江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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 これで本当に今年ラストです。お気に入りを押してくださった皆様方、読んでくださった方々も誠にありがとうございます。


捕食者の悩み

 無人島。

 誰も居らず、文明も無く、あるのは自然そのもの。

 動物も鳥以外見掛ける事も無く、それ故に食物の入手という簡単なことでさえ難しい。

 海に囲まれているからこそ真水の確保も至難で、潜って魚が取れれば万々歳だ。雨風を凌げる場所さえあれば良い方なのだから、そこで暮らそうなどと言う者は常識から逸脱している。

 そして逸脱しているからこそなのか、その場所が艦娘達のオアシスになっているのだ。

 全てが全てという訳ではない。探したところで今の人類が到達出来る範囲には彼女達は居ないし、必然的に発見には同じ艦娘の力を使わねばならないのが日常だ。

 それに偵察機を飛ばしたとしても、隠れられてしまえば見つかる確率も大幅に低下する。

 であればこそ、その内の一つに彼女達が到達するのも当たり前だった。

 

「一先ずは休憩デス。私は試しにReportを鎮守府に送るので、皆は補給を済ませてクダサイ」

 

「有難うございます」

 

 先頭を進むのは金剛。その隣を進むのは衣笠で、背後には十数人程度の艦娘が後を続いている。

 単冠湾から目的の鎮守府まではそこまでの距離ではない。一日も掛からない程の近距離に居るのだから移動しながら連絡を行えば良いとも思われるが、ここまで到達するまでの間に複数の敵との交戦があった。

 制海権を完全に有していない人類は本土の近くにまで敵を寄せ付けてしまい、結果として練度の極めて低い者達が怪我を負ってしまったのである。

 それを知り、彼女達から見捨ててくれという言葉が上がった。

 当然だ。助けてくれたというのに自分の所為で移動スピードが極端に落ちてしまった。それは全体に迷惑をかける事であり、故にこそ死ぬという選択肢を選びやすくしてしまったのである。

 金剛はその意見を却下。態々提督に良い評価をもらう為に助けたというのに、失敗しましたでは周りから何と言われるか分かったものではない。

 特にこの行動は完全な独断である。言われて失敗したのであればまだフォローの一つもあるかもしれないが、自分勝手に行動して失敗したでは完全に彼の艦娘に嘲笑されるのだ。

 

 失敗は許されない。

 よって、彼女は休憩という名目で全員を近くの比較的隠れる場所の多い無人島へと皆を誘導した。

 既に観測機を飛ばして人間の気配が無いのは解っている。食物があるかどうかは解らないが、衣笠達には鎮守府を崩壊させる前に保存食の類を全て奪うように指示を済ませているので今は問題は無い。

 可能であれば高速修復材が欲しいが、今は不可能だ。

 彼女達もそれが解っているからこそ、金剛の命令に従って隠れやすい森林地帯に入り込んだ。

 怪我をしているのは五人。そのどれもが駆逐艦で、練度も一桁と未だ初心者の域を出ない者達だ。

 傷口を多めに確保しておいた水で洗浄し、開いた傷口を麻酔も無しに縫い合わせる。

 当然その痛みはダイレクトに伝わり、彼女達は歯を食い縛って痛みを我慢していた。

 迷惑をかけているのは自分達である。ならばこそ、激痛程度耐え忍ぶのが普通というものだろう。

 周りも同じ境遇だ。励ましながら応急処置を行い、傷がある程度塞がるまで安静にさせている。

 傷の完全修復はそれこそ専門の妖精が居なければ無理だ。しかし、取り敢えず動けるようになるまでは艤装内部の妖精達が行ってくれる。

 資源が必要になるが、勿論その点も考慮済みだ。

 あの鎮守府にはもう既に資源と言える程の量は無い。大体を艤装内部に格納したので、残っているのはただの欠片ばかりだ。

 武器とて可能な限り高品質の物を用意した。それらが彼女の所属する鎮守府に全て流れ、戦力拡大の一途を辿ってくれるようにと皆は願っている。

 金剛の装備品だけが特別だと彼女達は考えていた。単艦で何かをさせる以上特別な装備を与えるのは想像出来る筈で、つまり金剛の存在は所属先の鎮守府でも大きい。

 

 ならばと考え、衣笠は結論に至ったのである。

 だがしかし、忘れてはならない。金剛は彼女達の装備品を確り見ている。

 誘導する相手が相手だ。利用するにしても逆に食い掛かられては面倒極まりなく、であるからこそ質を確かめるのは至極当然。肉体性能もそうだが、武器の性能も確かめるのは現状全力を出せない彼女にとって当たり前だ。

 故に弾き出した結論は問題無し。トップを張っている衣笠をして練度は低く、純粋な白兵戦だけで決着はつくだろう。

 つまり、衣笠達の思考は全て無駄なのである。

 気に入られようとしても前提が違い過ぎる所為で相手にされず、かの鎮守府に配属になったとしても先ずは鍛錬から始まるであろう事は想像に難くない。

 まぁ、衣笠は燃費の良い艦娘だ。いきなり出撃したとしても特に痛手にはなるまい。

 あまりにも力不足であれば北方勢力に渡すのも解決の一つだろう。向こうの返答次第ではあるものの、現時点では彼は友好関係を構築したいと考えているのだから。

 

「アー、アー、聞こえマスカ?」

 

『その声は……金剛さんですか?』

 

 海が眼下に広がる崖の上で懐から小さな機械を取り出し、それを耳に当てる。

 通信機なのだろうそれは非常にクリアな環境での通信に成功していた。相手の声は神通であり、どうやら通信室周りを清掃していたのだろう。

 これによって金剛も鎮守府が問題無く出現しているのが伝わった。

 口角を釣り上げ、瞳に喜を宿す。目的の半分はこれで達成したのだ、後は提督を無事に保護出来たかどうかを確認するだけ。それで彼女も含めた全艦娘の最終目的は達成される。

 先ずはと、自分の現状を彼女に伝えた。

 妨害された為に止む無く相手鎮守府を破壊。その際に野良になるという決意を固めた者達と共に現在はそちらに向かっている最中である。可能であればそちらから何隻かの派遣を願いたい。

 嘘八百だ。自然に流れるように虚言は放たれ、しかし神通はそれが嘘であるかどうかなど確かめずに提督へと意見具申に出た。

 これは彼女達にとって最優先なのが提督の保護であるからだろう。他者はどうでも良いと感じているからこそ、そこにある鎮守府一つが誰の手で無くなったとしても問題ではないと思っている。

 それに彼女達側からすれば、まったく関係無いとしても鎮守府を襲う理由はでっちあげられるのだ。

 そのようにしてしまった海軍が悪いのであり――――つまり自分は悪くないという事である。

 ただ正義の剣を振り下ろしただけ。確り幸せを感じている者も居るのだ。最低最悪と罵られる謂われは絶無である。

 

『……意見が通りました。水雷戦隊一部隊分をそちらに回します』

 

「有難うネ。それなら安心ダヨ」

 

『ええ、提督からの伝言もあります。……無事に帰って来いと』

 

「ハハハ、解ってマス。テイトクにご迷惑を掛ける訳にはいかないネー」

 

 短い遣り取りの後、通信は切れた。

 息を吐き出した金剛は暫く周囲を確認し、誰もいない事を確認した途端に身体を丸める。

 次に吐き出す息は熱く、目は崩れ落ちるのではないかと心配する程に蕩けて、先程までの冷静な姿とはまったくの別人となっていた。

 転がり始めていないが、それでも色々と台無しな姿だ。この姿を衣笠達が見れば引かれてしまうだろう。

 だからこそ周囲を確認したのだろうが。兎に角、今の彼女は平時の状態からかけ離れている。

 その理由は一重に、彼に心配してもらったからに他ならない。俗に提督Love勢筆頭とまで言われる彼女であるが、その部分だけは変わってはいないのだ。

 彼女は彼を愛している。情熱的に、狂気的に、他の誰に取られようとも諦めはしない。

 一度愛したからこそ、そして期待を一回も裏切らずにいてくれたからこそ、居なくなった時期を経て彼女の愛は重く深くなっているのだ。

 

 障害物など彼女には問題にならない。

 他に愛している人が居ればそれよりも有能であろうとする姿は、正にすべてを捧げる狂信者の思考そのものだ。

 彼女のような思考は他にも大量に存在しているが、金剛はその中でも隔絶している。

 練度はケッコン艦を除けば最上の九十九。彼女自身彼からの期待を失わずにいたからこそ、持たされている装備は常に最新の物となっている。

 高速戦艦は海外艦を除けば数少ない。金剛型それだけであるからこそ、しかしトップを走るには彼女の前に立ち塞がる壁は常に高いのだ。

 アイオワもそうだし、ビスマルクだってそうだろう。

 攻撃と速度が両方高く、例え役に立つ場所が少ないとしてもビスマルクには魚雷というもう一つの攻撃手がある。

 それらを押し退け、一番になるには自分自身の能力を常に十割発揮出来るようしなければならない。

 そして、それが出来るからこそ彼女は高速戦艦の中で一位をキープしているのである.

 どれだけスペックがあったとしても、それを十全に使いこなせなければ意味が無い。そういった意味では、アイオワもビスマルクも未だ練度が彼女には到達していないと言えるだろう。

 

 そんな彼女だからこそ、彼に心配されているという事実に狂喜乱舞する。

 大切に思われているのだ、失われてほしくないと願っているのだ、あの女よりも自分は役に立っているのだ。

 頭に回るはそれだけ。しかしそれだけで麻薬患者の如き様相を体するのだから、彼女も中々に極まってしまっていた。それこそ、彼が居なければ自殺を繰り返そうとする程に。

 人格の再構成は、決して簡単に出来ることではない。

 一度壊れたモノを無理矢理繋ぎ合わせているのだ。それは強靭な精神力が無ければ出来ないことで、だからこそ最初期の金剛には出来ないことだった。

 彼と再会出来ると解ったからこそ、ここまで戻ったのである。

 再度彼が居なくなればどうなるのかなど想像は簡単で、故に根本の部分は脆い。

 どれだけ狂気に身を委ねていようとも、彼女は怖いのだ。また失われるのが。

 

「は、ははは……帰らなくちゃ、帰らなくちゃ。帰って、帰って、あの人の顔を見て……ヒヒヒヒヒ」

 

 身悶えする身体は未だ止まらず。

 井戸の底から響くような声を漏らす彼女は、最早周囲に誰が居るのかも確かめなかった。

 

 

 

 

 

※reverse※

 

 

 

 

 

 金剛が帰還する。

 その情報が全体に伝わった時、彼を除いた艦娘達の反応は実に様々だった。

 彼女の姉妹は純粋に喜び、この場に霧島が居ない事を残念に思う。一部しか帰っていない重巡は戦力の拡大に合わせて彼に提案する活動方針を練り直し、駆逐艦達は今後の資源消費量を想像しドラム缶を大量に持ち始めた。

 空母達も皆を纏めてくれるメンバーが増えた事で概ね歓迎的だ。そして唯一軽巡だけがこの場で他とはまったく違う様子を見せている。

 戦艦も空母も重巡も駆逐艦も待ち望んでいる中、軽巡達だけは彼女の存在に警戒しているのだ。

 その理由は何だと聞かれれば、答えはそこまで難しいものではない。

 軽巡というのは見た目の年齢で考えれば、大人と子供の間である。思考形態も極めてそれに近く、故に思慮深さを持った娘というのは思いの外少ない。

 戦闘時であれば頭が回る者ばかりだが、日常生活ではへっぽこなんて子もザラだ。まぁ、それを言ったら某戦艦や某重巡等は更にへっぽこであるので必ずしも艦種の違いが知能の違いを示してくれる訳ではない。

 

 端的に言って、軽巡達は脅威に感じているのである。

 あの金剛は凄まじく強い。他の金剛と比べればいっそ月とスッポンレベルに異なっている。

 それが彼の為だからこそというのは周知の事実であるが、だからこそ警戒しているのだ。

 彼が愛したのは駆逐艦。であれば未成熟な身体を愛する者である線は非常に濃厚であるが、それでもどんなに悪い言い方をしたとしても金剛の身体は美しい。

 髪型一つ、爪一つ。彼に会う時もそうでない時も身嗜みを整える事を常としている彼女は、それ故か同性からも人気である。

 リーダーシップもあり、戦力としての能力も高い。彼からの信頼も厚く、もしも次にケッコンする者が出て来るのであれば金剛であろうと皆が思っていたものだ。

 されど、その胸の内は当然違う。誰もが彼の一番になりたいと思い、今現在では結果でもって他とは違う金剛のような信頼を欲しいと競争を繰り広げていた。

 そんな彼女達からすれば、今の金剛は最大級の爆弾だ。

 何が起こるか解らないのではなく、何が起こるのか解ってしまうからこそ焦るのである。

 

「どうするよ、正直あの金剛さんが来たら対抗は難しいよね」

 

「そう、クマね。軽巡じゃ実力的に勝利は握れないクマ」

 

 川内型一番艦川内。及び球磨型一番艦球磨。

 両者は現在存在する軽巡姉妹の中では多い部類の者達である。長良型は未だ全員が揃っていないのだからそれも当然だが、二名は姉妹が全員集まってしまったが故の弊害を感じていた。

 姉妹が多いという事は、当たり前の話であるが文句の吐き口が長女に向きやすいのである。

 それが制御の効かない相手であればある程に、何とかしてくれと長女に向かってクレームが殺到するのは自明の理だ。川内の妹の神通は依然平静を装っているようだが、もう片方の妹である那珂はそろそろ異常が顔を見せ始めていた。

 

「ウチは那珂がそろそろ暴走を開始しそうな感じだね。暴力行為には及んでいないけど、提督に会う為の口実を必死になって作ってる」

 

「クマー、こっちは大井と木曾の奴がそろそろ危ないクマ。特に金剛の一件を聞いてからの大井が不味いクマね。魚雷を全弾持って金剛に突撃するところだったクマ」

 

 互いに本人も含め非常にクセの強い艦娘達だ。

 自然と長女が苦労人になっていくのは避けられず、自慢の夜戦コールも満足に行えない現状では川内にとって非常に辛いものとなっている。球磨も球磨で姉妹達の部屋掃除を終わらせてからも仕事は舞い込んでくるのだ。

 意外に優秀だと言った内容は嘘ではない。実際に球磨の仕事は完璧であるし、普段から好かれやすいスタイルを確立をしている彼女の周りには自然と人が集まっている。

 あの球磨型姉妹を率いているというのも好印象の原因だろう。

 他がどうかは解らずとも、あの球磨型姉妹は総じて取り扱い注意である。特に一番常識そうな木曾はだ。

 北上は普段からだらけているだけなので問題無し。やらねばならない場面でやる気を出してくれれば文句はない。大井の場合は北上と提督が絡むと非常に問題が多くなるので発見次第注意をするのが基本だ。

 多摩は時折魚を取りに無断で出撃する。これは発見次第止めなければならない。

 そして木曾だが、彼女の場合は平時は普通だ。しかし、これで提督が一週間程会わなかった場合白目を剥いて痙攣しながら気絶している。

 それから立ち直ったとしても、出くわした人間全てを提督と誤認するのだ。しかもそれを否定すれば襲われて殺されるのである。

 なので木曾は数日おきに提督に会わなければならないのであるが、これが非常に問題だ。

 

 現在の所彼に会うには相応の理由が必要になっている。

 特に理由も無しに会いに行って仕事の邪魔をしただけであれば、単純に粛清対象だ。殺される事は無いとはいえ、それに近い地獄を提供されることだろう。

 木曾ならば三ヵ月の接触禁止令辺りが一番の地獄で、多摩ならば一ヵ月間の魚禁止令がそうである。

 現状彼に会う相応の理由といえば、やはり資源問題や仲間に関して。後は外に存在するであろう他の鎮守府だ。

 今であれば金剛を迎えに行く水雷戦隊でチャンスがあるだろう。だがそれは志願が出来るだけで、最終的な決定は全て彼が行う。

 選ばれない確率の方が高いのだ。駆逐艦に至って言えば、自分が選ばれるなどとはとても思えない程にパーセンテージが低い。

 もう既に球磨と川内・神通を除いた姉妹達は志願をしただろう。自分達二人が参加しないで僅かにせよ姉妹の誰かが選ばれるのであれば、そちらを優先するのが姉である。

 

『救援部隊の連絡を致します。今回の出撃部隊は木曾・時雨・雪風・黒潮・陽炎・叢雲の六名です。名前の呼ばれた者は直ちに出撃準備を行い、金剛の部隊と合流を果たして無事帰還してください』

 

 鎮守府全体に、神通の静かな放送の声が放たれる。

 旗艦は木曾。随伴艦に幸運艦を二名入れているのは、純粋に運頼みも含めているからだろう。

 呼ばれた者達は気合を入れる声を上げて工廠に目指し、予め提督によって指定された装備群を手に取る。

 空母系の艦娘は無し。今は水雷戦隊に回すよりも島の防衛に回したのだ。

 それを残念に思う気持ちは無い。居ないのならば全艦が最大限目視で観測すればよいし、近付かれても早々には負けない程度には彼女達は強いのだから。

 それは慢心ではなく、計算の結果である。

 魚雷を、主砲を、高角砲を、詰め込んで出来上がった艤装を身に着け、彼女達は出撃ドッグに立った。

 

「今回はこっちの問題が少しは解消されたようで何よりだクマー。これで後は金剛の問題が片付けば万歳も出来るクマ」

 

「金剛さんが来れば、まぁあの強引な性格だし提督を連れ回してくれるでしょ。その内に那珂にも会えるだろうし、そうすれば大丈夫なんじゃないかな。その前に厄介事が増えるかもだけど」

 

「クマクマ。それは仕方ないクマ。何せクマ達は野良。野良にトラブルなんてのは日常茶飯事クマ」

 

 ヤッフゥゥゥゥゥゥ!!と遠くで叫ぶ木曾の声を聞きながら、空き部屋となっているそこで球磨は天井を眺めて小さく紡ぐ。

 軽い口調でそう言うが、球磨の目には一度とて遊びのモノは含まれていない。

 軽い雰囲気で隠しているだけだ。彼女は遊び心のある普通の艦娘の様相を見せているだけに過ぎない。

 それを川内は察している。目の前の存在もまた、今この鎮守府の状態に憂慮しているのだと。

 彼が居なくなった鎮守府は荒れに荒れた。痕跡もそのまま残っていて、提督はそれを見て酷く自責の思いを感じた表情を浮かべていたのだ。

 そうしてしまったのは自分達である。常に笑っていてほしいと願った人物の顔を曇らせたのは、他ならない彼の艦娘である自分達だ。

 だから、戻さなくてはならない。あらゆる環境を、傷付いた艦娘達の心を、以前の状態そのままに。

 時間は掛かる。作ったモノを壊すのは容易くとも、壊したモノをナオすのは至難の業なのだから。

 それでもしなければならない。でなければ、きっと彼はもう一度居なくなるだろうから。

 

「今度こそ――」

 

「クマ。今度こそ――」

 

 間違えてはならない。彼の艦娘であるならば。

 川内は見据える。今後の皆の状態を如何に回復させていくのかを。

 球磨は睨む。外側に広がる汚染要因達を。彼を穢れさせるかもしれない不浄な輩共を。

 二人は仲が良い。それはきっと、互いに共有した問題を別々にして解決出来ると解っているからだ。

 川内は鎮守府の軽巡組の状態を好転させる。球磨は外界の敵をどう潰すか考えられる。

 戦艦は戦艦の筆頭達がどうにかするだろう。空母も空母でそれは同様。重巡が一番予測出来ず、駆逐艦は提督の存在だけで全て解決するから問題外。

 ならば、今の内から内部と外部の問題に対して複数の回答を用意しておいても問題あるまい。

 後は提督がどのような方針を打ち立てるのか。それに合わせて具体的な動きを作っていけば、球磨達の評価もかなり上がる。

 損は無いのだ。故に彼女達の思考に枷は無いのである。

 ――――鎮守府の空は、夕暮れに近付いていた。


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