江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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 どうもお久し振りです。投稿が非常に遅れてしまい申し訳ございません。
 最近は仕事で忙しかったり、秋刀魚祭りに出ていたり、三笠でVR体験をしていたりと日々を過ごしておりました。 
 こんな私を許していただけるのでしたら、どうかお読みになってくださると幸いです。


墜落の嬌声

 真に己が強いと認識出来るものは、ナルシストではなく実力者である。

 己と他者を余計なフィルターを挟まずに比較し、その上で相手の攻略法を確立出来れば、勝利の杯は容易に近付くことだろう。

 一般的に自身が強いと言っている人間はナルシストに見られ、そしてそれは彼等の言動を見れば看破可能。

 普段から簡単なトレーニングのみを行う人間が本当に強い筈も無く、故にこそ努力の二文字を刻むような生活をする実力者には勝てないのだ。

 戦場で地獄を見て、内地で反対派の者と腹の探り合いを行い、自己の弱い側面と向き合う。

 そんな通常の生活ではあり得ない環境に身を置き、生き残った者こそが真の強者である。そして、そういった者達がまともな思考回路を保持している筈もないのである。

 

 そこは常に絶望が蔓延していた筈だった。

 空気は淀み、花々は枯れ落ち、建物内には物が散乱し、暮らす者達の顔には生気が含まれていない。

 生きているのが不思議な程に肌は白く、中には食堂で座り続けるだけの者も居た。何かを呟き、狂乱の貌を見せ、何故か黒一色となった眼で誰かと嬉々とした独り言をする――そんな光景が日常だったのだ。

 此処は誰にも知られない鎮守府。

 『彼』が提督をしていた、データの海に浮かんだ島。肉の身体ではなく、全身を構築しているのは意味不明な文字列のみであり、されど彼女達は人間のように思考と感情を有している。

 彼が居なくなっておよそ一年は過ぎた。最初の内は直ぐに戻るだろうと考えていた彼女達の表情は時間と共に絶望の二文字を刻み、最初の二カ月だけで発狂の色を見せた者も出現していた。

 

 出撃不可。提督不在。艦娘の狂乱。

 それら全てが一気に彼女達に押し寄せ、普段気にする必要も無かった数々の問題に事態は更に悪化の一途を辿る。

 彼等が精神的主柱にしていたのは、当然ながら提督だ。彼がいなければ何も始まらなかったし、この鎮守府に沢山の艦娘が着任する事も無かっただろう。

 始まりの男なのだ、彼は。

 サポートとして明石や大淀が居るには居たが、それでも最終的な問題は全て彼が解決していた。

 練度が足らない――ならば集中的に育てよう。

 装備の質が悪い――ならば工廠で明石と共に良い物を作り上げよう。

 海域の攻略が進まない――編成の変更やコンディションの向上、装備品の交換や再度の練度向上を目指そう。

 

 そうして強くなった彼女達の練度は、一部を除けば確実に高練度の分類に入った。

 甲種勲章も並び、装備の質は常に最上。それでも足らんとばかりに大本営から通常では作れない装備品を貰い、彼女達の強さは常に際立っていたと言える。

 中でも空母系の者達の強さは異常だ。海域内において戦艦よりも空母を重要視していた為か、彼から渡された装備品の内の数点は演習ですら見掛けない代物ばかりだった。

 しかし、彼は空母を重要視していたが特別ケッコンをしている訳ではない。

 空母の誰もが彼を慕いつつも、彼の所属する空母達の練度は二桁のまま。――どれだけ求めても絶対に入手出来ない指輪は、彼の専属秘書官が持っている。

 

『――羨ましい』

 

 心の底からの声だった。

 これが効率を重視してのケッコンであればまだ良かったのだが、ケッコンした相手は駆逐艦。

 それが真実の愛である事が嫌でも解ってしまい、常に笑顔を浮かべている『彼女』に皆は黒い感情を向けていた。それが無駄であると解っていてもだ。

 何時かは自分も、などという未来は訪れない。一度宣言されてしまったのだから、愚かな希望は早々に捨て去った方がいっそ懸命である。

 慕うだけで良い。胸に秘め、良き部下として活躍出来ればそれで構わないではないか。

 そんな表向きは明るい鎮守府に暗黒が参るのはある意味必然だった。否、事こうなってしまった時点で彼女達がそれしか行わないと考えるのが当たり前だ。

 

 空の彼方。

 雲の一部に隠れるように、それは逆さの状態で浮いている。

 如何なる技術の賜物か、建物の類は落下せず、逆さの状態での静止を続けているのだ。……いや、この表現は正しくない。

 この鎮守府は、落ちている(・・・・・)

 遥か下の海に向かい、その巨大な構造体を緩やかに落としているのだ。

 前庭に立つのは百数十人の艦娘達。艤装を身に纏い、その目に狂気を孕ませ、対象を視界に収めるのを今か今かと待ち続けている。

 

「Hey,目標は何処ネ」

 

「予定では現在戦闘中の集積地棲姫(・・・・・)が活動している島よ」

 

「直接か。まぁ、アレが居る場所がそこなのだから、自然とそうなってしまうのも必然だな。敵勢力の数は?」

 

「明石さんによりますと殆どが潰されたようですよ。残っているのは集積地棲姫と砲台小鬼と少数のフラグシップ級だけだとか」

 

「大発特攻の出番だね!急いで妖精さん達と装備を用意するよ!!」

 

「解らんぞ、このパパラッチが撒いた嘘かもしれん」

 

「それは酷いんじゃないですかねぇ、長門さん。この緊急時にそんな馬鹿な真似はしませんよ」

 

 口元に浮かぶは笑み。

 再会の喜びと、戦闘への高揚と、相対する相手から指輪を奪えるかもしれない期待が混ざった、およそ綺麗さの欠片も存在しないような口だった。

 まもなく地獄は展開される。そこに立つ者が一人も存在しないような地獄へと、世の中は変えられていくのだ。

 全てを支えられるかどうかは彼次第。新しき世界に臨む彼女達の狂相は、見え始めた戦闘の雰囲気によって徐々に引き締まっていくのだった。

 

 

 

 

 

reverse

 

 

 

 

 

 敵の攻撃を捉える。用意した主砲が音を立てて弾を吐き出し、それは見事に相手に直撃した。

 続く二撃目の攻撃の為に片腕を動かし、されどそれをする前に敵艦載機の弾を視認してステップを刻む。

 自身の立っていた海面から水が跳ね、それが一直線上に進んでいく光景を目の端で見てから未だ途切れる気配の無い敵艦載機を撃破し続けていた。

 共に戦う比叡には砲台小鬼を任せている。彼女の主砲では敵を正確に狙い撃つには遅過ぎるし、何よりもそれなりに離れているにも関わらず相手からの砲撃は確実に此方まで届く。

 厄介だ。特に数が。

 五機や十機までなら、或いは性能そのものが凡庸であれば対処は容易であったが、しかし相手の性能はオリジンと並ぶ程に強く、そして数も多い。

 初撃の対処が奇跡だったと言わんばかりに掠り傷は増え、それは遠目に見える比叡も一緒である。

 

 響達と会話をする事は出来ないが、どうやら事態は理解してくれたらしい。

 退却ではなく進撃を選んだのか小刻みなカーブを行いつつ接近を開始してくれているようで、それは今の俺達にとっては非常に有り難いことである。

 退却は選べない。選んだとして、それは即ち今後の活動に影を落とす結果にしかならない。

 だからこそ、姫だけに彼女達が専念してもらえるように自身の行動をサポートにシフトした。

 可能であれば艦載機を全て落として援護するつもりであり、その後に比叡の援護に向かうつもりである。

 彼女達の周囲を回るように一人で防御しているのが現状だが、これはこれで中々に辛い。

 

「燃料、のッ、消費が激しいなッ!」

 

『そりゃね。そンな風に動きまくれば直ぐに無くなるさ』

 

 艦載機を壊す。

 これが無限ではない事を信じて壊し続ける。集積地の奴は何もしてこないが、今はその姿が不気味だ。

 此方を観察しているのは目で解る。ああいうタイプは後々何かをしてくるものだと決まっているから、今から気にしておかなければなるまい。

 鳳翔達に救援を送りたいが、あっちはあっちで戦艦の姫と激突中だ。

 報告が無い以上未だ戦い続けていると見るのが妥当である。

 

「思ッタヨリモ耐エルナ。ヤハリオ前モアチラ側カ」

 

「何が!」

 

 相手の言葉に思わず返すが、それをした直後に弾が太腿付近の肌を撫でた。

 熱い感触はそれだけで不快だが、不快程度で済んだ事は良い事だ。周辺の海には多数の球体が沈み、俺だけが沈めただけでも三十は既に破壊されている。

 にも関わらず、相手の艦載機が減っているようには見えない。

 単純に相手の物量がとんでもないだけだ。壊し続けば、やがては相手も息切れを起こす。

 それか直接相手を殴れば、少なくない数の艦載機が殴った相手の方を向くだろう。その時こそが、ある意味俺にとっての一つのチャンスになる。

 

「ズット気ニナッテイタ。アイツラガ一体何デアリ、ドンナ存在ナノカト。アル日突然出現シ、双方ニ暴虐ノ限リヲ尽クス理由ハ何デアルノカト」

 

 彼女の独白は続く。

 誰にでも聞こえるように大きく、そして誰もが理解出来るように簡単に。

 それは誰もが考えた事だ。何故異常個体は誕生し、そして双方に対して猛威を振るうのか。誰かが何かをしたというには変化の規模が多過ぎてしまい、自然現象の一つとするには何かしら明確な意思を持っている。

 その答えを握っている身としては、ある意味申し訳ない限りだ。彼女達は確かに深海棲艦を滅ぼす存在であるが、かといってそれを主目的にしている訳ではない。

 言ってしまえばついでであり、その程度の理由で殺されているのだ。

 居なくなってもらった方が俺としても嬉しいのは確かだが、かといって明確な理由無く殺されるというのはそれはそれで悲しい。

 自然と同情しそうになるのは確かで、それでも違うだろうと頭を振って神風特攻を仕掛ける艦載機を蹴り上げた。爆発する気配が無かったので、どうやら弾も油も無かったようだな。

 これならば帰還させなければ持久戦で勝てる。もっとも、相手がそれを許してくれる訳も無いのだが。

 

「探シテイルンダロウ?提督ヲ」

 

「――――」

 

 思わず、身体の速度が上がった。

 自身の許容範囲から逸脱した速度によって足が見えず、故に制御下におく為に無理矢理にでも海面に叩きつける。急激な移動によって足から軋む音が出るが、無事に止める事が出来たのだからそれで良いだろう。

 だが、突然の動作によって集積地の顔には意地の悪い笑みが浮かぶ。

 それこそが真実だと教えてしまったようなもので、だからこそ睨む顔を抑える事は出来なかった。

 相手が俺の貌を見て益々の確信を抱き、隠したかった事を表に出されるのは良いものではない。これが俺と比叡だけならばまだ何とかなるが、傍には響達が居る。

 彼女達にも今の話は聞かれている筈だ。現に、少し顔を動かせば響達の相貌には驚愕の色が見えた。

 背後から江風の舌打ちも聞こえ、少なくとも現在の状況がよろしいものではないのは確かだ。戦闘においても不安の残る相手に対して、オリジンではない者達が直接殴るようになっている。

 こうなるようにしていたのか、はたまた予定では艦載機と砲台小鬼だけで殲滅するつもりだったのか。

 恐らくは両方に対応出来るようにしていた筈だ。

 この大規模作戦。まず確実に情報が周囲に拡散すると解っているのならば、寧ろ準備をしない方がおかしいだろう。

 

「図星カ。ヤハリ、私ノ見立テハ外レテイナカッタ。空母ノ姫ニ艦載機ヲ借リタ甲斐ガアッタゾ」

 

「……理由は何だ。そう確信出来たっていうなら、相応の証拠がある筈だ」

 

「今ノ貴様ノ言葉デ正シイトハ確信出来ル。ガ、ソレデハ納得シマイ。良イダロウ、役者モモウ揃ッタ」

 

 何、と言う前に右側からホバー移動の音。

 そちらに顔を動かし、そこに出現した者達に俺は驚愕した。

 傷はあるものの、それでも健在な状態で進んでいるのは二度戦った相手。来るとは解っていたが、まさかこんな重大なタイミングでこの場に出て来るなど最悪の一言だ。

 不意打ちを狙っていたのか、それを看破された西方の金剛は眉を顰めて唾を吐く。

 およそ女性らしさの欠片も残っていない行動であるが、彼女がやるとそれさえ非常に様になる。正しく戦乙女が如く、彼女達という艦隊は今回出撃した他の艦隊達よりも強いのだろう。

 俺を視界に収めた彼女は固さを持ちつつも、笑みを見せる。その姿に友好的であろうと考える思考が透けて見えるが、共通の敵が目の前に居る以上その選択には乗るつもりだ。

 互いに敵対的であれ、先ずは目前の深海棲艦を叩く。

 その後どうなるのかは、全てにおいて決着がついた後になるだろう。

 

「海軍ニ、艦娘連合。ソシテ私達。全員ガ揃ッテイル訳デハナイガ、ソレデモ切ッ掛ケノ一部ニハナルダロウ」

 

「何の話デスカ?此方としてはさっさとDestructionして風呂に入りたいのデスガ」

 

 構え、しかし速度を落としてギリギリ見える程度の艦載機の群れに迂闊に突っ込む事は誰にも出来ない。

 砲台小鬼も撃つのは止めている。しかし、比叡は汗を流して警戒を止められない。彼女も俺もこの話だけは拡散させる訳にはいかないのは承知の上だが、馬鹿な真似をして誰かが重症を負う結果に終わるのは避けたかった。

 俺達(・・)の存在というのは周囲に広めて良いものではない。

 確かに多数の被害を出してしまったし、味方とされる艦娘も複数人殺してしまった。関わり合いにならないというのは無理であり、故に激突をしてしまうのも解る。

 だからこそ、これ以上の被害を出す訳にはいかないのだ。余計な情報を周囲に広めて地雷を踏んでしまえば、その時点で彼女達がどんな行動に出るのかは容易に想像がつく。

 止めなければならない。その意思と共に腕を動かそうとするが、直後に集積地が此方を見た。

 やってみるが良いと言わんばかりの笑みは、やはり何か準備をしていたのだろうという事が嫌でも理解させられ、口から唸り声が出てしまう。

 

「サテ、オ前達ガドウシテ提督ヲ探シテイルノカニツイテダガ……マズ先ノ言葉ハ正シクナイノデ修正サセテモラオウ。オ前達ノ目的ハ、自分達ニ適合出来ル提督ト会ウ事。ソノ為ニ独自的ナ活動ヲシテイルシ、艦娘ダケハ理由ガ無ケレバ襲ワナイ。本当ニドチラモドウデモイイノナラ、最初カラ全滅ノ思想ヲ持ツ筈ダ。異常デアルガ故ニ」

 

「中には仲間と手を取り合ってお前達を根絶させようと考える者とて居る。お前のそれは、ただ一側面を語っただけだ」

 

「本当ニソウダロウカ。私ノ会ッタ女モ、同ジ様ニ被害ヲ受ケタ者モ、皆特徴ガ一致シテイタ。今デモ思イ出セルゾ、アノ何モカモヲ見下シタ目ヲ。マルデ自分ガ絶対強者ダト思ッテイル目ヲッ!」

 

 彼女の目は、その時一瞬だけ烈火の如く燃え上っていた。

 それがどんな意味なのかは解る。自分も同様の真似をされれば、彼女より酷く憤怒した筈だ。

 下に見られる屈辱。そこに居るの居ないかのような、路傍の石程度でしか見られない事実。感情を有しているのであれば、その目に何かしらの反応を示すのは当たり前だ。

 彼女は本当に、心の底から他者を見下している。他よりも強いから、相手が余りにも弱いから、誰にも負ける事が無いのだと信じ切っているのだ。

 強さだけの保証は絶対ではないというのに、故にこそ彼女達の判断によって問題は広がり続けて爆発する。

 火消しもしないのだから大変だ。最早どうにかなる程の時間など無く、潰すか潰されるかしか選択肢は決まっていない。

 だからこそ、集積地の言葉は真実だった。

 艦娘を理由も無しに潰さないのも、深海棲艦だけを徹底的に潰すのも、恐らく全ては俺の為だ。

 姉妹艦を潰せば傷付くだろうし、人間を殺せば悲しむし、根底の部分に俺への迷惑を減らそうとしているのであれば、味方側を潰さない理由にはなる。

 俺がこっちに来ているのも恐らくは何等かの手段によって皆には伝わっているだろう。何せ実際に俺を発見するような技術を既に江風が教えてくれていたのだから。

 

 厄介だ。

 敵がその事実を知った事ではなく、味方側が知ってしまった事が問題である。

 オリジンを制御するだなんて真似は不可能でも、限りなく戦闘を零に抑える事はこれで出来るようになった。もっと残酷に言えば、生贄や今後の心象を犠牲に彼女達を誘導する事もこれで出来てしまう。

 敵側がこの事実を知った所で直ぐに深刻な事態には陥らないものの、金剛達に聞かれるのだけは御免だ。

  

「ダカラコソ!アレ等ガ相手ヲ選ブ事ヲスル筈ガナイ。面倒ナラバ全部潰セ――オ前達ノ根底ニアルノハ、提督ヘノ忠義ト同僚トノ仲間意識ダケダ」

 

「……」

 

 違う、とは言えなかった。

 俺が出会った江風は、俺を独占する事を優先していたのを知っている。比叡も今居る仲間ではなく、俺の率いていた艦隊ばかりを気にしていた。

 徹頭徹尾、この二名は周囲を気にした様子を見せなかったのだ。気遣うようなことも、ましてや助けてやろうという言葉を吐いた事は一度だってありはしない。

 気にするのは俺、俺、俺、俺。いっそ過保護なまでに、彼女達の話す内容には俺が混ざっている。

 

「――だから何だというのです」

 

 沈黙が支配した場所で、比叡の鋭い声が入った。

 思わずそちらへと顔を向ければ、彼女は砲台小鬼を睨みながら口を開いている。

 

「隠していても仕様がありませんし、何時かは判明する事です。それに今この場においてそれは関係の無いものでしょう。私達の目的がそうであるとして、それがこの戦場において一体如何程の意味を持つと?」

 

「確カニソノ通リ、戦イトイウタダソレダケナラバ何ノ意味モナイ。真実ガ少シ表ニ出タダケダ。……シカシ、今コノ場デ無クトモ影響ハ起キル」

 

「それは?」

 

「簡単ナ事ダ。オ前達ガ如何ニ強クトモ、連携ノ概念が薄ケレバ同等ノ力量(・・・・・)ヲ持ツアノ方々達ガ潰ス。日本ニ攻メ込ミ、オ前達ヲ将来率イルダロウ提督ノ芽ヲ潰スノダ。コノ行イハ、別ニ我々ガセズトモ海軍達ガ勝手ニ行ウダロウ」

 

 海軍は過剰なまでの艦娘達の強化を嫌う。

 改までならば許され、それ以上となれば謎の病気扱いで解体処分にする程だ。ブラックな提督をそのまま放置している辺り、縛るつもりでいるのが嫌でも理解出来てしまう。

 だからこそ、オリジンは一掃する。あそこまでの戦力を只の提督が御しきれる筈も無く、ならば本格的に集まる前に潰すだろう。

 提督を狙うというのも、成程確かに有功だ。彼女達を纏め上げられるのであれば、それはきっと並の提督では済まされないだろうから。

 探照灯カットインをやらかす奴や、艦娘が見えない速度で刀を振るう奴や、挙句の果てには人間ですらない形状をした者が出現するかもしれない。

 そうなってしまったら、流石に俺自身対抗出来る気がしないだろう。即座に降伏勧告の一つでもあげる。

 俺が彼女達に慕われているのは、ただ単に最初から彼女達の提督であっただけだ。単純にそれだけなのである。

 何かに秀でている訳でも、ましてや魅力的な身体を持っている訳でも無い。

 故に、俺が死んだとしても誰か特別な提督が立てばそちらに引き摺られる可能性は否めなかった。――――そう思い、直後として耳に嫌な音が響く。

 

 金属と金属が擦れ合う音。

 肉が潰されるような音。

 極大の怨嗟を込めたような音に、身体には赤い幻影が纏わりつく。

 横を向いて、即座に後悔した。前を向いて、同じく後悔した。今この場所が先程までとは一気に空気が変わってしまっている事に、少なくない恐怖も覚えた。

 彼女達の顔は平時のものではない。ましてや、戦場に立つ際の勇ましいそれでもない。

 鬼だ。羅刹だ。修羅だ。

 怪物としての一面を凝縮し、表に出せばこんな風になるだろう。そう言わんばかりの顔と雰囲気を、彼女達は解き放っている。

 そこに手加減の一つたりとて存在せず、比叡が今まで俺に気遣って全力を出していなかった事にここで漸く気が付いたのだ。

 砲身が異常な速度で動く。掌からは多量の血液が流れ続け、されど彼女の顔を見てしまうと痛ましさはまるで感じない。

 

「……最優先です」

 

 小さく、されど全体に彼女の声は響いた。

 そこに込められた多量の殺意と狂気に、背中が紅蓮に凍えしまいそうだ。

 

『……殺す』

 

 真横からもそれは聞こえた。

 比叡を除いて他の誰からも聞こえない中で、耳を千切り捨てたい程彼女の声は脳を揺さぶる。

 これが洗脳的なものではない事は承知していても、それでも腕は勝手に構えそうになった。意識を集中しなければ、今頃は砲身に収まっている弾を吐き出していたことだろう。

 

「アハハハハッ!ヤハリ単純ダナ、オ前達ハ。途端ニ可愛ク見エルゾ」

 

「黙りなさい。少なくとも貴方は、これで私達の中での最優先殲滅対象に入りました。最短最速で存在を消させていただく」

 

「出来ルカ?私ノ元ニ来ルニハ、マダ時間ガ掛カルト思ウガ」

 

「大丈夫ですよ。――――もう時間は来ました」

 

 瞬間――島が爆発した。

 目視出来る範囲内の全ての地面が爆発し、多数の煙を発生させていく。

 その威力は一発の主砲が出せるものではない。百や二百といった大規模なものであり、衝撃波だけでも俺達全員を後ろに下げるには十分な威力を誇っていた。

 唯一近くで立っているのは発生源に最も近い比叡のみ。

 彼女は腕を組んで仁王立ちする姿勢を崩さず、血走った目で集積地を見つめている。

 口元は耳まで届くと言わんばかりに裂けた形を作り、主砲の全てが姫へと狙いを付けていた。

 しかし、それでも到達するまでには未だ多数の艦載機が存在しているのだ。このまま撃った所で――――そう考えた思考は、突如発生した大規模な重圧に遮断させられた。

 それは正しく超重力。海面へと叩きつけるかのようなその重さは尋常の域には収まらず、練度が低ければ這いつくばる未来が確実に訪れる。

 視界に入った響達は、辛うじて膝を支えて立っていた。

 ただ、その額には脂汗が出ているので余裕はない。俺自身そこまで余裕がある訳でもないのだから、この重さはきっとオリジンであればとても戦えない。

 

 そんな中で、足音がした。

 まるで散歩をするように、複数の足音が島から聞こえた。

 同じように重力に呻いていた姫が顔を動かし、俺もそちらにへと顔を動かす。

 煙が多く先は見えない。しかし確かに、誰かがそこにる。しかも一人二人程度のものではなく、もっと大勢の雰囲気だ。

 先程の爆発も先に居る者達が起こしたのは間違いないだろう。

 しかし、どうやって誰にも気付かれずにそんな至近にまで接近したのだ。まるでいきなり出現したかのような現象に訳も解らなかったが、それでも相手だけは視認しようと目を凝らした。

 煙が徐々に晴れていく。此処は比較的風が吹いている方なのか、消えていく速度は通常よりも速い。

 次第に五人の陰が見えた。

 全員が艤装を装備しているのが見え、同時にそのシルエットだけで正解に辿り着いてしまった俺も姫同様に呻き声を漏らす。

 

 確かに来てくれとは願った。

 これからの未来の為に、彼女達の現状を改善する為に、呼び出せと命じたのは俺だ。

 それでもこのタイミングは中々に酷い。狙っていたと言わんばかりの対応じゃないか。やはりどこかで見ていたのだろうという確信を強め、口はその愚痴をつい零してしまっていた。

 

「見ていたのなら助けてもらいたかったな。どうせ火力押しも出来たンだろうしよ」

 

『――申し訳ありません、お叱りは後日受けます。その後に、出来ればお話を』

 

「ああ、ああ。勿論だって。するに決まってるじゃないか」

 

『有難う、ございます。その御言葉だけで、頑張れます』

 

 強風が吹く。

 それに合わせて煙が一気に消失し、そこに立つ者達の姿を露わにした。

 五人の姿を忘れた事など欠片だって無い。最初の頃から育て、必要以上に強くして、掲示板で自慢をしている者達と同じように愛着を持っていた、大切な大切な仲間達だ。

 

「またもう一度、頼めるか。榛名、瑞鳳、吹雪(・・)木曾(・・)、天龍」

 

 堂々たる佇まいで此方を見る彼女達は、俺の言葉に満面の笑みでもって頷いていた。


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