達成すべき目標は二つ。
一つ、相手が俺達を見失うこと。二つ、上陸が出来る島に辿り着くこと。
この内二つ目だけが達成されても意味は成さない。相手に見つかっている状況では島を包囲される可能性もある。
三式弾による陸上攻撃によって怪我を負う事だって高確率で有り得るのだ。一つ目の目標は是が非でも達成しておかなければならない。
今の所此方を追う艦娘の姿は見えないが、艦載機の姿は遠くの空に視認出来る。
高角砲といった対空兵装を持っていない己や木曾では襲われれば一溜りもない。動きを制限させに来るだろうとは想定しているが、被弾の可能性は考えておくべきだ。
衝突を防ぐ為に木曾と目配せをして間隔を空ける。
駆逐艦の強味はその速さだ。であれば、少しでも衝突の危険性を下げて縦横無尽に動き回る。
燃料の消費が激しいし爆弾を使用されればどうしようもないだろうが、捕獲を狙う以上はそんな危険な兵器を使用してくるとは思えない。
であれば駆逐艦・江風の出せる全速力でもって逃げながら回避に専念する。
無理無茶であるが、試した事の無い行動をしないで後悔するのは御免だ。負けた時は負けた時で致し方無しと諦め、次の機会を窺おうではないか。
この身体は前の頃よりも遥かに強い。敵の弾頭を視認し、急所に主砲を撃てば肩が外れる事も無く相手を倒せる。
重巡までが俺の最高結果だ。それだけに、敵の回避のみに集中していればそこまで気にする必要も無い。
それに艦載機だって何時までも飛べる訳ではないのだ。帰還の兆しを見せた瞬間に反転して逃げれば、まだ可能性は残っている。
もしかすれば木曾にも行ってくれるかもしれない――――そんな打算もあったが、やはりというか何というか相手の艦載機はその全てが俺に向かっていた。
試しにと主砲を一発。当たる筈も無い炎の軌跡は見事な回避行動によって見当外れな海に落ちた。
チッ、と舌打ちを一つ。苛立たしさが込み上げるが、元から艦載機に当たる筈も無いだろうと己を落ち着かせる。
弾は有限。しかしそれに使用すべきなのは彼女達ではない。
「おいでなすったか……ッ！」
深海から浮上する黒い影が二つ。
運が良い事に相手は一番の雑魚である駆逐イ級と呼ばれる存在だ。これならば通常の攻撃手段でも打倒は可能であるし、それにあの連中は考える頭を持っていない。
艦娘と艦娘の仲間だと思えば直ぐに撃ってくる連中だ。それ故に今の状況では好都合。
俺は高角砲を持っていない。同時に木曾も持っていない。
ならば艦載機は落とせないのか。答えは否だ。海面限定になるが、決して詰みとなった訳ではない。
その証拠に片方の駆逐イ級の口から出現する高角砲と思わしき物体が艦載機を狙う。もう一体は此方に向けて主砲を向けて撃つが、解っているのならば着弾コースなど簡単に読み切れる。
発射と同時に最小限の動きで横に回避し、そのままイ級に肉薄。しかしそこで攻撃はせずに、敢えてすり抜けさせてもらう。
彼等は簡易なAIのようなものだ。指定された相手を目視すれば武器を構えて撃つし、艦載機の数が多ければ其方を優先する事もある。
今回は後者だ。彼等の後ろに駆逐艦よりも強い個体が居るのか、二体目も最初の一発を撃っただけですぐさま艦載機の方へと狙いを変えた。
そうなれば向こう側の方だって俺を狙うだけでは済まない。
必死に操作をして回避運動をしている姿を視界に収め、馬鹿めと嘲笑いながら再度高速で脱出させてもらった。
駆逐イ級は所詮雑魚。故に突破は容易だろうが、艦爆も艦攻もそこに居ないのであれば少々手間がかかる。
その隙にさっさと距離を稼ぐ。決して追いつけないと思ってしまうのは悲しいが、それが今というリアルな状況だ。
一時的に分かれていた木曾へと視線を向ければ、彼女は彼女で軽巡の胴体に向かって至近距離で砲を放っていた。
盛大な音と共に内部の黒い臓物が飛び出し、綺麗な青い海を黒く染める。
無くなった臓物があまりにも多かったが故にそのまま倒れていき、その近くの海面は正直近付き難い状態だ。
それを過ぎ去り、互いに無事に称えてブイサインを送る。艦載機に関してはまだ居るが、それでも敵だってわんさか居るのがこの海だ。何時かは艦載機の数だって尽きる。
対空兵装を持っている敵を発見すれば砲撃を回避しつつ接近し艦載機を押し付け、対空兵装を持っていないだろうと思われる戦艦のような巨大な存在に対しては追ってきても無視を決め込んだ。
木曾は俺のフォローに回る。最初は俺がフォローしようと思っていたが、何時の間にか木曾は俺の周囲に接近する大型艦の足止めをしてくれていた。
弾薬の消費量は跳ね上がるが、生き残るには必要な事だ。有り難く思うことはあっても不要と感じはしない。
「木曾ッ、弾薬は節約してくれよ！」
「解ってるって！盛大に水飛沫を上げるだけさ、一発だけに限定すれば倒すよりも消費は少ないだろ！？」
轟音響く中でよくもまぁ会話が出来るものだと思うが、意外に出来てしまうのは最早この環境に慣れ切ってしまったからか。
互いに会話をしつつも視線は周囲の状況確認に努め、弾丸の補充は妖精がしてくれるからリロードタイムを計算するだけで良い。魚雷も欲しいが、欲しがっても意味が無いのは解っている。寧ろこの場合であれば魚雷は逆に邪魔になってしまうだろうと密かに浮かんだ欲望を握り潰した。
艦載機は未だ完全に零にならず。その総量は非常に多く、とてもではないが一隻の空母が出している量だとは思えない。まさか全機をこの一回に使っているのかとも想像するが、多分今回が初の艦載機戦であるが為に俺が多いと思っているだけのだろう。
昔は数値だけで考えれば良かった。しかし、今はそれだけでは駄目だ。
敵の機銃が肩に掠る。一瞬だけ走る痛みに眉を顰めてしまうが、背後を振り返らずに主砲だけを後ろの艦載機目掛けて放つ。ただの牽制射撃だ、実際に当たるだなんて考えてはいない。
現に爆発音もせずに艦載機特有の音だけが響いている。さながらジリ貧のような状況につい笑いそうだ。
空は機銃の雨、海は深海棲艦の砲。時々此方を艦載機が援護してくれる場面もあるが、それをするのは死んでほしくないが為だ。
感謝の言葉は送らない。助けてくれとは言ってないし、現状は敵対してる訳だしな。
艤装に居る妖精達もそれは解っているのか、助けてくれたにも関わらず艦載機には目もくれない。自身の職務を全うしようとする姿は恰好良いが、些か人情味が無いというのも問題と言えば問題だな。
「目視出来る範囲で何か見つけたか？」
「いンや、まったく。見渡す限り海、海、海って感じだ。こりゃ相当時間が掛かるねぇ」
「呑気に言ってる場合かよ。兎に角敵が艦載機を引き付けてくれている間にさっさと離脱だ。背後で機銃に襲われてちゃ連中だって動きは鈍るさ」
木曾と一旦合流して短めに報告会を行うが、やはり良い情報は無い。
互いに地図を持っている訳でも無いから今何処にいるのかも不明だ。近場に何か良い場所は無いかと考えるものの、太陽の位置だけで詳細な場所が解る筈も無い。
背後で大爆発の音が響き、背後を振り返る。最後の一機と思われる艦載機が墜落し、そのまま海底に沈んでいく。そこに群がるのは駆逐艦の集団だ。
食料と見なしたのか容赦無く艦載機に噛み付き飲み込み、妖精が逃げ出そうとしてコックピットを狙った駆逐ロ級に食われた。
血飛沫を巻き上げながら妖精の身体は半分抉れ、瞳は激痛に白目を向いている。
小人サイズの内臓が見え、彼女達の死にしてはあまりにも凄惨な光景に目を背けた。今更助けようとしたとしても意味は無いし、彼女達は俺の考えを否定する側の者だ。
忘れるな、世の中は情だけで済む訳ではない。血生臭い道理こそが真実である。
気の毒には思うがこれが現実だ。戦っていれば必ず死人が生まれ、こんな光景だって生まれる。
「艦載機はこれで最後。なら、さっさと行くとしましょうかね」
「同感だ。艦載機が黙れば一々敵に擦り付ける必要も無い。それに敵も艦載機に釘付けだ。今なら楽に逃げ出せるだろうさ」
「ン、なら安心しても良いか」
今回の方法は一回だけ通用する方法だ。
次には対策をされるだろうし、対策されてしまえば今度こそ対空装備を持ってこないとまともに対処出来ないだろう。次に会うような事が無いよう願うばかりだ。
まぁ、次の話をするよりも先ずは生活基盤を構築する所からスタートなのだが。
食料、寝泊りの出来る場所の確保。可能ならば無人島のような誰も居ない場所が一番良いが、そんな都合の良い所など他の敵か野良艦娘が住処にしているかもしれない。
そうなったらそうなったで、交渉でもしてみるか？…………問答無用で撃たれそうだ。
一番のピンチはこれで切り抜けた。後は残った燃料でどれだけ探せるのかだな。最悪別の場所で燃料でも飲みたいものだ。
「あー、さらば我が故郷よ。どうか何時までも無事なままで居てくれる事を願おう。――――なンてな」
「いきなりどうした」
「いや、ちょっとしたお別れの挨拶って奴だよ」
二カ月に近い期間をあの島で過ごした。
あの島と資源地帯があったからこそ生き抜く事が出来たのは事実で、故にこそ感傷じみた気持ちを胸に抱く。
何時か帰ろう。相手が気にしなくなった頃くらいに戻ってのんびり過ごせば、少なくともあそこは極楽天国に感じる事も出来るだろうから。
追われる生活が本格的に始まった。そしてきっと、戻れるのはまだまだ先になる。
相手の執念が何時無くなるのかは不明のまま。その執念がもしも会えない状況下で膨れあがったら、捕縛された俺は一体どんな目に合ってしまうのだろうかと薄ら寒い想像を描く。
江風の身体は絶対に穢してはならない。如何に傷付こうとも、それだけは駄目だ。何がなんでも阻止させてもらう。
水上を滑り、午後になったであろう空を睨む。
透き通る青はこれからの俺達の旅路を祝福しているようで、それでいて皮肉っているようにも見えた。
※reverse※
報告を聞き、落胆の息を吐く。
提出された書類には彼女が向かったと思われる方面の情報が書かれ、同時に旗艦である金剛が推測した彼女の練度についての情報も記載されていた。
しかしそれを、彼は見ない。いや、この場合は見る気力が無いというのが正しいか。
深く座り込んだ様は疲れ切った老人のようで、このまま眠るように死んでしまいそうでもある。
そんな彼を心配して電はそっと彼の好物である角砂糖が一つ入ったコーヒーを差し出すが、提督たる彼は何の反応も見せずに無言の重圧を生み出していた。
並んだ六人の艦娘は姿勢を正すだけで無言を貫く。内心は兎も角として、その表情だけで見れば如何なる罰も受けようとする者だ。
彼女達は任務を失敗した。提督が保護すべきと言っている艦娘を保護出来ず、現在は別の管轄地へと移動を行っているだろう。
海域を開放すれば、今度は維持する必要がある。
各方面毎に鎮守府を建て、艦娘を用意し、そして湧き出る敵を弱い内に倒すのだ。勿論練度が上昇すれば海域開放の任務にも駆り出されるので、ただ警備をしていれば良い訳ではない。
そして各方面にはそれぞれ担当する海域がある。彼が担当するのは西方海域で、彼女が逃げ出した先は北方海域だ。
迂闊に北方海域に艦娘を派遣させれば、そこの担当である提督に文句を言われる。
故に今回の失敗はイコール捜索中止である事にも繋がるという訳だ。これでわざわざ何度も出撃する必要も無くなったと金剛は内心安堵の息を零す。
それを見抜いているのは初期艦であり、秘書艦でもある電だ。他の誰よりも現状の艦娘達の不平不満を理解しているからこそ、電もまた今回の捜索が中止で終わるだろうと半ば確信していた。
いくら名目があっても他者の管轄に移ってしまった以上はその鎮守府に任せるのが常識である。
保護するかどうかはその鎮守府によって決められるそうであるが、大本営では可能な範囲で艦娘達を必ず保護する事を決めている。
それが建前であるのは提督に関わらず艦娘であれば誰であれ知っていること。それ故か、中には野良艦娘を発見しても見捨てるケースが多々あった。
それだけならば可愛そうではあれど致し方無しと出来たのだが、最近では野良艦娘達が組むといった事も起きているそうだ。
深海棲艦及び人間を敵と定め、同じ艦娘については鎮守府に所属しているのであれば無視する。もしも鎮守府に所属している艦娘が彼女達に攻撃を行えば、即座に何倍となって報復されるのだ。
人間が積み上げた負の感情の行き着いた先の一つ。即ち第三の勢力という形となって、彼女達は今現在世界中のあちらこちらで活動を行っていた。
「司令官、では北方の司令官さん宛てに書類を用意するのです」
電の言葉に、項垂れ始めていた彼の身体が重く持ち上がる。
上げた顔に生気の類は無い。まさしく恋人を失い絶望している顔だ。未だ正面から会ってすらいないというのにいき過ぎな反応であるが、これもまた愛かと電は軽く流した。
初期艦だからこその遠慮の無さと言うべきか。冷たい物言いに金剛達は素直な驚嘆を露わにする。
駆逐艦でも経験次第でここまで変貌する。その具体例を意識せずに提示した当の本人は、一体何ですかと少しばかり眉を寄せて困ったように笑った。
「さっさと仕事を開始させるようにしますから、金剛さん達は間宮さんの所に行っておくと良いのです。……ほら、司令官さん」
「あぁ……」
呻く声に、彼女の苦笑。
これが昔からのやり取りであるのは電の表情を見ていれば解ることで、であるならばこれ以上此処に居るのは無粋だろうと金剛達は最後に敬礼をして退出した。
そんな数分後に、執務室の中では鈍器で殴る音と提督の悲鳴が聞こえたのであったそうな。