江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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 文字数が増えてしまい本当に申し訳ないです。もっとコンパクトにしたいなぁと常々考えつつ、書いていたら一万を超えていました。
 


爆弾祭り

 生きよと誰かが言った。

 死ねと誰かが言った。

 どちらも本音の言葉であり、彼に向けられたものだった。

 それに答えられた言葉は数少ない。勿論と否の二つだけで、言われた方は両者共に納得の顔をしていた。

 そこにどれだけ大きな意味があったのかは解らず、それが正解だったのかどうかすらも定かではない。

 その者達は皆全て息絶えた。前線を生きるからこその当然の死によって。

 夢を見ていた者程早く死に、生に足掻く者程生き残り、後に残るは保身に固まった老害やその部下ばかり。

 今の姿を昔の人間が見たら何と評価するだろう。

 素晴らしいと褒め称えるのか、それとも愚かになったと蔑むのか。解らずとも、後者の意見がきっと多いだろう。

 

 嘗ての己の回想を切り、自身が机に置いた書類を見る。

 書かれている内容を大雑把に言えば、人類存続の為の友好的な話し合いだ。

 それをざっと眺め、直ぐにまた机に置いた。窓を見る姿には一見仕事をしない無能に見えるが、彼の机の上にはうず高く積もった処理済みの書類が溜まっている。

 これら全ての書類は今日の分も含めた合計で五日分の量だ。一週間の間に未来の仕事も済ませた彼は白い軍服姿はそのままに、今日これから始まるであろう決戦に闘志を燃やしていた。

 以前の間に幌筵の提督とは話をしている。今後日本を守る為にオリジンと手を組むという選択は彼にとっては重要な意味を持ち、また艦娘との和平を求める派閥からも推奨された行為だ。

 他の者達も援助の要請があったが、大規模に動けば敵に勘付かれる。特に元帥付近の者達は総じて面倒だ。

 故に今回の交渉全ては彼と幌筵提督に任せる形となり、援助も何も出来ないものとなる。

 つまり道中で危険な事態に陥っても誰も助けられないのだ。死ぬ確率の高い海に行くことも想定される現状、彼のこの決定はあまりにも危険が過ぎた。

 

「編成を確認する。此度の任務は特別任務となり、この任務に参加する者以外に一切の口外を禁止する。また、装備群も偽装を施した例の物を活用し、場合によっては装備群は全て放棄。接触に成功し、無事交渉が済むまでが任務だ。道中に出くわした敵部隊は可能な範囲において戦闘をしないでくれ」

 

「解りまシタ」

 

 彼の机の前には、六人の艦娘が並ぶ。

 金剛を旗艦に、加賀や白露といったこの鎮守府における最大練度ばかりの者達だ。当然それだけの難易度である事は言うに及ばず、立ち込める緊張感は大規模作戦時を彷彿とさせていた。

 今回の任務において、最大の難関は江風との接触だ。司令官が前線に出て来る筈もなく、最初に出会うのはオリジンの誰かである可能性が非常に高い。

 今まではそのオリジンに接触していた場合直ぐに回避を選んだものだが、今回に限っては積極的な会話である。

 相手にされない可能性が高いのは勿論のこと、彼女に会いたいという一言だけで交戦開始となりかねない。

 故に今回の任務には轟沈者が出る場合がある。

 生きて帰れたとしても一人か二人のみ。難易度で言えば最高レベルだ。

 必然、彼の顔からも余裕の二文字は無い。もしもこの場で笑っていたら殴られていただろう。

 今宵最後の記憶が暴力を振るったではとてもではないが笑い話にならない。そうでなくとも、彼は込み上げてくる吐き気と胃の痛みに戦っていた。

 

「本当ならば私が直接出向いた方が良いのだろうが、それではきっと皆に迷惑が掛かる。何の確証も無く出たのでは敵に潰されて終了となりかねん。……それでも」

 

 今後の日本を守る為には、異常個体と認識されている彼女達の力が必要だ。

 憎悪されていても、敵意を抱かれていても、それら全てを受け止めねば今の日本は生きられない。

 暗い顔をせずに真剣な表情で彼は前を向いていた。

 裏に浮かぶ不安を無理矢理潰して、少しでも彼女達が無事になれるよう何者かも解らぬ神に祈る。

 どうか轟沈しないでくれ、どうか話を聞いてくれ。

 二つの祈りのどちらもが重い。元より軽いモノなど欠片も持ち合わせていないのだ、自然と場も心境も重くなってくるのは当たり前である。

 立ち上がった彼は、彼女達の前で頭を下げた。

 常日頃からある簡単な謝罪ではなく、心からの謝罪だ。

 それを見て、金剛達の表情が俄然固くなる。内部の妖精達も彼の姿を見て普段使われていない各種装備の点検を再度行い始め、少しでも各種成功率を上げる為の準備を考えていた。

 

 最後に互いに無言の敬礼を交わし、出て行った艦娘達の姿を見つめてから彼は通信室に向かう。

 遠征も出撃も全て今回の為に停止させた。周りの子達には特別休暇と称して自室での待機を命じている。

 手に持つのは彼個人の携帯端末。

 画面に映る姿は幌筵提督であり、今回の部分も全て聞いている。

 しかしその彼には特別何か揶揄われる言葉が出て来ることは無かった。緊張しているというよりも、単純に興味が無いのだろう。

 ブラックのコーヒーを啜る姿を映すだけで無機質な瞳は何の感情も示さなかった。

 ブラックとは無縁の男。しかし姿だけは限りなくブラックに近い男。

 この男にも油断は出来ない。どの派閥とも違う存在であるが故に、予測が出来ないのだから。

 霞との一件があれば間違いなく絡んでくる。それだけしか現時点では判明していない。

 懸念事項だ。ついでに言うのであれば、その懸念事項は更にもう一つ存在している。

 

「どうだい青葉(・・)。画面に問題は無いかい?」

 

「ばっちりですよ」

 

 通信室に入った直後に語り掛ける彼の前には、複数の機材を用いて映画館のような状態を作り上げている者がいる。何処で入手したのか二人前のポップコーンを両手に持ち、此方に向けて笑いかける様は実に演技臭い。

 しかし、それでも彼女が此処に居る事によって任務の成功率が上がるのは事実だ。

 何せ彼女は他とは違う特別。つまるところ、あの艦隊群と同じ異常個体の一人であるのだから。

 最初に彼女に出会った時、彼は先ず最初に己の情報が見られていないかを警戒した。

 ロックを解除した端末に守るべき盾はもう無いのだ。見放題になっている状態で中を覗かれでもしたら最悪闇の中へと叩き落されるのである。

 直ぐ様にロックを掛け、そして彼女の正体を聞いたのは王道的な問い掛けだっただろう。

 それが如何に現実的ではないものだとしても、今回の出会いは実に運命的だった。

 

「それにしても……良いのかい、こんな真似をして。下手をすれば向こうの艦娘達に殺されるかもしれないんだぞ?」

 

 隣同士に並んだパイプ椅子の片方に彼は座る。

 目前には真っ白なスクリーンと通信機があり、此処が彼の席であるのは言うまでもなかった。

 

「大丈夫ですよ。あの人は懐の深い御方ですし、確りと組んだ訳ではないと証明出来れば誰にも文句は言われません。寧ろあの人からは褒められるでしょう。何せ問題を一気に解決出来るかもしれないですし」

 

「上手くいけばな」

 

 互いに話すべき内容は浅い。関与を深くするかどうかは今後の展開次第であると解っているからだ。

 このまま任務が完了したら関与しても良いと思えるし、逆になればあっさりと手を切る。

 単純にそれだけの関係。共に利益があると解っていなければ成立しないものである。

 そうなっているのは、彼女が今まで彼を見ていたからだ。

 ストーカーの如く誰にも見つからないよう超遠距離から見つめていたり、こっそり盗聴器を仕掛けて聞いていたり、そういった情報収集の過程で今回の件を聞き協力しようとなったのである。

 青葉が情報通であるのは、何処の鎮守府でも一緒だ。

 まるで互いの情報を共有しているように他所や自身が所属している鎮守府の内情を把握しており、それを提督が金で買うような出来事も少なくない。

 場合によってはスパイとしても活用されるのだから、彼女はとことん戦闘に出される機会が少なかった。

 異常個体であってもその部分は変わらないということだろう。

 情報を集めているのは一緒であるし、彼女自身の紹介で異常個体達の中では弱い方であるという部分も一致している。

 尤も、弱い部分は確実に異常個体達の中で比べたらとなるのだろうが。

 

「生きていく為には食料は必須。資材だってきっと余裕は無いでしょう。そういった意味でも今後の連携は必要不可欠です。例え嫌い合ってはいても組まねばならないのであれば妥協し合う必要だってあると青葉は思うんです」

 

「私は嫌ってはいないんだがな」

 

「まぁ、個人レベルの話になればそれもまた別でしょう。今の艦娘は海軍という全体が嫌いなのですから。個人レベルになってしまったら流石に解りませんよ」

 

 話は円滑に進んでいる。彼は素直にそう思う。

 まるで相手が此方の素性を知っているように話し方を合わせているので、話している彼としては非常に展開を進ませ易い。その分釈迦の掌の上という気分も味わっているが、それで万事が解決するのならば踊るのも一興だ。

 彼女は艦娘が海軍を嫌っていると言うが、本人的には海軍を嫌っていないように見える。

 それは彼女が元々居た場所の居心地が良かったからなのかもしれないが、そこを深く掘っても何も良い情報など聞けはしまい。

 寧ろ時間の無駄。今必要なのは、彼女が此方の提案通りに動いてくれるのか否かそれだけだ。

 互いに手に持つ二つの無線機。直ぐに回線が開けるようになってはいるものの、それは本人達がスイッチを押さない限り開きはしないものだ。

 それを握っている意味は重い。何せ彼女こそが、本当の意味での難関を超える戦力なのだから。

 言い方が悪いものの、金剛達では最初の一回で彼女に会えるとは考えてはいない。寧ろ逆に殺されるだけの展開が簡単に想像出来る。

 そうならない為には他の要因が必要で、その為に青葉が此処に居るのだ。

 一時的に支配下に収まってはいるが、それも今回だけ。これが終われば彼女は離れ、江風に会いに行く。

 どうして江風に惹かれているのか、彼は疑問を零さない。

 理由は何時だって聞ける。何せこれが最後ではないと、他ならぬ彼自身が強く思っているから。

 

「――――では、始める。長丁場となるが、準備は良いな」

 

「はい、勿論。ポップコーンの準備も出来てますよ!」

 

「映画館じゃないんだぞ……まったく」

 

 始まりすらまともに終わらなかった。急に崩れた雰囲気に、どうしてか彼は酷く安心感を覚えていたのである。

 

 

 

 

 

※reverse※

 

 

 

 

 

 海、海、青い海。

 見渡す限りの青に浮かぶ一点の黒。それに狙いを付けて砲を放てば直ぐに黒は青に塗り潰され、また海の色ばかりが周囲を占める。

 右手に持った砲は新しい。凡そ傷らしい傷も無く、あまり長く使っていない武器は新品の輝きを放っている。

 パーツを取り換えたのではないからこその輝きは案外喜ばれるものであるが、新品には新品の問題点もあるのを彼女はよく知っていた。

 これは知っている武器だからこそ性能が理解出来る。しかし実戦で初の武器を使う時は理解が完了していない。

 飛距離はどこまでか。次弾装填までは如何程か。耐久力がどれだけあるのか。

 ある程度使い続け、それら全てを理解して初めて使えるかどうかが判断される。故にその手間が必要になる以上実戦で新品の武器を使うのは躊躇われる場面もある訳で、緊張感も並では済まされない。

 

「どうした?まだ実戦は辛いか」

 

「……ッ、いえ。問題ありません」

 

 前を行っていた同じ随伴艦の吹雪が、俯いていた敷波に言葉を放つ。

 それは単純に心配してのものだ。出撃によってより多くの経験を得てほしいと思っているが、それでも無理をさせては余計な被弾が目立ってしまう。

 敷波は今回が初の実戦だ。ある程度の訓練を受け、狙いも動きも合格ラインに到達した彼女は本日を以てその訓練課程を無事に完了させている。

 練度は二十。改装にも十分届いている彼女は直ぐ様工廠で改装を受け、午後のこの時刻に吹雪達と合わせて出撃だ。最初は彼女以外が全てオリジンである事実に緊張を覚えたものだが、出会った者達全てが意外に気さくで仲間思いであったので今ではそれほど緊張はしていない。

 少なくとも、考え事が出来るくらいには心の余裕があった。

 

 敷波達が現在出撃している海域は、彼女が逃げ出した鎮守府に近い場所だ。

 周りに彼女達以外の艦娘の姿は見えないが、比較的人類の制海権に近い為に何時出現しても何らおかしな事ではない。そんな場所を滑っているのは、一重に自身達の活動範囲を広げるためだ。

 まだまだ完全な終幕を見せている訳ではないにせよ、彼女達の暮らす島の周辺海域にはもう強敵となる者の姿は確認されなくなった。

 まったく問題無いとまでは言い切れないが、少なくとも今は一軍を動かす必要は無くなったのである。

 よって本格的な行動ではないにせよ、日本側に向かって範囲を拡大しようとなった。外洋に向かわないのは危険性が他よりも高いからだ。

 外に出れば出る程に姫や鬼と遭遇しやすくなる。早々出会うとは思えないが、中枢に出会ってしまえば現有戦力では少々ばかり厳しい。防空棲姫のような反則であれば攻撃が通らない可能性も否めなかった。

 諸々を含めての今回の行動は、一先ずといった形ではあるものの上手くいっている。

 初心者が負傷する事は無く、海軍側も可能な限り敵を減らしてくれていたお陰か質も低い。

 

「弾薬量は六割。燃料は七割。……倒した数とは比例しないな」

 

「そりゃ大体の敵は接近戦だからな。俺の刀も大分血で真っ赤だ、そろそろ切れ味も落ちるぞ」

 

「いや、そこは魚雷使いなよ。雷巡でしょ」

 

「過剰攻撃だろ、斬れて倒せるなら斬った方が速い」

 

「……艦娘って何でしたっけ」

 

 正しくあ艦これ。

 潮の珍しいツッコミに敷波が驚き、同じ雷巡である北上は末の妹の行く末に一抹の不安を持った。

 まともな状態で木曾はこれである、果たして壊れればどうなるのか。それを知っている者達は、まぁまだマシかと木曾の言葉を見事に流した。

 対して初見である敷波からすれば信じられない事である。天龍や龍田といった例は存在していたが、それは戦闘における弾除けのような役割が殆どだ。基本的に主砲で敵を倒していたのだし、それが軍艦としての正しい姿である以上木曾の言葉はそれを真っ向から圧し折る行為である。

 人間に近い言葉とすればそれはそれで納得出来るものがあるだろうが、敷波はまだまだ軍艦としての己の意識の方が強い。故にこの艦隊の名物である反則祭りに、まだまだついてこれなかった。

 自分と相手の力量の差は歴然。それを短い時間の中で叩きつけるように教えられれば、彼女が顔を俯かせるのも道理である。

 追いつける未来が描けない。辿り着ける過程が想像出来ない。

 もしも実際に彼女達の練度に並んだとしても、この差は縮まらないのではないか。

 そんな思考が脳裏を掠める。そしてそれは事実。紛れもない真実だった。

 

「……敵を発見しました。総員戦闘準備」

 

 最後尾を進むのは戦艦の榛名。

 大人しく、ただ静々と進む彼女は、しかし最上級の爆弾である。

 美しく優しいという女としては最上級のモノを持ち、そして強さも皆が納得する程。完璧超人と言うと些か過剰な表現に近いが、しかしそれ程の域には彼女は到達している。

 金剛型を他にも見た事がある敷波としては、やはり環境の変化が性格の変化にも繋がるものなのか、と少しばかり感じていた。

 他の場所で見た榛名は殆どの場合、無理な出撃を繰り返しても気丈に振る舞う。常に大丈夫だと言い続け、沈む瞬間まで周りを優先しようとする姿は一種自己犠牲的とまで言われていた。

 そんな彼女を知るからこそ、目の前で浮く姿は印象的だ。

 大丈夫であるとは決して言わず、戦艦としての矜持を語らない。寧ろ逆に裏方に回ろうとする気配の方が強くあるのだから、戦闘に出る場面はかなり限られていた。

 それでも実際に戦闘を見た敷波は思う。

 他の戦艦全てがどうかまでは不明でも、榛名の砲撃には常に狂気が籠っていると。

 戦闘時の彼女は無表情だ。優しく微笑む彼女の姿は何処にも無く、さながら機械的な動作で敵を倒しているようにも見える。

 しかし砲撃を撃つ瞬間、その一瞬の時だけ彼女の素の表情が出るのだ。

 獲物を睨むは憎悪の瞳。殺意を一点に凝縮し、凝縮され過ぎたが故に弾頭が黒く見えている。

 まるで親の仇でも見ているかのようで、彼女のその顔が自分を今まで叱っていた前提督よりも恐ろしい。

 

「目標は……海軍所属の艦娘(・・・・・・・)。主砲、発射用意」

 

「待て。規定に合わせろ。司令の命令に従えんのか、貴様は」

 

「……申し訳ございません」

 

 榛名の飛ばしていた偵察機からの情報に、敷波はぞっとした。

 彼女は今正に、報告をした上で同じ艦娘を撃ち殺そうとしていた。咄嗟に吹雪が止めたが、後数秒でも遅れれば彼女は容赦無く相手へと発砲していただろう。

 それはつまり、榛名にとっての味方はあの鎮守府に存在する者のみとなる。

 いや、抑えているだけで――もしかすれば味方ですらも彼女は場合によっては撃つかもしれない。

 普段は美しく、そして優しい。そんな女が見せる狂気は、だからこそ精神的にダメージに繋がる。

 それが例え前もって注意(・・)されていたものだとしても、それでも敷波には辛いのだ。

 常識人が悉く居ない訳ではない。話をしてくれる相手は多いし、戦闘外であればどれだけ狂気的な性格をしていたとしても普通の態度で接してくれる。

 ただ、まるで裏切られているようにも敷波は感じてしまうのだ。

 お前達に真実を教えるつもりはないと、そう言われているようにも思ってしまう。

 まだまだ信頼される域には届いていないと解っている。信用だってまだ遠いと確信している。

 それでも、せめて日常の中では何も感じずに穏やかに過ごしたいではないか。

 どうして態々狂気を隠すのか。トップである彼女だけに隠すならまだしも、戦闘時以外でもそれを隠し続ける意味が解らなかった。

 別に構わないのだ。既にあの鎮守府に在籍している艦娘の殆どが恐ろしく逆らってはいけない相手だと解っているのだから、そういった部分を見せてくれた方が変に勘繰らなくて楽なのである。

 

 彼女はこういう性格だ。彼女はこういう行動をよく行う。

 それが恐ろしい。だが、そこまでだ。トップの命を何よりも重視する彼女達は、それ故に衣笠達新人組を害せない。害せばそれは命令無視に繋がるだけでなく、彼女の信頼をも失う結果になってしまうのだから。

 故にこそ、敷波は情報を並べた結果として安全だと断言するのだ。その方が精神衛生上マシであるというのも理由としては強いが。

 一先ず、砲撃による強制的な戦闘は無くなった。

 相手も此方を視認し、警戒をしつつも接近をしている。撃つつもりが無い事を証明するように砲撃はまったく見当違いの方向に向けているが、しかし話せるラインに到達するまでは油断など出来ない。

 距離から到達時間を計算して、およそ五分程度だろうか。

 だがその五分が異様に長く、敷波は静まり返った海域を見つつ唾を飲み込む。

 主機は何時でも最大で稼働出来るように、砲弾は何時でも砲塔に入れられるよう準備し、その重要度の割合は六対四だ。

 

「――所属を聞こう。此方は野良艦娘、名無しの鎮守府所属の吹雪だ」

 

「鎮守府……となると例の艦娘達デスネ。此方は舞鶴第二鎮守府所属・旗艦金剛デス」

 

 挨拶は恙なく終了を見せた。取り敢えずはいきなりの戦闘にまで発展する事は無く、誰かしらが暴走する気配も見せていない。

 榛名という不安因子はあるものの、話をするだけならば問題は無いだろう。

 野良側の旗艦は吹雪だ。彼女が話す事を決定したのであれば、それについて文句を言う随伴艦は居ない。

 向こうには加賀と雲龍という正規空母二名が存在する。彼女達によって制空権は確保されるだろう。

 だが吹雪達の部隊は最初からそれを想定していた。今更空母によって制空権を奪われても、空を支配する艦載機群を全滅するくらいは平気で行う。

 

「此方は現在、鎮守府周辺海域の警備中である。目的無き接近は任務の阻害を意味し、最悪の場合轟沈を覚悟してもらう。此方に何か用か」

 

「勝手な事を……とは言いマセン。貴殿達によってこのareaはpeacefulデス。これに感謝の意を示すのは当然と思ってイマス」

 

「それはそれは……栄光ある日本海軍所属の者に言われるとは、恐縮だな」

 

 金剛は極めて冷静だ。冷静に盤面を見つめ、如何に自分の想像するがままに場面を動かすか考えている。

 対して吹雪は既に内部の妖精達に頼み鎮守府に通信を送っている。

 金剛達からすれば予想された事態であり、吹雪達からすれば可能性に含めていただけの事態だ。吹雪側には戦闘の意思が無い以上選択は逃走一本に限られる。

 だがそれも、この瞬間までの事だ。

 金剛が意を決したように足を一歩進ませる。目立つ動作はそれだけで吹雪達の警戒心を煽るも、それ以上何もしない姿に心を尖らせるだけに留めた。

 

「突然の事ではあると思いマス。いきなり言われても理解が及ばないとも思いマス。しかし、聞いてほしい事があるのデス」

 

「なんだ。あまり長居はしないぞ。敵も居るには居るしな」

 

 質は低いとはいえ、立ち止まっての会話は避けたいのが本音だ。

 吹雪は無傷で済むが、敷波は確実に傷を負う。それでは資源の無駄遣いになるし、折角の敷波の出撃記録にも泥を塗ってしまう。輝かしい記録ばかりとはならぬと知っていても、それでも汚点は可能な限り潰しておくに限るのだ。

 そして時間が無いのは金剛も百も承知。

 この海域はかなりの数の提督が気にしている。泊地を再建するまでの間に敵がそこを狙って上陸されでもすれば人類は一気に絶滅に近付き、戦況は絶望的になってしまう。

 故に偵察機は無理のない範囲で飛び続けているのが現状だ。それらの間を縫って進むのは非常に骨が折れるが、こうして出会えたのであればその苦労は報われたも同然である。

 ここで選択肢を間違えてはいけない。

 間違えれば、そこにあるのは断崖絶壁だ。彼女達は決して片道燃料だけしか搭載していた訳ではないのだから、普段の調子で話せば確実に不快に思われる。

 

「――貴殿達のトップ。つまりは江風殿に会わせていただきたいのデス」

 

 単刀直入。前置きも何もかもを捨て去った、本当に真ん中を走った言葉だ。

 突然過ぎるお願いも同然であり、その脈絡の無さに思わず加賀が口を挟もうと話をし始め――――それら諸々の動作は次の大規模な水柱によって全て止めさせられる。

 

「…………は」

 

 水柱の正体は、主砲の弾だ。

 爆発によって出来た一時的な雨は彼女達の身体を濡らすが、そんな事は些事である。

 必要なのは誰が撃ったのかと、どうして撃ったのかの二つのみ。しかしながら、そんな二つの情報は構えている人物の姿を見ればすぐに解決された。

 砲撃の構えを取り、容赦無く徹甲弾を放ったのは榛名である。

 一瞬の内に全ての仕事を終えた彼女の表情は黒々とした深淵を思わせ、直ぐにでも動き出そうとすれば第二射が発射されそうであった。だがその発射の為の主砲は全て先端を無理矢理横に動かされていたが故に、暴発を起こすだけの塊となってしまっている。

 榛名は正確に姉の金剛を狙った。

 姉の言葉が心底に納得出来ないからこそ、周りの静止を確認する前に反射的に動いたのだ。

 それをギリギリとはいえ止められたのは、無闇矢鱈と前に出る事をしない潮だ。

 榛名の反射を上回る反射。普段から戦闘を好まず、回避や耐久を基本としがちになってしまう彼女だからこそ出来た、戦闘回避の為だけの咄嗟の動作である。

 しかし戦艦の艤装は他とは比べものにならない程に硬い。

 潮は蹴りでその砲塔を曲げたが、足は歪な方向へと折れてしまっていた。当然その苦痛は潮を蝕むもので、涙を流しながら片足でバランスを取るように海上に立っている。

 

 すぐさまに敷波が肩を貸してカバー。戦闘続行は不可能となり、これで潮という戦力が消滅したことになる。

 勿論主砲自体は健在だが、当たらない場所まで移動されては意味など無い。

 吹雪はその榛名の行動に、特に何も言いはしなかった。してはならぬ事とは決して言えなかったのが理由だが、一番の理由は榛名と一緒だ。

 彼女達は提督に会いたいと願った。それはつまり、彼に話があるということだ。

 海軍がついに何かしら伝えに来たのかとも考えたが、正式なモノであると確信するには明らかに数が少な過ぎる。別に殊更豪奢にしろとまでは言わないが、それでも連合艦隊規模のモノは準備する筈だろう。

 ならばと他に可能性として挙がるのは、内密なモノだ。

 金剛達が在籍している鎮守府の提督が私的に会いたいというものであり、その為に練度が最も高く代えの効かない艦娘や現段階では作れないような装備で身を固めた者達を向かわせたのだ。

 これこそが此方側の誠意だと言っているようで、吹雪にはその言外の言葉が酷く不愉快だった。

 

「貴様ら、言っている内容を理解しているのか?」

 

 トップが来る訳でも無い。何か事前に話し合いをしていた訳でも無い。

 突然の突然で、もしかすれば大忙しの時期に激突していた可能性が多分にあった。海上で出会わなければ恐らくそのまま鎮守府に向かったのだろうが、そうなれば空を飛んでいる偵察機に補足される。

 つまり最初から江風の居る鎮守府に所属している誰かに会うのが目的。そこで比較的性格の穏やかな者に話し掛け、上手く説得出来ればそのまま彼に会える可能性がある訳だ。

 無論それまでに吹雪や金剛といった者達の耳にも入るが、彼が受け入れる姿勢を見せれば何も言えない。

 例外はあるが、オリジンの彼女達は彼の言葉には絶対なのである。

 狙ったものではないにせよ、最終的にそうなるような形にしてしまった以上もう簡単には止められない。

 条件が合致すれば彼は手を組むだろう。此方にとって最大限のメリットを確保しつつ、人間側との共闘へと路線を変更しかねない。

 それが現状悪にしかならないのは、今の日本を見れば解るだろう。

 相手は此方の戦力を欲している。此方は資源や食料を欲している。

 条件自体は成立しているのだ。ならば、用意の保証が出来れば簡単に嵌ってしまうだろう。

 それは防がねばならない。例え此処で問題行為と思われようとも、それでも――――彼女達との接触は無かった事にして処理しなければならない。

 

「Of course,貴殿達からすれば、カワカゼは大切な方デス。前に出したくないのも解りますし、此方とてそのまま会えるなどとは思っていまセン」

 

「それが理解出来ているのならば話は簡単だ。……早急にお引き取り願おう。榛名が完全にロックオンを済ませる前にな」

 

 次弾装填。修復作業開始。

 榛名の内部で起きている現在の状況はそれだ。砲塔の回復は無理でも、衝撃で崩れた部分は直せる。

 残っている砲塔全てを再調整すれば、その瞬間から主砲は息を吹き返すのだ。そうなれば、最早交渉などしている暇もありはしない。

 だがしかし、金剛にはもう話を終える算段はついていた。

 こうして拒絶されるのは解っていたし、戦闘に及ぶ可能性も考慮済み。想定外だったのは妹が完全に姉を敵として認識しているくらいなものだ。それは悲しいが、まだ取り戻せるものでもある。

 希望的観測であれ、何かに賭けられるなら生物は強いのだ。

 

「……ならせめて、この人の言葉だけでも聞いてくだサイ。それでも駄目なら、素直にgive upシマス」

 

 通信機を前に出す。その動作自体に危険な香りはしないが、吹雪は自身の武器を前に出した。

 おかしな言動を行えば撃つ。そういった姿勢を見せたことで、今度は吹雪の背後で待機していた他のメンバー全てが戦闘態勢を見せ始める。

 下らなければ即処刑。見逃すのは、見逃しても構わないと思える程度の雑魚だけだ。

 その当然の警戒に内心で冷や汗を流しながら、金剛は通信機を起動させた。

 

『――聞こえているだろうか』

 

 そこから響いたのは男の声。それだけで彼女達を率いている提督の声だと解るもの。

 敷波は司令官が出たのかと素直にそう思うだけだった。金剛達は任せても問題無いのかと素直に不安になるも、この人ならばという信頼感だけで顔には出さない。

 対して、他は違った。まるでその瞬間だけ時間が停止したが如く、オリジン達の姿が固定化された。

 その姿も次第に震えへと変化し、木曾は顔を俯かせる。

 苦々しい顔をする北上などあまりにも珍しい。そして、潮に至っては驚きのあまり露骨に目を見開いていた。

 冷静――そうな素振りを見せるのは吹雪と榛名だ。

 主機の動きが高まる。眦に宿る手加減の字が消えていく。

 胸にあるのは嚇怒の念のみ。この男だけは逃してはならぬと定めた、正しく確殺の意思。

 彼女達はこの男の声を知っていた。知り過ぎていたし、その声には常に励まされてきた。

 その声を、姿を持って良いのは彼だけだ。

 彼だけが、それの保有を認められている。故に認められない。

 

『何というかヤバイ気配がしたのでさっさと登場です!ども、青葉です!!皆様大変元気でお過ごしでしょうか?』

 

 場が鉄火場へと変わるその刹那、第二の爆弾が投下された。




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