江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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 今回文字数短めです。次の話を全部戦闘につぎ込みたいので。


今は高き雪の壁

「青葉……貴様とんでもない真似をしてくれたな」

 

 地獄の底から響くが如く、吹雪は通信機の先に居るであろう青葉に話す。

 怒りから発する圧は敷波が今までに感じていたどの威圧感をも超えるものであり、潰れてしまいそうな程のソレは勢いよく敷波の理性を削り始めた。

 他の敷波以外のメンバーも一緒だ。理由が不明であれど、各々似たような圧を見せている。

 許してはならないと、認めてなるものかと、そういった雰囲気が戦場を屠殺場へと変えていく様は蒼褪めたくなるほどで、金剛側の陽炎の脳内では満場一致で逃走の声を上げていた。

 しかし逃げたところで逃げ切れる訳ではない。

 捕まって拷問の末に殺されるか、何かしらの実験動物扱いでもされて死ぬ未来が容易に想像出来てしまう。

 轟沈者が多発するであろう存在との正面からの接触は確かに恐ろしいものだと既に江風との闘いで理解出来ていた筈だが、単純な恐ろしさで言えばまだまだ上が存在していたのである。

 怖いなどという言葉は合わない。もっともっと恐ろしいナニカが、吹雪の中には存在していた。

 

『解っています……ですが、何時かは向き合わなければならないでしょう。あの人にだって話さなければならない時が来ます』

 

「勿論だとも。そんな事は最初の頃から決めていた。しかしだ、それは今ではない。お前の動きは、あまりに早計が過ぎる」

 

 よくわからないやり取りが続く。

 金剛達はどうしてそこに青葉が存在しているのかを聞こうと思っているし、敷波は敷波で一体何を話しているのかを聞こうと思っている。完全にこの両者は蚊帳の外に置かれているのであり、もっと言えば通信室で青葉の隣で座っている提督も現状の理解が追い付いていない。

 一体何を話している。青葉は何を隠していた。

 そういった疑問が頭を回るも、先ずは現在の状態を何とかせねばならない。このまま言い合いを続けさせていたら、更に場が訳の解らない状態にまで変化してしまう。

 通信機を口に近付け、提督は大きく咳払いをした。

 プロジェクターに映る情報からは彼女達が此方に意識を移した所を見せ、取り合えず話を中断させる事に成功したという事実を教えてくれる。

 時間はあまり多くは無い。早期決着を目指し、提督は頭の中に描いた言葉を口に出す。

 

『いきなりの接触になってしまい申し訳ない。君達には君達の事情というものがあるのだろうが、今は此方の話を聞いてはもらえないだろうか。もしも全て順調にいけば、私の横に居る青葉君を直ぐに引き渡そう』

 

『別に人質でも何でも無いんですけど……』

 

『互いに危険な立場なのは理解していると思っているのだが?』

 

 うぐぐぐぐ、と青葉の呻き声が漏れる。

 その声から感じる通り、青葉の立場は現状かなり悪い。独断専行は当たり前だが、海軍との接触・及び独断での交渉。特にこの世界で最も触れてはならない部分に触れていってしまったというのが不味い。

 もしもこの話が全て円滑に進んだとしても、青葉は帰還した先で確実に厳重な制限をかけられる。

 具体的に言えば、戦闘時には監視が付く。撮影や取材も殆ど禁止され、彼女の趣味とも言える新聞作成もその殆どが停止となるだろう。

 間違いなく青葉の活動は完全停止だ。解体とならないのは一重に彼のお陰である。

 故にその現状をどうにかするには、そのトップが彼女の行動が有益であったと認めさせなければならない。

 メリットとデメリットを共に計算し、メリットの方が強いと思わせなければならないのだ。

 しかし、それの件についてだけは青葉には自信がある。

 予想の通りであれば、既に資源の問題は出ているのだ。それが無いとしても例えば金剛達が飲むような紅茶や、魚以外の食材の数々が不足している筈。

 そこを突かれてしまえば、流石の彼も首を縦に振らざるをえない。艦娘を大事にしているからこそ、充実化を目指さなければならないのだ。

 その結果として青葉自身の印象が悪くなるのは致し方ない。他の子達はこれでライバルが減ったと思うだろうし、青葉本人もこれでケッコンの可能性は一気に消失するだろうとも感じている。

 

 悲しいが、これで鎮守府が存続出来るのならば安い犠牲だ。

 最悪彼が最も嫌う侵略行為すら行わなければならず、そうなればどんなに手心を加えても死ぬ艦娘は出る。

 彼はそれを見て何を想うのか、なんてのは身近で見てきた者からすれば解り易過ぎる問いだ。

 ならばこそ、そのような事態にしてはならない。多少興味で動いていたとしても、青葉の根にある部分は常に真面目であるから、彼が悲しむ顔など見たくもないのだ。

 嫌いな相手でも手を結ばなければならない時は絶対に来る。時には、仲間同士で戦わなければならない場合も来るだろう。

 その覚悟自体は、今からしても何ら不思議な事ではない。

 既に当初の予想は変わり始めているのだから。最早最初期に考えていた案など採用する価値はまったく無いのだ。

 

『済まない、話を戻そう』

 

「ああ。青葉がそちらに居るのであれば、話をしない訳にはいかない」

 

 潰す選択は消えた。今は無難な解決を目指す他無い。

 

『そう言ってくれると此方としては助かる。…………さて、話の続きをしよう』

 

「最初に言っておくが、此方は貴様をあの人に会わせる気は無い。どのような脅しをしようとも、それを上回る武力でもって捻じ伏せよう。何なら、今からそちらに出向いて潰しても構わない」

 

『それは勘弁願いたい、これでも必死に生きる一人間なんだ。それに手段によっては直接会うような真似をしなくとも構わないさ。映像でやり取りするという手だってある』

 

 昔ならばいざ知らず、今では技術も大分発達した。

 映像越しに会話をするなど造作も無く、それを使った会議というのも実際大本営は採用している。

 だがそれで納得する彼女達ではない。即座に首を横に振られ、その手段は無しとなった。

 想定通りだと彼は一人思考する。

 昔に生きた者達の常識は昔に引き摺られる。新しい常識といったものは早々受け入れられるものではなく、その点は特別であっても変わらない。

 人間のような部分は明確に存在しているのだ。特に目の前の明らかに他とは違う吹雪は、背後で主砲の準備をしている榛名よりは遥かに理性的で通じやすい。

 性格が異なるだけ。ならば引き込める算段は立てられる。

 

『我が軍は現在深海棲艦による度重なる攻撃によって窮地に立たされている。いや、深海棲艦だけではなく内部に居る腐った汚物共もそれに加担していると言えよう。最初期の段階では艦娘と海軍は互いに手を結び合い、実に良い戦績を収めてきた。それは中枢棲姫撃破という一文だけで理解していただけると思う』

 

「ほう、アレを潰したか。中々精強な部隊が居たのだな」

 

『私の祖父の部隊だ。……その後に弱体化した深海棲艦を潰す為に更に多数の提督を育成したのだが、現在の状況を見る限りでは悪化の一途を辿っている。理由は解るか?』

 

「戦勝国になったからこその慢心。それによって出来上がった今後の舵取り役決めか。実に人間らしい。阿呆らしくて滑稽だ」

 

『残念ながら同意だ。身内の恥としてこれ以上のモノは無いだろう。次に浮かれ過ぎて深海棲艦を再度活発化させるなど、最初期の人間が聞けば軍刀を引き抜きかねない』

 

 提督の語る内容は、実に酷いものだ。

 その酷さは過去のとある軍でも辿ったものだが、この一件はそれを遥かに上回る。

 日本における最大の支配権は、成程確かに現状海軍が握っていると言って良い。陸軍もそれなりの戦果を出しているものの、どうしても艦娘という決定打が無い彼等は海軍よりも戦える場が限られる。

 海軍が守らなければ日本は陥落するのだ。その海軍からの指示にはどのような抵抗があったとしても最終的には従わざるをえないもので、それでもトップを別の人間に変える事は出来る。

 それは不祥事を起こした場合であったり、およそ人道に反した者に与えられる罰であったり、兎に角大多数の他者が不快に感じた限りにおいては海軍でも止められない騒ぎとなるだろう。

 されど、それでも何か大きな部分が変わる事は無い。

 どれだけの回数をかけても結局海軍は今後の未来しか見ていないのだ。現場の状況を正確に理解しているとは言い難く、故にそのトップ自身が傀儡子の可能性も十分にあった。

 

『だからこそ、変えねばならない。今一度日本を戦勝国にするのではなく、互いに助け合える国を作るのだ』

 

 艦娘と人間が助け合う。

 それは現在の日本では大変難しいことだ。だがそれでも成さねばならぬから、彼は今此処に居る。

 希望は目の前にあるのだと、そう言っている姿は縋りつく対象を見つけたようにも伺えた。

 

「それはつまり……私達に戦力的な意味で依存するという意味か?」

 

『そのようなつもりは断じて無い!道具のように扱うつもりも、奴隷のように酷使させるつもりもないんだ。ただ、勝手だと思われようとも共闘体制を君達と作りたいッ』

 

 必死だと、素直に吹雪は感じた。

 必死に日本を救済しようと考え、必死に艦娘と人間の溝を埋めようと足掻き、その姿は何処かの誰かを彷彿とさせる。決して比べてはならぬのに、提督の発する声が嫌が応にも比較させるのだ。

 志は良い。艦娘達の姿も殊更酷いものでもない。

 何よりも目前に居る金剛達は提督に対して確かな信頼を寄せている。それはきっと今の日本の中では珍しい部類であり、無くしてはならぬ光なのだろう。

 彼もまた、恐らくは艦娘を愛している。否、愛していなければこんな真似など出来はしない。

 その点は彼に通じる部分だ。認めたくなくとも、その認識を変えることだけは彼女の中では出来なかった。

 

 ああ、良かったと思う。

 どんな世界でも彼の性根は変わらない。艦娘を信じ、艦娘が信じ、間違いを認められないその性格は社会においては凡そマイナスに働くだろう。

 余程のコネが無ければ腐った世界では生きていけず、されどそういった運の良さがあったからこそ提督はその座に辿り着くことが出来た。

 努力を忘れるな、経験を忘れるな。失敗は次の糧になると言われ、傷だらけの中で戦場を駆け巡った日々を吹雪は想起する。

 彼の画面の中では、それこそ大きな変化は見えなかっただろう。

 吹雪の中の決意を固める場面を見ることなんて出来なかっただろうし、例え目撃したとしても吹雪の身体は一と零で構築された電子体である。感情的な部分も全てプログラミングされているのだと思われ、感動はしたとしてもそれが現実であるとまでは認識されないに違いない。

 それがどうしようもなく悲しかった。どうして自分は肉の身体を持っていないのだろうと怒りも抱いた。

 だがそんな諸々の悪感情も、全て全て彼の日頃の運営とここぞという場面の声援に吹き飛ばされたのだ。

 何と安い女であろうか。たかが声援一つ、たかが特別な装備一つ貰っただけ。それだけなのに、自分は特別視されているのだと浮かれてしまっていた。

 どんなに吹雪が浮かれようとも、彼はそれを見ることなんて出来はしないのに。

 

「――貴殿(・・)の意思は、確かに理解した」

 

 空気が変わったと、誰もが理解した。

 怒りだけの感情は露散し、代わりに鋭さの籠った戦いの気配が周囲を満たす。

 僅か数分の中で吹雪の心情にどのような変化が起きたのかを、敷波は理解出来ない。ただ解るのは、どうしようもない喜びと――どうしようもない悲しみだった。

 その吹雪の姿を見る木曾の瞳には同情の意思があり、北上の瞳には悲しみの色が映り込む。

 そうだ、自分達は決して彼に認識されることなど無かった。

 放たれる言葉なぞ全て彼からしてみれば人形に語り掛けるだけのもの。喜びなんてのも一人で感じているだけ。

 労いの言葉とて、その裏を探れば実に空虚だ。

 

「故に、今此処で命を賭けられるか」

 

『それはつまり、演習を行うと?』

 

「違う。文字通りの意味での、殺し合い(・・・・)だ」

 

 だがそんなものは、もう何処にもありはしない。

 想起していた忌まわしき過去は最早消失したのだ。夢は叶い、彼と彼女は同じ世界で再度出会った。

 それは他の皆も一緒だ。故にこそ、これまで以上の愛を捧げなければならない。

 回れ、回れ、何処までも。狂気の如く回転率を上げ続けるが良い。

 縛る枷など破壊してみせよう。道理など、最早何の意味も無いのだとこの瞬間に教えてやる。

 上空を一機の偵察機が見ていた。それを気配だけで感じた吹雪は、獣の如く笑みを作り上げる。

 この報告は彼にも届くのだろう。その時に部隊を緊急発進され、吹雪達は確実に止められるに違いない。

 

 ――――ならばそれまでに決着をつける。

 

 噴き出す覇気は自身の出せる最頂点。

 誰にも負けるものかと磨き続けた極点が咆哮を上げる。構えた金剛達の姿に、己の意思を汲んで構えてくれた榛名達に、感謝と闘志の感情を剥き出しにした獣が右手に握った武器を突き出した。

 同時に、彼女の左手付近に光が集まる。

 それを吹雪が困惑気に見つめるが、集まり完成したカード状のソレを認識して笑みを強めた。

 

「……成程、こうすれば良かったのか」

 

 今の彼女に全力は出せない。

 出そうとすれば自滅が始まり、金剛達による砲撃によって負けてしまう可能性が多分にある。

 肉の部分が圧倒的に劣っているからこその差だ。それをどうにかするには、現実の身体に直接自身の経験を叩き込んで覚えさせるしかない。

 ならばしてやろう(・・・・・・・・)。この身は彼の虜であるが故に。

 出現したカードを握り締める。ガラスの割れるような音と共にそのカードは消失し、されど次の瞬間には全身に力が流れてくる感覚を覚えた。

 同時に感じた暖かい感情は、きっと彼のものだろう。

 赤い幻影の忌まわしき舌打ちも聞こえたが、その部分だけは完全にシャットアウトさせた。

 

憑依完了(セット)――■■■■・■■■■」

 

 未だ辿れぬその境地。見せてやろう、初期艦の力を。

 

「総員構えッ!そして全身全霊を私に叩き付けろッ。貴様達の力、私が測ってやる!!」

 

 どうか認めさせてくれ。彼の姿をしているのであれば、尚更に。

 そして見せてくれ、長い間をかけて築き上げたその絆を。それがもしも満足出来る程であれば、あるいは味方をしてやっても良いかもしれない。

 密かな想いを胸に、彼女は一歩を踏み出した。




 江頭ネタがわりと発生して少し笑ってしまうこの頃。そして期待した流れにならなかった方々に深く謝罪を。残念に思われたのであれば、誠に申し訳ございません。

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