「陽炎型駆逐艦一番艦、陽炎。遅ればせながら到着致しました!」
敬礼のポーズを取りつつ、彼女は持ち前の元気の良さでもって挨拶を送った。
オレンジ色の強いツインテールの髪は風によって靡き、瞳は彼女の雰囲気も相まってか明るい。
制服が若干着崩れているのは急いで来たからだろう。最高速度をずっと維持していたのか、心なしか息遣いも荒いように聞こえる。
そんな彼女に俺も拙い敬礼で返せば、やはり下手くそなのか彼女に苦笑された。
この辺も要練習という訳だ。恥ずかしさは覚えず、場の状況が友人特有の気安さによって支配されている為かそこまで重苦しさも無かった。
背後では集積地棲姫と戦艦棲姫の死体が積み上がり、それを行った鳳翔や榛名達が控えている。
何も言わない辺り特にこんな程度では文句を言う事は無いのだろう。上下関係が曖昧なのは組織として問題なのだろうが、俺としては家族的関係の方が有難かった。
さて、この無人島に到達してからそれなりの時間が経過した。
敵を撃滅してからこの島を襲う影は出現せず、海軍側か野良側の艦娘も出てこなかった故に俺の艦娘達は順調に集まっていき、現在のところは三十人に届いている。
全員が一斉に出てこなかったのは、死体を使っての移動のみを行っているからだ。
最初にそう説明された時は問題が無いのかと疑問に思ったものだが、こうして実際に集まっている以上特に何かしらの問題は発生しないと解っているのだろう。
いや、霞のように先発隊で実験をしたのかもしれない。
もしもそうであるならば、流石に一言は告げる必要がある。叱責にならないのは、俺には他の方法が思いつかなかっただけだ。
「久しいな。随分と急いで来たんだろうが、ちょっと着崩れてるぞ」
「……うわ、ほんとだ。すいません、変な姿で。ちょっと邪魔が入ったものでして」
「邪魔?深海棲艦か」
「あははは、単艦の所為か大量に狙われたんですよ。まったく嫌になっちゃう」
眉を顰めて唇を尖らせる彼女。確かに見掛けは他の艦娘と大差は無いのだ。
加えて彼女には改二が無い。見た目の変化が殆ど無いのであれば、相手側が間違って襲ってくるというのも容易に考え付くものだ。
それでも無傷で到達出来たのだから、やはり彼女もまた強い。
記憶していた限りだと、陽炎の練度は七十。駆逐艦はカットインのように重要な艦を除いて大体それくらいを目安にしていたから、流石に最強とまではいかない。
世の中には同じ潜水艦を十体くらい百五十五にまで上げる変態提督も居るから、自分の艦隊達はまだまだ強化の余地が存在している。
尤も、俺の場合であれば九十九が限界だ。唯一の例外を除けばだがな。
短い会話を終えた陽炎は、僅かに瞳を横に向ける。何も無い開けた空間がそこには広がっている筈だが、恐らく彼女が見ているのは赤い幻影となっている江風だ。
何時ものように俺の首に腕を回して笑っている。その笑みにどういう意図が込められているのかまでは不明で、けれども陽炎が江風を見て鼻を鳴らして不機嫌そうな顔を作るくらいには悪い意味が込められているようだ。
江風は俺が島に上陸して暫くするまで事の展開を見るだけだった。
口を開いた時は、俺が休みの体勢をとった時だ。周りを見ていた彼女は殊更強く抱き着くようになっていて、まるで何かを警戒しているような素振りを見せていた。
皆は黙っていたし、最初は彼女が何を警戒していたのかまるで解らなかったものである。
新たな敵でも感知したのか、それとも彼女的には認められない存在が近付いているからなのか。
時間が経過する毎に視界は幻影の赤に占領され、それだけ彼女の独占欲を感じられた。
そして事態が変化したのは、耳に聞き慣れた水上音を聞いてからだ。
突撃でも仕掛けるのかと大きな水飛沫を上げる姿はかなりの高速。此方に向かって真っ直ぐ進む様子に迷いは無く、それでも警戒の為に木曾と天龍が前に出る。
やがてそれが誰が上げていたのか解る程になり、その時点で向かって来た人物の数が一つではない事が判明した。
数は二。どちらも白露型特有の白と黒の制服を着ており、しかしながら江風を除いた他の姉妹には無い特徴を持っている。
それは改二だ。改二を持つ白露型は現状三名のみ。
であれば、その二名が誰であるのかは少しでもゲームに触れた事のある者は解っただろう。
「ぽーい!」
「提督!」
二つの甲高い声と共に、陸上に上がるか上がらないかのギリギリで彼女達は跳ねた。
狙いは当然俺。ああこの流れは、と脳内に思考が巡った時には彼女達に完全に捕縛されていた。
衝撃で後ろに尻餅を付いて顔を下に向ければ、子犬のように顔を俺の身体に擦り付けてくる二名。時雨は羞恥の方が勝ってくれたのか極端に行為には走らなかったが、それでも密かに全身を押し当てている。
比較的静かな時雨とは違い、夕立の甘え方は過激だ。
頬擦りは当たり前で、足を絡ませて可能な限りで接触を図っている。
此方が動けない程なのだから相当であるものの、苦しさを感じない辺り配慮はしてくれているらしい。
暫くの間そうして過ごして、やっと満足したのか自分から二人は離れて笑顔で敬礼のポーズをとった。
一体先程の様子は何だったのかと言わんばかりに確りとした姿を見るに、どうやら公私を別けるくらいは出来るらしい。
今はまぁプライベートだ。特に仕事らしい仕事も無い状態では私事に走っても良いだろう。
俺も敬礼を返し、これにて再会の騒ぎは終わりとなった。
泣くような事態にならなかったのは素直に有り難かったと、今ではそう思う。
これで泣かれるようなら最初にふざけていた頃の自分を殺す勢いで謝罪をしていただろう――と、少しばかり過去を回想して、陽炎の困惑した眼差しに気付いて軽く咳をする。
「君で三十一人目だ。まだまだ全員とはいかないようだが、取り敢えず鎮守府が到着したら活動を開始しようと思う」
「またあの日々ですか?」
「大分変わるだろうな。今の世界がどうなっているのかも調べなければいけないし、そもそもからして資源も少ないんだろう?比叡から聞いたぞ」
具体的な数は不明だが、俺としては最低一万程にまで減っていると考えている。
それでも一応は運営が可能だが、長期的な艦隊運用は不可能だ。鎮守府が到着してから各種資源状況を把握し、その上でこの近辺か遠方で資源が多く取れる場所を探さなくてはならない。
そういった意味では未だ大型艦が揃っていないのが救いか。
集まっている者達の八割が駆逐艦。それも資源消費の少ない睦月型や神風型が多く揃ったのだから、最初にしては全然良い部類だろう。
古鷹のように消費が軽い重巡も来てくれた。
武蔵や大和のように極端に重い子達が最初から居なくて今は良かったと、そう思うしかない。
さてその鎮守府だが、ある程度の時間が経過しているからか既にその姿を朧気ながら見せ始めている。
島の直上。多数の雲に隠れた形だが、それでも逆さの状態で落下を行っているのだ。
どういう原理でゆっくりと落下しているのかは解らないが、彼女達が動揺していない辺りこうなるのは最初から想定の範疇なのだろう。
気にするだけ無駄なのかもしれないと自分を無理矢理納得させ、集まった人員を見渡した。
白露型に睦月型。神風型に特一型に朝潮型。
改二が可能な子達は全員改装済み。そうでなくとも改までは完了しているのだから、この世界の海軍に所属する艦娘達よりかは強い自信がある。
尤も、練度自体は常識的な七十が殆どだ。改二や一部の子達は八十や九十台にまで至っているが、遠征特化組はそこまで平均から逸脱していない。
駆逐艦の総数は二十四人。残り七人については、軽巡・軽空母・雷巡・戦艦・重巡だ。
戦艦は榛名と比叡。軽空母は瑞鳳。雷巡は木曾。軽巡は天龍と阿武隈。重巡は足柄。
移動した際に最初から持っていた装備も引き継がれるのか、各々が最初から持っている武器は俺が最後に装備させていた物と全て一致する。
個人的に嬉しかったのは阿武隈と睦月と如月に持たせていた大発だ。
全員に三枠分の大発を装備させていた為に総数は九にまでなっている。それを活かして、彼女達は海域の詳細情報を集めるついでに資源獲得の出撃に繰り出していた。
大淀や長門が居ればと考えてしまうのは、やはり自分自身が不釣り合いだと思っているからか。
頭脳系の子が極端に少ない。そしてリーダーシップを取れそうなのが三名くらいしかいない。
大人として見れる人物が圧倒的に足りないのだ。百人を超える人物達を統率するとなると、どうしても中間管理の人間が必要になってくる。
未だ三十台であるからこそ大丈夫だが、もう此処に鎮守府が出現している事を他の面子は解っているのだ。
明日にはこの二倍か三倍が揃っていると思った方が良い。そしてその際に、俺は自分の下に艦種ごとのリーダーと秘書艦を決めねばならなかった。
「提督。敵の姫はどういたしましょう」
「妖精に解体を頼む。無理なら魚雷でも何でも打ち込んでバラバラにしてから潜水艦の子達に海底に埋めてもらうさ」
瑞鳳の言葉に、そう言えば死体も二体分あるんだよなと思考を繋げる。
首だけが切り離されたそれは力無く地面に横たわり、無防備な姿を晒していた。何か変な状態が確認されるかもしれないと一応の警戒をしていたが、やはり一度死ぬと敵も復活はしないのだろう。
艦娘達と同様に、相手も死んだら一から作り直さなくてはならない。
それはつまり、量産されればされる程に此方の資源にもなるということだ。率先して狙う必要はせずとも、彼女達の身体は解体すれば大量の資源になると妖精が語っている。
具体的な数値にはまだ出来ないそうだが、もしも無事に解体が成功するようであれば今後は死んだ身体も工廠にぶち込んでバラすという選択肢も生まれる筈だ。
その過程で新兵器でも誕生すれば、それは俺達だけの特別となる。
沈めるのが精一杯のこの世界の艦娘とは違い、うちの戦力は非常に過剰だ。深海棲艦側にも同様の存在が居るのは既に集積地棲姫が示唆していたので油断は出来ないが、この世界基準の姫や鬼は圧倒出来るだろう。
それを無理でない範囲で回収し、妖精達に頼んで資源に変える。
新しい世界だからこそ、新しい試みは常に必要だ。常識とは一種の毒であるのだから、新しい毒が生まれる度に解決策という血清が必要になる。
「取り敢えずは今日の寝床だな。此処に滞在するのは突然だったから当然用意は無い。海も敵が消滅したばかりなので魚も居ないだろうし……今日は艤装に入っているレーションで我慢してくれ」
「私の艤装にも緊急用の食糧はあります。戦艦三食用ですから全員分には届くでしょう」
「感謝する、比叡。瑞鳳、鎮守府に食糧はあるのか?」
「あるにはあるって感じですね。閉鎖されてから時間が経っていますし、あまり多くはないかと思いますよ?」
寝床は地面、食事は軍用糧食。
それで今日一日を過ごし、明日には鎮守府の確認を行う。簡単な予定はこんなものか。
初めて鎮守府の内部に入るが、中は果たしてどうなっているのだろう。自分の設定した通りの執務室になっているのか、それとも常識的な範疇に留まるよう変更されているのか。
間宮・伊良湖の位置も気になる。
同じ食堂であるならばそれは問題にならないが、少し距離が離れているようであれば最悪な立地になりかねない。そうならない事を祈りつつ、俺は妖精達にレーションの放出をお願いした。
こっそり自分には不味い方を頼み、その日の夜は笑顔の皆と共に安らかな時間を過ごしたのであった。
※reverse※
「以上が、今回のresultデス」
「有難う、金剛」
慌ただしい音の数々が遠くに聞こえる廊下の一カ所に、金剛と彼女の提督が居た。
顔には余裕の色は無い。大規模作戦終了時の安堵に満ちた雰囲気は今回において皆無であり、次に待ち受けているだろう戦いを想像する戦士の顔でもって提督は彼女の報告を受けている。
内容は単純だ。単純故に、それはどこまでも恐ろしさを感じられるだろう。
艦娘達が誕生した時期から少し経過した頃に出現した、異常個体の団結。今まで単一としての行動でしか確認されていなかったそれが、一隻の艦娘が出現したと同時に集まっている。
異常個体の中心に存在する者は、人間ではなく駆逐艦江風。
戦艦でも空母でも無く、駆逐艦という事実が想定の枠を超えていた。人間でなくとも能力があれば艦娘でもトップになれる事は解っているので、彼女がトップである事自体には何も違和感は覚えない。
重要なのは、どうして彼女なのかだ。
生まれたばかりの彼女は他とは違い逃げに徹していた。それが演技であれば見事と称賛すべき事だと思うが、逃げている様子からは必死さがあったと金剛から報告を受けている。
あの頃の彼女がトップを張れるとはとてもではないが考えられない。
仮に利益だけをちらつかせたのだとしたら、彼女達は利益を満たした後に再度分離するだろう。
だが、そうだとするにも金剛からの報告はあまりに異質だ。まるで最初からそうなるようにとばかりに事態が進行している。
異常個体の発生方法も問題だ。
死体からの出現となると、ほぼ確実に止められない。唯一この事実から回収出来た情報と言えば、異常個体は必ず一人ずつしか誕生しないことだ。
つまり、最終的に出現する数は海軍が把握している艦娘全てとなる。
一体一体が強過ぎる事で問題となっているというのに、更には団結し始めた。
江風からの艦娘の待遇改善という脅しも来ている。これら全ての問題を一度に解決するには今主流の高官の地位を無くさなければならず、それが実質不可能である事は当然だ。
数が一桁では済まない。新人も含め、現在主流となっている非人艦娘派は恐らくは八割にも到達しているだろう。
憲兵の一部も繋がっている以上正面からの勝負は負け戦にしかならず、ならば江風の要求は事実上無視される形に終わるのは必然。さてそうなればどうなるか――無論敵対しかあるまい。
「現存する戦力での攻略は不可能。俺達の場所にはまだその影は見えないが、北は阿鼻叫喚だ。以前の戦闘で八割以上の戦力が轟沈したんだから当然だが、先ず攻められたら負けるな」
「いきなり襲うと思いマスカ?」
「……いや、そうはならないと思う」
海軍の実態は既に彼女も把握していることだろう。
彼女の中での猶予は意外に長い可能性がある。そもそも敵勢地の島には何も無かったのだから、整備を始めないと鎮守府のような建物一つ立てられない。
それに工廠のような建物も無いのだ。装備の点検も作成も出来ないのであれば、時間差で装備は壊れる。
しかし、猶予は長いとしても突如として変わる可能性があるのだ。これ以上艦娘達に対する人間側の対応が酷くなれば、それを目撃した彼女達の怒りが爆発するかもしれない。
どうにかするには、やはり海軍そのものを変えるしかないのだ。或いは、最終的な手段として意図的に艦娘達に鎮守府を破壊させる。
鬱憤ならば山ほど溜まっている彼女達だ。少しでも揺さぶれる何かが起きれば、一人の意思ある者の勇気によって海軍は不利になるだろう。
それらから立て直しを行おうとすれば、最中に江風達に襲われる。
加えて深海棲艦もセットだ。二カ所でも大艦隊が発見されれば、その瞬間に日本は終わる。
「彼女はおよそ艦娘らしくない人間臭さを持っていると思う。君達を沈めなかったのもそうだし、海軍に直接的なダメージを与えるような真似を今までしてこなかった。それが単純に準備不足であるのならば何も言えないが、もしも彼女自身が人間に対する害意が少ないのであれば――――」
「協力関係を築ケル?」
「出来れば俺達だけで内密に。機会が生まれた時、彼女達の力は必要になる」
深海棲艦を殲滅し、現在の艦娘達の境遇を改善させる。
難しい話だ。ただ反逆しただけでは、全てを諦め人形となった艦娘達に止められる。
しかし異常個体である江風が協力してくれれば、その改善にも糸口を掴めるというもの。それが如何に希望的観測に過ぎないとしても、僅かな希望に縋るしか今の彼等には出来ない。
人間側は追い詰められているのだ。それを本当の意味で理解している者は、あまりにも少ない。
これだけ解り易い状況。これだけ解り易い環境。
判断など容易だろうに、プライドとでも言うべきものが邪魔をして己を変えられないのだ。
それは古い者程強く、故に新しき者は今の彼等を嫌う。人間が人間同士で潰し合いをしている場合ではないにも関わらず、日本では今尚戦いが勃発し続けていた。
それはあまりにも醜い。汚物にしか艦娘には見えないだろうし、その考えを多少しか理解出来ない。
変えなければならない。
常識とは毒。そして毒には血清を。
病が何時までも人体を侵食させない為にも、提督の眼差しには鋭さが込められていた。
何処か遠くを見る顔は、ずっと前から決めた覚悟で染まっている。己の身の安全など度外視してでも――提督は危険な道を歩むだろう。
「幌筵に向かう。あそこなら部隊がほぼ全滅状態の単冠湾の提督よりも話が通る筈だ」
「aye,aye,sir」
部隊の増強が急務である件の提督が所属する泊地では対応が間に合わない。
それならば戦力が多く、更に増強を行いながらも前線を維持出来る幌筵に行った方が選択肢としては無難だ。
派閥も中立。階級も中将。おまけに仕事仲間程度には艦娘達とは仲が良い。
簡単に話を纏め、提督は遠くの場所で騒ぐ者達の元へ向かう。
金剛はそれを敬礼で見送り、足早に準備へと自身の鎮守府に向かった。共に成すべき事を成す、それだけを胸に秘めて。
騒ぎの場所は、北海道に緊急的に設営された指令所。
そこから彼の所属する鎮守府までは全力でも一日以上は掛かる。更に準備や話を通す必要がある以上一週間は確保する事が絶対条件だ。
それまでの間に彼の鎮守府に何かあれば予定は先延ばし。最悪は無しとなる。
事態が動く。
彼女達が真実の表舞台に進出するようになり、あらゆる歯車が誰にも知られずに壊れ始める。
壊れた歯車は軋みを上げて停止し、しかしそれらを無視するように隣接する歯車は勝手に動き続けた。
その矛盾はやがて大きくなるだろう。そしてその矛盾を少なく抑えることなど最早出来はしない。
戦いは続く。これからも続く。人も艦も交わって、世界を揺らす聖戦へと発展するのだ。
そんな彼等の後ろ姿は未熟で、だがこれからの未来を担うには十分な器を持っている。
正しく彼等は輝きを約束された英雄。そして戦乙女。
英雄としての資格を有した男は走り、走り、走り続ける。その先が絶望の崖に続いているとしても、彼は歯を食い縛り走らなければならないのだ。
『――へぇ、面白そうな人ですね』
物陰から液体が広がるような動作で一人の少女がカメラを構えて眺める。
口元にあるのは悦の色。目に嵌め込まれているのは愉快の二文字。装着を許されていない艤装を身に纏う彼女の姿は場の雰囲気には似合わず、まるで風景の写真に無理矢理人を入れたような違和感があった。
手元のカメラを艤装に仕舞い、未だ悦の色を唇に乗せた彼女は胸元に付いたピンマイクに声を伝える。
『青葉、ちょっとだけ集合に遅れますね。そっちは予定通りに動いてください、
『\u4f55\u304b\u3000\u826f\u3044\u4e8b\u3067\u3082\u3000\u3042\u308a\u307e\u3057\u305f\u304b\uff1f』
『中々に、そう中々に面白そうな人材を見つけたんです。これは是非とも密かに取材して記念すべき青葉新聞第一号に載せなければッ』
『\u305d\u3046\u3000\u3058\u3083\u3042\u304a\u5148\u306b\u5931\u793c\u30b7\u30de\u30fc\u30b9』
ぶつり、と連絡はそれで切れた。
彼女自身はそれを気にせず、見た目は快活な少女そのままの姿で走り出す。しかし足音も呼吸の音さえも立てない姿は、一種の幽霊のようにも思えた。