高町ヴィヴィオの初恋   作:ごまさん

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はじめまして

 

ヴィヴィオとアインハルトの試合の時間が刻一刻と近づいている。

ヴィヴィオは試合開場としてノーヴェやスバルが用意してくれた今回の試合会場であるアラル港湾埠頭の廃倉庫区画に居た。

ノーヴェに手伝ってもらい、ゆっくりと身体を伸ばしている。

考えるのはアインハルトの事。アインハルトは旧ベルカ王家の王族、覇王イングヴァルトの末裔らしい。覇王と言えば、ヴィヴィオでも知っているビックネームだ。ベルカ争乱末期の頃、具体的にはゆりかごが飛んだ後に聖王連合の体制側として他国の鎮圧に貢献した王。その圧倒的な戦いぶりから、覇王と呼ばれて恐れられたとか。アインハルトはその純血統として力を受け継いでいるだろう上に、いかなる秘術か受け継いでしまった先祖の記憶に基づいて鍛練を積んでいるようだ。

その記憶が原因で生き急ぐように強さを追い求める生活をしているらしい。

確かに幼い頃から先祖の、それも血生臭い戦乱の記憶なんて物があれば歪んでしまうのも無理はない。

それを考えるのとアインハルトは随分とマトモに育ったのだろうし、同情する余地はあるだろう。

 

ーーーーでもそれとこれとは話しは別だよね。

 

確かにアインハルトは強い。ヴィヴィオよりも長い年月を格闘技に注いできたのは伊達ではない。

実際最初はヴィヴィオは今回の試合でアインハルトに、自分が格闘技(ストライクアーツ)に本気で取り組んでいる気持ちを届けられれば良いかと考えていた。ある種の諦めが先行していた。

しかしそれではダメなのだ。ルシウスに訓練を付けてもらって、話を聞いて、本気でヴィヴィオの相手をしてくれる彼を見て思ったのだ。

それはヴィヴィオを信じてアインハルトとの試合を託してくれたノーヴェにも、ヴィヴィオの勝利の為に特訓してくれたルシウスにも、そして戦ってくれるアインハルトにも失礼なことだと。

ノーヴェの、ルシウスの弟子として、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの娘として、そして一人の格闘家である高町ヴィヴィオとして負けられない。

やるからには、勝つ。

アインハルトは素直に凄いと思う。尊敬しよう。称賛もしよう。

でも勝つ。

売られた喧嘩は高値で買おう。それが一格闘家としてのプライドだ。

もう二度と趣味と遊びだなんて言わせない。

 

ーーーーわたしをみくびった事を後悔させてやるんだから!

 

この時がヴィヴィオに初めて明確な勝利への執念、必ずや相手を打ち倒すという気概が生まれた瞬間だった。

これがルシウスの話の影響を受けていないと言えば嘘だ。

しかしヴィヴィオはあの後に色々と考え抜いて、自分で出した答えなのだ。

すると、クリスがメールの受信を伝えてきた。どことなく誰から送られてきたのかを直感しつつ、メールを開く。

そこにはただ一言。

 

ーーーー勝て

 

ヴィヴィオは好戦的に頬をつり上げた。

 

 

試合開始の10分程前。

アインハルトが廃倉庫群に姿を表した。

 

「アインハルト・ストラトス、参りました」

 

するとヴィヴィオがアインハルトに深々と頭を下げる。

 

「来ていただいてありがとうございます、アインハルトさん」

 

そんなヴィヴィオを困ったように見るアインハルトだが、しかし次第に顔つきが変わっていく。

顔を上げたヴィヴィオの顔つきがこの間と全然違うのだ。確かに以前と同じく試合を楽しむような雰囲気こそある。しかしその表情はほんの一週間前までは感じなかった貪欲に勝利を求める者、戦士の表情だとアインハルトの記憶が告げるのだ。いかなる心境の変化なのか、あるいはこれが彼女の本来の姿なのか……

何れにせよアインハルトには願ってもない事だ。

アインハルトの目標は未だ変わっていない。確かにノーヴェ達に捕まってからは以前のように闇討ち紛いの決闘こそ仕掛けていないが、しかし古きベルカのどの王よりも覇王である己が強いことを証明するという思いに変わりない。かつて己が弱かったせいで大切な人を守れなかった後悔に苛まれ、なお苛烈に生き抜いた覇王の悲願。数百年もの間積み重ねられてきたその想いは未だ拭えてなどいない。

強さの証明をこそ目標にするアインハルトにとって、誰よりもそれを証明したい相手の血を継ぐヴィヴィオがやる気になってくれるのは望ましい事だ。

しかし、だからこそ気は抜けない。

覇王の悲願を叶える為にも、彼女に負ける訳にはいかないのだ……

 

そう決意を新たにするアインハルトと今までになく好戦的に見えるヴィヴィオに軽く困惑したようなノーヴェが、しかし気を取り直すように言葉を発した。

 

「ここな、救助隊の訓練でも使わせてもらってる場所なんだ。廃倉庫だし許可も取ってあるから安心して全力出していいぞ。あと、やけにやる気みたいだからあらかじめ言っておくけど、危険だと思ったら止めに入るからな」

 

それを聞いたヴィヴィオは苦笑していた。

ノーヴェは心配性だな、とか考えているようだ。しかしヴィヴィオにもいつになく熱くなっている自覚があるので、素直に頷いておく。

 

「わかったよ、ノーヴェ。ありがとう」

 

「はい、異存ありません」

 

アインハルトも素直に頷いた所で、戦闘準備に入る。

成長した姿に変わったヴィヴィオに、アインハルトは少し驚いた。

 

ーーオリヴィエにそっくりです。一部はオリヴィエよりもずっと大きく成長しているようですが……

 

ヴィヴィオの胸元辺りを見て、オリヴィエが聞いたら無言で殴り飛ばされそうな事を考えつつ、アインハルトも姿を変える。

試合前でコンディションを整えてきたアインハルトは驚きを表に出したりしない。

 

「今回も魔法はナシの格闘オンリー、5分一本勝負。それじゃあ試合ーーーー開始ッ!」

 

 

戦闘が開始されても両者構えるだけで動かない。隙を伺っているのか、様子を見ているのか。しかしアインハルトに隙は見当たらず、堂々とした構えだ。ヴィヴィオはアインハルトの威圧感に少し怯む。

 

ーーーーこの間とは全然ちがう。凄い威圧感。一体どれくらいどんな風に鍛えてきたんだろう?

 

しかし。

 

ーーーーだからって負けるつもりはないんだけどねッ!!

 

自分を鼓舞したヴィヴィオの真っ直ぐな拳がアインハルトに向かう!

アインハルトがハードヒッターである事はこの間のスパーリングでも見たし、ノーヴェにも確認を取った。

そんな相手に殴り合いをするつもりはない。相手の土俵に乗ってあげるつもりない。

狙うは一点のみ!

 

「ハッッ!!」

 

ヴィヴィオの拳を片腕で払い、自らの拳を突きだ出すアインハルト。

しかしヴィヴィオは体制を変えるだけでスルリと避け、アインハルトに反撃する。

 

「はあぁぁぁッ!」

 

その拳はカウンターの要領で、アインハルトの胸元中央にヒットして、アインハルトを吹き飛ばした。

これは試合だ。倒れた相手への追撃は許されない。よってヴィヴィオは息を整えつつ、手足を解している。

アインハルトも胸の痛みを堪えてのんびりと立ち上がりつつも、己が高揚しているのを感じていた。

 

ーーーーなんて胆力ッ!!

 

下手したら一撃でKOしかねない避け方だった。あんな事を出来るのは、異常者か、ハードヒッターとの戦いに慣れた者くらいだ。

しかしこれでヴィヴィオの戦闘スタイルも見えてきた。彼女はカウンターヒッター、相手の動きを見切り、耐え凌ぎ、ここぞという所で叩き込む。しかもあのギリギリの避け方ならば通常よりも相手の隙を多く見いだせるだろう。アインハルトには少しやりにくい相手だ。

しかしそんな事は関係ない。今まで戦ってきた者の中にも似たような戦いをする者はいたし、そういった者たちを悉く倒してこそ覇王流の強さを証明できるのだ。

幸い咄嗟に胸元に魔力を多く回して、ダメージを軽減できた。一度見たからにはもう容易く食らってやるつもりはない。

 

「……ふぅ、失礼しました。貴女の事をまだ見誤っていたようです。もはや慢心はありません。貴女にはもはや覇王流に食われる未来、それしかありえません」

 

「アインハルトさんも言いますね、カウンター貰っておいてぬけぬけと。そういうのを何ですか、恥知らずっていうんでしたっけ?」

 

アインハルトの強気な言葉に、ヴィヴィオも口撃仕返した。

もしかしたら一週間前の件から少し鬱憤が溜まっているのかもしれない。

 

「……貴女には先輩に対する敬意が足りないようです。あの程度のカウンターで調子に乗るなど、ここは一つ教育(調教)してあげるのが貴女の為でしょうか」

 

「あはは、いえいえ、結構ですよ。敗者に教わる事なんてありませんから」

 

「…………」

 

「…………」

 

ーーーードガンッッ!!

 

ビキビキと青筋を立てた二人の拳が合わさって、爆発するような音と共に、衝撃で地面が砕けて土煙が舞った。

土煙の中からは激しい音がなり続けている所からして、二人はまだ殴りあっているのだろう。

因みに先程のやり取りを聞いていたオーディエンスの面々は、ヴィヴィオらしからぬ台詞にドン引きしていた。

因みにノーヴェは色々と気に食わない事が多過ぎて、ブチブチと青筋を立てている。ルシウスとの特訓を知らないノーヴェには、ヴィヴィオの戦い方が危なっかしく見えて仕方がないのだ。

暫くすると土煙が晴れてきて、未だに殴り会う二人の姿が露になる。二人ともボロボロだ。一つ一つの傷はヴィヴィオの方が大きいが、アインハルトの方が負った傷は多い。結果として二人のダメージは同じくらいのようだ。

一週間前には手も足も出なかった相手にここまで奮戦するヴィヴィオに、観客の驚きは止まない。

 

断空拳を放つ隙がない……

アインハルトは決めきれないでいた。彼女の文字通りの必殺技である断空拳さえ決まればヴィヴィオを落とせる確信があるのだが、いかんせんアインハルトの断空拳は隙が大きい。かつてベルカに覇を成した覇王イングヴァルトはノータイムで全ての攻撃を断空にしていたが、流石にアインハルトはまだその境地に達していない。

下手に断空拳を出してカウンターされれば、断空拳の威力が大きい分アインハルトも一撃で落とされる可能性があった。

しかしこのままだとマズイのも事実。やはり最初にモロに貰ったカウンターが痛手だった。今更になって効いてきている。

しかしーーーー

 

決定打が打てない……

一方でヴィヴィオも割と手詰まりだった。

ただでさえアインハルトの方が技量でも体力でも勝っているのだから、長期戦になって辛いのはヴィヴィオも同じだ。

アインハルトに入れた最初の一撃が効いているようだが、それ以来警戒されているのか、大きな隙を見いだせない。

ヴィヴィオの弱点は自分から決めに行く決定打を持たない事だ。当然何れ克服するにせよ、現状無いものは仕方がない。もちろん思いっきり殴るなり蹴るなりして上手く入れば倒せるだろうが、そんなテレフォンパンチが通用する相手じゃない。

でもーーーー

 

「「勝つのはわたしだッッ!」」

 

アインハルトは決めに行くつもりなのか、大きく力強い突撃(チャージ)をした。今までにない速度だ。

そのまま殴りかかるも、ヴィヴィオに避けられることは分かっている。しかしヴィヴィオはいきなり変わったテンポに、体勢を崩した。

アインハルトはその瞬間、断空の構えを取り、それをうち放つーーーー

瞬間、ヴィヴィオの口元がほくそ笑むように歪んでいるのが見えた。

 

ーーーー読まれたッッ!

 

しかしもうアインハルトは止められない。

このまま行くしかない!

 

覇王 断空拳!!

 

その瞬間!

ヴィヴィオが断空拳の軌道を呼んで、カウンターを放ってくるのがアインハルトにはやけに鮮明に見えた。

 

ーーーーこのままでは負ける……

 

負ける?

覇王たるこの私が?

こんな所で負けていて、私は再びベルカの天地に覇を成すことができるのか?

こんな所で負けていて、彼女を守ることができるのか?

 

ーーーー否、断じて否ッ!!

 

ここでヴィヴィオ(オリヴィエの複製体)に負けては、あの時の二の舞だ。

彼女の笑顔を曇らせることすらできないほどに頼りないアインハルト(クラウス)のままだ。

 

ーーーーだからこそ、私は負ける訳にはいかない!!

 

アインハルトは咄嗟に断空拳を中断した!

しかしその為に練り上げられた力は既にヴィヴィオに向けて放たれている。

故に、中断された断空拳の力は行き場を失って、アインハルトの体を爆発的な力で押し出した!

まさかのアインハルトの自爆特攻に驚いたヴィヴィオは、対応できないままだ。

むしろカウンターを放つつもりで勢いを前に乗せてしまってすらいる。

そして爆発的な勢いのアインハルトとヴィヴィオはついにーーーー

 

ゴチンッッ!!

 

額と額でぶつかり合った。

二人はもんどりうってもつれ合いながら転って行き、ヴィヴィオの背後にあった廃倉庫にぶつかって止まった。

 

 

「「ヴィヴィオッッ!」」

「「陛下ッッ!」」

 

凄まじい勢いですっ飛んで行った二人に、周囲は大慌てで駆け寄っていく。

ヴィヴィオもアインハルトも子供の姿に戻っている。

気を失って目を回しているヴィヴィオに重なるように倒れていた妙に顔が赤いアインハルトがよろよろと立ち上がろうとして、駆け寄ったティアナに肩を押さえられて、膝の上に寝転がされる。所謂膝枕の体制だ。

因みにヴィヴィオもディードに膝枕されている。特に大きな怪我は無いようだ。

 

「貴女もフラフラなんだから、じっとしてなさい」

 

「はい、ありがとうございます……」

 

実際アインハルトも限界だ。大人しくティアナの言葉に甘えざるを得ない。

 

「まったく……無茶苦茶しやがって」

 

ノーヴェが怒りを通り越して呆れたように言う。

スバルがそれを宥めている。

 

「でもほら、二人とも怪我は無かったんだし……」

 

「そういう問題じゃねぇ!」

 

「そうだよねぇ……」

 

しかし直ぐに折れた。スバルにも二人の戦いは危なっかしく見えていた。

 

「アインハルト! お前ヴィヴィオが起きたら一緒に説教だからな!」

 

「……はい」

 

アインハルトとしても最後の突進は危なかった自覚があるので何も言えない。

そんなアインハルトを見て反省していると受け取ったのか、ティアナが取り成してくれた。

 

「まぁそれはもう少し落ち着いてからにしなさい。アインハルトもフラフラなんだから」

 

「……ああ、分かったよ。アインハルトも少し休んどけ。ティアナの膝枕なんて滅多にないぞ?」

 

「ちょっと! ノーヴェッ!」

 

そんな声を聞きながら、アインハルトは意識を落として行った。

 

 

アインハルトをオットーに任せて、少し場所を離れたティアナとノーヴェは顔を見合わせてため息をつく。

 

「で、あれはどうなってんのよ? ヴィヴィオってあんなに勝ちに拘る子じゃ無かったと思うんだけど」

 

「ああ、それは私も気になってた」

 

「何か心当たりは無いの?」

 

「……正直、一週間前はあそこまでじゃ無かった、と思う。だとすると一週間前のアインハルトの態度に腹が立ってってのも考えられなくはないけど、ヴィヴィオがなぁ……」

 

「そうよね……まぁ勝ちたいって気持ちは悪いものじゃないとは思うけど。私も人の事は言えないしむしろ二人には共感できるんだけどね」

 

六課時代のティアナは今よりずっとヤンチャだった。

それは今のアインハルトやヴィヴィオに通じるものがある。

 

「まぁな……ただ問題なのは、ヴィヴィオが明らかにハードヒッターと戦い馴れていた事なんだよな……どこで覚えてきたんだか」

 

ティアナはそれを受けて、少し考えるそぶりをとる。

 

「……ヴィヴィオの友達のリオって子は? 確かあの子もハードヒッターに近いでしょ?」

 

ヴィヴィオは聖王教会の最重要人物だ。そんなヴィヴィオに近しい人間は聖王教会でも管理局でも調べあげている。ティアナはヴィヴィオに個人的に近しい人間として、それを確認する機会があった。

 

「……いや、それはないな。言っちゃ何だが、リオじゃまだアインハルト役としては役者不足だ。冷静に考えると、ヴィヴィオのアレは格上のハードヒッターに慣らした動きだ」

 

八神家のザフィーラ等の可能性もあるが、彼が稽古を付けていたなら例えヴィヴィオが秘密にして欲しいと言っていたとしても、余程の理由がない限りなのはには連絡が行くだろう。子供に見えない所での大人同士のやりとりなんて、そんなものだ。

 

「要するにヴィヴィオに知らない誰かが稽古を付けたって事ね?」

 

「可能性、だな」

 

ザフィーラが稽古を付けていて、それをティアナやノーヴェが知らないだけならば良い。

しかし、誰とも知れない人間がヴィヴィオに近づいていたら問題だ。

ヴィヴィオの周りで何か問題が起きるなど、あってはならない事だ。もし何か事が起きては、責任問題に発展する。

なのはが親になる事だけでも聖王教会にかなりの無理を通しているのだ。しかしヴィヴィオがなのはに懐いている事と、なのはや後見人のフェイトの実力を勘案して、いざという時に盾になる(もちろん比喩的な意味で)という条件でどうにか認めさせる事ができた。その裏でははやてやカリムなどが相当尽力している。

だからもしもヴィヴィオの身に何かあれば、流石のはやてやカリムでも庇いきれないだろう。最悪なのはとヴィヴィオが引き離される恐れすらある。

 

「……はぁ。なのはさんに何て言えばいいのよ。貴女の娘さんに悪い虫が付いてます、って?」

 

「……可能性、だから」

 

気休めのようなノーヴェの言葉など耳に入らない。後でなのはに会いに行く事を考えて、憂鬱になるティアナとノーヴェだった。

 

 

戻ってきたティアナがオットーに礼を言って、アインハルトを受け取る。律儀な事に、また膝枕をして。ティアナはどことなく昔の彼女に似ているアインハルトを思いの外可愛がっているようだとスバルは感じて微笑ましくなる。怒鳴られるだろうから口には出さないが。

暫くすると、アインハルトが起き出してきた。休んだことで、大分回復したようで、少しフラついているが自分で立ち上がり、まだ眠っているヴィヴィオの側に近づいた。

それを見てノーヴェが問いかける。

 

「で、ヴィヴィオはどうだった?」

 

するとアインハルトはどこかバツが悪そうに、

 

「彼女には謝らないといけません。先週は失礼な事を言ってしまいましたーー訂正します、と」

 

「そうしてやってくれ、きっと喜ぶ」

 

アインハルトはヴィヴィオの寝顔を見て思う。

彼女は覇王(わたし)の期待に応えてくれた。

そして、アインハルト(わたし)も、また彼女と戦えたらと思っている。

正直、あんなにワクワクする試合はアインハルトにとって生まれて初めてだった。

アインハルトはつい眠るヴィヴィオに近づいて、その小さな手を取る。

 

「はじめまして……ヴィヴィオさん。アインハルト・ストラトスです」

 

 

 

 

「知ってます!」

 

 

 

 

いきなり目を見開いたヴィヴィオがガバッと上体を起こして放った言葉。あまりにもいきなりな事に、アインハルトは目を見開いて口をパクパクさせている。

どうやらヴィヴィオは試合を通してアインハルトを好敵手(ライバル)のような存在として意識したらしい。確かにライバルにへりくだる奴はいない。

するとヴィヴィオはニヤニヤし始めた。

 

「どうしましたか、アインハルトさん。自暴自棄の自爆特攻で頭打っておかしくなっちゃったんですか?」

 

「な、な、な…………」

 

アインハルトは言葉も出ない。ただ顔を真っ赤にしている。

 

「それにしても、アインハルト・ストラトスです、なんて。知ってますよ、そんな事。あれ、これはチキン脳のアインハルトさんの為にわたしも名乗った方がいい場面ですか? 高町ヴィヴィオです。これでいいですか?」

 

次第にアインハルトにも試合の時の感覚が戻ってきた。こいつは敵だ。必ず、この舐めくさった後輩を躾てやる必要がある。

 

「何を偉そうな事を言ってるんですか、敗者のくせに。負け犬が何を言っても遠吠えにしかなりません。敗者は隅っこでウジウジと縮こまっていればいいんです」

 

「まけてませんー! アインハルトさんが自爆特攻してこなければ勝ってたのはわたしですー! それにどうせ直ぐには起き上がれなかったんでしょ? なら試合のルールに照らせば引き分けですよね、ひきわけ!」

 

「勝負の世界にたらればを持ち込むとは、とんだ甘ちゃんですね。この試合は私の勝利、まぁどんなに甘く見積もっても引き分けでしょう。そしてヴィヴィオさんの戦法は見抜きました。これから先、私とヴィヴィオさんの間で試合があるとすれば、あなたに勝ちの目はありません!」

 

「それはありえません。次にアインハルトさんに自爆特攻されても避ける自信がありますから。自爆特攻とテレフォンパンチしか能のないアインハルトさんに負ける道理がありませんね!」

 

「「ぐぬぬッ!」」

 

睨み合うヴィヴィオとアインハルト。

リオとコロナ、元ナンバーズは見たことのないヴィヴィオの罵詈雑言に唖然としていた。

ノーヴェは頭が痛そうに額を押さえ、ティアナはどことなくニヤニヤしている。スバルはヴィヴィオの年相応とも言える態度に微笑ましそうにしていた。

するとヴィヴィオがニヤついた表情をした。何か良からぬ事を企む表情だ。しかしどことなく顔が赤らんでいることに、ティアナとスバルだけが気付いた。

 

「そういえばアインハルトさーん、わたしアインハルトさんの自爆特攻のせいで立ち上がれないんです。どこか休める場所まで連れて行ってください」

 

「は、はぁ!? どうして私が……」

 

「アインハルトさんのせいなんですから、当たり前じゃないですか! 責任取ってくださいよ、責任!」

 

「……い、いいでしょう。敗者に手を差し伸ばすのも勝者の務めです。さぁ、どうぞ」

 

「はい、よろしくお願します」

 

そう言ってアインハルトの胸元に手を回して、ヴィヴィオはキュッと抱きついた。

アインハルトのうなじ辺りに埋められたヴィヴィオの顔が嬉しそうに緩んでいる事を知る者はいない。

 

ヴィヴィオを背負って一行の先頭を歩き始めたアインハルトはふと、自分の唇に指をやる。

 

「責任、ですか。始めてだったのですが……私にも責任、取ってくれるんでしょうか?」

 

「何か言いましたかー?」

 

「いえ、何でもありません」

 

試合の終わりに吹き飛んだ際に触れ合った唇の感触を思い出し、アインハルトの顔が真っ赤になっているのに気がついた者は誰もいなかった。




※この小説は百合小説ではありません!笑

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