ルシウスにありのままの自分を好きになってもらおうッ! と決意したヴィヴィオだが、しかしどうすれば良いのかはサッパリ分からない。当然だ、ヴィヴィオはまだ幼く、そんな経験はない。
ならば誰かに相談しようとなるのだが、ヴィヴィオには頼れる相手が殆ど居なかった。
一番始めに候補に上がったのは、八神家のヴィータだ。
彼女は純粋な人間ではなく、歳を取ることがない。ならばヴィヴィオと似たようなシチュエーションも経験した事があるのではと考えたが、却下とした。
あの主が命の守護騎士たちが恋愛なんてヴィヴィオにはまるで考えられなかった。
それに、ヴィヴィオは知らぬことだが、そもそも恋愛感情というもの自体が備わっているかも疑わしい。主と書を守る守護騎士に、恋愛感情など邪魔にしかならない。若い女性を象っていれば尚更に。今代の主の元で穏やかな生活をして、確かに人間らしくなった守護騎士だが、あくまでもらしく、なのだ。
色々と悩んで、次に候補に上がったのは、
しかしこれも即座に却下した。
エイミィは遠く離れた別世界に住んでいる為、ヴィヴィオとは滅多に会うことがない。ヴィヴィオとは親戚のお姉さん程度の繋がりだ。率直に言えば、恋愛相談できる程の仲ではなかった。
次に候補に上がったのは、ルーテシアだ。
しかしこれも即座に却下した。
ルーテシアはわりと口が軽い。ヴィヴィオはまだ事を大きく広めるつもりはないのだ。広めるならば、王手をかけてから。相談なんてできなかった。
それにヴィヴィオは、実はルーテシアがキャロとの水面下での戦争に敗北した事を知っている。やはり六課の一年間は長かったのだ。
そんなルーテシアに相談するのは、言ってはなんだが、縁起が悪い。
ならばキャロはどうかとなる訳だが、キャロは
それに、キャロは勝者でこそあれ、そのバトルスタイルはヴィヴィオとは違うと感じていた。ヴィヴィオは文系頭脳プレイヤーなのだ。
他にも色々と候補を考えたが、どれも候補から先には上がれない。聖王教会関係は、この間の件もあって却下だ。管理局関係は、所詮は母を通じての繋がり。お世話になっていても、プライベートな相談をしたいとは思えなかった。
要するにヴィヴィオは手詰まりだったのだ。
ちなみに、
あの二人に相談するのは、なんというか、何か致命的な部分でダメな気がするのだ。
「それで、私ですか……」
「いいじゃないですか。むしろ後輩に相談されるなんて光栄なことじゃありませんか。アインハルトさん」
そう、結局ヴィヴィオが選んだのは、アインハルトだった。
二人は現在、学校の近場にある兎の喫茶店のテーブル席で向かい合っている。
「しかし、なぜ私なのですか? 私には色恋の経験は……」
「ありませんよね? わかってます、それくらい」
「……私はそんな事にかまけている暇はありません。覇王の悲願を達成するためにも、遊んでいる暇などないのです」
「相も変わらぬ武装色ですねぇ」
そういうヴィヴィオは覇王色だと自負している。
「しかし実際、私が相談事に適していない事は自覚しています」
「……色々考えて、アインハルトさんしか居なかったんです」
的確なアドバイスが得られるかは別にして、アインハルトはある意味、ヴィヴィオが相談する相手としては適していた。
アインハルトは口が硬い。まず、学校でほぼボッチのアインハルトには、話せる相手がいないのだから。
その上、母の繋がりありきの知り合いではない為、ヴィヴィオの周りの人間に話が広がりにくい。
しかも、面倒なしがらみは殆どない。覇王の子孫と言っても、それはなのはの故郷である日本で言うところの戦国武将の子孫程度の意味しか持たない。それがどんなにビックネームでも、ヴィヴィオと聖王教会のように現在まで続くしがらみはないのだ。中には当然、現在まで力を持つ家もあるが、アインハルトはこの限りではなかった。
それに、アインハルトはヴィヴィオの周りで大人モードを使う数少ない一人だ。もしかしたら似たような経験があるかもしれない。そうでなくとも大人モード歴はアインハルトが先輩なのだ。何か得るものがあるかもしれない。そう考えての人選だった。
相談にかこつけてアインハルトと二人で会いたいという気持ちが無いといえば嘘になるが。
「まぁいいでしょう。本来ならば一刻も早く鍛練に戻りたい所ですが、後輩のワガママを聞くのも先輩の努めということです」
憎まれ口ながらに、少し気恥ずかしそうで、どこか嬉しそうなアインハルトだ。
貴女しか居ないと言われれば、悪い気はしない。
「なんだかんだ言いながらお願いを聞いてくれるツンデレハルトさんのこと、わたし、好きですよ」
「人をアホみたいな名前にするのは止めなさい」
こう言いながらもアインハルトはそっぽを向いている。不意に好意を告げられて恥ずかしかったのだ。
だから、恥ずかしそうにするアインハルトを見てニヤニヤしているヴィヴィオには気がつかない。
「ご注文はお決まりですか?」
そこに、頃合いを見計らったのか店員が注文を取りに来た。頭に白いもふもふした生物を乗せた若い女の子だ。
「あ、はい。じゃあわたしはオリジナルブレンドでお願いします。あと、特性パンケーキもッ!」
「……同じものを」
「かしこまりました。しばらくお待ち下さい」
下がって行った店員を見送ると、本題に入る。
「それで、男性を籠絡する方法でしたか……」
「いやまぁ、そう聞くと凄く下世話な感じですけど、そんな感じではあります」
「しかし、そうであれば尚私には分からないのですが……」
「そんな事言ってアインハルトさんがモテること、わたし知ってるんですよ!」
「そんな事実はありません」
「そんなはず無いですけどねぇ……」
事実としてアインハルトはモテる。ただ、彼女の人を寄せ付けない雰囲気が、話しかけづらくしているだけで。しかしそんなアインハルトの態度は一層、彼女を高嶺の花にしており、その噂は初等部のヴィヴィオの元まで届いている。知らぬは本人ばかりだ。
こんな風にしばしば雑談を挟みつつも、二人の相談は三時間に上った。
結局アインハルトと相談しても、これといって具体的な案は出なかった。
変わりと言ってはなんだが、アインハルトは思いの外男性について良く知っていた。
しかしそれも少し考えてみれば当たり前の事で、アインハルトには先祖の、覇王の記憶がある。ご丁寧にその想いまで受け継いでいる。確かに完全な形の記憶継承ではないのだが、それでも男性の気持ち、というものを理解する上での大きな手助けとはなっていた。
少し脱線するが、話を聞いていてヴィヴィオはひとつ、考えてしまった事がある。
アインハルトは記憶の中で男性のモノを見たこともあるだろうか、と。
その上覇王は結婚したのだ。
ならば王妃との行為を記憶に見る事もあったのかもしれない、と。
非常に気になったヴィヴィオだが、流石にそこまでは聞けなかった。
ちなみにヴィヴィオはフェイトが聞かせてくれた、子供はコウノトリが運んでくるなんて話は信じていない。
ヴィヴィオは以前、なのはの部屋にあったお洒落なお洋服が載った雑誌をこっそり読んでしまったことがある。綺麗な女の人が着飾った姿にヴィヴィオは憧れて、次へ次へと読み進めていく。すると、とある特集の見出しが目に留まったのだ。
『今からでも遅くない! 始めての時にカレと楽しむ体位100選』
ヴィヴィオは一通り読んで、酷くカルチャーショックを受けたものの、そっと元あった場所に戻しておいたものだ。
閑話休題。
とりあえず、ルシウスと会うときは暫く、今まで通り大人モードも使おうとヴィヴィオは決めた。その上でゆっくりと子供のヴィヴィオも好きになってもらう。
なのはとは大人モードを魔法や武術の練習や実践だけに使い、イタズラや遊びには使わないと天と星に誓って約束している。けれど、ヴィヴィオは真剣なのだ。これはイタズラに使っている訳ではないし、実践のようなものだ、となのはとの約束を恣意的に解釈した。
ヴィヴィオにはこれが詭弁でしかない事が分かっているし、自分を信じてくれたなのはや騙す形になるルシウスに申し訳ない気持ちもある。気付かずにやるのと分かっていてやるのは違う事も理解している。
けれど、それでもヴィヴィオには譲れなかった。罪悪感には屈しなかった。
後でいくらでも謝ろうと思う。大人モードはダメだと言われたら封印しても良い。けれど
ーーーー今だけは許してください……
もしかするとこれが、母を愛する娘の、親離れの第一歩なのかもしれない。
■□■□■□■□
ルシウスは格闘技選手として、自分の状態を把握する術は持っている。
そんな彼は、現在自分が程よい緊張状態にあることを感じ取っていた。
彼はこれからヴィヴィオとクラナガンに出かける予定なのだ。要するにデートである。
ルシウスとてデートの経験くらいある。ただ、その相手がヴィヴィオだと考えるとどうにも落ち着かない自分がいるのだ。
ーーーーやっぱりそういう事だよな、これ。
ルシウスは自分を客観的に見て、そう判断した。
ルシウスは特別に鈍感な訳ではない。
改めて自分の気持ちも理解したし、ヴィヴィオからの好意もなんとなく察している。
彼も武道に身を置いている以外は普通の男子、気になる女の子とのデートともなれば嬉しいものだ。
すると、待ち合わせ場所の列車駅に少女がやってきた。
金の髪に異色の虹彩。ルシウスを見て嬉しそうに笑うその顔は太陽のようだ。
待ち人であるヴィヴィオが彼の元に駆けてくる。今日は普段の練習着とは異なり、よそ行きの格好でお洒落していた。白いワンピースの上に薄いカーディガンを羽織っただけの格好はシンプルながら、素材の良さが際立っている。
お嬢様のような格好をしたヴィヴィオは、まるでどこかのお姫さまのようだ。というか、聖王さまだ。
とりあえず、今朝もあった訓練の時に比べても見違えるように清楚に見えるヴィヴィオ。普段の活発な彼女とは見違えた姿に、ルシウスはなんとなく照れくさくなる。
「さっきぶり、ヴィヴィオ」
「はい、さっきぶりです! あの、お待たせしちゃいましたか?」
「いや、今来た所だ。気にしなくていいよ」
「えへへ。それは良かったです!」
ヴィヴィオは本気で安心している。どうやらお決まりの定型文として言ったわけではないようだ。
しかし、いつもと違う服装に、違うシチュエーション。改めてデートすることを理解して、ルシウスの心臓の鼓動が少し跳ねた。
「……? どーしましたか?」
「いや、なんでもない。その格好も似合ってるよ」
「え……? あっ……」
ルシウスの素直な言葉に途端に恥ずかしそうに身をよじったヴィヴィオだが、次第にとても嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとうございますっ。ママにお洒落着を借りてきちゃいましたっ!」
当然、こっそりと。
「へぇ、仲いいんだな。……じゃあ行こうか」
「はいっ!」
そうしてヴィヴィオを先導するように歩き出したルシウスだが、少し歩くとさっそく違和感に気がつく。
「……あれ?」
「どうしましたか?」
ヴィヴィオの声が先程までよりも下から聞こえてきたのだ。
不思議に思い振り向いたルシウスは驚いた。
「 ……い、いや、ヴィヴィオ、いきなり小さくなったよね……?」
「えへへ、びっくりしました? わたし、変身魔法が得意なんです!」
「……へぇ。器用なモノだなぁ」
ヴィヴィオも嘘はついていない。どちらが本当の姿かを言っていないだけで。
「しかし、なんでいきなり?」
「うーん、えーっと……ひみつ、です。ふふっ」
そう悪戯っぽく微笑むヴィヴィオの顔が、ルシウスには何故かどことなく蠱惑的に見えた。
幼くなったヴィヴィオにそんな事を感じるなんてどうかしている、とルシウスが自分で自分を訝しんでいると、そっとルシウスの左手に温かい何かが触れる。
ヴィヴィオがそっと指を絡めていた。
「ヴィ、ヴィヴィオ……?」
「いいですよね?」
「いや、いいけど。今日ずっとその姿でいる気か?」
「そんなことないですよーっ!」
ヴィヴィオはルシウスの目の前で見慣れた何時もの姿に戻る。
二人の手を絡めたままで。
ルシウスはその光景に、小さなヴィヴィオと大きなヴィヴィオが同一人物だと強く印象付けられた。
ヴィヴィオにいきなり手を繋がれた事も、いつもと違う姿だということもあってどこか現実味を感じていなかった部分もあった。
要するにいきなり小さくなったヴィヴィオに少し混乱していたのだ。
そんな彼女は繋いだままの手を見つめて二度三度とにぎにぎすると、満足げに笑った。
しかしルシウスも困惑するばかりでもない。気になる女の子と手を繋げれば普通に嬉しいものだし、取り乱す程にウブでもない。
「何がしたいのか良く分からんが、まぁいいさ。今度こそ行こうか」
「はいっ♪」
二人はそのまま、再び歩き出した。
「くふふ」
そんな二人を遠くから見つめる影。
何かが起こりそうな、そんな危険な色を孕む笑い声が漏れている。