四月に入り、エイプリルフールネタで休日を満喫していました。
オルフェンスも最終回となり、個人的には悪くない終わり方だったと思っています。
新作アニメも楽しみです。
ではお楽しみください。
2020/10/19:文章を修正しました。
モノリス・コードで事故が起こったが、ミラージ・バットが終わった頃、魔法科高校の生徒達が泊まっているホテルのとある一室で、男女四人が部屋の椅子に腰かけていた。
「大会委員会はこのままモノリス・コードを続けるようだな」
部屋にあるテレビを見ながら、眼鏡をかけた男、
「第一高校の生徒が事故に遭うのはこれで三回目。ただの事故だとまだ言い切るつもりなんでしょうね」
「そんな……」
ボブカットの女性、
「身内に犯罪者がいるとは認めたくないのだろう。だが、大会委員の中にいる協力者の目星は既についた。後は奴らの手口を見破り指摘すれば嫌でも向こうは動く」
「でも、確か春先の件で無頭竜を含むいくつかの組織には手出ししてはいけないんですよね。大丈夫なんですか?」
「問題ない。こちらから手を下さなければ禁止事項に含まれん」
大神の言葉に静香は苦笑を浮かべる。
「それって屁理屈ですよね」
「捉え方の違いだ。それにこれぐらいのことで手を拱いては国外の組織が調子に乗り出す。どんな状況下でさえも対処してみせることで好き勝手にこの国を荒らせないという意思を見せつけることにもなる」
「大会委員会もいい加減に認めれば、もう少し優しく非難される程度で済むでしょうに。まったく、一枚岩じゃない組織ってこれだから嫌なのよ」
「姐さん、俺達も人のこと言えるか? 時折、派閥抗争があるじゃん」
小柄な男、
「それは社員全員参加のお祭りが近づいた時ぐらいでしょ。そんなの可愛い方よ」
「毎年メンバーを決めるだけで戦争が起こりますからね」
「景品が毎回豪華だからね。去年はあのバカ兄弟に良いもの全部持っていかれたし。少しは加減するように静香からもあいつに言ってあげてよ。あんたの言うことは聞いてくれるんでしょ?」
「ええっと……話は聞いてくれるだけで、言うことを聞いてくれるかは別問題なんですけど」
「あんたが少し涙目にして上目遣いで懇願すれば、あの格闘バカも派手にやろうとはしないだろう?」
静香は返答に困った。
そんな彼女の反応を見て、猪瀬は人の悪い笑みを浮かべて、彼女の耳元に顔を近づけた。
「もっといい女のアピールをしておきなさいよ。あの男、ああ見えて格闘以外は結構奥手だってあの人も言ってたし、もっと積極的になった方が早くデキるわよ?」
「で、できっ!?」
静香は猪瀬の言葉の意図を理解し、慌てふためいて顔を真っ赤にさせる。彼女の性格的にそんなことが出来るはずもなく、どうすればいいのだろうかと困惑し、口ごもってしまう。
「お前ら、話がずれてるぞ」
「そっすよー。二人共何してるんすか」
「お前の所為だろうが!」
大神が葉知野の頭をチョップした。
「いでっ!」
先程まで深刻な話をしていたはずが、重い空気はいつの間にか霧散していた。
「まぁいい。それよりあいつの様子はどうだ」
「私が治療したんだから後は適当に休ませれば治るわよ。本当にマンガみたいな体してるわよ、あいつ。ビルに下敷きにあっても意識が残ってるって。それにあれ程医者泣かせな患者はいないわよ。多分もう……」
猪瀬の端末からブザーが鳴り、彼女の言葉を遮った。
「噂をすれば……。はい、猪瀬です。……でしょうね。何処に行ったか分かりますか? ……了解です。では後は私達で対処します。……はい、ありがとうございました」
電話を切ると、周りの三人はそろってやれやれと言う顔をしていた。
「誰からだった?」
三人を代表して大神が尋ねるが、正直に言えば何の話かおおよそ理解していた。
「荻からよ。案の定、病室から抜け出したって。やっぱり十文字の坊ちゃんと七草のお嬢ちゃんが来た時にも意識はあったか……。本当に医者泣かせの体してるわ。こっちで確保するから大神とハチは手伝いなさい。今のあいつなら私達でもどうにかなるでしょ」
「分かった」
「三人がかりでやっとっすか。萎えるわー。つか逃げたいっす。ぶっちゃけ無理だと思いますよ、動けてる時点で」
心底嫌そうな顔をしている葉知野に大神も首を縦に振って賛同する。
「いいから行くよ。それと静香はここでゆっくりしてなさい。今日一日ずっと働いてたんだし、これ以上はドクターストップよ。後で宗士郎が迎えに来るから」
「はい、分かりました。あの……優しくしてあげてくださいね」
静香が誰に対して言ったのかは口にせずとも分かっていた。
「善処するけど、無理でしょうね。まぁ、行き先は分かってるから大丈夫だとは思うけど」
それから三人は静香を部屋に残して外に出て行った。
新人戦四日目が終了し、ミラージ・バットはほのかとスバルが一位と二位を獲得した。
二人が帰る支度をし終わった頃、深雪と雫はミラージ・バットに出場した二人を労いに来ていた。
「二人共、おめでとう」
「ありがとう、雫」
「ありがとう。ま、優勝はほのかにとられちゃったけどね」
スバルはやや自嘲気味に笑みを浮かべた。
競技の最後では達也が担当してくれた為に負けられないと言う、ほのかの強い意志があり、その差で負けたのだとスバルは感じている。他の人もそう感じているだろう。
「深雪も本戦頑張ってね」
「応援してるよ」
「ええ。お兄様がついてくださるんだもの。絶対負けないわ」
本戦のミラージ・バットに出場する深雪を激励すると、ほのかは周りをちらちらと見る。
「そう言えば深雪、達也さんは?」
試合が終わった後、達也は何処かに行ってしまったのである。てっきり深雪と一緒にいると思っていたが、当てが外れた。少しくらい優勝の喜びを分かち合いたいと言うほのかの願望は誰の目から見ても分かることだった。
「お兄様なら会長に呼ばれてミーティングルームに向かったわ」
「どうしてだい?」
「分からない。達也さんも心当たりがないって言ってたから」
「そうなんだ……」
少しばかり残念そうしている俯くほのかに、スバルは仕方がないなと微笑んだ。
「でも一体何の用なんだろう?」
そんなことを話していると、雫の携帯から電話が掛かってきた。
「お父さんからかな? 今日の試合、仕事があっても見るって言ってたし」
「あー……」
雫の父親はほのかをかなり可愛がっている為、彼女が活躍する試合を是非とも見たいと口にしていた。大方、今日の試合を見て、そのお祝いの電話を掛けてきたのだろうと二人は思った。
「えっ……」
だが着信相手を見てみるとそこに書かれていた名前は意外な人物からだった。
本日の競技がすべて終了した後、達也は真由美に連れられてミーティングルームに来ていた。部屋にはミラージ・バットの優勝に喜んでいる一年生とは反対に感情に抑制を利かせた上級生達がいた。
三年生からは真由美、摩利、鈴音、克人。二年生からは服部、あずさ、桐原、五十里、花音。各学年の幹部およびトップクラスの実力者達が達也を待っていた。
モノリス・コードでの事件はあったが、本来であればミラージ・バッドの優勝を喜んでいてもおかしくはない。それにも拘らず、それを面に出さないことにこれから厄介な話があるのだと達也は心の中で身構える。
「今日はご苦労様。期待以上の成果を上げてくれて感謝しています」
普段より形式張った口調で真由美は切り出した。
「選手が頑張ってくれましたので」
「勿論みんなが頑張ってくれた結果です。でも、達也君の貢献が大きいのは、ここにいる全員が認めているわ」
担当した選手が事実上無敗であるのだから当然と言えば当然である。
「……ありがとうございます」
やや間を置いて、達也は控えめに頭を下げた。
次の言葉を待ったが、真由美はなかなか本題に入ろうとしない。それほど言いづらい話なのだろうか。
一度は克人に視線を向けるが、彼は一切口を開こうとはしなかった。達也が克人を見ている事に気付き、真由美は観念して本題に入ることにした。
「現段階の得点一位は第一高校、二位は第三高校で、新人戦だけで見た点差は五十ポイント。モノリス・コードをこのまま辞退しても新人戦の準優勝は確保できます」
これは既に禅十郎に話していたことだ。今の順位であれば十分に総合優勝を狙うことが出来る。
「新人戦が始まる前は、それで十分だと思っていたのだけど」
それにも拘らず、ここでその話を持ち上げてくるとなれば、この先真由美が何を言おうとしているのか推測できた。
「ここまで来たら、新人戦も優勝を目指したいと思うの」
真剣な眼差しで真由美は言い切った。
「三高のモノリス・コードに一条将輝君と吉祥寺真紅郎君が出ているのは知ってる?」
「はい」
達也は短く答えた。
「あの二人がチームを組んで、トーナメントを取りこぼす可能性は無いわ。だから達也君」
真由美の用件が何か、達也は確信した。
「モノリス・コードに出てもらえませんか」
「……二つほど、お聞きしてもいいですか?」
「ええ、何かしら」
「予選の残り二試合は、明日に延期された形になっているんですよね?」
「ええ、その通りよ。事情を鑑みて、明日の試合スケジュールを変更してもらえることになっています」
「怪我でプレーが続行不能の場合であっても、選手の交代は認められていないはずですが?」
「それも、事情を勘案して特例で認めてもらえることになりました」
これまでの質問に対する返答はすべて予想通りであったが、了承できるかとなれば別問題である。
「……何故自分に白羽の矢が立ったのでしょう?」
遠回しな拒絶であるのは誰もが理解していた。了承するのであれば、先ほどの質問をする必要は無い。当然、真由美も達也が拒絶しているのだと察していた。
「達也君が最も代役に相応しいと思ったからだけど……」
「実技の成績はともかく、実戦の腕なら君は一年生男子でトップクラスだからな」
今までの話を真由美に任せっきりだった摩利が説得に加わり始めた。
「モノリス・コードは実戦ではありません。肉体的な攻撃を禁止した魔法競技です。ルールの裏をかいて格闘を使った選手はいましたが、アレは例外中の例外です」
「魔法のみの戦闘力でも、君は十分ずば抜けていると思うんだがね」
摩利はそれを自身の目で見ており、達也の実力が高いのは既に証明されている。実力がないと言う理由で拒むことは出来ない。
「しかし、自分は選手ではありません。代役を立てるなら一競技にしか出場していない選手が何人も残っているはずですが」
だが、達也の口にしたことは反論できない事実であった。
「一科生のプライドはこの際、考慮に入れないとしても、代わりの選手がいるのにスタッフから代役を選ぶのは、後々精神的なしこりを残すのではないかと思われますが」
真由美達が最も悩み、指摘されたくない事を達也は情け容赦なく口にした。新入生の育成としてとらえることは新人戦ではよくあることだ。
しかし今年優勝できたとしても、達也の言うしこりが残れば、今後の九校戦に悪影響が出てしまう。技術スタッフであり二科生である達也が選ばれたとすれば、殆どの一科生のプライドがズタズタに引き裂かれるのは想像に難くない。
真由美達から反論は無く、達也もこの話も終わりだと判断し、代役を辞退すると言おうとした。
「うるせぇな。いちいちお前が気にすることじゃねぇんだよ、達也」
達也は背後から扉の開く音と同時にある男の声を耳にした。
幻聴かと思ったが、背後からする気配に覚えがある。
周りの様子を見ても、まるで幽霊に遭遇したかのような驚きぶりであった。
そして、その予想は確信へと変わった。
「どうも。その話、俺も混ざっていいですよね?」
背後を振り返ると、そこにいたのは森崎達よりも重傷と言われた禅十郎の姿があった。
「禅、お前……」
流石の達也も驚きを隠せなかった。
禅十郎は制服を着ているが、その姿は誰から見ても痛々しいものだ。頭だけでなく、襟や袖からわずかに見える包帯がどれほどの怪我を負ったかを物語っていた。
それでも禅十郎はいつもの笑みを浮かべていた。
「あー、何でここにいるとか、怪我はどうしたとか、そんな些細なことは後回しだ。そんなことよりまだ大事な話があるだろうが」
自分に対することを些細な事で片付けることに達也は目を細めた。
「まぁ、大体の事情は市原先輩を通して把握してます。無理を聞いていただきありがとうございました」
端末を取り出して画面を見せると、鈴音の端末と電話が繋がっており、経過時間からして先程までの会話をすべて聞いていた事を示していた。
「リンちゃん……?」
真由美達は揃って鈴音に目を向けて揃って驚いていた。彼女がこのような手段を取るとは思わなかったのである。
「必要な事をしただけです。お気になさらず」
だが鈴音はそれに一切動じることなく、いつものようなたたずまいであった。
それを見てうんうんと頷いた禅十郎は達也に視線を戻した。
「それでだ達也。お前の言う通り、確かに今後の事を考えれば残ってる選手から選ぶのが妥当だよな」
「おい、篝っ!」
服部が叫んだ。状況を引っ掻き回しに来たのかと睨み付けるが、禅十郎は一切服部に目を向けない。
「それにお前はスタッフだし二科生だもんなぁ。お前が出れば、新人戦に出場してない一年の一科生は揃って自分の力に疑問を抱くだろうな。自分達の努力って何なのか。一科生って何だったのか、ってな」
「ああ。もし俺が出て新人戦を優勝することになった場合、今後の不振につながってしまえば本末転倒だ」
達也の言う通りだと、うんうんと頷く笑顔で禅十郎。
「あぁ、そうだな」
このとき、この場にいた多くが、これまでの言動と今浮かべている笑顔があまりにも不自然で禅十郎らしくないことに違和感を覚えた。
「でもな達也」
そして、次の瞬間、彼の表情は一変した。
「下らねぇこと言ってんじゃねぇぞ」
声を張りることも荒げることもなく、普段より低いトーンの彼の声は、誰もが別人と錯覚させるほど変貌していた。
上級生達は揃って禅十郎の態度の変化に驚き過ぎて声も出ず、僅かな時間、この部屋は静寂に包まれた。
「……なんだと」
その静寂を最初に破ったのは達也だ。
禅十郎が自分に向けて憤りの感情を惜しげもなくぶつけているのは嫌でも理解できた。
「なに下らねぇこと言ってやがんだ、お前」
普段の彼からは想像もつかない声色に誰もが息を呑んだ。先程まで禅十郎を睨んでいた服部でさえ、それに圧倒されていた。
「選手じゃない? 一科生のプライド? 精神的なしこりだぁ? 何でお前がそんなことを気にする必要があるんだ。何時からそんなことを考えるほど偉くなったんだ、達也?」
「そんなつもりは無い。そもそも俺は技術スタッフで、代理が立てられるのであれば一競技しか出てない選手を選ぶのが自然な流れだ」
達也の口調も穏やかではなかった。禅十郎が非友好的な態度を示しているのだから達也の態度も当然と言えるだろう。
そして達也の言葉を聞いて、禅十郎は呆れたように溜息をついた。その態度に達也の不快感は更に強くなり、彼を睨んだ。
「あのさぁ、その『自然な流れ』じゃ、目的を果たせないからお前に頼んでるんじゃないのか?」
達也の瞼がピクリと動いた。その言葉に対して、達也は否定することが出来なかった。
「大体、お前が言ったことなんざ、先輩達が揃って悩んだことだろうが。それを無神経に掘り返しやがってよ。少しは相手の気持ちを考えて言葉を選べよ」
「そうかもしれない。だが事実を言ったまでだ」
「ああ、そうだなぁ。お前の言ってることは間違ってねぇよ。でも正しくもねぇんだよな、それ。さっきからモノリス・コードに出たくないってそう言う態度なんだろうがさ、お前、ここにいるメンバーとして大事な事を忘れてるぞ。さっきまで技術スタッフとして当たり前にやっていたことを失念してんじゃねぇよ」
「大事な事だと?」
達也は禅十郎が簡単な事で頭に血が上るような性格ではないというのを理解していた。そうなるのは余程の事だけであることは八雲から聞かされていたし、一度もそんなことになったことすらない。口調は喧嘩腰だが、考えなしで話しているわけではないのだと達也は理解していた。
「ああ。それもお前だけじゃない。俺もここにいる先輩達も、ここにいない選手もスタッフも全員が、第一高校の代表に選ばれたからには等しく成し遂げなければならない義務だ」
「じゃあ、聞くが俺は何を失念しているんだ?」
わざわざ聞いてくる達也に禅十郎は呆れていた。何でこんな当たり前の事すら予想出来ないんだと言いたげであると彼の態度が物語っていた。
「決まってんだろ。九校戦で優勝する為に全力を尽くすこと、ただそれだけだ」
禅十郎が口にしたことは何とも単純かつ当たり前のことだ。だが誰一人としてそれを笑うものはいなかった。
「今年は予想外のアクシデントがあった。だがな、それでも九校戦がこのまま続行するって大会委員会が言うのなら俺達はそれに従うしかねぇだろ。たとえ選手が怪我しても、俺達は本来の目的を見失う訳にはいかない。その為に先輩達はお前の妹をミラージ・バット本戦に出場することを決めた。より確実に優勝する為にだ。今回も選ばれるのが『選手から』じゃなく『スタッフから』になっただけの話だ」
選ばれるのが『選手から』ではなく『スタッフから』に変わった事を些細な事で禅十郎は片付ける。
だが、それでも達也は折れない。
「だから、それが問題だと言って……」
「今の腑抜け共にモノリス・コードを任せられないって言ってんだよ! それぐらい察しろ!!」
その時、初めて禅十郎が声を荒げた。
その勢いに圧倒され、達也は言葉を詰まらせた。
「禅君……」
静まりかえった中、真由美がポツリとつぶやいた。
彼女は理解していた。彼がその残酷な事実を口にすることを必死に耐えていたことに。本来であれば、自分が言わなければならないことを代わりに言ってくれたのである。
「一科生のプライドなんてな、お前がスタッフに入った時点でもう折れてる奴はいるし、お前の出した結果で折られてる選手も何人もいるんだよ。たかが成績が良いだけのちっぽけなプライドの所為で落ち込んで自分の力も出せない奴がモノリス・コードで勝ち残れるわけがねぇだろうが!! もし俺があいつらと出れるとしても背中なんざ任せたくねぇよ、つうか邪魔だ!」
達也の事実に対して、禅十郎も事実で返した。
二人に違いがあるとすれば、達也はこの先起こり得る事実であり、禅十郎はもうすでに取り返しのつかない事実だということだ。
「先輩達はな、お前が出場してそうなることを理解した上で頼んだんだ! そして、それを決断したのはリーダーである七草先輩で、その判断に問題があればここにいる幹部が止めてるわ! つうか、お前をここに呼んだりしねぇんだよ!」
肩を上下させて呼吸をする禅十郎を見て、達也は自分の考えが甘かったことに気付かされた。
「……そうだな」
自分の言っていることも禅十郎が言っていることも否定しようがない事実である。しかし、自分の存在が既に一科生のプライドを砕いており、そのことを自分は客観的に理解していなかった。昨日、深雪にそれを言われたばかりである。
意外な事に学習能力が無いのだと達也は改めて反省した。
「そもそもリーダーの決定に対して俺達に拒否権は無いだろ。組織っていうのはそう言うもんだろうが」
言いたいことを言い切ったように禅十郎の言葉から棘が抜けていた。
「それにな、俺は友人としてお前に言いたかったことがある」
先程まで達也に対し非友好的な態度であった禅十郎が普段と変わらない態度に戻っていた。
「なんだ?」
それにつられて、達也の態度も自然と元に戻っていた。
「いい加減、何かあれば二科生って立場に頼るのは止めろ。地位や身分に甘えるほどお前は弱くねぇだろうが。それに九校戦の代表に一科生も二科生もないんだよ。あるのは第一高校を代表する生徒であること、ただそれだけだ。違うか?」
そう言うと、すっと禅十郎は右拳を突き出した。
「逃げんなよ、達也。選ばれたからには全力で自分の為すべきことを為せ。例え立場が違っても、それが変わることはねぇんだからさ」
その行為が何を表しているのか、達也は分かっている。
「大丈夫だって、結果がどうなろうと責任は先輩達が取ってくれるから」
「……そこはお前が取るんじゃないのか?」
禅十郎の言葉に達也はここに来て初めて表情が柔らかくなり、苦笑を浮かべていた。
「俺? 何言ってんだよ、俺はリーダーの意向を汲み取ってやっただけだし。というか、俺がどう責任を取れって言うのさ? 所詮、俺は新人戦の統括役でしかねぇんだぜ。統括役って言われても所詮は下っ端よ」
それには誰もが呆れていた。都合の良い責任転嫁と言えなくもないが、禅十郎のしたことは真由美が出来なかった説得の代役であり、本来、このことに彼が首を突っ込む方がおかしいのである。
達也もそれには呆れてはいるが、自然と頬を緩ませていた。
禅十郎の所為で既に逃げ道は完全にふさがれている。
そんな今の達也に出せる答えは一つだけだった。
「まさか、お前に説得される日が来るとはな」
達也は禅十郎と同じように右拳を突き出す。
「人生、何が起こるか分からないだろ?」
「違いない」
そして、二人は互いの拳をぶつけ合った。
「任せた」
「ああ、任された」
その光景を見て上級生達は揃って安堵し、克人と鈴音は満足げに頷くのだった。
如何でしたか?
今回は少し長めに書かせていただきました。
この作品を書き始めた頃からこのシーンは絶対書きたいと思っていました。
さて、次回からは更新が遅くなります。
個人的な理由ですが、それでもあまり遅くならないようにしていこうと思っています。
でが、今回はこれにて。