今年も楽しんでいただけるよう、頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
それでは、お楽しみください
2020/10/18:文章を修正しました。
第一高校の九校戦メンバーが宿舎に着いた日の夕方、各校の九校戦出場メンバー全員参加の懇親会が開かれた。だが、これから勝敗を競う相手と一同に会する懇親会は和やかさより緊張感の方が強く、簡単に他校と話が出来る雰囲気ではなかった。
「だから本当は出たくないのよね、これ……」
「いいんですか、生徒会長がそんなこと口にして?」
真由美が生徒会長にあるまじき発言をしており、近くにいた禅十郎は苦笑を浮かべていた。
「禅君しかいないから良いのよ。いちいち猫被らなくていいんだもの」
「それはそれは。素でいられるほど気を許していただけて光栄です。でも誰が話を聞いているか分かりませんよ」
「それくらいは注意してるつもりよ」
さいですかと苦笑を浮かべた禅十郎は別の話題を振ることにした。
「それにしても人が多いっすね。全部で何人でしたっけ?」
「裏方を含めると毎年四百人近くよ。でも、あーちゃんみたいに参加してない人もいるからもっといるかも」
「まぁ、苦手な人もいますからね。こういうパーティーには特に」
真由美の言う通り、全員出席のパーティーであるが、様々な理由をつけて欠席している人は少なくないのである。因みに禅十郎は食事が最低限出されれば、大体のパーティーには参加しているのでパーティーの雰囲気に流されることはあまりない。
そんな会話をしながら、会場の彼方此方見てみると少々名の通った学生がちらほらと見えた。
「へぇ、去年の九校戦で渡辺先輩と渡り合った七高の選手に、三高は中学時代にリーブル・エペーの全国出場の常連、去年の剣術の大会準優勝。お、去年のマジックアーツ全国大会の優勝者。スゲェ顔ぶれだな」
まだ見ぬ強敵達を目にして嬉しそうな顔をする禅十郎に真由美は少々困った顔になっていた。
「はいはい、手合わせしてほしかったら大会後のパーティーでね。どうせ無理だと思うけど」
「へーい」
昔から禅十郎の扱いに慣れている真由美は何となくだが彼の考えている事が分かるのである。禅十郎は真由美の知る中でトップクラスのバトルマニアだ。名のある実力者を目にすると手合わせしたい欲望が沸き立ち、これまで何度も空気を読まずに手合わせを願い出たことがあった。今でこそ抑えているものの、昔は今以上に酷かった。
「そういう所は昔と変わらないわね」
やや呆れ気味に言う真由美に対し、禅十郎はカッカッカッと軽快に笑った。
「そりゃ自分より強い奴なんてたくさんいますからね。どうせなら、いろんな人と試合したいじゃないですか」
「そういう真っ直ぐな所は良いんだけど、少しは加減をしなさい」
禅十郎の良い所でもあるのだが、同時に一番の短所でもあった。使い所を間違えなければ、向上心の強い性格と思えるのだが、禅十郎の場合片っ端から試合を吹っかけていくので腕試しをしたい喧嘩バカにも見えるのだ。
「禅君、宗士郎さんにまだ勝てないの?」
だが真由美は彼がどうしてそこまでまっすぐに進もうとしている理由をよく知っていた。
「二十分以上戦えるようになったんですけど、まだまだですね。未だに白星がないです。前回は鳩尾に三連発とこめかみに回し蹴り喰らって、止めにアッパー喰らいました」
禅十郎は誰よりも先に超えたい人物は兄の宗士郎だ。禅十郎と彼の実力差があまりにもかけ離れており、未だに試合で勝ったことが無いのだ。
幼い頃から自分より高い壁が身近にあるために、禅十郎の向上心の高く、かなり好戦的な性格なのである。
「禅君も随分強くなったと思うけどなぁ。近接戦闘なら一高でも禅君と渡り合えるのって摩利とか沢木君とか桐原君ぐらいかしら?」
「後は十三束鋼と達也と達也のクラスメイトのエリカとレオですね。達也のクラスメイトはなかなか手強いと思いますよ」
禅十郎が自分と渡り合える人物をかなりの数挙げたことに真由美は意外だと言いたげな目を向けた。
「あら、珍しい。禅君が近接戦闘で他人を褒めるなんて。明日は九校戦中止になっちゃうのかしら?」
「会長、俺だって他人をしっかり評価することは出来ますよ」
「えー、本当にー?」
「酷いっすね。これでも兄貴がいなかったら次期師範筆頭候補になってたって言われてる男ですよ。ま、別にやりたくないですけど……」
禅十郎が道場の師範をやっている姿を想像しようとして、あまりにもおかしな姿に真由美は吹いてしまった。
「何で笑うんですか」
「だって禅君が教える側って想像できないんだもの。師範代になったのは知ってるけど、やっぱりイメージできないわ。いっつも宗士郎さんに投げ飛ばされてるところしか知らないし」
「ひでぇ。これでもやるときはしっかりやってるんですよ」
「どうだか。君の場合、やりすぎて門下生が辞めてしまうんじゃないか」
不満げな顔をする禅十郎に摩利が声をかけた。
「ちょっ、渡辺先輩までそんなこと言いますか! 俺が師範代になってから辞めた人はいな……いたな」
口にしながら、ふと一か月前に辞めた人が一人いたことを思い出した。
「いるのね」
「いたのか」
本当に辞める人がいるとは二人は思わなかったが、禅十郎は首を横に振って抗議した。
「いやいや、俺の所為じゃないですよ。家の道場、一年以上やって成長する見込みがなかったら強制的に辞めさせるんですよ。確かその人もそれに引っかかったんで」
「君の道場の指導方針は向き不向きがはっきりしているからな」
「本当に向いていない人が入門したら、一か月も耐えられなかったそうっすからね」
『来たる者拒まず、去る者は追わず』というのが篝家の道場のやり方であり、去った者が篝の体術を持ち出さない限り、道場から立ち去っても気にする者はいない。だが、立ち去るのは大抵、道場の指導に付いて行けず、何も学べなかった者が殆どである為、一度も篝家の体術を外部に持ち出されたことは無いのである。
「それはそうと、そろそろ他校の幹部と話をしに行こうと思うんだが、君も来るかい?」
懇親会で他校の幹部と交流することは毎年恒例である為、摩利は禅十郎もどうかと誘ってきた。
「俺は幹部じゃないんでパスで」
面倒なことはしたくないので拒んだのだが、摩利は何を言っているんだこいつはと言いたげに首を傾げる。
「何を言ってるんだ。君は新人戦メンバーの統括役、つまり幹部の一人だ。それに一緒に居た方が来年の九校戦で会った時に話しやすいだろうからな」
問題無いと主張する摩利に禅十郎は溜息をついた。
ふと摩利の後ろを見てみると克人や鈴音、服部などが待機しており、直ぐにでも他校と話に行ける準備が出来ていた。ここまで準備が出来ているということは誘っておいて最初から拒否権はなかったということだ。
「統括役って……。その肩書きって勝手に先輩達が押し付けただけじゃないっすか。大体、うちのエースは深雪ちゃんですよね? 何で俺なんすか」
摩利の口にした統括役とはその名の通り新人戦を纏める役割であり、会議で勝手に禅十郎に押し付けられた肩書でもあった。
本来、メンバーのエースである深雪がやるべきなのだが、人前に立つことに慣れているから、という理由で強制的に始めた多数決で(主に千景をよく知る三年の先輩達によって)割り振られたのである。
「そういう役割をさせるなら君が適任じゃないか」
「ただ面倒だから皆揃って俺に押し付けただけじゃないですか! 深雪ちゃんとかめっちゃ苦笑いしてましたよ」
「まあまあ、嫌々と言ってやってくれるのが禅君の良い所じゃない。ねっ」
「それ、褒めてます?」
「いやぁ、有能な後輩がいて大助かりだな」
わざとらしく言う摩利に禅十郎はがっくりと肩を落とし、渋々と上級生についていくのであった。
他校の幹部との話は時間の許す限り行われた。
幹部と言っても一緒に来ているのは、禅十郎と真由美と摩利に加え、克人、鈴音、服部の計六名。一年が自分しかいないので、やっぱり場違いじゃないかと禅十郎は思ったが、始まってしまったことを途中で投げ出すわけにもいかなかった。
何だかんだと言って役割を投げ出さない彼の性格は上級生に好感を抱かれているのである。
「七草先輩、次は何処と話すんですか?」
「七高よ」
「海の七高ですか。バトル・ボードでは毎年上位を狙ってきますから、新人戦は苦戦しそうですよね。五十嵐とか光井さん達には厳しい戦いになるか。確か三高にも同期で
途中から口を閉ざし始め、何かを考え始める禅十郎に真由美達三年生はやや呆れていた
「また考え始めたか」
「どっから情報を得てるのかは別として、考え込むタイミングが唐突なのが難点だな、コイツは」
摩利の言葉に服部はうんうんと頷いた。
「おーい、禅くーん戻っておいでー」
真由美が肩をポンポンと叩いくと、禅十郎は我に返った。
「えっ? あ、はい」
素っ頓狂な返事をする禅十郎に真由美達は呆れているが、一人だけそれを見て懐かしむ人がいた。
「篝君のその癖はお姉さん譲りですね」
禅十郎が一度考え込むと黙ってしまう姿は千景と瓜二つだった。普段は滅茶苦茶なことをする人でも、いざという時は常に深く考え、打開策を見つけ出して一高を優勝へと導いてきた。その面影は実の弟にも引き継がれているのを目にし、鈴音は少しだけ懐かしい気持ちになっていた。
多くの三年生達にとって彼女とは碌な思い出しかない一年だったが、鈴音にとっては悪くない一年だった。そんな碌な思い出の中に鈴音は今でも覚えていることがある。
―――――お前、つまらない生き方をしてるな。
ある日、あの人は自分に言った。
―――――お前が何処の誰で、どんな過去を持っているかなんて知るか。
当然そんなこと教えるつもりなど毛頭ないし、言えば自分の立ち位置が悪くなるだけだ。
―――――だが、お前には誇れる能力がある。それを閉ざしたまま生きてるなんて宝の持ち腐れじゃないか?
だからどうした。力があるから、それを周りに鼓舞しろとでも言うのか。どうせ面倒なことに巻き込まれるに決まっている。
―――――鼓舞するんじゃない。ただ自分が出来る事をすればいい。何も変わらず普段通りに自分の力を振るえばいい。
色んな事を言われたが、あの人の最後の言葉は当時の自分にとって分岐点になる言葉だった。
―――――周りの空気に惑わされるな。ただ、自分が正しいと思った道を自信をもって進め。そうすれば、お前を認めてくれる人は必ず現れる。お前の生き方を認めてくれる友に巡り合えるさ。
あの人の言葉通りだった。それから、自分を認めてくれる友に出会えた。自分が何処の生まれだろうと関係ないと言ってくれる友が出来た。
そして、あの人の意志は目の前の彼にも引き継がれていた。
「本当に良く似ていますね」
ポツリと鈴音が口にした言葉に禅十郎は眉をひそめた。
「市原先輩、何か言いましたか?」
「いいえ。お姉さんのような事をして欲しくないなんて全くこれっぽっちも思っていませんよ」
「ちょっ……先輩達には俺の味方は一人もいないんですか!?」
「日頃の行いを考えれば当然ですね」
誰も擁護してくれないことに禅十郎はガックリと項垂れた。
他校との話し合い(という名の腹の探り合い)をしていたが、そろそろ来賓の挨拶が始まるために一度一高メンバーが集まっている場所に禅十郎は戻っていた。
「あー、疲れた」
「禅、お疲れ」
「他校との話は随分長かったみたいですね」
手にした飲み物をガブガブ飲みながらつぶやく禅十郎に近づいてきたのは雫とほのかだ。
「おう。全部の学校には回れなかったが、後で行けるだろうな。それに爺さんの話聞いてからでも十分時間はあるしな」
「えっ、篝君のお爺さんも来てるんですか?」
驚いた顔をするほのかに対し、禅十郎は手を振って否定する。
「違う違う。俺んとこの爺はこんなトコ来るほど偉くねぇよ」
「じゃあ、誰のこと……」
「それでは、ご来賓の方々にご挨拶を……」
最後まで言おうとしたが、ここで来賓の挨拶が始まり、話は中断となった。
壇上に現れるのは魔法界でも名立たる人物達であり、禅十郎は充分有意義な時間を過ごしていた。だが、禅十郎の本命は彼らではなく、魔法師を目指す者ならば必ず耳にする人物だ。
禅十郎が尊敬する魔法師の中でも未だに揺らぐことのない魔法師が今回は一体どんなサプライズを用意してくれるのか楽しみで仕方がなかった。
楽しそうに笑みを浮かべる禅十郎に近くにいた数名は眉をひそめるが、禅十郎は全く気にも留めず、来賓の挨拶が終わっていく。
「魔法協会理事、九島烈様より激励のお言葉を賜りたいと存じます」
司会者の紹介と共にその人物は現れた。
だが、会場は壇上にいた人物を見て息を呑むことになる。
「えっ……?」
誰かが間の抜けた声を上げる。会場にいる誰もが同じ思いだろう。
壇上にいたのはパーティドレスを着た金髪の若い女性であり、ここにいる多くの者が知っている老人である九島烈とは全くの別人だったのだから。
唐突の出来事に対し、ざわめきは会場中に広がった。
「何かのトラブルかな?」
「もしかして体調を崩したのかも。年齢も九十歳近くのはずだし」
禅十郎の周りでも同じようにざわついていた。
「さて、それはどうかな?」
不敵に笑みを浮かべる禅十郎に近くにいた雫達は首を傾げた。が、直ぐに彼女達の顔は驚きに染まることになる。
近くにあったテーブルの上にグラスを置くと、禅十郎は唐突に柏手を打った。
その音は会場中に響き渡り、ざわつきは一瞬にして治まった。
すぐさま会場中の誰もが禅十郎に目を向ける。
会場中の多くが禅十郎の突然の奇行に目を丸くしていた。近くにいた禅十郎の同級生達や上級生も何事かと驚いていたが、彼を咎める余裕はなく呆然と彼を見ているだけであった。
「禅、何してるの?」
その中でも禅十郎の奇行に耐性がついている雫が彼らを代表して小声で尋ねる。
禅十郎は答えることはせず、ニヤリと笑みを浮かべたまま壇上に指を指した。周りが困惑している中、雫は禅十郎の言われた通りに壇上を見ると、そこには新たな驚きがあった。
「うむ、お見事」
すると、壇上から拍手と共に称賛する男性の声が聞こえた。
再び会場中がざわつき、禅十郎が指したステージの上を見ると会場中の多くが目に映った光景に驚愕した。
先程まで女性がいたはずの壇上に一人の老人、九島烈になっていたのである。
「嘘……」
「いつからそこに?」
会場の多くの者が何が起こったのか分からない状況だった。壇上には先程まで現れなかった九島烈が立っていたのだから当然と言えるだろう。
九島烈は拍手を止め、禅十郎に向けて笑みを向けた。それに禅十郎は軽く会釈をして返した。
「まずは悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する」
一通り会場が静かになると、九島烈はしゃべり始めた。
「今のは魔法というより手品の類だ。だが、手品のタネに気付いた者は、私の見たところ六人だけだった。つまり、もし私がテロリストで、来賓に紛れて毒ガスなり爆弾なりを仕掛けたとしても、それを阻むべく行動を起こすことが出来たのは六人だけだ、ということだ」
この言葉で会場は今までとは別種の静寂に覆われた。その六人のうち一人が誰であるか、会場中にいる誰もがすぐに理解した。
「魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であって、それ自体が目的ではない。そのことを思い出してほしくて、私はこのような悪戯を仕掛けた。私が今用いた魔法は、規模こそ大きいものの、強度は極めて低い。だが、君たちはその弱い魔法に惑わされ、私を認識できなかった。魔法力を向上させる為の努力は、決して怠ってはならない。しかし、それだけでは不十分だということを肝に銘じてほしい。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ」
今、会場にいる全員が老師の言葉に耳を傾けている。我武者羅に研鑽を積むのではなく、魔法の使い方を考える。それがこれから学生の魔法師としての道を大きく左右すると老師は伝えた。
「そして今年は運が良いことに、魔法ではなく誰もが出来る簡単な方法で私の魔法を打ち破った者がいた。確かに魔法は強力な力だ。だが、大きな音を立てるだけで彼は私の魔法を打ち破ってみせた。君達には魔法を打ち破るのは必ずしも魔法だけではないこともこれを機に覚えておいてほしい」
先程老師が使用した魔法は精神干渉魔法だ。目立つ者を用意して、人の注意を逸らすという『改変』は、事象改変と呼ぶほどでもない些細なものである。しかし、それを全員に一斉に引き起こす為の大規模ではあるけれども、とても微弱であり気付くことが困難な魔法なのだ。
それに気づいた禅十郎は、注目するべき対象を魔法の起点となる壇上の女性から自分に向けることで九島烈が解除する前に彼の魔法を打ち破ってみせたのである。それも魔法を使わず、柏手を打つという誰もが出来る簡単な方法によってだ。
その話を聞いて、禅十郎を知る第一高校の生徒は彼の奇行に納得する者や頭を痛める者、嫉妬する者など様々おり、他校からは注目の的となっていた。
「魔法を学ぶ若人諸君。私は諸君の工夫を楽しみにしている」
老師がそう言って話を占めると、一斉に拍手とまではいかなかったが、戸惑いつつも徐々に手を叩く者が増えていった。
魔法師社会の頂点に立ちながら、今の魔法師社会の在り方に逆らうことを勧める老師に誰もが戸惑いを覚えた。しかし、老師はそれを言葉だけでなく実演してみせた。それを目に焼き付けた学生のそれぞれの思惑は別として、老師の言葉を各々の胸に刻みつけることとなった。
余談だが、懇親会終了後、禅十郎は上級生(主に摩利)に盛大に説教されることになるが、ここは割愛させてもらう。
いかがでしたか
折角なので、派手にやらかしてもらいました
次回は九校戦前日の話が中心となりますので、本戦開始までしばらくお待ちください
それでは今回はこれにて