江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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 江風堀に疲れてしまった。今はレベリング祭り中。
 まだ二か月目の新人提督には改二にしなきゃならない艦娘が多いからね。特に重巡は育ててなかったから優先順位は高いよ。


平和の終わり

 自分にとってそれは当たり前で、ずっと続くものだと信じていた。

 例えどれだけこうなる可能性も考慮しなければならないと思っていても、それでも以前の楽観が首を上げて存在を主張するのだ。

 大丈夫。これからも普段の日常を過ごせるさと。

 納得してしまった自分が嫌いになる。解っていると考えていたのに何も行動しない己の頭の軽さに怒りすら湧く。

 頭上を飛ぶ一機の偵察機。

 遠くであるが故に正確な名前は解っていないが、恐らくあれは彩雲か二式艦上偵察機のどちらかである。

 何もしないままに飛び続ける姿は非常に忌々しい程で、今此処に高角砲があれば迷わず撃っていただろう。

 気付いたのは昼を過ぎた時間帯。

 そろそろ釣りでもするかと個人的に良好なスポットで座り込んだ頃だ。

 何かが頭上を飛んでいるのを視界に収め、しかしてその時には既に俺は身体全てを空の下に見せてしまっていた。

 偵察機と気付いた今とあっては悔しい限りだ。まさか空母すら使って俺を探そうとするとは。

 普段はボーキサイトの消費を嫌ってか空母の姿を確認した事など無かったのに、いよいよ余裕が無くなったということなのだろう。

 つまりこれを逃げ切れば、連中は暫く追ってこない。

 空母の偵察機から如何逃げ出すかが肝となるだろうと簡潔に思考を纏め、別の場所で釣りをしている木曾と合流する為に足を早めた。

 僅か五日。俺が木曾と一緒に行動するようになってからの時間はその程度で、しかしながらそれほど巨大ではない島の中において互いの仲は凄まじい速度で深まっていた。

 言動が似ているのが原因であるだろう。それと後は、やはり一緒に生活しているからか。

 基本的に教えるのは俺で、一回説明すれば次には簡単に熟せてしまう彼女は実に教え甲斐がある。

 それ故にどうするかを考える余裕を与えていなかったのだろう。一度俺を此処に永住させるつもりかと聞かれた際には、己が如何にのめり込んでいるのかを理解させられた。

 だが、彼女との生活が楽しくなかった筈が無い。

 楽しくて楽しくて、だからこそ教えたのだ。そうでなければさっさと帰らせる為に意地悪の一つでもしていたかもしれない。

 

「悪ぃな、厄介事の到来だ」

 

 故に、この日が来てほしくはなかった。

 俺の安全の為にも、彼女が此処に居る為にも、あんな連中など来てもらいたくなかったのだ。

 大人ながら、寂しく感じていたのだろうか。昔であれば特に何も感じなかった筈の一人という空間が、今では非常に恐ろしくも思ってしまう。

 それを表に出すような真似はしない。羞恥を覚えるのもそうだが、何よりも今現在においてはそんな場合でないからである。

 振り返った木曾の表情は、予想外に鋭い。

 もしや一機だけではなかったか。島の周りを二機で回るように動いていたのだとすれば、彼女が確認出来たのも頷ける。

 

「あれが例の奴等の?」

 

「確認は取れてない。だが、恐らくはそうだろうさ」

 

 推測の域は出ていない。

 けれど俺の中の勘とも言える部分が囁いている。間違いなく連中だと。逃げる用意を済ませろと。

 そう言われてしまえば、俺の中での答えは決まってしまう。木曾の考えはまた別かもしれないが、それでも今は無事に逃げ出す事を考えた方が良い。

 食料を持っていくのは不可能。空母や戦艦が主軸となっている以上は速度では相変わらず有利。

 しかして偵察機がある以上は燃料が続く限り追ってくるのは確実。今から俺と木曾の燃料を満タンにしたとして、それだけならば動けずに深海棲艦にやられて終了だ。

 相手が何処から来るかは解っている。偵察機の去って行く方向は東であり、それならば先に反対方向に動けば良いだけのこと。

 速力は圧倒的に上なのだ。艦娘として、艦としての常識を弁えていれば回避はまだ可能な範囲内である。

 早期解決。これこそが、現状打てる手立てであるのは言うまでもあるまい。

 

「どうする?考える時間はやったつもりだが、向こうに行く気になったか」

 

「……そうだな」

 

 顎を手で摩りつつ、しかし決まっているも同然なニヤケ顔を向ける木曾。

 その姿は中々様になっていて、さながら海賊の船長だ。だからこそキャプテンキソなんてあだ名が生まれた訳であるが、今だけはその様になっている顔が恨めしい。

 彼女の顔は既に共に行動する事を示している。このまま待機していれば無事に保護されるかもしれないのに、彼女は俺と一緒に行動する事を選んだのだ。

 それはきっと、今の提督達に対する不信感なのだろう。

 俺は今追ってきているだろう艦隊の提督しか知らないし、他に知っていたとしても木曾が逃げ出した舞鶴の提督だ。どうにも偏っているとしか言い様が無く、故にこそどんな性格をしているのかは解らない。

 解らないが、それでも有名な鎮守府の提督が有能ではないという事実を知った以上は俺自身不信感を抱いた。

 俺以外の他のプレイヤーも木曾の話を聞いたら断固として無能だと言い張るだろう。艦これの上位層というのは、多くの場合において艦娘への愛が凄まじいのだ。

 変態にまで進化してしまう存在も居るが、それでも強い提督が率いる艦隊は総じて強い。 

 きっと艦これの世界に行きたいとか思っている者達が此処に来れば無双してくれるに違いないだろうな。

 

 ……もしも俺の身体が移動前のモノだったらどうしただろう。

 ある程度の知識を持ち、艦娘を轟沈させるようなやり方は容認しない。優しく接するかもしれないし、あるいは軍人らしさを追求して彼女達とはそれなりな仲になっていたかもしれない。

 そう考えると、やはり提督というのは難しいものだ。どんな性格でも確かな結果が出るとは限らないのもそうだが、現実となった世界で艦娘達が絶対に信頼してくれるとも限らない。

 裏切りも想定しなければならないというのは、なんというか悲しいものがあるなぁ。

 思い、俺はそのまま偵察機の方向とは真逆に向かって走り始める。背後では木曾もついてきており、このまま海に着水と同時に速度を限界まで上げて逃走開始だ。

 長い時間海の上を走る事になるから覚悟をしておく。最悪の場合は近くに資源を発見した段階で腹を満たそう。

 不味くとも、食えば回復はするのだから。

 森の中を走っている最中に見つけた木の実を捥ぎ取り、そのまま口に放り込む。最後になるかもしれない果実の味は、今まで食べていた筈なのに他よりも甘かった。

 最後の晩餐になるかもと思うだけで頭は変な行動を起こす。これもまたそれであるのなら、まったくもって今の俺のモチベーションは高くないのだろう。

 

「まったく、後で後悔しても知らないからな」

 

「へいへい、解ってますよっと。……それに正直、暫くの間は自由な生き方ってのをしてみたかったんだ。こんなチャンスが二度も続くとは思えないし、精々この艦娘人生を楽しむとするさ」

 

「死んでも見捨ててやるからな、こンちくしょうめ」

 

 走る。そして海面の見える反対側の崖にまで到達し、勢いをそのままに飛び出した。

 着水と同時に足に負担が掛かるが、艦娘としての己ならばこの程度簡単に抑える事が出来る。一瞬の停止が命取りになるのだ。こんな場所を選んだ時点で痛みに悶絶する筈などないだろう。

 妖精さんが艤装を呼び出し、木曾も漸く修復が済んだ艤装を己の内から取り出す。

 装備しているのはお互い一本の主砲のみ。木曾の方が威力の大きい代物を持っているが、彼女の腕が良くなければ只の宝の持ち腐れに終わるだろう。

 まぁ、実際に彼女は戦っている。ならば気にする事もあるまい。付いて来る以上はフォローもするつもりだしな。

 すたこらさっさ。

 正にそんな感じで、俺は今来ている者達からの脱出を開始するのだった。

 

 

 

 

 

※reverse※

 

 

 

 

 

「……逃げましたね」

 

 弦に添えていた指を離し、そう呟く。

 それだけで周囲から多数の視線を向けられるが、彼女の言っている事は事実だ。端的にそう言うからこそ、今現在江風を探している艦隊の旗艦である金剛は髪を盛大に掻いた。

 今回初の正規空母の参加。ボーキサイトの消費は避けられないが、確実に江風を手にするには今彼女が飛ばしている偵察機の力は必須になるだろう。

 駆逐艦の速力では戦艦は追いつけない。空母もまた同様で、であるからこそ足止めをするのが今回の参加者である正規空母・加賀の仕事だ。足止めの方法は問われておらず、簡単なものであれば機銃。最も酷いものでは中破まで追い込むことであり、流石の彼女達も提督の我が儘によって彼女に傷を付ける事を良しとはしたくなかった。

 故にこそ、狙うは足止めの後に強制連行である。正直艦娘のする仕事ではないが、保護という名目がある以上は彼女達の仕事になってしまう。

 今までは特に何も思われずに成功していたが、今回は提督のした事がした事だ。逃げられるのは理解出来るし、近寄りたいとも思われていないのは道理である。

 よってこの仕事に対する皆の意欲は低い。保護だから仕方ない程度のものである。

 

「偵察機の方向から予測を出して正反対に逃げました。……それと、どうやら仲間も居るようです」

 

「あー、new faceデスカ。一緒に逃げてるノ?」

 

「ええ。どうやら例の子が教えたみたいね」

 

 金剛の肩が落ちる。同じ戦艦である日向が無言で彼女の肩に優しく手を置き、同情の眼差しを送った。

 ドロップ艦が何時何処で誕生するのかは定かではない。戦闘中に発見する事もあれば帰投中に発見する事もあり、解っているとすれば敵を撃滅した際に浄化された結果として誕生するかもという予測だけ。

 江風は一人で生活している。であれば、勿論単体での戦闘を余儀なくされている筈だ。その状態でよくもまぁ今まで無事だと感心するが、変に頭の回る存在というのは厄介極まりない。

 産まれたばかりの艦娘というのは人間としての身体に違和感を抱きやすい。それ故に精神に負担もかかり、結果として慣れるまでの間は実戦に出るという事を良しとはされていなかった。

 そこから解るのは、人の身体として動くには相応に他者との触れ合いが必要になるということだ。

 話すようになって、本来なら届かない位置にまで砲が動き、補給は食事となる。その過程は軍艦には無いもので、一人ではそれを正確に実感する事は難しい。

 あの江風は、そんな一人の状況でありながらも艦娘としての自己を確立している。珍しい個体であるのは言うに及ばず、その精神面も一部特殊なのだろうことは想像し易い。

 

 加賀に艦戦の発艦を頼み、全速力で彼女達を目指す。

 現状は離されるだけだが、彼女の艦戦によってその差も徐々に狭まっていくことだろう。問題なのは敵の影だが、此処の海域は別段今の彼女達が恐れる程の脅威は眠っていない。 

 主砲の一撃で屠れるのだから、さほど気にする必要も無いというのが彼女達の判断だ。

 尤も、そうであっても想定外というのは起きる。江風を追うのも大事だが、敵を意識するのも大事だ。

 戦艦が此処の最大戦力であるが故に艦隊として纏まっていようともその数は精々が一体か二体。強いには強いが、それでもエリートですらなければ突破は問題にはならない。

 となれば、自然と彼女等の意識を割く場所も定まっていくもの。

 兎に角江風を連れてくればそれで終了なのだ。金剛とて何時までもこんな真似をしていたいとも思っていないし、早い所別の未開放の海域で戦っている友軍に合流したい。

 

「resourceも無限じゃナイネ、同情はするけどAllowanceはしナイヨ!」

 

 皆の思いを代弁するが如く彼女は旗艦として発言した。

 力強い笑みに皆も首を縦に振り、そのまま直進して進む。常に制空権は加賀が確保しているので、道中の危険性というのは海でありながらもそこまでのものではない。

 既に第一次発艦はされた。距離が遠いが故に結果が判明するまでは少しばかり掛かるが、その間に準備を済ませておくのは当然である。

 戦闘になる。なってほしくはないが、あの駆逐艦がそう簡単に付いて来るだなんてのは想像していない。

 だからこそ、本気の戦いになるだろう。もしかしなくとも、今居る者達の中から誰かが中破に追い込まれるかもしれないし、戦艦の集中砲火によって江風が中破から大破まで追い込まれるかもしれない。

 連れ帰った後は彼女の身の安全を守るとしよう。あの提督は江風に対してだけは異常なまでにスキンシップを取ろうとするから、様々な理由をつけて離すしかない。

 それでも秘書艦にされてしまえばお終いであるが。筆頭である電が許すとも思えないが、愛に燃えている人物程面倒な事を起こすのだ。

 皆は今後の未来を想像し、溜息を吐いた。 

 

「別の鎮守府に行きたいデース……」

 

 そんな愚痴が出てしまうのも致し方ないのだろう。金剛の言葉に、横に居た加賀が首を静かに振った。




 時雨や夕立が犬で江風が狐……じゃあ他の姉妹はどんな動物になるんだ?なんとなく白露は犬みたいになりそうだけど。そんな事を思う今日この頃

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