江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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 遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
 翔鶴はお正月に無事改二に到達。墳式任務もこれで漸く前に動きました。これからも皆様方、どうかよろしくお願い致します。


訓練生の意思

 時間が過ぎるのは存外速いもので、鎮守府が着陸してから一週間の時間が経った。

 その間の日常は平和そのもの。遠征に次ぐ遠征によって資源は潤い続け、最近は妖精達による開発を始めさせている。勿論数は最低値でデイリー分しか作っておらず、出来上がった装備群をあげる相手は練度の低い子達だ。

 他勢力の子達ではなく、こういった逃げてきた子達を受け入れたのは今回が初めて。だからこそ気に掛けてしまうのは致し方ないもので、しかしそんな俺をオリジンの彼女達は暖かく見てくれている。

 教練担当は完全に神通と最近出現した摩耶に任せきりとなってしまっているが、本人達は至ってやる気そのものだ。

 特に神通のやる気は他とは違う。

 予定を決め、その通りにまで練度をあげるのだ。当然その間に艦娘としての武器の扱い方や危険な状況を切り抜ける方法なども手抜かり無く教えているそうで、鬼教官と密かに言われてはいても決して嫌われている訳ではないらしい。そんな彼女であるが、勿論休暇も与えている。

 予定を作った段階で俺がそうしたのだ。最初の段階ではまったく作られていなかったから、無理矢理捻じ込んだのである。その時だけは彼女が意見をしたが、認められない側としては彼女の言葉に素直に頷くことなど出来はしない。

 それに練度の低い子達にだって休みは必要だ。戦力化は急務とはいえ、それで身体や精神を壊してしまうのであれば本末転倒。正論を三つ程並べて諭せば、彼女は仕方なくといった態度ではあったが納得した。

 

 けれど、神通の気持ちも解るのが本音だ。

 俺達がこうしていられるのは、ただ単純にオリジンであるからに過ぎない。それとて絶対安全とは保障出来ず、現状では安全であるとしているだけだ。

 深海棲艦は相変わらず出る。頻度は制圧部隊によって減ってはいるものの、元から無限湧きの相手だ。

 どれだけ倒しても倒しても出て来るのは避けられず、今は安全圏に入ってこないようにしているだけ。もっと大規模な部隊を投入すれば安全圏の拡大も出来るだろうが、さてそうなると資源消費が激しくなる。

 そうでなくとも本拠地が潰れる可能性を生むだけだ。

 ゆっくりと、では駄目だが。性急過ぎるのもよろしくない。

 ペースは若干早めにして進めるのが一番良い。衣笠達とてこのまま何もしないのは申し訳ないだろうからな。

 生活スペースも余っている部屋を改造して複数人が一斉に寝れるようにしたし、風呂や食料(魚)も用意した。

 最低とはいえ全員分の装備も用意。壊れるという事態も考え、予備に何本か主砲や魚雷を持たせればそれで良しだ。

 

 三日前からは遂に戦艦と重巡と空母の運用も開始している。

 最初はあまり長く動かさなかったが、今ではもう戦闘にも二隻ずつではあるが出撃させている状態だ。

 やはり戦艦は凄まじく、帰ってきた際の資源消費に目を瞑れば安定感がある。破損もほぼ皆無であるし、練度がある一定まで上がった通常の子達を随伴艦として出撃させればその子達も幾分か喜ぶ。

 尤も、出せるのは一日五回に限定している。それ以上はもっと遠征部隊を用意してからだ。

 個人的にもっと遠征を出したいが、それをするにも資源地が他に見つかっていない。二つの遠征部隊が帰りに周辺の調査をしたり、出撃帰りの空母に艦載機で安全地帯を作ってもらって他の場所を調べてもらっているものの、どうしても資源地帯が見つからない。

 いや、見つかる事には見つかるのだ。

 しかしそれらは海軍が既に見つけている場所であったり、他の野良が占領している場所であったりするので俺達が占領してしまっては無駄な争いに発展してしまう。

 資源を求めて戦いなんて、それじゃあもう戦争だ。俺達が戦争する相手は深海棲艦であるのだから、こんな戦いなど無駄な消費にしか繋がらない。

 よって現状は誰も保有していない小さな資源地を回す日々である。

 何時かはそれも尽きるだろう。そうなれば、新しい資源地を確保するまでは資源の獲得が零である。

 

「海上護衛を回すよりかは良いが……でもなぁ」

 

 片手で頭を掻きつつ、机に置かれた紙を見る。

 被害は練度の低い子が小破。それ以外は無傷と問題無し。新たに追加された資源と合わせて、漸く九万にまでは回復してくれた。勿論これで余裕などと言える訳もない。

 あればある程良いのだ。三十万を目標にして、更にそれ以上貯められるのかも調べなければならない。

 先程報告書を提出した阿武隈も申し訳なさそうな顔をしていた。それはきっと、もっと大量に資源を持ってこれればと思っていた顔だ。

 正直阿武隈も含めた大発組には感謝しかない。彼女達が居なければ持ってこれる資源の量も長期的に見ればかなり変わっていただろうから、寧ろ誇ってもらった方が俺としては嬉しいのだ。

 しかしそのまま言葉にしたとして、彼女は納得しないだろう。

 一日前にも休憩を碌に取らずに遠征に出ようとしていた。直ぐに止めさせて天龍を出撃させたが、あのままであれば拘束を引き千切ってでも遠征に出たかもしれない。

 それは御免だ。直ぐに冷静になったとはいえ、彼女は軽巡の中でも貴重な特殊枠。

 戦力としても重要な位置に居る彼女をこのまま放置するのは問題だろう。しかしかといって、現状彼女の状態を向上させる手段など浮かぶ筈もない。

 

「江風、阿武隈の今の状態を直すにはどうしたら良いと思う?」

 

『うーン……』

 

 女には女。という訳で江風に聞いてみるが、彼女は腕を組んで唸り声を上げるだけ。

 自由度が少ないからこそ悩んでいるのだ。聞いたところで意味は無いだろうと内心思っていたが、それでも彼女は何かを思いついたのか耳元に口を寄せた。正直何も感じないとはいえ、報告に来る子の前でも同じ真似をするのは勘弁してほしい。

 以前は霞の前でそれをやって盛大に怒られたばかりなのだ。今度やれば蹴りの一つでも飛んできかねん。

 

『やっぱり提督直々に別の仕事をさせれば良いんじゃないか?別に大発を乗せられる奴は他に居ンだろ』

 

「そりゃそうだが、じゃあ何をやらせるんだよ」

 

 遠征は駄目。指導も神通と摩耶が予定を組んでいる為に駄目。それじゃあ出撃かと言われれば、それもまた現状では別段必要とされていないので駄目。

 そんな状態じゃあどう頑張ったとしても阿武隈の状態を改善なんて出来る筈がない。

 俺の前でだけは取り繕った顔をするだろうが、それでは意味が無いだろう。本当の笑顔を見せてくれるまで、安心出来るだなんてことは一切無い。 

 だからこそと言うべきか、この話は解決出来ないのである。

 やるべき事が多くとも、今の俺達には大々的に動けるだけの要素が欠けているのだ。それでは、如何に大規模運用を行おうとしても失敗するのは目に見えている。

 ……やはり現実的に見て、何処を弄れるかと言われれば神通のような指導役の場所だ。

 予定を更に弄ってもらうのは心苦しくもあるし、それで全体に影響が出るとなると俺自身の予定も変えねばならないが、最終的に同じ結末になるよう調整をかければまだ大丈夫な筈だ。

 海軍も深海棲艦も未だ此方に対して直接攻撃を仕掛けようとする動きは皆無。

 ならば余裕のある内に、所属艦娘達の不満を解消するのも上司としての仕事だ。彼女達の間に更に亀裂が入るような真似は断固として阻止せねばならないのである。

 そうと決まれば、先ずは行動あるのみ。

 広がっていた無数の報告書を纏め、帽子を被り、そのままドアへと向かう。

 傍には俺の意図を汲んだ江風が背後に浮かび、やはり首に腕を回していた。どんな時でも平常運転な彼女には呆れる部分も多いが、今この瞬間の無条件の愛情だけは嬉しいものである。

 

『何かあったら協力するから、あンま気にすンなよ』

 

「……そうだな、ああそうするよ」

 

 目指すは神通達の居る安全圏の海域。久方振りに艤装を出現させ、俺達は一路海を目指した。

 

 

 

 

 

※reverse※

 

 

 

 

 

 空を舞う身体が幾数十。

 自由飛行でも何でもなく、一目で投げ飛ばされたと解る身体は一秒程度の浮遊感の後に急速な落下を始めた。

 直ぐに受け身の態勢を取れば落下時の傷は浅く済んだだろう。しかし、投げ飛ばされた相手は意識を朦朧とさせてしまい次への行動に移る思考を出来ないでいた。

 然るに、後の顛末は想定通り。潰れるような音を発して海面に叩き付けられた彼女達は、数回転がりながら大空に全身を晒す体勢に強制的になってしまった。

 晴れた空が実に憎らしいと、彼女達はその空を睨む。

 そんな真似をしたところで意味が無いのだとしても、それでもしてしまうのだ。その部分だけを見れば、本当にただの人間そのままである。

 呻き声を漏らしつつも、全身に力を入れて彼女達の内の一人が立ち上がった。

 膝は震え、息も荒い。どう見ても無理をしているのは解るもので、少し小突くだけで体勢は崩れるだろう。

 

「良い感じですね。その意思は忘れないでください」

 

 彼女を投げ飛ばした相手――眼前に悠々と立つ神通は小さく微笑む。

 此処は安全圏とされた海域。直ぐ傍に彼女達が寝泊りする鎮守府が見え、神通達とは反対方向の海域には摩耶が訓練を施している。

 どちらもどちらとて、その訓練は非常に厳しいものだ。

 元より遊びで終わらせてほしくないとは衣笠と共に連れて来られた駆逐艦達は思っていたが、想像以上に神通から与えられた課題が厳しく、今では少し昔の自分の発言に後悔している者も居る。

 それでも誰も諦める気配は無い。

 拾ってくれた恩があるから。見捨てるつもりは無いのだと訓練の苛烈さで理解させてくれるから。

 彼女の厳しさは、イコール期待されているのと一緒なのである。駆逐艦達が過ごしてきたあの何の期待もされずに放置されてきた日々に比べれば遥かに天国なのだ。

 故に、今日のノルマは確実にこなす。失敗は許されているとはいえ、最初から失敗ばかりでは情けない。

 

「もう一本、お願いします……ッ」

 

「勿論です。ですが、これが終わり次第休憩にしましょう。――お客様も来たようですし、ね」

 

 この訓練に訪れる客は多い。

 大体の場合は神通のように一線級の者ばかり。というよりかは、異常個体しか居ない為に彼女達からすれば遥かに格上の者しか訪れない訳である。

 高圧的な者は非常に少なく、寧ろ気さくで優しい。およそ海軍という地獄の中で生きてきた者達とは明らかに違い、最初は恐れていた者も今ではまったくという程居なくなった。

 天龍は次の遠征までの待機時間中に近接武器を持った者の対処方を教えてくれる。

 北上や大井は雷巡の恐ろしさを演習と机上で教えてくれる。

 空母の対処方は瑞鳳が教えてくれ、駆逐艦の本来の動きはその日に暇だった駆逐艦達が教えてくれる。

 誰も彼も、あの鎮守府に在籍していた全ての艦娘達が今現在弱小とも言ってよい者達に期待してくれているのである。

 戦艦だけは資源の所為で演習には出れなかったが、比叡が率先して黒板をチョークで叩いていた。

 

 恵まれた環境だと――唯一立ちあがった駆逐艦・満潮は思う。

 海鮮物限定とはいえ食事は腹を満たせる程に多く、殆どの艦種が居るので対処が不可能であるという事態も潜水艦を除けば殆ど無い。暴言を吐かれる事も無いし、訓練での負傷以外で余計な怪我も発生しないのだ。

 寝る場所も確りあるのだから、まるで自分は夢を見ているかのようであった。

 どうしてこのような鎮守府が存在しているのか。海軍には所属していないので真似ただけの建物であるだろうと彼女は推測を立ててその疑問を神通達にぶつけてもいるが、返答は実に謎を極めるものだった。

 巨大な施設に大多数の艦娘達。当然そうなれば責任者が居るもので、衣笠だけはその責任者に会っている。

 皆から司令官か提督と呼ばれているそうだが、衣笠からの情報によればそれは駆逐艦江風だという。

 外の海には艦娘がリーダーとして活動している勢力も確かに存在していた。だからこそその点については疑問には思っていないが、しかしそれでは神通の内容がおかしいのだ。

 彼女は『彼』と呼んでいた。

 それが実に不可思議だと思いつつも、今は目先の相手に向かって突撃する。

 

 主砲についているのはただのペイント弾。

 色が付いた場所は妖精達によって強制的に稼働不可となり、肉体面も疑似的に喪失状態となる。

 最初に放った弾は顔面・胴体。どちらも的としては一般的に多く狙う箇所であり、だからこそ回避もしやすい。

 海面を左右に動くだけで神通は弾を回避した。その場では一歩も動かず、弾が貫通したようにしか満潮には見えなかったが、それは彼女が視認出来ない速度で動いただけの話である。

 ならばと今度は無差別に弾を放つ。

 弾薬の消費量は跳ね上がるものの、狙いが無い弾というのは相手からすれば非常に回避がし辛い。

 弾だけならば回避は容易である。だが、適当に撃ったという事は次の手を迅速に用意出来るという事だ。

 実際に満潮は次弾を装填しての突撃体勢を維持。弾だけに意識を向けては、その突撃に対する準備が出来ない。

 敢えて切り捨てられる箇所だけにダメージを集中させる手もあるが、それでもいきなり喪失状態になれば解っていても反応が半歩遅れる。

 ならばいっそ此方も砲弾でもって先に相手の足を止めれば良い。

 傷を負うとはいえ、相手は確実に次の攻撃の手を緩める。神通と同等の相手であればまた別の策で突破するだろうが、未だ低練度の彼女ではそこまでの事は出来ない。 

 

「一撃、必中……!」

 

 であれば。

 

「駄目ですよ。突撃するのならばせめて相手の弱点を見つけてからにしなさい」

 

 瞬間、彼女の姿がブレた。

 幻の如く佇む彼女の姿は嫌になるほど非現実的で、それが満潮の警戒レベルを一気に押し上げる。

 その直後に衝撃。真横からの突然の一撃に、されど満潮は咄嗟にガードを行っていた。

 だがそれでも、元々の力が違う。満潮の防御を無理矢理こじ開け、神通は彼女の顔面を殴り飛ばした。

 再度空を舞う身体。揺れた脳味噌ではまともな思考なぞ出来る筈も無く、思うのはただ一言。

 空が綺麗だ。

 訪れた衝撃に、今度こそ満潮の意識は暗転した。

 それらを見つめ、大きく一回手を叩くのは神通。これが終われば休憩の言葉通り、彼女は他の艦娘達にも手伝ってもらい気絶した者達と一緒に浜辺に進んでいった。

 その浜辺に、これまで駆逐艦達が見たことの無い人物が立っている。

 海軍の白い制服。それだけを見るのであればあの恐ろしい提督の姿を想像するが、如何にも大きさが違う。

 白い服をマントのように身体に掛け、帽子は目深にされているのか瞳が見えず、されど髪の色と前面に見える改白露型独特の制服によって特定は可能だ。

 それを見て、神通の背が伸びた。

 普段から礼儀の良さはあったが、彼女のこの反応は他の者達にとって少々の驚きだ。

 

「調子はどうだい、神通」

 

「上々です。一週間後には第二陣として出せるかと」

 

 それだけに、皆の意識も自然と引き締まる。

 相手はこの鎮守府の責任者。そして数多く在籍する異常個体群のトップ。

 自分達を受け入れる決定をしたのも目前の人物であるのは言うに及ばず、そうであるからこそ気絶している者を除いて全員が敬礼の形を取った。

 その反応に、彼は帽子を少し上げて皆の姿を確認する。

 全員に少々の傷があるものの、それでも全体的には問題無し。風呂に入れば直ぐに治る程度だ。

 神通自身もかなり手加減をしているのだろう。彼女が背負っている満潮の頬が腫れているが、その程度で済んでいるのは正しく奇跡的だ。

 

「そいつは重畳。ウチの戦力も可能な限り温存しておきたいしな。そういった意味では助かっているよ、神通」

 

「勿体無いお言葉で御座います。今こうして過ごせているのも提督がいらっしゃるお陰。感謝など……」

 

「それでもだ。こういう時にでも言っておかないと、俺の気持ちってものが出せないだろう?受け取ってくれよ、結構無茶振りさせてると思っているんだからさ」

 

「有難う、ございます……」

 

 彼の言葉に、神通が震える。

 それが不快感による震えでないことは、此処で教練を受けてきた者には解っていた。

 解っていたが、それでも彼女の様子に再度彼を除いた皆は驚く。普段から冷静沈着を地で行き、微笑みか真顔しか浮かべなかった神通がだ――――口が弧を描き、満面の笑顔を浮かべている。

 その姿は実に年相応で、あまりにも普通に過ぎた。

 異常個体であるなどとはとても見えず、この時だけは皆が普通の女の子に見えたのである。

 その様子に彼も満足そうに息を吐き、そして皆を見渡す。

 顔を上げた為に見えた金の瞳は吸い込まれそうな程に深い。責任者という立場故に以前彼女達が在籍していた提督と比べてしまうが、それがあまりにも比較の対象として使えないくらいに思慮深そうだ。

 艦娘達を自分の子供のように愛しているとは、嘗て黒板をチョークで叩いていた榛名の言葉である。

 愛しているからこそ大事にして、愛しているからこそ準備不足を許さない。

 必要な物は全部揃え、その上でまだ何かないかと考えるのが彼なのだ。轟沈など今まで一度も許していないという榛名の言葉に、最初は皆衝撃を覚えたものである。 

 

 そして、それだけ大事にされているからこそ彼女達もまた強いのだ。

 拾われた者達の中で現在最高練度を誇っているのは衣笠だが、それでも五十には届いていない。対して異常個体の最低練度は七十以上。更に言うのであれば、姿が変わる現象も積極的に受け入れている。

 あれは別に何か問題が生じているのではなく、第二次改装と呼ばれる更なる強化手段。

 別名改二。そこに至った者達は、皆例外無く驚異的な性能を有するようになるという。

 具体的な例を挙げるならば夕立。彼女の改二にまで至った火力は、それこそ戦艦を沈める程だ。

 海軍達が敢えて誤らせた情報が、今まで艦娘達を無駄に轟沈させてきたのである。それを聞いた者達が最初に浮かんだのは、悲しみであった。

 つまるところ今まで高練度になった影響で改装された者達は、海軍達にとって都合が悪いからこそ殺されたのだ。本当であれば今頃は大活躍をしていたところを、人類に牙を剥くかもしれないという憶測だけで慈悲も容赦の字も無く強制的に資材にされていった。

 何故だと思う気持ちもある。どうしてと嘆く気持ちもある。しかし彼女達がどれだけ恨みと嘆きの声を上げようと、人類は助けてくれないのだ。

 最早艦娘は艦娘達で団結せねばならない。

 その中心が此処であるというのならば、彼女達は絶対に離れる事は出来ない。

 

「直接会うのはこれが初めてだな。疑問は色々あるだろうが、俺が此処の責任者をしている江風って者だ。俺の目的はただ一つ。それ以外はどうでも良いし、基本は君達の意思に任せる。――ただ」

 

 彼が彼女達に会うのはこれが初めてで、だが彼女達の顔を見るだけで境遇を察する事は出来た。

 幾つもある可能性の内からそれを救い上げ、出来うる限り彼女達と彼の艦娘達の間に壁が出来ないような言葉を浮かべる。それは咄嗟に出て来るものではなく、故に数秒の間が開いた。

 今から何を言われるのか。

 それを両方共に気にし、静かに耳を傾ける。一転して静かとなった空気に彼以外の全員が総身を引き締めた。

 此処は能力主義であると言えば、鎮守府内のヒエラルキートップ付近は殆どオリジンが占めるだろう。

 それに伴いある程度の細々とした命令全てが衣笠達に降りかかり、一種のパシリになってしまう。

 此処は平和主義であると言えば、少なくともそれは無くなる。寧ろ逆に衣笠達は粗雑な扱いを受け難くなるだろう。

 反面、互いが平等になる事によって一部の艦娘が不満を抱きかねない危険性がある。

 強さという単純な差と、元から鎮守府に居たという先輩的な意識。長く暮らしていたからこそある一種の特別が一切適用されないのだ。

 

「――仲良くしよう。きっとそれが一番俺達が繋がっていられる方法だと思うからな」

 

 故に、語るべきはそういうもの(・・・・・・)ではない。

 彼女達にも感情があって、今はそれによって精神に傷を負っている。オリジン達とてまだまだ全員が集まっていないし、彼に対する評価や接し方も甚だ過剰気味だ。

 互いに互いが不安定なのである。だからこそ、不満を抱きかねない要素を全て排除した。

 海軍などという縛りなど無く、純粋に仲良くなろう。それこそが勝利への道になる。

 深海棲艦との闘いも、人類側との闘いも、決して一人では勝てる訳ではないのだから。

 単純明快。呆れる程に彼の本音を込めた言葉は、それ故に他の誰もが考えられないくらい胸に染み入る。

 艦これを知っている彼からすれば、元より上官と部下の壁など気に入らなかった。

 彼女達は人間ではなく艦である。ならば人間の道理に当て嵌めるのは論外であり、しかし人間と同じ様にしなければ限りなく通常に近い運用など出来る筈もない。

 そこに歪みが出来るのは必然だ。艦に階級を付ける者は居ないし、話し掛けるなんて真似もそうそうしない。

 だからこそ、彼女達と共に戦う為には軍人としての感情は廃すべきである。

 例え彼女もそれを望んだとしても、本当に必要なのは隣人としての人間性だ。

 もっと単純に言えば、家族として接するのが一番彼女達と上手く暮らせる方法だろう。

 

「此処は海軍じゃない。当然ながら階級制度も無いし、死ぬ確率は海軍に居るよりも大きい。周りは大体敵だらけだし、時には酷な命令も下すだろう。食料だって自分達で作るか獲らなきゃならないから、ある意味此処はハズレの土地とも言えるな」

 

 日本からの援助は元より彼女達は受けていない。死ぬ確率なんてのは軍に所属している限り高い。

 島国の日本を囲むのは深海棲艦に他勢力の艦娘ばかりだ。食料だって日本も何時まで持つか不明な現状である。

 ある意味で此処は日本の条件とほぼ一緒だ。大きさが極限に小さくなっただけ。もしも違いがあるとするなら――

 

「それでも、守ってみせるさ。此処に居る神通が、同じく教導艦として動いている摩耶が、俺の鎮守府に所属している皆がお前達を守ってくれる」

 

 ――オリジン達が一ヵ所に集中している。

 言葉にすればそれだけ。しかしその言葉にある安心感は他では決して味わえない。

 海軍においては最悪。深海棲艦においては最強。艦娘においては目指すべき理想の極致。

 その存在が、たかが雑魚とまで呼ばれ蔑まされた自分達を守ってくれる。空虚さを歓喜に変える江風の笑みと合わせ、その時その場の誰もが不安など感じなくなっていた。

 中には静かに泣く者も居る。これまでの人生はこの為にあったのだと感じ入る者も居る。

 しかしそれだけで済ませて良いのではない。彼女達は未だ守られるだけの存在であるが、元を辿れば戦船。

 今の待遇に甘えているようでは只の屑だ。

 よく学び、よく傷付き、よく絆を育み、何時か立派な艦娘と誇れるような者にならなければならない。

 

「……お言葉、有難う御座います」

 

 静かに、前に出た満潮はそう言った。

 その言葉に江風は彼女へと目線を動かし、まだ続きがあるのかと目で尋ねる。

 このままでは終われない。守ってもらうだけなど認められない。戦って戦って戦い続けて、殺して殺して殺し続けて、そうして他の者達からも天晴れ見事な艦娘也と思われなければ――艦娘ではないのだ。

 

「ですが、私達は艦娘です。艦娘は何かを守るのが仕事です。それを疎かには出来ません」

 

「今のお前でか?」

 

「解っています。現状ではまったくの役立たずで、成長したとしても可能性が低いことも。けれど、それでも……」

 

 諦めることなど出来るものか。

 言葉など無くとも、満潮の意思は嫌でも周囲に伝わった。ならばこそ、江風は拍手喝采でもって受け入れる。

 これぞ祝福の時。そうだそれこそ、艦娘だと。

 突然に始まった彼の行動に満潮は目を丸くした。それは神通も幻影も同様で、瞳には心配の陰が張り付く。

 だがそんな事は一切心配無用と快活に彼は笑って返す。

 

「強くなってくれ!他の誰にも負けないと誓ってくれ。自分こそが唯一無二だと、自信を持って前に出れる艦娘となってくれ。これは俺の理想だが、諦めなければ夢は叶うのだ」

 

 晴天の空の下。

 金の瞳に喜びを映した彼の強い言葉は、彼女達に広く伝わっていった。

 

 

 


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