魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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どうもです。

気温が一気に変化したために、風邪をこじらせました。

皆さんも気を付けてくださいね。

それではお楽しみください。

2020/10/19:文章を修正しました。


仲の悪い兄妹と良い兄妹

 目の前に現れた少女を見て、ほのかは直ぐに彼女が禅十郎の妹だと理解した。顔の印象が禅十郎と千景によく似ているからだ。

 

「光井さんは初対面だったな。千香、挨拶しな」

 

 禅十郎にそう言われるとほのかは目の前の少女が少しだけ不機嫌になったと感じた。少しだけ話には聞いていたが、禅十郎がここまで嫌われているのは意外だった。

 

「初めまして。篝千香と申します。いつも愚兄がご迷惑をお掛けしています」

 

 最後の言葉は兎も角、丁寧なお辞儀をする千香にほのかは慌てて立ち上がり頭を下げた。

 

「光井ほのかです。その……迷惑は掛かっているような、掛かってないような」

 

「光井さん、そこは否定して欲しいんだが……」

 

「無理だと思う」

 

「うわ、ひでぇ」

 

 即答する雫に禅十郎は苦笑を浮かべた。少しぐらい擁護して欲しいが、それは普段の行動によるものである為、仕方のないことだった。

 

「で、挨拶が遅くなった理由は説明してもらえるんだろうな? 昨日は見舞いにも来なかったそうじゃないか」

 

 禅十郎は珍しく芝居がかった喋り方であった。それが癇に障ったのか、千香は更に不機嫌になった。

 

「顔を見たくなかったからじゃいけませんか? 今回は千鶴姉さまに言われたから態々見せに来ただけです。でなければ自分から会いに行こうなどと考えもしません。そもそも、あの程度の事故なら心配する必要はありませんので」

 

 千香の刺々しい言い方にほのかは戸惑った。日々仲睦まじい相思相愛兄妹を目にした彼女にとって、禅十郎と千香のやり取りをおろおろと見ることしかできなかった。

 人前であるにもかかわらず、不機嫌な態度を取る千香に禅十郎は内心呆れていた。

 

「まったく……。雫、悪いけど二人だけにしてくれるか?」

 

 雫に視線を向けると彼女は頷いて了承した。

 

「分かった。次の試合、頑張ってね」

 

「おう」

 

 雫はほのかを連れて、ここから去っていった。

 

「では、私もここで」

 

 彼女達が見えなくなると千香も踵を返して立ち去ろうとしていた。

 

「おいおい待てよ。会って直ぐに帰るなよ」

 

 さっさと立ち去ろうとする千香を禅十郎は呼び止めた。

 

「言った筈です。私は姉さまに言われたから挨拶に来たと。もうそれは果たしましたので、私がここに留まる理由はありません」

 

「俺は話すことがあるんだが?」

 

「あなたにあっても私にはありませんので」

 

「聞きたいことだけでもいいから答えてから行けよ」

 

 辛辣な態度の千香に対し、禅十郎は怒りはしなかった。いくら悪く言われようが、禅十郎にとって彼女は唯一の妹であり、家族として大切に思っている。当の本人からは随分と嫌われていてもそれは変わらないのである。

 

「その気はありませ……」

 

「俺に対する態度について何も言う気はないがな、人前でその態度を取ってることは兄貴と千鶴(ねぇ)と母さんに報告はするからな」

 

 自分が悪く言われても、場所をわきまえない態度に対しては兄として最低限の注意はするのは当然だった。

 

「それと師範代として話がある。聞かないなら破門申請を出す」

 

「……分かりました」

 

 それには千香も黙ってしまい、これ以上反抗しなくなった。ただし、こちらを睨みつける目だけは絶対に止めなかった。

 ようやく最低限の会話はしてくれる状況になり、禅十郎は話を続けた。

 

「ちゃんと稽古は続けてるのか?」

 

 末っ子であることと、自身には何の権限も持ち合わせていない為に従わざるを得ないことに内心腹を立てつつも、千香はさっさと聞きたいことだけを答えてここから去ることを決意した。

 

「はい、宗士郎兄さまにつけてもらっています。師範代になられても役目を全うできないお兄様と違い、自分の立場を理解している宗士郎兄さまの稽古は素晴らしいものです」

 

 悪態をつく千香に禅十郎は苦笑した。

 

「俺と兄貴を比較するなよ。向こうは次期師範筆頭候補、こっちは師範代である前に学生だっつうの。門下生の稽古に割く時間なんざねぇよ」

 

 禅十郎の言っていることは事実だ。数ヵ月前に師範代になったが、師範である祖父は時折顔を見せて稽古をつけてやるだけで良いと言っており、学業に集中することを望んでいた。

 故に門下生の稽古をつけているのは月に数回程度で、次期師範になるであろう宗士郎と比べると回数は雲泥の差なのは当然である。比較するものとして条件が違い過ぎているのだが、わざわざ口にはしなかった。

 

「まぁ、兄貴の方は良いとして、お前はどうなんだよ。始めてから結構経ったんだ。そろそろ中段になったんじゃないか?」

 

「……」

 

 突然黙る千香に禅十郎は溜息をついた。

 

「やっぱりか。まだ兄貴から稽古つけてもらってるって言ってるからまさかと思ってたが、お前、春頃のアドバイスを完全に無視したな」

 

 禅十郎が指摘すると千香はそっぽを向いていた。完全に図星である。

 

「前にも言ったが、兄貴から得られるもんは今のお前に無い。さっさと江坂さんに稽古つけてもらえ。このまま同じことを繰り返しても伸びねぇぞ」

 

 千香も体術を学んでいるが、未だに下段のままなのである。

 その原因を禅十郎は理解しており、宗士郎ではなく別の人から学ぶように促しているが、千香は言うことを聞こうともしない。

 それには流石の禅十郎も情けないと言いたげに大きく溜息をついた。彼からしてみれば、彼女にはかなり破格のアドバイスをしていたつもりなのに、それを無碍にしている彼女の行動が納得できなかった。反発してもいいが、それならせめて真っ当な理由ぐらいは欲しいと思っていた。

 

「兎に角、江坂さんには俺から連絡入れておいてやるから、しばらくあの人から教えてもら……」

 

「いちいち私に命令しないで!」

 

 唐突に叫ぶ千香に禅十郎は呆気にとられた。

 

「上から目線で偉そうに説教して、自分が絶対に正しいってその態度が嫌なんです! 師範代になったからって偉くなったつもりですか!」

 

 もう少しは周りの目を気にして欲しいものだと顔に出していたが、今の彼女にその思いは一切伝わらなかった。

 

「偉くなったつもりって……実際、俺って立ち位置的に道場ではお前より偉いんだけど?」

 

 過剰なほどに感情的な反発をしてくる千香の様子に禅十郎はこれ以上優しくする気はなかった。

 

「大体、道場で師範代になれる奴は基礎を十分に積んで応用に持っていくことを可能にした人達なんだぞ。基礎が出来ていないから、お前はいつまでたっても上に行けない。中段に上がる条件を知ってる上で、まだ兄貴に教えてもらってるのは何でだ?」

 

「それは、宗士郎兄さまは道場の次期師範筆頭候補ですし、私はあの人の様に……」

 

「お前じゃなれないって俺は言ったぞ。その上でアドバイスしたのに何で悉く無視する?」

 

 ややきつめの口調の禅十郎に千香は口をつぐんだ。

 

「昔は俺と兄貴みたいに強くなりたいって言ったから、二人で爺さんに頼んだんだぞ。それなのに……」

 

「あなたが認めてくれなかったからじゃないですかっ!!」

 

 禅十郎のその先の言葉を千香の叫び声が遮った。

 

「ええ、そうです! 誰よりも強くあろうとした二人の姿が眩しくて、私も同じように強くなりたくて一生懸命後を追い続けてきました! でもお兄様はそれを認めてくれなかった。私の努力を否定した!!」

 

 彼女の言葉を禅十郎は黙って聞き続けた。正直、どんなことに不満があるのか興味があったからだ。

 

「さっきも同じことを言いました! 『お前じゃ、俺と同じ強さは得られない』って! それがどれほど私を傷付けたか分かりますか? ええ、力を持っているお兄様には今後一生理解できないでしょうね。二人が頭を下げないと道場の門を潜ることが出来なかった弱い私とは違って!」

 

 肩を震わせ、手を力強く握りしめている姿は、彼女がどれほど怒っているのかを物語っていた。

 

(成程ねぇ、そう言うことか)

 

 千香の思いを聞いたことで彼女がここ数年程、自分に対し悪態をつくようになった理由が漸く分かった気がした。だが、それに気付いても禅十郎は自身のやり方が間違いだと思わなかった。

 実のところ、彼女は門下生の中でもかなり甘やかされているのだ。本来なら自分で見つけるべき課題を一部の師範代が宗士郎の妹である彼女を指導したという箔が欲しい理由でそれとなく教えてしまっていたのだ。それ故に情報を与えられることが当たり前だと無意識に考えるようになってしまったのである。

 それに気付いた師範達は軌道修正しつつ彼女を指導していったのだが、少々手遅れだったようで、一気に彼女の成長が遅くなってしまった。

 そんな中で、久方ぶりに千香の様子を見に行った禅十郎が彼女に言ったのが、あの言葉だった。

 

『今のままじゃ、兄貴どころか俺と同じにはなれないぞ』

 

 彼女は完全に誰かの模倣しかしていなかった為に、思ったことを包み隠さずに正直に口にした。自分達と同じように成長出来ない為に禅十郎はそう言ったのである。

 それが引き金であったとは思わなかったが、実際に彼女がどんな思いを抱こうが、禅十郎は自分だけが悪いとは思わなかった。何度も言ったが、耳を貸さず、自身の特性や弱点に気付こうともしない彼女にも非はあると思っている。

 宗士郎も家族の情として少しは諭していたのだろう。だが、それでも彼女は気付けなかった。恐らく今後も彼女のレベルにあった基礎だけを延々と教えるだけだろう。

 

「お前の言いたいことはよく分かった。だがな、俺が教えられるのは俺が得た経験だけだ。出来もしない事を、やったこともない事を教えるのは師として三流以下だ。いや、そんな奴は師失格だ」

 

 テーブルの上のごみをさっと片付けた禅十郎は立ち上がり、千香の元へと歩き出す。立ち止まることなく、禅十郎は彼女の横を通り過ぎる。

 

「だから俺はこれしか言わん。今のお前じゃ、これ以上兄貴に稽古をつけてもらっても意味はない。その理由が分からない限り、魔法は兎も角、体術でお前はこれ以上強くなることはない。少しは自分で考えろ。答えを直ぐ求めたがるのはお前の悪い癖だ」

 

 これが最後だという思いで禅十郎はそう言い、千香を残してここから去っていった。

 背後から走り去る音が聞こえたが、振り向くことはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 千香と別れてから少しして禅十郎は近くの物陰に目を向けた。

 

「盗み聞きなんて趣味が悪いな、お三方」

 

 そこから大神、猪瀬、葉知野の三人が現れた。

 

「あっはっはっは、流石大将、バレてましたか」

 

「ま、気配を隠す気なんてなかったんだし当然だろうね」

 

 ケラケラと葉知野は笑い、猪瀬は禅十郎の実力から気付くのは当然だという顔をしていた。

 

「もしこれで気付かなかったら、俺はお前から指南を止めようと思ったんだがな」

 

 惜しい事をしたと言いたげな大神に対して禅十郎は笑みを浮かべる。

 

「大神さんよぉ、俺から隠れるなんざ十年早いっつうの。あと俺に体術の稽古つけてもらうのは社長命令だろ。破ったらどうなるか知らんぞ?」

 

 わざとらしく舌を鳴らして笑みを浮かべる禅十郎に大神は忌々しそうな顔を浮かべる。

 

「お前に勝てば終わって良いと言われているだろう。俺がお前にさっさと勝てば良い話だ」

 

「負けるつもりも手を抜くつもりもないんで死ぬ気で頑張ってください」

 

「それより、妹さんをあんなぞんざいに扱って良かったんすか? 見てて可哀そうでしたよ」

 

 二人の間の空気が険悪になりだしたので、見るに耐えかねた葉知野が話題を変えた。

 

「確かにアレは酷かったな。もう少し手加減してもいいと思うが」

 

 千香を擁護する葉知野と大神に禅十郎は首を横に振った。

 

「無理。あれ以上甘やかしたらあいつの為にならねえよ。少しは自分の短所を理解しなけりゃ、あいつは直ぐに自分の限界って壁にぶち当たるぞ。ほぼ確実に」

 

「その前に自分が壁になるってわけね……。嫌われるよ? もう遅いけど」

 

「どの道、兄貴もこれ以上必要なことは言わねぇよ。それでも兄貴の元で修練を続けるなら千香はその程度ってことだ」

 

 猪瀬の言う通りだが、禅十郎は一切気にしておらず澄ました顔をしていた。

 

「それに、実の妹に依存されても俺も兄貴も困るしな。姉ちゃんは兎も角、千香も千鶴姉も揃って依存癖が酷いからな。依存するなら荻さんみたいなマシな男にしてくれた方が兄として安心できる」

 

「……お前、少しは考えてはいたんだな」

 

 意外そうな顔をする大神に禅十郎はガシガシと頭を掻いた。

 

「あのさぁ、俺だって師範代としての妹の立ち位置くらいは把握してんだよ? あと一年成果が無かったら破門確定なんだぜ。でもさぁ、あいつもあいつなりに良いもん持ってるからさぁ、一時の感情でそれをダメにしちまったら勿体ねぇだろうが」

 

「あー、確かにあの子は将来有望ですよねぇ。会う度に出るとこが出てき、ぐうぇぼっ!!?」

 

 葉知野が何か言いかけたが、言い切る前に猪瀬の拳が彼の腹部を直撃し、変な声を上げて地面に倒れ込んだ。

 

「この変態が! あんたいっつもそんな目であの子を見てたのかい!」

 

「い、良いじゃないっすか。俺も大神も大将も男っすよ。美少女、美女を眼前にすればそういう風に見ることだってありますって絶対」

 

 猪瀬が二人を睨みつけるが、二人は困惑するどころかうんうんと頷いた。

 

「ハチのアホの言い分の一部は同意する。そもそも惚れた女に欲情してはならんのか? スタイルや顔の良さも個人を形成する一部だろう。それに心惹かれて恋愛感情を抱く例だって少なくはない。だが、ハチのアホのように女性に会う度に性的な目で見るのはいただけないがな。社長に九州に飛ばすように進言しておくべきか」

 

「まぁ、確かにそうだよなぁ。人間って綺麗、完璧、純粋な存在に心惹かれることが多いもんな。でも俺、真由美さん一択だし。あの人ほど良い女を俺は知らねぇわ。後、ハチは節操なさすぎだ。だから良い話が舞い込んでこないんだよ。いっそ道場の更生施設に放り込まれて少しでもマシな人間になれ」

 

 葉知野を擁護しているようで蹴落としている二人だが、どちらの意見もどうかと思った。二人の最後の方だけは激しく同意するが、猪瀬は面倒になってこの話を止めることにした。

 

「ああ、うん。あんたらはそれで良いよ。ハチは夏休み返上で九州に送るってことで良いわ」

 

「ちょっ!? 嫌ですよ! あんな地獄、へぶっ!!」

 

 まだ起き上がっていない葉知野の顔面に猪瀬が蹴りを入れる。余計な時間を割きたくない為、大神と禅十郎は揃って葉知野を視界から外した。

 

「んで、要件は?」

 

「ああ、これだ」

 

 大神は懐からデータチップを取り出し、禅十郎に手渡す。

 

「詳しい情報はすべてそこに記載してある。後はお前次第だ」

 

「了解。ま、期待しないで待ってろ。どうせ今日は何もしないから。今は次の試合に集中したい」

 

 そう答えると、猪瀬が何かに気付いたらしく意味ありげな笑みを浮かべていた。

 

「どうやら吹っ切れたみたいだね。私は体は兎も角、心までは治療できないから少し心配してたんだが、もう大丈夫みたいだね」

 

「まぁな。今回はいい経験になったわ。両立って本当に難しいのな」

 

「今回は七草のお嬢さんには感謝しないとね。あんたが弱音を吐けるとしたら、あのお嬢さんか、千鶴ちゃんぐらいだろうし」

 

「……ちょっと待て。何でここであの人が話題に出るんだよ?」

 

 猪瀬が昨日の事を知っているような口ぶりに、禅十郎は疑問符を浮かべた。

 

「結社の情報収集力を甘く見ちゃいけないよ。そ・れ・に、昨日は随分お楽しみだったようで。膝枕の後のこともぜーんぶ知ってるんだから。本当に若いっていいわねぇ」

 

 いやらしい笑みを浮かべて耳元で囁く猪瀬に、禅十郎は口をひきつかせる。

 

「お前らな……。そんなことに力割くんじゃねぇよ! 暇か!」

 

「俺は暇でしたよ。いやー、身内に盗聴されるとは思わなかったみたいですね。ま、疲れてたようですし、気付かなかったのはしょうがないっすよね」

 

 倒れこんだままサムズアップする葉知野の清々しい笑顔に禅十郎は目を細める。

 

「ほおー、犯人はテメェかぁ……」

 

 両手の指をポキポキと鳴らして、禅十郎は獲物に狙いを付ける。

 

「ぐふぉー!」

 

 葉知野の顔面を思いっきり蹴っ飛ばす禅十郎。更に左手に力を込め、獲物に向けて拳を振り上げた。

 

「死ね」

 

 短い死刑宣告に葉知野の顔は真っ青になっていた。

 

「えっ、ちょっ、まっ……。それはヤバ……ぎぃやぁぁぁぁー!!!!!」

 

 葉知野の絶叫が辺り一帯に響き渡る。

 

「よーし帰るよー」

 

「阿保か、あいつは」

 

 そんな光景を見て呆れた大神と楽しそうに笑う猪瀬は葉知野を残してここから立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 第三高校対第八高校の試合を観戦する為に、禅十郎は達也達と合流した。

 

「おい達也、顔色が悪いぜ?」

 

「何だか随分疲れているようだけど……」

 

 レオと幹比古の言う通り、達也の顔色は良くなかった。

 

「疲れてんなら休んだ方が良いぜ。試合前に倒れちまったら元も子もないからな」

 

「精神的な疲れというより情緒的な疲れだから、試合で気合が入れば大丈夫だ。そういう禅も人のこと言えないんじゃないか」

 

「心配すんな。俺もお前と似たようなもんだ。ちょいと面倒な事があったもんだからな。試合を見れば気も紛れるさ。ただちょっと愚痴を言うなら、達也は良い妹を持って羨ましいってことかね」

 

 禅十郎が深雪のことで話題を出すのは珍しく、達也は首を傾げた。

 

「どういう意味だ?」

 

「そのまんまだよ。こんな出来た妹がいて幸せ者だなぁってひがんでるだけだ。気にすんな」

 

「いや、まったく意味が分からないんだが……」

 

 困惑する達也に対して禅十郎はこれ以上何も言わなかった。

 その後ろで雫がほのか達とひそひそと何かを話しているようだが、誰もその会話に混ざろうとはしなかった。

 達也の隣にいる深雪が物凄く嬉しそうな顔をしているが、禅十郎は完全に無視した。

 それから間もなく、第三高校対第八高校の試合が始まった。

 場所は岩場ステージ。

 試合は開始早々、一方的な展開となっていた。

 岩場を悠然と歩く第三高校の一人の選手、一条将輝は第一試合の禅十郎とは正反対に堂々と進軍していた。

 禅十郎との違いはそれだけではない。

 相手の攻撃を一切躱すことなく、まっすぐ相手陣地に歩みを進める。しかも一切戦術を変える素振りすらない。

 

「……『干渉装甲』か。移動型領域干渉は十文字家のお家芸だったはずだが」

 

「見せるねぇ。ありゃ、俺への当てつけか?」

 

「可能性はあるな。そういう禅だってあの試合は一条を意識しての事だろう」

 

「ま、否定は出来んわな」

 

 二人が会話をしている間も試合は進んでいく。

 将輝の進軍を止める事を諦めた相手選手が第三高校の陣地に向かうが、無防備になった背中を将輝は容赦なく魔法による爆風で吹き飛ばした。

 残りの二人が将輝に魔法を仕掛けるが、その攻撃を将輝は真っ正面から無効化する。

 

「決まりだな」

 

 禅十郎がそう呟いた瞬間、第八高校の選手達は魔法による爆風にのまれた。

 第三高校対第八高校の試合は吉祥寺と坂田の出番も無く、第三高校が勝利した。

 

「達也、あの試合どうだった?」

 

「参った、としか言えないな」

 

 この時、達也は相手の狙いに気付いていたが、今ここでそれを口にするつもりは無かった。

 

「一条以外の選手は手の内を見せなかったしな。ここまでの試合、あの二人はまともな戦闘を行っていない。これまでの試合を見直しても二人共選手として申し分ない実力があることしか分からなかった」

 

「だが吉祥寺選手の方は大方予想出来る。もう一人の坂田選手は……」

 

()()()()()()()()()()()()。九校戦に出てるってことはかなりの実力者なんだろうが……。まぁ、『クリムゾン・プリンス』と『カーディナル・ジョージ』が並んでる時点でかなりチートなんだよなぁ」

 

「『カーディナル・ジョージ』……。そうかどこかで聞いた名前だと思ったけど、彼がそうだったのか」

 

 幹比古が怯んだ顔を見せた。

 

「ま、兎に角今は目の前の試合について考えようや。勝たなきゃ、この観戦も無意味になっちまうしな」

 

 この後の第九高校との試合は達也と幹比古の活躍により、一度も戦闘を行うことなく勝利した。




如何でしたか?

次回は第三高校との試合に入ります(予定)。

九校戦編はもうしばらく続きます。

本編が終わったら小話でも挿もうかと思っています。

では、今回はこれにて。

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