっており、口元をひくつかせていた。

 

「でも事実」

 

 それでも臆せずに雫は撤回しなかった。

 

「あと禅のお父さんに頼んで大会委員会に圧力掛けたでしょ。そうじゃなきゃ、こんな無茶な話が通るはずがない」

 

「まぁな、昔の貸しがあるからってことで上層部を黙らせた」

 

「……横暴。千景さんだってそこまでしなかったと思う」

 

「姉ちゃんが親父のコネを使えてれば同じことしただろうさ。何せ高校時代は『暴君』の異名だったからな。つっても親父の仕事に関わらないって断言したんだから父親としてできる権限しか使わねぇさ」

 

 ケラケラと笑う禅十郎に雫は呆れた。

 

「あー、やっぱ夏は暑いな。九州の川行って涼みてぇ」

 

 再びスポーツ飲料を口に含んだ禅十郎はタオルで汗を拭いてそう呟いた。

 雲が少なく、さんさんと太陽が光り輝いており、外の気温はそれなりに高い。日陰で涼みながら水分補給を取ってはいるものの、この蒸し暑さは本当にまいるのだ。

 

「涼むとしてもどうせ川で泳ぐんでしょ」

 

「当然。川と言ったら釣りと水泳だろ」

 

「いつまで経ってもそういうところは子供だよね。まぁ、今は少しマシになった方だけど。昔は雪降っても川で泳いで遊んでたくらいだし」

 

「寒中水泳も割といいぞ」

 

「毎日極寒の川で泳いでて何で風邪ひかなかったの?」

 

「そんなの体動かして飯食って寝れば大抵どうにでもなるだろ」

 

 さも当然という態度である禅十郎だが、この男なら何でもありだと雫はもう何もツッコまなかった。

 

「ま、あれが修行だとは思わなかったけどな。昔は川で遊ぶのに季節なんて関係ねぇって思ってた」

 

 疑問を浮かばずに遊んでいた当時の禅十郎は本当に予想外の事をしてばかりで、雫はやれやれと溜息をついた。

 

「普通おかしいって気付くと思うけど」

 

「誰も指摘しなかったら気付かねぇよ、そういうのはな」

 

 確かにその通りだろう。特に幼い頃であれば周りにあることが他でも当たり前だと認識してしまっていることがあってもおかしくはない。だが、流石に極寒の中で水の中に入ることぐらいはおかしいことぐらい、言わなくても分かるはずなのだと雫は思ったが、相手は禅十郎だと諦めることにした。

 

「禅なら指摘しても、面白ければ続けてるでしょ」

 

 禅十郎は正解だと言わんばかりに笑みを浮かべた。

 

「流石雫ちゃん、よくご存知だ」

 

「何年の付き合いだと思ってるの」

 

「ま、一緒にいる時間は兎も角、付き合いで言うなら光井さんより長いわな」

 

「うん」

 

 ほのかと雫が出会った頃よりずっと前からの付き合いだ。幼少期の禅十郎を知っている雫にとってしてみれば、彼の行動パターンをそれなりに理解していた。

 

「いよいよ決勝戦だね」

 

「ああ」

 

「相手は一条選手と吉祥寺選手だけど、勝てるの?」

 

「さぁ?」

 

 何とも曖昧な返答であり、勝つ気があるのか無いのか分からない禅十郎に対して雫はジト目になった。

 

「さぁ、って……」

 

「俺よりも相棒がなぁ……」

 

「達也さんがどうかしたの?」

 

 相棒というのが達也のことを指しているのか、雫は何となく予想出来た。相棒と呼べるほどに禅十郎は彼のことを信頼しているようで、雫は彼がそんな人物に出会えたことを無意識に喜んでおり、少しだけ顔を綻ばせた。

 

「あいつ、決勝で勝つ気ないな。半分以上諦めてるだろ」

 

「そうなの?」

 

「無様に負けるつもりは無いだろうがな。それに俺達は既にやるべきことを果たしてるんだ。これ以上の結果をあいつに求めるのは筋違いだろ」

 

 禅十郎達が真由美に頼まれたのは新人戦の総合優勝であり、モノリス・コードの優勝ではない。目的は果たしている為に、将輝と吉祥寺を相手に勝利する必要も無い。ここで負けても、残りの本戦の種目でも優勝を勝ち取り、総合優勝も果たすことは十分に可能なのだ。

 

「でも、禅は手を抜くつもりはないでしょ」

 

「だけどな、チームの足並みそろえるのも大切な事だ。俺だけ本気になっても仕方ない。それに達也には技術スタッフとしての仕事がまだある。これ以上負担を掛ければ本戦に影響が出ないとも言い切れない」

 

 今後の事も考えると次の試合をどうするべきか悩んでいる。全力で試合に臨みたいのが本心だが、チームメイトの今後の事を考えると簡単に決断するわけにはいかない。そもそも達也にこの競技の指揮権を預けているので、禅十郎はそれに従うだけなのだ。

 もし達也に勝つつもりがあるのであれば話は別なのだが。

 

「そろそろ作戦会議だ。その時にでも方針は決めるさ」

 

「うん、無茶しない程度に頑張ってね」

 

「残念ながら俺にとって何かを頑張るってのは少しばかり無茶をするってことなんだよ」

 

「それでもだよ」

 

「へいへい、善処しますよ」

 

 それから禅十郎は決勝戦の方針を決めるためにテントに戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 三位決定戦が終わり、決勝戦は草原ステージで行われることが発表された。

 

「おいおいマジか。最後の最後についてねぇよ」

 

 禅十郎が苦い顔をしてここにいる者達の考えている事を代弁した。

 中距離からの攻撃を得意としている将輝を相手に同じ土俵で互角の勝負が出来る者はこのメンバーにはいなかった。

 

「渓谷ステージや市街地ステージじゃないだけまだマシさ」

 

「確かに水場一帯を爆発させたら俺ら終わりだな」

 

 一条家の得意とする『爆裂』は液体を気体に変化させ、その膨張力を破壊力へと利用する魔法であり、水の多いステージであれば彼にとってステージそのものが武器となる。圧倒的な劣勢に強いられながら戦うのであれば、確かに草原ステージは随分ましなのだ。

 

「それでも禅なら地雷原の中でも生き残れるから問題ないだろ」

 

「死なねぇけどよ、俺だって直接『爆裂』喰らったら死ぬぞ」

 

 地雷原の中でも生き残れる自信は何処から湧いて出てくるんだと誰もが言いたかったが、ここではその思いをグッと堪えた。

 

「遮蔽物がない所為で一条選手にとって大きなアドバンテージであるのが痛いね。今までの試合ように奇襲するのも難しいし。もし勝機があるとすれば……」

 

「俺達のモノリスに攻撃する余裕がないほどに一条を翻弄して、近距離に持ち込んで俺が叩く」

 

 二人のやり取りに流されずに冷静に戦術を考える幹比古に対して、禅十郎はざっくばらんな戦術を口にした。

 

「えっ……」

 

 幹比古はその言葉に困惑した。

 

「篝、それは流石に無理だろう」

 

 服部を筆頭に上級生が揃って首を縦に振って肯定する。ここにいる一年生も同じようだ。

 

「内容は雑ですが、実際に接近戦に持ち込めば軍配は彼に上がるのは事実です」

 

 その中で達也は違った。禅十郎の案を肯定することに誰もが驚愕する。

 

「禅、オフェンスは任せる。俺と幹比古でディフェンスを担当する」

 

「おう、任せろ。全然動かなかったおかげでこっちは気力体力共に十分よ」

 

 指をボキボキと鳴らし、やる気満々である禅十郎に達也は不敵な笑みを浮かべる。

 随分あっさりと次の試合の戦術が決まったことに一高メンバーは騒然とした。

 

「新人戦きっての遠距離最強と近距離最強の雌雄を決するってか? 司波兄、確かにこいつの速さはこれまでの試合を見れば分かるが、そいつは無謀だぜ」

 

 桐原は二人の案を面白がってはいるが、やはり否定的だった。

 

「無謀かもしれませんが、実際に一条選手は禅との接近戦を避けたいと思っている筈です」

 

「どういう事だ、司波?」

 

「先程の一条選手の試合運びは俺を意識しているようなやり方でした。こちらには彼の中距離攻撃をどうにか出来る選手はいません。もし勝てるとすれば、俺が一条と真っ向勝負をするしかない」

 

 達也の言う通り、準決勝の試合運びは本来の将輝のやり方ではない。本来ならあの距離で将輝は動く必要がないのである。

 

「彼はそのように見せていました」

 

 その一言に鈴音は目を見開く。

 

「まさか……」

 

 鈴音は先程、真由美と克人と共に同じことを話していたが、達也の話を聞いて何かに気付いた。

 

「一条選手は篝君をモノリス付近に止める為にわざとあの挑発をしたと?」

 

 鈴音の推測に達也は頷く。

 

「本当に勝機があるとすれば、俺ではなく禅を一条選手にぶつけることです」

 

 

 

 

 

 

 

 決勝戦のステージに行く道中、禅十郎は達也の横を歩いていた。

 

「よく一条に勝ちに行こうって気になったな。てっきりこの勝負は投げると思ってだぜ」

 

「確かに俺もそのつもりでいたんだがな」

 

 それを聞いた幹比古は二人の後ろで驚いていた。ここまで来て優勝を狙う気がないと言われれば誰だって同じ反応をするだろう。

 

「明日のエンジニアとしての仕事が残ってるしな。新人戦の優勝は確定したわけだし、そこまでする気はないだろうって予想してたからお前のやる気には少し驚いた」

 

 幹比古は驚きはしたが、達也に反感を覚えることはなかった。そもそも急に選手として出場することになり、ここまで勝ち上がった時点で十分な成果を出しているのだ。かつての自分であれば達也に怒りを覚えていたかもしれないが、今の幹比古にはその程度のことで感情的になることはなかった。

 

「じゃあ、どうして達也は勝つ気になったんだい?」

 

「決まってんだろ、幹比古」

 

 幹比古の問いかけに禅十郎はケラケラと笑った。

 

「こいつが状況的に不利なのに本気になるとすりゃあ、答えは一つさ」

 

 そう口にしたほぼ同じタイミングで三人はステージに出た。

 

「大事な大事な妹の為だろうさ」

 

 禅十郎の言葉に達也は否定できず、苦笑を浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 新人戦、モノリス・コード決勝戦開始まであとわずかとなり、両チームとも自身のモノリスで試合開始を待っていた。

 

「どうだ幹比古。そいつの着心地は?」

 

「何で僕だけ……」

 

 クククと笑うのを堪えている禅十郎に幹比古はぼやいた。この試合が始まる前、選手が入場した時、観客は幹比古の姿に戸惑った。幹比古が防護服の上に体全体を覆うローブを着ており、そんな異様な姿を見て何も感じない人などいない。

 

「まぁ、そんな格好でモノリス・コードに出る奴は俺も初めて見るしな」

 

「好きでこんな格好してるわけじゃないのに……」

 

「これも勝つ為だ。諦めろ幹比古」

 

 達也がわざわざ用意してくれたものにこれ以上文句をつけるのは失礼だと思い、幹比古は言われた通り諦めることにした。

 

「気にすんなって。どうせ恥ずかしくても、エリカが笑ってんぜ。間違いなくな」

 

 折角入れ替えた気持ちをぶち壊すかのように禅十郎が余計な事を口にする。それに対して何か言いかけたが、それは試合開始のサイレンと共に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 開始のサイレンが鳴る少し前。

 第三高校の陣では、将輝、吉祥寺、坂田の三人が一高の様子を見ていた。

 

「まさか、この期に及んで隠し玉を用意していたなんて」

 

「どうせハッタリじゃないか?」

 

 坂田の推測に将輝と吉祥寺は揃って首を横に振った。

 

「奴はジョージの事を知っていた。あれは不可視の魔弾(インビジブル・ブリット)対策か?」

 

「分からないな」

 

 悔しそうに唇を噛み締める吉祥寺。奇策ばかりで対処が思いつかないまま戦うことに歯がゆさを感じずにはいられなかった。エンジニアとしてだけでなく、戦略家としても達也に後れを取っているのだと実感させられたのだから当然である。

 

「分からないことをあれこれ考えても意味はない。それに布一枚程度で俺達の勝利は揺るぎはしないさ」

 

 吉祥寺の迷いを断ち切る為に、将輝は強い口調で言った。

 坂田も首を縦に振っている。

 

「ま、二人が組めば勝てないやつはいないしな。だが、吉祥寺、あいつは乗ってくると思うか?」

 

「乗ってくるよ。もし乗ってこなくても問題はない。どちらに転んだとしてもこちらの勝利は確実だ」

 

 将輝のおかげで、気持ちを切り替えた吉祥寺は自信満々にそう言い切った。

 そして試合開始のサイレンが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 試合が開始した直後、将輝の魔法による遠距離攻撃がこちらに向けて放たれる。

 魔法の兆候が見られた瞬間、達也が拳銃形態のCADを構えるが、禅十郎が右手でそれを制した。

 怪訝な顔をすることもなく、達也はすぐにCADを下げ、代わりに禅十郎が右手を空に向けてかざす。

 将輝の魔法による空気塊が真っ直ぐ一高のモノリスに突っ込んでくる。

 それが禅十郎の右手に触れた瞬間、ドレッドノートにより弾丸の如き空気塊が一瞬にして髪をなびかせる程度のそよ風へと変わった。

 

「いきなりだな」

 

 どこか嬉しそうな声で言いつつ、禅十郎は遠くに離れた将輝を見てニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ま、そうこなくちゃ、こっちも待った甲斐がなくなっちまうよ」

 

 すると背後からカチャリと音がする。

 

「いいから、さっさと行け」

 

 達也の術式解体が発動し、新たに展開された将輝の魔法を打ち消した。CADの銃口が禅十郎の後頭部に向けられていたのは単なる偶然だと願いたい。

 

「おうおう、怖い怖い。じゃあ行ってくるわ」

 

「当たり前だ」

 

 禅十郎はCADを操作して自己加速術式を発動し、一気に草原を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 禅十郎が自陣のモノリスを離れると、先程まで向けられていた将輝の魔法が少しずつ禅十郎の方へと向けられる。

 放たれた空気塊が禅十郎を襲うが、紙一重ですべて躱し、更に三高の陣地へと進み続ける。

 その姿に将輝は驚くことも焦ることもなく、一度に放つ魔法の数を一気に増やす。その数は十を余裕で超えていた。

 空中からだけでなく、地面すれすれの低い位置から四方八方に容赦なく禅十郎を狙い打つ。

 将輝の弾幕の雨が禅十郎の進軍を妨害する。

 空気塊による砲撃の雨に晒された禅十郎はドレッドノートを纏った腕で捌いた。その後もひたすらに攻撃を避け、捌き、後退せずに前へと進む。

 第三者から見れば、やっていることはとても地味であり、禅十郎の防戦一方の試合だと感じるだろう。だが、確実に禅十郎は相手の陣地に近づいていた。

 将輝の攻撃は禅十郎の足止めに成功はしているものの、彼の動きを止めるまでには至っていない。彼が一歩退かせれば、禅十郎は二歩進むように動く。

 それに気付いている将輝は手を緩めることなく禅十郎をひたすらに狙い続ける。

 放たれた空気の弾丸は執拗に禅十郎を襲い続け、紙一重に捌かれていく。

 指向性の消えた空気塊は辺りの草をなびかせる風となり、標的に触れることのない空気塊は地面を大きく凹ませた跡を残す。

 将棋の千日手のように延々と同じことを二人は繰り返していく。

 将輝は相手を確実に倒す為にあらゆる場所から禅十郎を狙い打つ。

 その弾丸を発射されてから当たるまでのわずかなタイムラグで禅十郎は捌き続ける。

 延々と同じことを見せつければ、魔法に携わる者の中に気付く者も出てきていた。

 この試合、二人のどちらかが一瞬でも隙を見せれば、均衡は一気に崩れる。

 将輝の攻撃が途切れれば、一気に禅十郎の高速移動で相手陣地に乗り込むことができ、禅十郎の防御が崩れれば、将輝の攻撃が確実に通り、再びモノリスに攻撃を仕掛けられる。

 この均衡を保つ事がどれほど困難な事か理解している者がいれば、揃って同じことを思うだろう。

 彼らは本当に学生なのだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 

「流石だね」

 

 将輝の魔法がこちらに向かなくなり、心に余裕を持った幹比古はそう呟いた。

 

「本来の力が使えない一条であいつを確実に倒すのは簡単ではないか。禅が味方で良かったと今さらながら思う」

 

 あの連続攻撃を捌き、なおかつ前進しているのは流石に『今の』達也でも困難だと認識している。もちろん秘匿技術を使えば出来るだろうが、力を制限された上であの戦いを見せていることは困難であり、この日程、禅十郎が味方なのが心強いと思ったことは無かった。

 だが、達也が見る限り、三高に動揺している様子はなさそうであり、禅十郎が将輝の攻撃を避けることは想定内の事だと理解出来た。

 

「向こうもそろそろ動く筈だ。幹比古、サポートを頼む」

 

「分かった」

 

 達也の言う通り、将輝の攻撃が禅十郎に集中し始めると吉祥寺が自陣からこちらに向かってくるのが見えた。

 モノリス・コードは個人戦ではない。

 二人はこれまでの試合と違うフォーメーションに気を引き締め、これから来る相手に目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 禅十郎が将輝の攻撃を受けている頃、観客席では大神、葉知野、猪瀬がその攻防を眺めていた。

 

「大将、相変わらず凄いっすね」

 

「当然よ。あんなことが出来なきゃ師範代までなれないわよ」

 

「そりゃそうっすけど、よくあんなにあっちこっちから撃たれてるのに捌ききれますよね」

 

「あの子は視野が広いからね」

 

「それだけで説明できるとは思わんがね」

 

 後ろの席からの声を聞いた猪瀬はムッとした顔をする。

 

「というか、何であんたがいるのよ、この藪医者」

 

 三人の真後ろの席に座っていたのは響子と国防軍の医師である山中幸典であった。

 

「おいおい、藪医者とはご挨拶じゃないか」

 

「うっさい。さっさと消えな。ここにはあんたが手を出せるサンプルはありゃしないんだからさ」

 

 ぶっきらぼうな口調で山中に言う猪瀬に、山中は肩をすかして苦笑を浮かべる。

 

「お二人は、本当に仲が悪いんですね」

 

 それを見ていた響子が素直な感想を口にする。

 

「気にしないでください、藤林さん。どうせこの人、根は山中先生とおな……へぶっ!」

 

 葉知野が言いきる前に猪瀬の拳骨で沈んだ。

 

「……放置しておいて結構ですので」

 

「分かっていますよ」

 

 それを見て溜息交じりに言う大神に響子は面白そうに笑った。

 

「それにしても一条を相手にあそこまで渡り合うのは流石だな」

 

「あれでも本家の修行を耐え抜いて師範代まで成り上がった男です。時と場合における自身の力の出し方を熟知していれば、全力を封じた一条家の息子では止めることは不可能ですよ」

 

「ま、禅の奴もかなり楽しんでるわね。これまでの試合とは大違いだもの」

 

「楽しんでるんですか?」

 

 首を傾げる響子に猪瀬は頷いた。

 

「相手が強敵であればあるほど喜ぶのは兄貴と一緒なのさ。あいつらの爺さんと同じバトルマニアの血が騒いでるんだろうね。それに七草のお嬢さんのお陰で雑念が無いから闘争心に拍車が掛かってるのよ」

 

「確か、お爺様もそんなことを仰っていたような……」

 

 以前の柳との組み手を見ていて、確かに彼は楽しんでいるような気がした。

 自分よりも強い者と戦い、更に技を磨くことに喜びを感じている禅十郎にとって遠距離攻撃の使い手である将輝は新たに出会えた強敵だ。そんな者を相手にして禅十郎が喜ばない訳がなかった。

 しかも、柳の時よりも更に闘争心が強くなっているとなれば、先日以上に何かをするのではないかという期待があった。

 

(成程、あの子が彼に夢中になるのが少しだけ分かった気がするわ)

 

 型破りな事をするからこそ、惹かれるものがあるのだと響子は改めて理解した。

 

「だがなぁ、バトルマニア共の思考はまったく理解出来んな。あんな真正面から行かずとも手はあるだろうに」

 

「同感です」

 

 溜息をつく山中に大神はうんうんと大きく頷くのであった。




如何でしたか?

将輝と禅十郎の一騎打ちです。

ただ単に、新人戦で遠距離最強と近距離最強をやりたかっただけです。

さて、どのような結果になるのか?

次回、決着……したらいいな(弱気)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。