魔法科高校の劣等生と優等生、加えて問題児   作:GanJin

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どうもです。

今日から新人戦に入ります。

禅十郎の活躍は二日目からなので、それまでしばらくお待ちください。

ではお楽しみください!

2020/10/18:文章を修正しました。


新人戦開幕

 九校戦も四日目に入り、今日から五日間、一年生が主役となる新人戦が始まる。

 ヤル気に満ちている者、緊張して眠れなかった者。様々な思いを胸に抱き今日と言う日を待ち望んでいる一年生の一人である雫は朝早くに目を覚ました。

 時計を見ると朝の五時を指していた。

 

「ちょっと早かったかな」

 

 一緒の部屋に泊まっているほのかが五時半位に起床して自主練しているのを知り、途中から一緒に行うようになった。

 彼女より早く起きベットから出て、窓の外を見てみるとそこには雲一つない青空があった。

 これほど良い天気で新人戦初日を迎えた雫は静かに闘志を燃やす。

 念願だった九校戦に出場すると決まった時の興奮は嘗てないほどだった。今までは競技を観戦するだけだったが、ついに自分がその舞台に立つと思うと興奮が収まらない。

 勿論、興奮しすぎて無様な姿を見せるわけにはいかない。

 自分の感情をコントロールしつつ、新人戦に向けて気合を入れている雫のコンディションは万全であった。

 

「頑張ろう」

 

 そう決意した雫は後から起きてきたほのかと一緒に朝練に出かけた。

 軽いストレッチを行ってから、二人はホテルの周りをランニングしていた。

 

「うー、やっぱり緊張するな」

 

 ほのかは不安そうな顔をする。晴れ舞台ではあるものの、やはり大勢の前で試合をすることに慣れていない為、彼女の気持ちは雫も理解していた。

 

「大丈夫だよ。いつも通りにやれば勝てるよ」

 

 親友であるほのかが緊張しやすいのは昔から知っている。

 

「そうだけど……。いいなぁ、雫は達也さんに二種目とも見てもらえて」

 

 今度は羨ましいと言う目をこちらに向けてくる。ほのかは九校戦で達也にミラージ・バッドしかCADの調整をしてもらえないのだ。

 バトル・ボードを行っている間、達也はスピード・シューティングの担当をすることになっている。その為、ほのかにまで手が回せないのである。

 

「仕方ないよ。達也さんでも一度に複数の担当をするなんて出来ないんだから」

 

「それは分かってるけど……」

 

「それにCADの調整は出来なくても、アドバイスは色々貰ってるんだから、ほのかの為だけに考えてくれた戦術をしっかりやらないと期待してくれた達也さんに悪いよ」

 

 少し不満げなほのかを見て、彼女の扱いをよく心得ている雫は『ほのかの為だけに』という部分をやや強めに主張して言った。

 

「そう、だよね。うん、期待してもらってるなら頑張らないとね!」

 

 入学当初からほのかが達也に恋心を抱いているのは知っていたし、何度か相談も受けていた。故にそれとなく、達也が自分を見てくれているような言葉をかけることで雫はほのかにやる気を出させるよう促したのである。

 

「お互い頑張ろうね、ほのか」

 

「うん! じゃあ雫、折角だから最後は競争しない?」

 

 ランニングも終盤に来ており、ほのかの提案に雫は快く承諾した。

 

「じゃあ、あの街灯を通りすぎたらスタートで」

 

 雫は視線の先にある街灯を指定し、そこを通り過ぎた瞬間、二人は一斉にゴールまで駆けだすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 朝練を終えた二人はホテルに戻ると、入り口からジャージ姿の長身の男性が出て行くのを見かけた。

 

「あの人って……」

 

 男の顔が僅かに見えた雫は首を傾げてつぶやいた。

 

「雫の知り合い?」

 

「どこかで見た気がするけど……気のせいかな?」

 

 少し考えてみたが、直ぐに思いつく人がいなかった。大方知り合いの誰かに似ていたのだろうとそのままホテルに入る。

 エントランスまで行くと、予想外の光景があった。

 ロビーのソファでぐったりとしているボロボロの禅十郎がそこにいたのである。

 

「ほら、飲めるか」

 

「おう……」

 

 達也からスポーツ飲料を渡され、ゆっくりと口に含んで大きく息を吐いた。

 よく見れば体中のあちこちが赤く腫れていたり、掠り傷がついている。

 

「そんな状態で明日の試合は出れるのか?」

 

 達也の問いに対して当の本人は問題なしと言わんばかりにサムズアップしているのだが、まったくもって説得力がない。正直、今日が試合であれば間違いなく初戦すら勝てないほどにボロボロである。

 

「どう見ても無理だろう」

 

「……行ける、ぜ。今日が、試合でも……余裕……だ」

 

「お前、どこまで負けず嫌いなんだ」

 

 かなり無理をしている禅十郎に達也はかなり呆れていた。

 

「うる、せぇ。そもそも新人戦……前だって……いうのにあの野郎……全力でやり、やがって。てか……何で……朝から来てん……だよ、あいつ……」

 

 そんな光景を見ていた雫達は何事かと思い、二人の元へ駆け寄った。

 

「達也さん、篝君に何かあったんですか!?」

 

 傷だらけの禅十郎を見て、ほのかは目を丸くして声を上げた。

 そんな彼女の反応を見た達也は首を横に振った。

 

「いや、大したことじゃない。これは禅の自業自得だ」

 

「でも篝君がこんなに風になるなんて見たことありませんよ!」

 

 問題無いと達也は言うが、それでもクラスメイトであるほのかにとって無視できないことだった。九校戦が始まるまで、ほのかは体育などで体を動かした後の禅十郎が疲れた姿を見たことが無かった。クラスメイトの男子よりもずっとピンピンしているのが常であり、ここまで疲弊している姿は異常なのである。

 加えて、禅十郎は六月半ばまでとある理由で何度も上級生を相手に試合をすることがあり、その後に偶然会うことがあったが、どれも傷一つ負わずに勝利している。

 一体どんなことがあれば、これほどまで疲弊するのだろうかとほのかは予想がつかなかったのである。

 

「あ、そっか。あの人が来てたんだ」

 

 そんなほのかに対して、禅十郎がぐったりしている姿を見た雫はあることに気が付いた。

 

「達也さん、少し前に禅のお兄さんと組手やってなかった?」

 

 これには達也も驚いて目を見開いた。

 

「よく分かったな」

 

「禅がここまでやられるとすれば、あの人くらいしか思いつかないから。多分達也さんでもここまで出来ないと思うし」

 

 ほのかが達也に目を向けると、達也は首を縦に振って肯定した。

 

「さっき入り口ですれ違った人が禅の一番上のお兄さんだよ」

 

「さっき雫が言った何処かで会った気がするって人?」

 

「うん。ほとんど九州の家で暮らしてる所為で会う機会があまり無かったからすっかり忘れてた」

 

「よく覚えてたな。片手で数えられるくらいしか会ってねぇだろ」

 

 先程までぐったりしていた禅十郎は少しずつ調子を取り戻し、まともに会話が出来るほどまでには復活していた。

 残ったスポーツ飲料を一気飲みして、禅十郎は一息ついた。

 

「禅、調子はどう?」

 

「問題ねぇよ。鳩尾に三発、喉仏二発、こめかみ一発、両脇腹三発、止めは顎に一発食らって負けた程度だ。骨にひびも入ってないし、打撲も脱臼もない。飯食えば大体回復するだろ」

 

 打たれた所を示して禅十郎はそう言った。

 

「それってかなり危険なんじゃ……。というよりご飯食べて治るものでもないですよね」

 

 食べたら力が湧いてくると言うが、もはやそういう次元の話ではないのだが、当の本人はほのかの驚きに気付けていなかった。

 

「そうか? 擦り傷程度ならこんなもんだろ」

 

 ほとんど急所を突かれているはずなのに、それをあっけらかんと言う禅十郎にほのかはどう反応していいか迷った。それに加えて実の弟に急所を容赦なく何度も突くのも如何なものかとも思った。

 

「ほのか、禅は肉体のスペックそのものが規格外だから気にしたら負けだよ。それに禅のお兄さん達って体術のことになると基本的に誰であろうと容赦しないから。小さい時から酷かったし」

 

 そんなほのかの気持ちを理解したのか、雫がフォローを入れる。

 

「流石雫ちゃん、よくお分かりで」

 

「最後に会った時に、禅と組手してる所見てたから。かなり酷い内容だった」

 

「あー、あの日か。何回も投げ飛ばされたり、首締められた時のことか。アレは下手したら昇天するところだったわな」

 

 昔のことを思い出し、けらけらと禅十郎は笑う。

 

(俺も人に言えた義理ではないが、それは笑って済むことじゃないだろう)

 

 内容的に笑って済むことではないのだが、あっけらかんとそれを口にする禅十郎に、達也と雫は呆れて溜息をつき、ほのかは苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてついに新人戦が開幕した。

 バトルボードは男女共に予選まで行われ、スピード・シューティングは午前に女子、午後に男子の競技が決勝戦まで行われる。

 スピード・シューティングはかなりハードなスケジュールになっているので、ペース配分を考えるのも選手の実力に掛かっていた。

 

「ま、あいつらなら今日の試合は問題無いか」

 

 だが、それが出来ないほど第一高校の選手の力量は低くないと禅十郎は理解している。特に雫なら決勝戦まで行ける実力を持っているのはよく理解しており、よほどの相手でなければ取りこぼしすることはしないだろう。。

 

「さて、そろそろ開始なんだが、席がないな」

 

 これから雫の競技が行われる為、禅十郎は観客席を探していた。

 深雪達と合流したのだが、残念ながら席が足りなかった為、今は他の場所を探しているのである。

 ふとあるところに目を向けると、知っている顔触れが集まっている場所があった。

 

「あら、禅君」

 

 そこには真由美達三年生に加えて、千景も一緒に座っていた。

 

「どうもです……って渡辺先輩、良いんですか? 病院抜け出して」

 

 その中には昨日負傷した摩利もおり、禅十郎は休んでいなくて良いのかと問われてると同じ質問を何度もされたのかうんざりだと言いたげな顔をする。

 

「おいおい、お前まで私を病人扱いするのか。日常生活なら問題無い」

 

「渡辺先輩なら、そう言われても無理しそうな気がしますけどねー」

 

「まったくだ。摩利、あまり周りに心配をかけるなよ。お前は時折無茶をするからな」

 

 千景もその通りだと首を縦に振って肯定した。

 

「は、はい。すみません」

 

 流石先輩と言うべきか、千景の前では摩利もいつも通りの強気の態度ではいられなかった。

 

「というか姉ちゃん、千香達はどうした?」

 

 今日から観戦しに来るはずである末っ子の千香の姿が見当たらなかった。確か、泉美達と一緒に廻る筈だった気がするが、千景と一緒に行動していないようである。

 

「千香なら姉さん達に任せた。ここにいるとお前に会う可能性が高いから嫌だって聞かなくてな」

 

「ガキか、あいつは。挨拶ぐらいしろっての」

 

 流石の禅十郎も妹の言動に頭が痛くなった。

 

「禅君、まだ千香ちゃんと喧嘩してるの?」

 

 真由美は禅十郎と千香の仲が悪いことを知っていたが、未だに続いていることに驚き半分、呆れ半分と言った気持ちで尋ねた。

 

「あいつが一方的に突っかかってくるだけですよ。まったく何がしたいんだか……」

 

「また千香ちゃんを怒らせるような事言ったんじゃない?」

 

「何も言ってないですよ。大方いつもの反抗期ですよ。俺限定のですけどね」

 

(絶対、何か言ったな……)

 

(大方、余計な事でも言ったのでしょうね)

 

 禅十郎の兄妹仲について摩利と市原はよく知らないが、大方禅十郎が悪いのだろうと予想した。割とこの男、心に刺さる言葉をサラッと口にすることがある為、ほぼ確実だろう。

 二人から呆れた目を向けられるが、禅十郎は眉を顰めるだけだった。

 

「ま、その話はまた今度にしましょうや。どうせ、嫌でも俺と顔合わせるんですから」

 

 それから禅十郎は真由美達と共に一緒に雫の試技を観戦することにした。

 その直後に競技場に雫が現れた。

 

「さて、考えてみれば、あいつのエンジニアとしての腕を実戦で見るのはこれが初めてだな」

 

「そうね。私の時は、本当にお手伝い程度だったし。彼が一から調整したCADがどんな性能を見せてくれるのか、楽しみだわ」

 

 好奇心剥き出しの摩利の言葉に真由美も頷いて同意する。

 

「ほう、お前達がそこまで期待しているエンジニアがいるのか」

 

 それにつられた千景も興味津々であった。

 

「ええ、一年生の司波達也君はエンジニアとしての実力は中々のものです。新人戦の女子スピード・シューティングの魔法種類選択とCADセッティングは、全て彼が一人でやっています」

 

 市原の声色からも相当期待されていると感じた千景は達也の名前を聞いて、あることに気付いた

 

「そう言えば、司波達也ってお前がよく自慢してる奴じゃなかったか?」

 

「まぁな」

 

「ふむ……。なかなか面白そうだな、禅、後で彼を紹介してくれるか?」

 

「どうせ、話題を振れば話したくなるだろうから、今度紹介するって達也にも言っておいた。九校戦期間に何処かで会わしてやるよ」

 

 手回しが早いことに千景は満面の笑みを浮かべた。

 

「相変わらずこういうことだけは無駄に気が利くな」

 

「一言余計だ。そろそろ始まるから静かにしてろ」

 

 禅十郎の言う通り、すぐに雫の試技が開始された。

 雫の魔法を見て、それまで余裕の笑みを浮かべていた千景の顔が一気に真剣な顔つきになる。

 

「あれは……」

 

 千景は雫の魔法をじっくり観察し始めた。時折、ブツクサと何か呟いているが、間違いなく目の前の魔法を考察しているのであろう。

 彼女の様子を見て禅十郎は、やはり二人を会わせるべきだと確信した。

 

(へぇ、あんな顔をするのは久しぶりじゃねぇか)

 

「成程……、随分と思いきった魔法を作り上げたな。あの腕前は間違いなく本物だ」

 

 雫が撃ち落としたクレーが五十個目を超えると千景は達也の技量を素直に称賛した。

 

「得点有効エリア内に、立方体の頂点および中心に震源となるポイントを九つ設置して領域内に存在するクレーに振動波を与えて砕いてるってところか。加えて、九つのポイントは固定してある。その上、威力も持続時間もすべて一定化されてる。つまり彼女はCADの引き金を引くだけでクレーを破壊できるということか」

 

 それを聞いていた市原は千景の解析能力の高さを改めて感じた。

 それから雫の試技の終了のブザーが鳴り響き、見事パーフェクトを叩きだした。

 

「その通りです。魔法の固有名称は『能動空中機雷(アクティブ・エアーマイン)』。司波君のオリジナルだそうですよ」

 

 初見の魔法を観察し、どのような魔法なのかを考察するのは一種の能力と言っても過言ではない。彼女の観察眼のおかげで自分達の新人戦でどれほど力になったか、三人は実感しており、その腕は更に磨きがかかっているとも感じた。

 

「見た所、あの魔法はかなり使用が限定されるな。どう見ても実戦射撃には向いていない。摩利、お前がアレを実戦で使うならどうする?」

 

「確かに攻撃対象が常に動く実戦では射撃として向いていませんが、私なら自身を中心にした円を設定して、その円周上に震源を配置すれば、全方位に有効なアクティブ・シールドとして使えると思います」

 

(うーん。姐さんの敬語、マジで違和感あるな)

 

 禅十郎は完全に場違いな感想を抱きながら話を聞いてた。

 

「能動空中機雷が攻撃より防御に向いてるのは同感だな。禅ならどう使う?」

 

「えー、俺も考えんの?」

 

 面倒臭いと盛大に顔に書かれていた。

 

「北山さんが使用した魔法式を自身のCADにインストールさせたと司波君から伺いましたが、既に別の使用法を思いついているのではないですか?」

 

(おいおい何勝手に言ってんだよ達也……)

 

 雫がスピード・シューティングで使用する戦術はいくつか知っており、その中で能動空中機雷は特に興味深く、競技が始まるまで他言しないことを条件にインストールしてもらったのである。

と言っても競技は既に始まっている為、契約は切れているので文句を言っても仕方ないことではある。

 

「まぁ、防御で使うってのは考えましたけど、攻撃にもちゃんと使えますよ。作った本人に聞いてみたら少し弄れば可能だってことですし。でもモノリス・コード用のCADに入れても出番はないですね。使い方をミスすれば絶対に怪我人出しますから」

 

「つまり、碌でもない使用方法を思いついたのね」

 

 禅十郎の話聞いていた真由美は呆れていた。

 

「流石、七草先輩。俺のことよく分かってらっしゃる」

 

「あんまり分かりたくなかったわ。オリジナルの術式を開発した達也君もそうだけど、予想外な使用方法を思いつく禅君もどんな頭をしてるのかしら」

 

 摩利も市原も同じような気持ちらしく、うんうんと頷いていた。

 

「じゃあ覗いてみます?」

 

「「「遠慮するわ(する/します)」」」

 

 それから女子スピード・シューティングは選手全員が予選突破することとなる。

 この結果を見て他校の作戦スタッフは選手だけの技量でこうなったわけでは無いと勘付き始め、一人のエンジニアへと関心を寄せることになるのであった。




如何でしたか?

禅十郎の出番は後二、三話後にと思います。

それまでしばらくお待ちください。

では、今回はこれにて。

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