八月末なのに熱いです
皆さん、体調管理はしっかりしましょう
それではお楽しみください
2020/04/08:修正しました。
裏で様々な思惑が蠢いていても、学校は普段通りなのは当然である。
ブランシュに対して警戒しているとはいえ、禅十郎達は学生の本分を忘れてはいけない。
その為、ブランシュの存在を知っている生徒会も通常運転であり、風紀委員会も同様であった。
この日、非番である禅十郎は帰りの支度をしながら今日はさっさと帰ろうかと思っていたのだが、運が悪いことに先程ある人物からメールによって頭を悩ませていた。
「なぁ、雫ちゃんよ、これ無視していいかな?」
「ダメだと思う」
「……だよなぁ。あの野郎、自分で動けよ」
「どうせ言っても無駄なのは分かってるし、やらなきゃ報復されるのは過去の経験上、目に見えてる」
雫の言葉にかなり長い溜息をついて机に突っ伏す禅十郎。彼を見ているだけでどれだけ嫌なのかが分かってしまう。
「雫、篝君はどうしたの?」
近くにいた深雪も気になって話に入ってきていた。
「ちょっと禅がお姉さんから頼まれ事があったんだけど、それに面倒くさがってるだけ」
「篝君、頼まれたことはやるべきだと思うわ」
「……まぁ、司波さんの言い分は分かるんだが、今回のはさすがに厄介なんだよ」
突っ伏したままの禅十郎は少し顔を上げて、手に持っていた端末の画面を深雪に見せる
見せられた画面を見てみると、そこにはこう書かれていた。
『テレビで横浜の有名なチョコケーキ見てたら食べたくなった。今すぐ買ってこい by千景』
「ええっと……」
メールの中身は色々とツッコみたい内容であり、どう言えばいいのか、深雪は悩んでしまう。
ここから横浜までそれほど少し時間が掛かるが行けない距離ではない。それで面倒くさがるものなのだろうかと疑問に思い、深雪は首を傾げた。
「因みにそのケーキ屋の一番人気のチョコケーキで予約は不可能。しかも販売し始めた頃は開店して一時間で完売するほど人気で、三か月たった今でも人気が続いてる」
「つまり……」
「今から買うのはほぼ不可能」
禅十郎は確実に売りきれているケーキを買いに行かなければならないことを深雪は理解した。
「どう見ても出来ないわね」
「うん、そう」
どう見ても不可能であるミッションをクリアしなければならないことに深雪は同情した。
「篝君……御武運を」
「……おう」
禅十郎はさらに深く溜息をつくのであった。
放課後、英美と一緒になった雫とほのかはさっきあったことを話していた。
「で、禅はその無理ゲーをどうするんだろ?」
「どうにかすると思う。そうしないと色々と大変なことになる」
「篝君のお姉さんってそんなに怖い人なの?」
ほのかの疑問に雫は首を横に振った。
「怖くはない。寧ろ優しい方だと思う。でも約束事を反故にするとその仕返しが酷い」
「具体的には?」
英美は興味津々である。
「小さい頃に書いた作文や醜態をさらした動画をネットに流したり、禅の道場のお弟子さんに話したりしてる」
「うん……それはかなり酷いね」
人の黒歴史を勝手に晒せる外道っぷりに英美はドン引きした。
「あははは……」
ほのかも乾いた笑い声を上げる。
「因みに先々代の第一高校の生徒会長」
「まさかのOGっ!?」
「ついた二つ名は『暴君』」
「酷……凄い二つ名だね」
思わず酷いと言いかけたが、なんとかほのかは言い直す。だが、どんな人なのだろうかと興味はあった。何せ、あの禅十郎の姉なのだから。
「まぁ、禅よりずっとまともな人だよ。頭が凄く良くて……」
「ちょっと待って雫、アレ…」
英美があることに気付いて雫の話を遮った。
「あれって、剣道部の主将だよね」
英美の視線の先には剣道部主将の司甲がおり、校門へ向けて歩いているところだった。
「本当だ」
「あれ、でも今日剣道部はお休みじゃないって聞いてたけど…」
「そうなの?なんか怪しいわね…」
何故剣道部でもない三人が司甲に関して気にしているかと言うと、話は新入部員勧誘週間に遡る。
達也が上級生から魔法攻撃などによる嫌がらせを受けていることを知ったほのかは、どうにかしたいと思った。
そこで禅十郎の一言を思い出した英美は犯人を見つけようと雫とほのかと共に美少女探偵団を結成したのである。
達也に嫌がらせをした犯人は複数であることは分かっており、後はその証拠を掴むだけ。
彼女達が見つけた襲撃者を調べてみると二科生の司甲であることが分かったのだが、このことに三人は疑問を抱く。一年生、それも二科生の達也に取り締まられるのを面白くないと思っているのが一科生なのは分かるが、同じ二科生が達也を襲撃することに違和感を覚えたのである。
しかし、同じ二科生で風紀委員をやっているのを気に入らないと思う人が少なからずいるかもしれない。だからと言って、一科生と二科生の間に溝が出来ているにも拘らず、それを棚上げにして手を組むと考えられられなかった。
結局その後、有力な情報も得られずに有耶無耶になってしまった。
だが、その司甲が奇妙な行動をしていた。何かあるのではないかと彼女達は奇妙に感じたのである。
三人は司甲を追跡することを決意するが、それと同時に一抹の不安を覚えた。
しかし魔法を使えば、どうにかなると思っており三人はあることを失念していた。
自分達は魔法師の卵であると同時にまだ未熟な高校生であるといことに。
生徒会も通常運転であるため、深雪も普段通り業務をこなすのであるが、今日だけは事情が違った。生徒会で取り扱っているものを中条が注文したのだが、どうもミスがあったらしく、深雪がお使いに行くことになったのである。
「お店はこちらでいいのかしら」
深雪は端末の地図を見ながら、道を歩いていた。
その佇まいだけで、街にいる人の目をくぎ付けにしていった。
そして店の前まで来たとき、深雪は視界の端であるものを捉えた。
(あれは……ほのか達だわ。何をしてるのかしら)
三人がこそこそと何かをしていることに気付いた深雪は不安を覚えた。
しかし、今はお使いの途中であるため、彼女は三人を心配しつつ店に入っていった。
買い物を終わらせ、学校に戻ろうとすると帰り道に意外な人物と出会った。
「篝君?」
「あれ、司波さんじゃん。今日も生徒会だろ。こんな所で何してんの?」
帰り道にある洋菓子店から禅十郎がひょっこり出てきたのである。
「ちょっと生徒会のお使いに。それより、篝君は横浜に行かなくていいんですか?」
「えっ、横浜?」
驚いていた顔をしている禅十郎に深雪は困惑した
「確か、篝君のお姉さんは横浜のチョコケーキを食べたいと言われたのでは…?」
「あー、なるほど。あのメールはそう言う意味じゃなくて……あ?」
禅十郎が話している途中で何かに気付き、深雪から視線を外した。
「篝君、どうかしました……」
か、と言い切る前に深雪も気が付いた。
耳障りな不可聴の騒音、サイオンのノイズを二人は感知したのである。
こんな街中でそんなものが流れる筈が無い。明らかに異常であると判断した二人は軽く目を合わせるとすぐさま走り出した。
この時、深雪は嫌な予感がしていた。
(まさか……)
自分の予想ができれば外れてほしいと切に願うのであった。
時間は少しだけ遡る。
司甲を追跡していた雫達だったが、途中で司甲が電話をし出したかと思うと、突然走り出した。
「気付かれた!?」
「わかんないけど、兎に角追うよ」
三人は慌てて、彼を追う。
だが、追いかけてみると辿り着いた場所は行き止まりであり、司甲の姿はどこにもなかった。
「いない……」
司甲は何処に行ったのだろうかと三人は辺りを見渡す。
その直後、彼女達の背後から突如バイクが数台現れた。
三人が驚くのも束の間、バイクに乗っていた男達は三人を囲むようにして、逃げられないように道を塞ぐ。
「何ですか、あなた達は!?」
ほのかの質問に答えることもなく、バイクから下りる男達。
「合図したら走るよ」
明らかに危険だと判断した雫は小さい声で二人に言う。
三人は気付かれないようにCADを待機状態にした。
「ふん、こそこそと嗅ぎ回りおって。我々の計画を邪魔する者は……」
「今っ!」
雫の掛け声で三人は走り出した。
突然走り出したことに男達は驚くが、彼らは女子高生が大人相手にどうこうできると思っていなかった。
「ただの女子高生だと思って……」
それが隙となり、英美が目の前の男達に向けて手をかざす。
「舐めないでよね!」
英美の移動魔法によって男達は吹っ飛ばされ、道が開いた。
「エイミィ!」
流石にやりすぎではないかとほのかは驚いた顔をする。
「自衛的先制攻撃ってやつだよ!」
そう言われて悩んでしまうが、背後から仲間の男達が三人を追いかけようとしているのを見て、ほのかもなりふり構っていられなかった。
「私も!」
ほのかも目くらましの閃光魔法を発動して男達の視界を潰す。
すべての男達を無力化したことでほのか達は全速力で走った。
三人は逃げ切れると思ったが、読みが甘かった。
「くそ、化け物め…」
倒れていた一人の男がそう言うと、指輪のついた手を三人に向ける。
「これでも喰らえ」
すると男の手から不可聴のノイズが発せられた。
そのノイズに当てられた三人は動きを止め、崩れ落ちるように倒れた。
(何これ、頭が痛い)
「ほのか……」
「……っ」
このノイズに苦しんでいるほのかを雫は見ていることしか出来なかった。
英美もかなり苦しそうである。
「はは、苦しいか魔法師。司様からお借りしたアンティナイトによるこのキャスト・ジャミングがある限り、お前達は一切魔法は使えない」
(アンティナイト……。どうしてそんなものを……)
アンティナイトは一般市民が手に入れられるような代物ではない。
そんなものをどうして彼らが持っているのか考えようとするが、キャスト・ジャミングによるノイズが気分を悪化させ、思考を鈍らせる。
雫達が無力化されると、数人の男達はナイフを取り出した。
「じゃあ、手筈通りに」
「ああ」
この時、雫達は殺されると思った。
意味もなく、理由も分からずに殺される。
ただ、友達の為に何かしてあげたい。そんな気持ちでやっていただけなのにどうしてこうなってしまったのだろう。
「誰、か……」
雫が振り絞るような弱い声で助けを呼ぶ。
だが、来るはずがないと諦めかけていた。
こんな場所に都合よく現れるヒーローなんていない。
それでも助けを求めてしまう。
男達がナイフを携え、雫達に近づいていく。
「我々の計画を邪魔する者は消えてもらう」
男の無慈悲な言葉を苦しんでいる雫達は聞きとることが出来ない。
「この世界に魔法は必要ない!」
男の一人が雫に向けてナイフを振り下ろす。
この時、雫は自分の死を悟った。
抗うことが出来ない今の自分はこの現実を受け入れるしかない。
そう諦め、目を瞑る。
だが、何秒か経っても一向に体に痛みがまったく感じられなかった。
代わりに感じることが出来たのは寒気だった。
一瞬、冬ではないかと間違えるほどの冷気が辺り一面を覆う。
「当校の生徒から離れなさい」
「ついでにその耳障りなノイズも止めろ。喧しいんだよ」
雫の耳によく知った二人の男女の声が聞こえた。
だが、どちらもよく知った声であるにも拘らず、まるで別人ではないかと疑うほど声色が違っていた。
一人は氷のように冷たい声で囁き、もう一人は声だけで分かるほどの怒気を含んでいた。
その直後、何かが割れる音がした。
「ナイフが……」
男が驚愕して、震えた声をあげる。
雫はゆっくりと目を開けると、目の前には根元から刃が消えたナイフを持った男が茫然と立ち尽くしていた。
他の男達も見てみると、同じような状況であり、手には刃のないナイフを握っている。
雫達はゆっくりと顔を上げ、男達と先程聞こえた声の方を見た。そこに立っていたのは二人の第一高校の生徒だった。
「もう一度言います。当校の生徒から離れなさい」
冷たい眼差しを男達に向ける深雪と、相手を殺さんばかりに睨み付ける禅十郎であった。
男達は二人のうち少女がナイフを壊したのだと気付き、それに驚愕した。
「バ、バカなこのアンティナイトは高純度の特注品なんだぞ。その影響下で魔法が使えるはずが……」
目の前の状況を飲み込めず、男達は混乱する。
「おい、もっと出力を上げろ!」
「無駄です。非魔法師のキャスト・ジャミングなど通用しません」
深雪は男達に向けて冷たく蔑むように言った。
「ハッタリだ。キャスト・ジャミングの影響下で魔法が使える筈が無い!」
狼狽える男に禅十郎は溜息をついた。
「バカかよ、お前。アンティナイトさえあれば、全ての魔法師を無力化出来ると思ってたのか? 無知にも限度があるだろ」
呆れるように言う禅十郎は、深雪に視線を向けた。
「司波さん、雫達の介抱は任せた。こっちは俺が『処分』する」
「分かりました」
深雪が頷くと禅十郎は雫達を襲撃した男達を睨みつけ、ゆっくりと歩き出す。
一歩進んだ瞬間、彼から尋常ではない気迫を発した。一歩、また一歩進むたびに、男達は禅十郎の気迫に押され無意識に後ずさりする。
男達は禅十郎に対して危険だと判断した。
「く、来るな……化け物」
「へぇ、化物……ねぇ? テメェらは俺達が人じゃないって本気で思っているわけか」
男の発した言葉を聞いた禅十郎は更に怒りをあらわにし、男達は悲鳴を上げた。
ナイフ以外の武器を所持していないために、男達は最早手の打ちようがなかった。
持ってきたアンティナイトも全く意味をなさいことを目の前で見せつけられてしまい、対抗する手段が彼らには残っていなかった。
先程まで雫達を追い込んでいた彼らは、今度は追い込まれる立場に変わっていた。
「く、くそぉぉっ!」
男の一人が自棄を起こし、禅十郎に殴り掛かる。
だが、その拳が禅十郎に届くことは無かった。
それ以前に殴る動作自体が出来なかった。
禅十郎近づいた瞬間、男の視界に映っていた景色が回る。次の瞬間、男は勢いよく近くの壁に叩きつけられ、後頭部を強打した。
「がっ!」
壁に叩きつけられた男はそのまま意識を失った。
「く、クソガキが!」
「やっちまえ!!」
残りの男達も揃って禅十郎に襲い掛かる。
狭い空間での一対複数。普通であれば、人数が多い方が勝つのは自明の理。まともな判断が出来ず、混乱した彼らは数で押せば勝てると思い込んでしまう。
しかし、男達の攻撃は一切禅十郎に当たらない。
代わりに一人、また一人と男達は禅十郎に投げ飛ばされる。軽く投げ飛ばされるだけであり、どうにか男達は受け身を取ってダメージを減らした。
「なぁ、魔法師は人間じゃないって何を根拠に言ってんだ?」
禅十郎は立ち上がる男に問いかける。
「う、うわぁぁぁぁぁっ!!!」
その問いに対する答えは狂気を孕んだ叫びだった。
殴り掛かる男を禅十郎は軽く左にずれて躱し、男の後頭部を左手で鷲掴みしてそのまま男の顔面を地面に打ち付ける。
「魔法をただの超常現象とか神秘的な力だとでも思ってるのか?」
再び禅十郎は意味のない質問を投げかける。
「くそぉぉぉっ!!」
立ち上がった二人目の男が再び禅十郎に殴りかかる。
「魔法はただの技術であり道具だ。魔法師はその道具を使いこなす能力がある者がなれる立場だ。野球選手や陸上選手、料理人や大工と何ら変わらない。能力があり、本気でなりたい者が目指すものだ」
男に聞こえているかは知ったことではないという態度で禅十郎は語る。
「魔法に対して恐怖を抱くことは分からなくもない。だが、それはお前達が知ろうとしないことが原因の一つだ」
雫達を解放していた深雪は禅十郎の言葉に耳を傾けていた。
「未知の存在を前にして抱く恐怖は、『何も知らない』為に対処できないことから生まれる感情だ。そして出てきてしまったものを無かった事にすることは現代社会では不可能に近い。だからこそ、その未知を『知識』とするために多くの人々が研究している」
体調が戻り始め、意識がしっかりし始めた雫達も禅十郎の言葉を聞いていた。
「今では書店に行けば、魔法の基礎理論を簡単に調べることが出来る。だというのに貴様等はそれをしようとしない。そして分からないくせに魔法師が魔法で利益を得ていることに反感を抱く」
そう言うと禅十郎は軽く息を吸ってこう言った。
「正直に言ってやる、バカだろテメェら」
呆れた顔をしている禅十郎に、男達は少しだけ冷静さを取り戻した。
「魔法師が簡単に魔法を使えると思ってんのか? スポーツ選手と同じで魔法師だって才能の優劣はあるし、知識がなければ碌に魔法も使えない。テメェらは表面上のことしか見ていないってことに何で気付かない」
「だ、黙れ……」
冷静さを取り戻した男の一人は言った。
「自分の都合の良い所だけしか見ようとしない。だからテメェらは本質を見誤る」
しかし、禅十郎は気にせず話し続ける。そもそも禅十郎は彼等に対して慈悲などはすでにない。故に現実を叩き込む。
「黙れ……っ!」
今度は大声を上げるが、その程度で禅十郎は臆することはない。
「そして最終的には理屈もへったくれもない『正義は我にあり』という精神ですべてを正当化する。自分達の行っていることが世間一般で言うテロ行為だということさえも忘れ、やがて誰かを傷つけることさえも正当化する」
「黙れぇぇぇっ!!!」
そして男は叫びながら禅十郎に殴り掛かった。
だが、無慈悲にも彼の拳は禅十郎に届くことは無く、男は他の者達と異なり禅十郎の頭よりずっと高く飛ばされた。
「俺からしてみれば、正しいことの為なら何をやってもいいって考えてるテメェらの方がよっぽど化け物だよ」
そして、落下してくる男に禅十郎は渾身の回し蹴りを叩き込んだ。
苦痛の声を上げて男は壁に叩きつけられ、意識を刈り取られた。
はい、いかがでしたか
禅十郎に少し無双をさせてみました
上手く書けたかどうか心配です
そろそろ終盤に差し掛かり、どのような形で禅十郎が関わっていくか
今後の展開をお楽しみ!
それでは今回はこれにて!