江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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決定

 朝食の内容は至ってシンプルだ。

 塩焼きされた魚に、缶詰めに入った枝豆。湖らしき場所から汲み取った水に味噌とわかめを入れた簡素な味噌汁。

 元の頃であれば簡単に用意出来るものが此処には並んでいて、けれど久し振りとも言えるまともな朝食に思わず涙腺が緩んでしまった。

 これらは恐らく輸送船を襲って入手した物なのだろうが、今は俺の倫理観などどうでもいい。

 ただそこに、確かな朝食の形がある。最早それだけで大抵の事は許してしまいそうな領域に至り、木曾同様響に向かって迷惑に思われる程に感謝した。

 尤も、実際に迷惑だと言ったのは曙だが。

 面子は揃い、食事も揃った。椅子も机も無いので地面に紙皿を置くだけになってしまったが、それは致し方ないことだろう。機会があれば俺も無人島生活の中で木製の椅子や机を作るべきかと少しだけ今後の未来を想起し、両手を合わせていただきますと皆で大空の元食事を開始した。

 魚は焼いてそのまま食うだけだったが、塩をまぶしたお蔭で何時も食べていたのとは別の様に感じる。

 資源も食べていたしな。それの影響もあってか、進む腕は尋常ではなく早い。

 最早奪われる前に食い尽くしてやると言わんばかりであり、されど皆は気にしていない素振りをしていた。

 

「誰が焼いたンだコレ。俺が焼いてたのと比べて随分旨いンだが」

 

「私ですよ。早起きなタイプだから朝食の当番は殆ど私なの」

 

 素朴な疑問に答えたのは古鷹だ。

 重い艤装を外してにこやかに笑いかける姿は正しく料理が出来る女子高生。個人的に大学一年くらいに感じているが、それくらいの女性が大自然の下でサバイバルしていると聞くと非常に非現実感が増す。

 元の世界を知っている身としては二次元的物体たる彼女達を見るだけでも非現実的に思うものだが、こうして実際に立ってみると案外気にならないものだ。

 彼女達がどういう仕組みで今此処に居られるのか。それをどう科学的に説明するのか。

 そんな事は学者の仕事だが、興味が湧くが故に中々に抜けきらない。もしも、なんて事を想像することだってあることにあるのだ。艦これに明確なストーリーや設定が存在しない以上、やはりどうしても個人的な解釈が強くなる。

 じゃあ、この場合は誰の解釈の元動いているのだろうな。

 味噌汁を啜りながら思い、詮無き事かと直ぐに思考を切り落とした。

 床に置いた食事達は十分もすれば終わる。急いで食べていたから誰よりも早く終わり、紙である以上処理も普通の食器とは違い簡単だ。

 というよりも食い終わった直後に隣を見れば、そこには両手を上げた妖精さんが居た。

 紙皿を指差し、再度持ち上げる動作をしている所から察するに持って行ってくれるらしい。優しく紙皿を渡せば、数人の妖精達が笑いながら森の中へと走って行った。

 

「さて、それじゃあいい加減話をするとしようか」

 

 やがて全員の食事が終わり、響が両手を叩いて皆の意識を集める。

 その中には俺達も当然居て、何だとばかりに木曾は響を睨んだ。昨日の一件が尾を引いているのは間違いなく、気にするなと彼女の肩を叩いて黙らせる。

 俺としても話はあると思っていた。というより、今の状態のままじゃ何も出来ない。話し合いを交わして互いの意見の落とし所を見つけない限りは、余計な不和が生まれることだろう。

 案の定というべきか、響の話の内容は俺が此処に留まる事だ。基本となるメリットは勿論あるし、昨日話した内容に比べれば少しばかり量も増えている。

 俺が仲間になったとして、皆は納得するのか。そう思い周囲の様子を見るが、川内以外はコレといって気にする素振りを見せはしない。唯一曙だけは眉間に皺を寄せているが、それが只のポーズであるという事は彼女が何も言わない時点で解り切っていた。

 

「私としてはこのまま君を仲間に入れたい。二人で行動するのは危険だし、何よりも現状協力は必須だ。海の上で所属不明の艦娘が居たら、もしかしたら海軍に問答無用で撃たれるかもしれない」

 

 響の話の内容は、その殆どが俺を心配したものだ。

 俺と木曾の二人だけの生活は確かに厳しい。交代交代で監視をせねばならないし、食糧だってこんなに良い物になる事も無い。敵が多ければ多い程に嬲られるのは想像に易く、それは絶対に避けられない未来だ。

 それに海の上を進むということは、確実に何処かで海軍所属の艦娘とも出会う。

 既に数々の被害を被っているのだ。警戒し、練度が低ければものの弾みで引き金を引いてしまう可能性はあった。故にこそ、ドロップ艦の生活を是とするならば群れなければならない。

 そうしなければ生存率は明確に落ち、確実に殺される。

 特に姫や鬼が存在する以上、彼女達との接触は約束された敗北だ。海軍の戦力ですら勝利を取れるか解らない相手に駆逐艦一隻と軽巡一隻がどうにかなるとは思えない。

 彼女の話は正論だ。今の勢力に関しても勿論致し方ないと考えているし、だからこそその今を解決する手段を考えている。

 他の面子はそれほど考えていない中で彼女だけは必死に何かを考えているのだ。

 その姿に、俺は提督を重ねた。まるで書類仕事に頭を悩ませる人間そのものだと。

 何の悪い条件も無ければ彼女達の手伝いをしても良いだろう。俺だって悪魔でも鬼でもないのだ。助けられるのならば助けようと思う心は持っている。

 けれど今は不味い。彼女達のような手配書が出ている程のグループと共に行動した結果、自分の選択の幅が狭まるというのは厄介な事にしか繋がらない。

 

「現状だが、二人だけでも活動は出来る。それに艦娘同士が出会った際に問答無用で撃つという事も無いと考えている。逆に俺としては、君のような手配書に載っている存在の側に付くのは危険だと感じているよ」

 

 有名な程狙われる。

 ネームバリューという手は存外有効な手ではあるが、それと同時に敵にも広まりやすい。

 彼女はこんな艦娘だ。彼女の居る艦隊はこんな質だ。そんな風に解析されれば、嫌でも対策を取られるのは必須。いや、もうある程度は対策を取られているかもしれない。

 兎に角だ。こんな有名所で活動するのは今の俺にはリスクしかない。

 食料が潤沢でも、資金が潤沢でも、質が良くても、有名になってしまえば呆気なく殺されるのだ。

 それを解っていないとは思えない。そう考えていなければ戦力の拡大など浮かぶ筈も無いし、何よりもそんな簡単な問題に対処せずにこうして余裕そうな素振りを見せる訳もない。

 慢心は、していないだろう。

 していれば態度で見れる。彼女達は自然な姿だが、それでも恐ろしい程に外に意識も向いているのだ。

 余程の戦いを抜けなければ出来ない芸当だろう。自分にそれが出来るのかと聞かれれば、難しいとしか言えない。

 

「ドロップ艦として活動していれば遅かれ早かれブラックリスト行きは免れない。そうなる事を予め理解して、それでも海軍に入ろうとしない艦娘は野生の中で生き抜くんだ。狙われるのは仕様が無いんだよ」

 

「なら、尚更に固まる気は無いぞ。少数精鋭と言うつもりは無いが、数が少ない方が個人的には動きやすい。組織だっての行動っていうのは苦手なンだ」

 

「艦隊である私達は元々ある程度は集団で行動していたじゃないか」

 

「艦艇は艦艇、艦娘は艦娘。今は何もかもが変わっているンだ、普通に考えるのは得策じゃないぜ?」

 

 互いの意見はまるで纏まらない。そも、正反対の意見しか持たなければこうもなる。

 島から出たい俺と、一緒に行動したいと考えている響とでは、どうしたって簡単には終わらないものだ。外部的な力を借りる必要があるかと現状最も俺と意見を同調させてくれそうな曙を見る。

 本人は俺の顔を見て露骨に舌打ちをした。どう見てもアレは歓迎している風には見えないだろう。

 もしも見えたら立派な変態の仲間入りだ。流石にそこまでは上級者のつもりはない。

 暫く見つめ続ければ、仕方無いとばかりに彼女は溜息を吐く。土台誰かしらの意見は必要なのだ、こういう場面で一気に言ってくるのであれば有り難いものだろう。

 

「私は反対側よ、響。コイツがスパイではない可能性を否定出来ないし、何よりも確実に不和を起こすわ」

 

「それは君達が私の意見しか聞こうとしないからだろう。本当だったら、皆思い思いの意見を言ってほしいものだが、それを君達は放棄した」

 

「それは悪いと思う。押し付けているような形であるのは十分に理解しているつもりよ。けど、今回ばかりは言わせて。彼女を傍に置いても宝の持ち腐れに終わるだけよ。此処じゃアンタの意見しか重要視されない」

 

 おや、というのが個人的な感想だ。

 てっきりもっと酷い言葉をマシンガンの如く放つと思っていたのに、出てきたのはこのグループの内情を含めた上での反対だった。

 薄々そうではないかと肌で感じていたが、やはりこのグループは良い意味でも悪い意味でも頂点に居るのは響なのである。響以外の言う事には基本従わず、無理矢理従わせようとすれば噛み付かれる。

 そんな組織に余所者が入って上手く回せるかと聞かれれば、答えは否だ。俺にはその自信は無い。

 曙が周囲に確認を取る。その内容は極めて単純。俺が頼み事をしたとして、それを聞いてくれるかどうかというもの。

 案の定誰も手を挙げず、曙の注意が正しい事を証明した。

 故にこそ、優勢は俺達側に傾く。意識していなかったとはいえ、現状響を除いた皆は味方だ。

 仲間にならないように意見を放つのは解り切っている。

 そして、意見を言うようになれば徐々にであれ響の頂点は消える。共に横並びになれる訳だ、さながら円卓のように。俺としては其方の形となった方が良い気もするのである。

 少数だからこそ出来る会議のようなものだ。形として完成すれば、響だけが考える事も無くなるだろう。

 

 う、と響が言葉に詰まった。

 彼女に残されているのは二択。一つは皆の意見を無視してでも無理矢理仲間に加えようとする。

 二つ目は素直に諦めて俺を島から出させる。

 仲間か俺か。揺れる天秤の傾きがどちらに転がるかなんて簡単に予測出来るもの。それでも何とか繋がりは確保したいのか、響は腕を組んで悩んでいる。

 正直俺にそこまでの価値は無いとも思っているが、彼女にとっては違うのだろう。

 ならば多少は折れるべきか。関係悪化によって殺されるなんてのは回避したいし、特に川内辺りは未だに最大限警戒が必要な相手だ。

 木曾が威嚇しているお陰か今はまだ手を出してはこないようだが、それとて何時までも持つとは思えない。

 大人しく引き下がってくれるとも考えられないのだ。寧ろ沈黙を保っている方が不気味に思えて仕方が無い。

 ならば此処は一つ、餌をあげるのが定石か。

 

「曙の言う通りだ。俺が加わっても皆が認めない以上はどうしようもない。だから、一つ提案だ」

 

 訝し気な顔をする響に少しだけ優越感を覚えるが、この餌は正直俺に有利にはならない。

 寧ろ逆だ。この餌は響にとっては良いモノとなるだろうが、俺には不味い類になる。それでも彼女との関係が明確に悪化するのに比べたら、まぁ良いだろう。

 繋がりが欲しいのならばくれてやる。そんな気持ちで響に提案を行った。

 彼女に言ったのは一週間限定の協力だ。仲間になるのではなく、ただ単純に別の部隊のような括りで一緒に活動するだけ。しかも内容は無人島の防衛だけだ。

 この海域に限定すれば防衛は難しい話ではない。どうにか出来る自信はあるので、空母が三隻も揃われなければ気合で抑え込める。

 此処は本拠地だ。しかもまともな防空設備も無い剥き出しの本拠地である。

 そんな場所で当たり前のように煙を上げていたりすれば空母でなくても気付く。艦娘が気が付けば探索の為に入られるだろうし、そうなる前に対策を組める部隊が必要だ。

 

「まぁ、こうしてやっている以上何回かは既に気が付かれているだろ。だからお前達が居るンだろうし」

 

「そうだね。確かに私達が此処から外に出れば気付く者は気付く。そこから襲撃を受ける事もあった。だからこそここまで戦力の温存をしていたが……そうだね」

 

「戦艦や空母が複数現れたら任せろとは言えないが、それでも守れる事は守れる。信用出来ないなら川内を付けても構わない。それで取り敢えずは納得しといてくれ」

 

 俺達が離脱する事が決定される以上、後は此方も一歩譲ればそれで呆気なく落ちるものである。

 話を進める材料があればこの場合進めるのが道理だ。そして彼女はその道理を守る。時間は無限ではないし、この後にも何かしら予定はあるだろうから、言い争いまでしては時間切れになるだろう。

 致し方無しと彼女は首を縦に振る。

 勝利は此方に傾いた。残りは一週間を無事に過ごせるようにすること。それが何のフラグにもならない事を祈りながら、今日という日がスタートした。

 


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