江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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不穏な世界

 揺れる蝋燭だけが世界を照らす。

 相手の顔は至近距離でなければ見えず、互いに座り合っている状態ではどんな表情をしているのかはまるで解らない。

 胡座の姿勢のままに空を見れば、何故か星の煌めきは見えなかった。

 どうでも良いことかと、重苦しく息を吐く。

 そう、どうでもいいのだ。そんな事を適当に考えるよりも、俺は今という現状に対する有効な手立てが欲しい。

 結局と言うべきか、俺の離脱は失敗に終わった。去ろうとした瞬間に川内が飛び出し戦闘となり、俺の身体は現在中破にまで及んでいる。

 響が止めようとしなければ川内は俺を殺していた。

 それだけの殺気があの瞬間には込められていたし、殺そうとする刹那に見せた獰猛な目には恐怖しかない。

 居場所を知られたからには殺す。そういう意味での襲撃なのは嫌でも理解出来ることだ。

 想定していなかったかと聞かれれば勿論考えていたが、それでもここまで露骨に攻撃してくるとは予想していなかった。正しく読み違えた、そういう事なのである。

 中破となってしまえば活動は不可能だ。満足に動けなければ本来のスペックは発揮出来ないし、このままでは木曾の方にも迷惑が掛かってしまう。

 故にこそ、止めた張本人たる響の提案によって今日この日は久方ぶりの無人島宿泊が出来たのである。

 地面に横になれるのは何日ぶりだろうか。そう思うも、再度の襲撃があるかもしれないと考えてしまい座るだけに留めてしまっている。

 実に勿体無いことだ。

 楽観的な思考が一瞬でも欲しいと錯覚してしまうくらいに自身の警戒心が非常に煩わしい。そしてそれを止めるなと、冷静な部分が短く警鐘を上げているのも酷く苛立ちを加速させる。

 舌打ちをしそうになって、けれども今の自分を誰かに見られたくないと唇を噛む。

 物事が上手くいかない時は何時だって悔しい思いを感じるものだ。それをまた今日も感じただけ。

 こんな事は今後幾らでも起きる。自身を律し、冷静に対処する事こそが生き残る上で必要なことである以上、荒れていてはどんどん自分を追い込んでいくだけだ。

 

 それに、考える事は他にある。

 今回の話の中で出てきた内容も纏めなければならなのもそうだが、一番の問題はやはり此処からの無傷の脱出が難しくなったという点だ。

 川内は俺の想定通り汚れ役というか、卑怯を是とする役割の存在だった。

 そんな彼女が本気で俺達を止めようとすれば、殺される一歩手前まで嬲られる未来も想像出来てしまう。こうして座っているだけでも監視されているのではないかと身構えてしまうのだ。

 流石の彼女達も監視装備を持っている筈が無いとは思いたいが、少なく見積もっても俺が誕生する数年前くらいから活動はしている筈。そうなれば何処かで装備の調達もしている可能性は極めて高く、響の理想を叶える為ならばそれこそ大量の武器が存在していたとしても不思議ではない。

 だとしたらそれを何処に隠したのかという事になる。が、その辺は問題にはならない。

 此処の海域の島と島の間は狭い。中にはさほど時間が掛からないというのは以前に判明していることであり、であれば用途に合わせて別の島に装備を隠しているという事もあり得るだろう。

 自身に必要な装備だけを持ち、本当に厄介な存在が出現した際にはその隠された装備を大盤振る舞いが如く活用する。

 気になるのは何処で調達しているか。注視すべき点は響が語った鎮守府に潜り込ませているスパイか。

 資源を運ぶ船を襲い、艦娘と船員を無力化して掻っ攫う。それをするとしたら、鎮守府側の情報が必要だ。

 装備に関しても妖精さんが居る。それなりに設備が整っていれば、作れる確率は十分にあるだろう。

 となれば、後は純粋な練度か。改二の段階で強さ的には鎮守府に在籍している子達よりも圧倒的な力を有しているが、それでも数で押されれば不味い。

 特に改の段階で止まっている正規空母や超弩級戦艦が相手であれば即座に撤退だ。負け戦になり得る場所で無理を通しても何の意味もない。

 

「木曾、起きてるか」

 

「……何だ?こっちは自分の強さを比較して絶望しているんだが」

 

「何でだよ。ンな事よりも気にすることが別にあるだろうが」

 

 まったく見当外れな悩みを口にする彼女にツッコみをしつつ、さてどうしようかと漸く彼女と話しを始める。

 今後の俺達の動き。それは今この場で決めるべきことだ。明日になれば間違いなく響や川内、もしくは他の面子から今後の予定を聞かれる。

 響は説得すればこの島から出させてもらえるだろう。曙は無条件で出してくれるだろうし、それ以外の面々も我関せずの態度を貫くばかり。故に一番のネックなのが川内であり、その部分をどうにかしない限りは自分自身もお尋ね者の一味になりかねん。

 好き好んで犯罪者になりたい訳ではないのだ。回避出来るのならば回避して、俺は平穏で自由な生活を続けたいのである。その為にも木曾には出してもらわなければならない基礎知識が多くあり、自分の中で認識の齟齬を無くすというのが実質最も求められることではないかと思っていた。

 認識が互いに一致していれば勘違いをする事も無い。そう思っての判断であるのは言うまでも無く、だからこそ気怠げな彼女の協力が是非とも欲しかった。

 

「俺は生まれたばかりの素人だ。だから、情報が欲しい。基礎的な部分だけでも構わないから教えてくれ」

 

「それは武器か、艦娘の種類か、海軍か」

 

「全部だ。全部くれ。でないと確実に何処かで躓く」

 

 木曾は今現在最も俺と親しく、そして暗い境遇を持っている。表だけでは決して知る事の無いリアルな事情も把握しているだろうし、情報自体が少なくとも彼女の感想と俺自身の情報を擦り合わせて予測の精度を高める。

 海軍・艦娘・深海棲艦。

 三竦みとなりつつある現状を把握し、俺の安全圏を見極める。その為の第一歩として、この怪しいチーム達の場所からの離脱を目指す。

 また逃走か。げんなりしそうになるが、これもまた己の為だと思えば必然的に気合も入った。

 今日はどうせ眠れない。木曾は解らないが、直ぐに返答があったので同様だろう。

 自分のスタンスは、はてさて一体どうなるのか。

 彼女の説明を聞きながら、内心ではまた別の事を考え始めていた。

 

 

 

 

 

※Reverse※

 

 

 

 

 

「んぅ…………はぁ」 

 

 早朝の空に向かって、一人の少女が伸びをする。

 白のマフラーを着た忍者装束に見えなくもない彼女の腰には一本のナイフが付けられ、腕には弾が装填済みの主砲が二門乗っている。

 深海棲艦狩りか、それともまったく別の対象を狙ったものか。どちらは解らないものの、何かを壊すつもりであった事は簡単に想像可能だ。

 それだけに陽気な様子は無事に目的を完遂したように見えるが、実の所彼女の目的は見事なまでに失敗に終わっている。

 狙いは無論のこと江風。可能であれば木曾もその中には含まれていたが、重要度はさして高くない。

 木曾は現状江風の行動に合わせているだけだ。ならばその柱をへし折れば、簡単に此方へと協力してくれるだろう。敵対の可能性の方が高いのは確かだが、昨日共に行動していた様子を観察していた限り、そこまで依存度が高い訳ではないというのは解っている。

 言葉次第で丸め込める。もしくは、江風を利用して味方に出来る。

 そうなれば幸いだったのだが、昨日の夜は残念な事に江風達は周囲を警戒して夜を過ごしていた。

 寝ないで話をしていたので今後の予定でも立てていたのだろう。そう川内は推測し、結局は朝を共に過ごしたのである。

 流石、というのが川内の感想であった。

 夜戦は駆逐艦や軽巡が最も輝ける所であり、そんな重要な箇所で呆ける真似は許されない。

 特に夜戦を最重要視している川内であれば、夜戦時に寝惚けている子が居れば張り倒すくらいだ。であるからこそ、江風や木曾が何も問題無く夜を過ごしていたのは個人的に感心していた。

 それだけに彼女は疑問を覚える。江風は自身を生まれたばかりの艦娘だと言っていたが、それにしては行動そのものに違和感の類が無い。

 練度不足に動きの鈍さ、主砲を構える精度、そして敵と認識した際の行動力。

 それら全てが無いのだ。まるで高練度艦の如く、彼女の姿は川内をして見事と言わしめた。実際に彼女と戦った際にもそれは実感出来たのだ。

 最終的な勝利は川内が握ったにしても、それまでの過程で被弾をしなかった事などありもせず、被害は予想を超えての中破。

 あのまま響が止めなければ確実にどちらかが死んでいた。江風が圧倒的な劣勢に立たされていれば皆が明確に止める事は川内も解っていたが、そんな予想が覆されてしまったのだ。

 故にこそ、もっと見たいと響を除いた皆が感じていた。どれくらい戦えるのか、どれくらい耐えられるのか、仲間にする意味は果たして存在するのか。

 

「タオル、使いなよ」

 

 川内の頭に水色のタオルが掛かる。

 視界が遮られ、それを取れば背後には響の姿。にこやかに響に向かって挨拶をすれば、彼女は呆れた表情で彼女の隣へと立った。

 

「見ていたのかい?」

 

 暫くの間海を眺め、響は唐突に質問をする。

 その内容がどういう類のものかは解り切っているもので、だからこそ川内は困惑することもなく肯定した。

 溜息を吐くのは響だ。一体この夜戦馬鹿は何をしているのかと咎めようと考えたが、響自身思う事があって彼女への注意を疎かにしていた。

 話題の中心は常に江風だ。仲間達の拠点に突如として現れ、駆逐艦らしさの欠片も無い理性的な話をしてきた件の少女。十中八九生まれたばかりではないのは解り、昨日の戦いによってそれは確信に変わった。

 姿の変わった後の川内は強い。それは誰もが認める事で、重巡だった利根もそれは認めている。

 夜戦においての戦果は一番であるし、そうでなくとも隠密行動が異常なまでに上達しているのだ。本人は何故か上手く出来るようになったと言っているが、先ず確実に姿が変わった事が関係しているだろう。

 そんな彼女とほぼ互角に戦った。最終的な結末は響の割り込みによる引き分けであり、もしかすれば川内を殺し切れたのではないかと響は江風の強さに心底恐れている。

 もしも彼女も自身達と同様に姿が変わればどうなるのだろう。先ずもって慣れるのが先になるが、彼女の強さは底が知れない。戦艦を打倒するとなれば夜戦は必須となるが、そうなる前に中破にまではもっていきそうだ。

 仲間にするメリットはそれ以外にもある。

 現状響の仲間達は彼女の言う事しか聞かない。他のメンバー同士であればよっぽど利益が無ければ協力しないのが当たり前であり、響自身それはある種の悩みであった。

 彼女達のグループは響によって助けられたのが殆どだ。川内は同じ鎮守府所属であるし、利根や皐月は捨て艦にされて沈みそうになっている所を助けた。

 那珂だけは他のメンバーがスパイとして潜り込んだ際に救出した子であるが、命令をしたのが響であるということで今では彼女だけに意識が向いている。

 つまるところ、彼女だけにしか皆明確な好意がないのである。

 仲間であるのは確かだ。故に助ける、でなければ響が悲しむから。

 実に単純。それだけに、響は確実に死ねない。死ぬつもりは無いが、万が一が起きても駄目なのだ。その瞬間にこのグループは自殺をしても不思議ではない。

 

「もう止めておきなよ。アレは確実に私達の力になる。そうせざるをえない」

 

「解んないよ?何かしら考えてるっぽいし」

 

 響の言葉に、川内の返した言葉は真剣そのもの。

 何時も飄々としている彼女にしてはその声は嫌になる程鋭い。彼女の声に響は顔を川内に向けるが、直ぐにその顔を元の位置にへと戻した。

 そうだ、江風はよく解っている。現状このままでは江風は海に出られない。

 修理中とはいえ川内が居るし、何よりも目の前に居る響に自身の有用性を図らずも見せてしまった。

 その場には皆も居た。であれば、彼女の顔も見た事だろう。

 だから逃げられない。逃げようとすれば、少なくともこの島に居る艦娘全てが襲い掛かってくる。

 しかしながら、それでも何とかしてしまいそうな雰囲気があるのが彼女だ。通常あそこまで姿の変わった艦娘が現れれば何かしらの反応をするもの。実際彼女は響を見た瞬間に驚愕していたが、しかしてそこに恐れがあった訳ではない。

 純粋に驚いていただけだ。何故お前のような存在が此処に居るのかと。

 だが、そこで彼女の表情は終わっている。以降は感情の色は見せども、平常通り。病原体が傍にいるというのに、どうしてか彼女には只の警戒心しかなかった。

 此処を離れる理由も酷く単純なものだ。周りが歓迎していなかったから離れようとしただけ。

 それが本音ではないと、彼女達は確信している。

 

「彼女は少なくとも生まれたばかりではないね。頭も回るし、そもそもあの少数で此処まで来れた事自体称賛すべきことだ。海軍の練度の基準に当て嵌めるのなら、五十は軽く上回っている。そんな彼女が、メリットデメリットの計算が出来ない筈が無い」

 

「私達は海軍を潰そうとしている。けれどあの子はそれに賛同しなかった。それに此処に居たらデメリットの方が強くなる事自体解っている筈じゃないかな。今はまだ(・・)勝てないだろうってさ」

 

 江風は凄惨な場所を数多く見たと川内は考えている。

 それ故に今はまだと離れようとしているのだ。より多くの艦娘が海に逃げた時に、味方になるかどうか決めると。それは勝手な判断であるが、誰の味方でないという事を示している。

 江風の唯一の味方は木曾だけだ。その木曾も、切っ掛けさえあれば離れていくだろう程度の繋がりしかない。

 単独行動を好むタイプ。江風という少女は、他所から見れば正しくそれだった。

 故に、単独で行動するからこそ狙われる。

 このまま彼女を野放しにしては何時か必ず他から狙われるだろう。

 いや、既に狙われている可能性も否めない。それがもしも海軍であったとしたら、敵対は避けたいのである。 

 彼女は広く物を見れる素質を有しているだろう。現状を鑑みて、どちらに利があるかと考えられる艦娘だ。

 感情による選択ではなく、利益による選択。前者の者達にとってすれば嫌われやすい彼女だが、響にとってそのような艦娘は欲しかった。

 

「なら、メリットを増やすだけさ。此処に居た方が良いと思わせる何かを用意すれば、利益だけを追求する彼女は留まる筈だ。――――協力してもらうよ」

 

「……了解。ま、響の言う事なら素直に従いますよっと」

 

 朝が始まる。

 遠くの空では既に朝食の用意をしているのか細い煙が上がり、食事の用意をしている事だろう。

 江風や木曾にも説明はしているのでそこに向かう筈だ。であれば、緩衝材たる響達が向かわなければもう一騒動起きる。

 問題児だらけだと彼女は内心呟き、足を動かした。

 川内も両腕を後頭部で組んで進みだし、後に残るは何も無い砂浜のみ。

 懸念事項はいくらでもある。これからも考える必要がある。されど、今は彼女の確保を目指すべきである。

 それこそが海軍崩壊への一歩に着実に近づくのだから。――――けれども、響の頭の中には素朴な疑問が常に浮いて回っていた。

 

――――何でも無いさ。…………それにしても、随分とまぁ豪勢な並びだな。パーティーでもすると言われたって納得出来るね。

 

 豪勢。パーティー。

 これが皮肉であるならばそれで良い。単純に称賛されたのであればそれでも構わない。 

 しかし病気扱いされている者達が勢揃いする中で、豪勢だと言葉がはたして適当なものだろうか。

 違和感を覚える。探りを入れる必要があるなと心に刻み、新たに増えるだろう情報に口元を歪めるのだった。

 


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