無人島。それは誰も何も無い地獄の孤島。
無人島。それは海軍が嫌いになった艦娘達が生活する、最後の陸の地。
こんな二つが頭の中をぐるぐる回り、無限ループになりそうな頃に止めようと打ち切った。
海上に浮かぶ無人島は未だ発見出来ず、出来たとしても今まで見つけた場所には別の住人が居た所為で結局定住することは不可能に終わった。
幸いだったのは少ないながらも資源を確保出来るようになったところか。
資源地帯を海軍の艦娘達が守っているのか敵に占領されている気配は無く、されど確かに誰かが資源を持って行っている痕跡があった。此処に留まるというのは悪手だと二人で判断したのは、単純にあの連中と鉢合わせてしまう可能性を潰したかっただけである。
故にというべきか、寝るのは大抵海の上。敵が出現した際には起きていた片方が相方を蹴り起こし、そのまま戦闘に発展するか逃走に発展するかといった状態へと変わっていく。
愚痴を吐く回数も増えた。まともに寝る場所も無ければ精神面が参るのは当然の事で、俺達だってその点は例外ではない。いくら元々が艦という形であれど、人間の成分も混ざっているのだ。
疲労は溜まるし、食糧は最悪。おまけに空母も出現するようになったのだから、本当にやってられない。
それでも生き残れたのは己の練度と接近を基本スタイルにしているからだろう。木曾は距離を取るが、俺は上手く砲撃を当てられないのと味方の誤射を狙ってわざとらしく近距離戦を仕掛けている。
それについて木曾に少し文句を言われたが、そうしなければ切り抜けられなかった場面もあっただろうと言えば何も言えずに呆れられるだけだった。
戦闘の回数はまだそれほど多くは無い。自身の傷も精々小破程度。空母達と戦いながらよくもまぁその程度で済んでいるなと思うが、まだ相手が一体だけなのが有利に働いているのだろう。
早めに島は発見したい。早朝にそう思い探索して、今日も今日とて近くの無人島を発見した。
最近になって気付いたのだが、此処の海域には無人島か小さな陸地が多い。
前に居た場所では、次の島に移動するだけでも少々ばかり時間が掛かった。しかし今回は体感時間にして十数分程度という場所もある。どう見たとしても島の距離が近過ぎる。偶然だろうとは思うが、どうにもこの間は個人的には気になることであった。
まぁ、そんな事はどうでもいいくらい現状は厳しいのだが。
兎に角、先ずは上陸を目指す。艦娘か現地住民が居れば交渉してみるし、敵ならば逃げるだけ。
こういった不安定な旅というのを昔は憧れていたものだが、今では安定した暮らしが出来る場所が欲しいと思うばかり。人間若い内にチャレンジすべしと言うが、本当にその通りだ。
目を凝らし、先にある森林を見る。
弾は既に装填済み。姿勢も急転換が行えるようにし、戦闘になったとしても対処が出来るようにしておく。
隣で並走する木曾も装備の準備を整え、島を目を細めるように睨んでいた。
「どう?こっちには何も見えないンだけど」
「同じく。何か動いている様子も見えん。今度こそ当たりだと嬉しいんだがな」
軽巡と駆逐一人ずつの構成なんて、普通に考えれば無謀か罰ゲームそのものだ。
空母を相手にするだなんて死んでも御免であるし、これに戦艦が加われば途端に死亡率が跳ね上がる。駆逐艦の脆弱さというものは途方も無いもので、この身体が戦艦並に硬ければと思うのも当たり前だろう。
お互いに上陸を行う前に島の周囲を一周して範囲内に動く影が無いか確かめる。
艦娘は水上移動の方が速いのだ。陸上で撃たれるよりも海上で撃たれた方が回避はしやすい。
確かめ、何も無い事を確認した上で浜辺と思わしき場所へと近付く。
細心の注意は忘れずに、流れる汗が鬱陶しいけれども銃の持つ手を離す訳にはいかない。
最初に足を付けた瞬間に、そのまま体勢は低くなった。
それで何が変わるかも解っていない。単純に映画の真似同然だ。
理由を付けるのならば少しでも敵の発見を防ぐ為だが、そもそも海上を一周している段階で解っている連中には発見されていることだろう。
緊張感が高まっていく。こんな感覚を何度も何度も体験していると普段の日常生活が欲しくてたまらない。
木曾に静かにと人差し指を立てれば、当の本人は解ったと頷く。
此処からは無駄な会話は暫く無しだ。
何か発見をすれば肩を叩き、何も発見出来ないのであれば腕を叩く。
木曾は左を見て、俺は右だ。艦娘としての強力な視力の前では小さな動きも見逃さない。
一歩一歩確かめるように歩き、最初に解ったのは浜辺に残った新しい足跡だ。
特徴的な靴の後のお陰で此処に居るのは深海棲艦ではないと確信出来るが、どうにも数が多い。
五……いや七人は居る。これが野良の艦娘なのか普通の人間達なのかは解らないけれども、確実に何かが居るのは確かなようだ。
木曾の肩を叩いて足跡を見せれば、同様の結論に至ったのだろう。真剣味が増した彼女の表情は抜き身の刀身のようであり、ここで驚かせるような真似をすれば条件反射で主砲を撃たれそうだ。
森林地帯はそこまで大きくは無い。
中央にのみ生える植物は青々と茂っているが、全体の総数はそこまでではないのだろう。
それ以外の場所は先の浜辺のようになっていたり崖になっていたりと様々であるが、森林地帯があるというのは正直な話少し嬉しく思っている。
あそこの中央に陣取れば、冬で枯れ落ちない限りは空母の偵察機をやり過ごせる。
それ以外にも海上の敵に撃たれる可能性も減るとなれば、あそこに住む場所を確保しているだろうと想像も出来る。焼け野原になっていない時点で希望が残っている以上、調査は必要か。
木曾の背中を叩いて森林を指さし、共にその場所へと静かに入っていく。
艦娘は全体的に人間よりも五感が鋭い。森林に入った際の葉の擦れる音で察知されても可怪しくは無いだろう。
此処からは戦闘が起きる。勘でそう判断して――――直後、上から発砲音がした。
「止まってもらおうか」
足元に着弾した弾は爆発しない。
不発弾に改良されているのか、それとも偶然不発弾だったのか。
兎に角後ろに飛び跳ね上を見れば、木の上には駆逐艦の姿が居た。白い帽子は特徴的で、何故こんな場所に彼女が此処に居るのかがまるで理解出来ない。
銀蒼の髪は風の流れに合わせて動き、冷たい感情は瞳の色と一緒だ。
向けている武器は同じ物のようだ。装備の質では負けるつもりは無いが、個人の質という意味では負けている。
想定していなかった艦娘の出現だ。ここは大人しくしている方が良い。
武器を落とす。木曾は何故と顔を向けるが、目の前の相手には絶対に適わないと目で言えば諦めて武器を落とした。
「спасибо 即座に見抜いて武器を落としたのは流石だね。特にそこの駆逐艦」
「褒めてくれるのは嬉しいが、先ずは互いに名乗ろうぜ。俺の名前は江風だ」
「そうだね。解るかどうかは不明だけれどВерныйだ。此処では響と呼んでもらいたい」
駆逐艦・Верный。
どう見てもその姿である彼女は改二である。つまりはこの江風にもあるような改二改装を済ませているということ。練度は少なく見積もっても七十。しかしどう見てもベテランの雰囲気を感じさせる以上は七十で済むような練度ではないのは確かだ。
迂闊な真似を避ける為に装備を落としたのは正解だ。相手の敷地内で失礼な行動をしようものなら、もれなく彼女の正確な射撃で頭を吹っ飛ばされていたに違いない。
だがそれよりも、俺には疑問の方が割合が多い。
彼女は響が改二改装した結果だ。当然鎮守府での活用頻度も多かっただろうし、一度こうなった彼女であれば遠征であれ出撃であれ有力な駆逐艦枠に入れる事もあるだろう。
しかし彼女の様子から察するに、此処から守っているようにも見える。それがどういった理由なのかは定かではないけれども、普通こんな場所に何かをする任務が出るものだろうか。
「こんな場所に野良艦娘か。それにその恰好から推測するに、手配書に載っている奴だな?」
「へぇ、そう言う君は鎮守府所属なのかい?」
「いや、最近野良になっちまった艦娘だよ。木曾って言うんだ」
答えは、木曾の口から出る。
野良艦娘。俺の想像の中ではドロップ艦がそれだと思っていたが、どうやら鎮守府から離れた艦娘達は皆同じ括りに当て嵌まるらしい。
そして手配書という単語。もうこれだけで目の前の艦娘は普通ではないことが解る。
何処か自信を感じさせる彼女の表情に犯罪者が持つような罪悪感の類は存在せず、寧ろ目標を落としたエースパイロットかの如き大胆な出で立ちだ。
指名手配された者は皆同じようなのか?自分には彼女の今の気持ちを理解出来ない。
いやそれよりもだ。この世界では艦娘ですら犯罪者として指名手配されるのか。流石にそこまでのものであるとは想像していなかったが、要は深海棲艦と似たような括りをされたという認識で良いのだろうか。
困惑の眼差しを向ける俺に、響は首を傾げる。
「すまン、こっちはまだ誕生したばかりでね」
「ああ、成程。解らないのなら説明は必要だね、特にこんな野良生活の中じゃ情報は必須だ」
目の前の俺達二名が野良と解ってくれたのか、装備を下ろす響の姿に一安心かと胸を撫で下ろす。
そして始まった説明に、今度は微妙な顔をするようになった。
曰く、野良艦娘というのは本来ドロップ艦に付けられる別名である。それが他の意味合いを持つようになったのは最初の鎮守府における提督殺人事件が起きてから。
昔の艦娘はまだまだ解らない事も多く、それ故に人間の調査機関などに協力してもらわなければならなかったそうだ。
その調査機関の大元が海軍であり、あの当時は海軍にとっても相当に苦しい頃だった。
結果を出さねば信用を失う。解決の糸口を発見せねば敵に勝つ事も出来ない。
それ故に今で言うべきブラック鎮守府は乱立し、艦娘達は疲弊した。
最初に協力を申し出た艦娘達は既に深海に沈み、残ったのは現在の海軍に不満を持つ者ばかり。その不満は職務怠慢を平然と行う一人の提督によって殺意に変わり、結果一つの鎮守府が壊滅したのだと言う。
その艦娘達の殆どは最早捕縛か轟沈という結果に終わったそうだが、生き残った僅かな艦娘達が自分達の住みやすい環境を作ろうと組織を作り出した。
「それが野良艦娘達の集まりだ。あちらこちらに自分達独自のルールを設けて活動しているそうだけど、轟沈だけは誰も認めていない。まぁ何と言っても始まりは艦娘達のユートピアを作り出す事だからね。死なせる真似は認められない訳だ」
ドロップ艦と鎮守府から逃げ出した艦娘により結成された組織。
つまりは日本も深海棲艦も想像していなかった、三つ目の陣営の誕生だ。構成されるメンバーに人間は含まれておらず、もしも無闇に接触を図ろうとすれば殺される。
よしんば生き残ったとしても、情報収集を目的とされた拷問をされるに違いない。
歴史がそれを物語っている以上変に人間の話題を出すのは憚るべきか。有難うと響に伝え、その答えに満足したのか彼女は背後を向く。
片手で手招きをしている様から付いて来いと言っているのは確かなようで、俺達は顔を見合わせながら彼女先導の元森の中を突き進んでいった。
道中での会話は主に世間話。不幸自慢とも言える会話ばかりであるが、これが中々どうして彼女達の現状を知れる良い機会となっている。
彼女、ヴェールヌイの生まれは佐世保鎮守府らしい。そこで生まれ、最初の内は大事にされていたそうな。
しかし彼女の提督が戦果を上げていく過程で駆逐艦は徐々に不要と思うようになり、止めとばかりに彼女自身に謎の現象が起きた結果解体されそうになったとか。
「謎の現象?」
「この恰好の事さ。普通の私は違う制服をしていたんだけど、何時の間にかこの恰好になっていたんだよ」
それは第二次改装なのではないか。
そう思い口に出そうとして、しかしその口を閉じる。取り敢えずこの世界には二次改装が存在しない事が解った。つまるところ、誰かの改二はこの世界では異常現象扱いなのだろう。
人間に言えば奇病と思えば良いのだろうか。突然姿が変われば誰だって最初の内は気になるものである。
響の場合は元から駆逐艦が冷遇され始めたのだろうから、調査をする際の手間を考えて解体としたのだと推測を立てられる。尤も、俺から言わせてもらえば何と勿体ない真似をしているのかとツッコミを入れたいところだが。
というよりも、俺は少しだけ思った事がある。
彼女は元々の鎮守府の所為で解体される前に逃げ出したそうだが、では改二になるまで練度が高まった場合通常はどのような措置を取られるのだろうか。
気になり、聞いてみる。彼女はその言葉に良い質問だねと返し、実に残酷な言葉を残した。
「この謎の現象は殆ど解っていない。一応強くなるという事だけは解っているけど、それ以外はまったくだ。戻し方も解ってないんじゃ誰だって気味悪がって処分したくなるだろう?」
「じゃあ、姿の変わった子達は皆解体か」
「そう。まぁ、そうなる前に各鎮守府に潜り込んでいる私のメンバーが報告してくれるから、消される前に助けだすけどね。現実を知れるし、私達の力にもなる」
成程、と納得する。
となると、他の鎮守府でも処分は確定。改二は軒並み居ないと考えるのが妥当か。
勿体ない。あまりにも勿体ない。俺にその改二艦達をくれとまで言いたい。どんな改二でも通常の艦に比べれば強く、中には艦種別ではあれど最強にもなれる子だっている。
優劣をつける必要が無いのが艦これであるが、それでも数値によって使用する艦娘の種類は定まるだろう。
まぁでも、この世界でそれが適応されているとは思えない。戦法次第によっては引っ繰り返せる状況を用意出来る以上は数値だけで物を語るのは止めておくべきだ。
武器も、本人の質も、何処まで高められるのかは本人次第。そう考えておけば、幾らか予想外に対する気構えも出来る。
大き目の広場にまで到達し、彼女は振り返る。
此処が目的の場所だとでも言うのだろうか。だとしても、些か何も無さ過ぎる気がしないでもない。
自分も少し資源を貯めておくだけの生活をしていたから人の事を言えないが、響の背後にある空間には何もない。
訝しがるが、彼女は笑うのみ。
その表情に違和感を覚え、咄嗟に武器を構えるべきか迷う。――――だが、そんな迷いをする前に背筋に怖気が走った。
ほぼ反射の域で身体を下げる。自分でもどうしてその動きをしたのかは知らないが、反射故かその速さは戦闘時の意識したそれとは格別な違いを見せた。
だからこそ、頭部を通り過ぎた足にも気付けた。唖然とするよりも前に通り過ぎようとしていた足を掴み、そのまま投げ飛ばす。腕二本の力だけでは流石に遠くまでは無理だが、戦闘の間合いを確保は出来る。
木曾の武器を構える音を耳で捉え、俺も武器を構えた。
仲間が居るのは既に解っている。だからこそ、反対側で木の上に着地した彼女の姿を視界に収めても動揺はしない。
「へぇ、ちゃんと反応出来るんだね。そこら辺の野良とは違うのかな?」
「いきなり何だアンタ。……まさか」
「ああ、ああ、違う違う。そこの駆逐艦をちょっと試しただけだよ、他意は無い」
軽やかに地面に着地する際、彼女の白いマフラーが揺れた。
軽巡洋艦・川内改二。その名前を持つ彼女は、忍者の如く印を構えて快活に笑っていた。
どうやらこのチームは随分色々な艦娘が居るらしい。戦力的な意味ではまさしく素晴らしいの一言。安全に生きるという意味では、彼女達の組織は都合が良いのかもしれない。
打算を含んだ感情を胸に沈める。それを表に出すのは不味いと抑え、俺は極めて友好的な顔を浮かべるのだった。