江風になった男、現在逃走中   作:クリ@提督

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渇望

 大量の弾が此方に向かってくる光景というのは、慣れなければ中々に恐ろしいものがある。

 初心の頃では一発であっても足が竦んだ程で、あの日々が無ければとてもではないが今の自分があるとは言えなかっただろう。

 恐ろしさを知り、されどそれに対応出来るようになったからこそ自分は自分としての自我を保ったままに行動出来る。オリジンの力の制御だって、あの頃のままだったらまったく制御出来ずに江風を呆れさせていたに違いない。

 故に、今の自分ならどうにか出来る。

 弾を回避する事だって出来るし、破壊だって可能の範疇だ。背後で最も打撃力のある者達を守る為に、壁と見紛う程の弾の数々を空や海へと行先を変更させた。

 響も数が数なだけに動いてくれている。しかし彼女に任せるだけでは不味い。

 今来ている敵の大部分が駆逐艦だ。だからわざと当たるのも覚悟で捌き、合間合間に主砲を駆逐艦に捻じ込んでその数を減らす。

 所詮焼け石に水だが、少しでも背後の者達の被弾を減らすにはそうするしかない。

 まず無いとは思うが、比叡がダメージを負ったらそれだけで危険だ。作戦の中断だって有り得るのだから、殊更に彼女のような存在は道中を守らなければならない。

 最終海域のボスに到達するまでの間に最も重要な子が中破になるなんてのはよく聞く話だ。こうして運ではなく実際に行えるからこそ、確りアタッカーは守護しなければならない。

 俺もその内の一人なのだが、相手の性能を鑑みるに恐らく戦艦でなければ装甲は貫けない。

 バランスは崩せるかもしれないが、それでも明確なダメージを負わせられるかというとそうでもない。

 だから敢えて前に出る。彼女の身体が傷付くのは申し訳ないが、それでも重要な人物を優先的に守るのはどんな世界でも共通だろう。

 

 息つく暇も無い戦いだ。

 大部分を担当すると決めていたお陰で止まる事は無く、常に足はブレーキを押していない。

 それでも最後の線だけは守り、現状は四割の力加減で突き進んでいた。殆ど弾を使わないようにしているが、それでも距離が開いた状況であれば使わざるをえない。

 艦載機を蹴りの風圧で吹き飛ばす。体勢を崩した艦載機は他の艦載機と衝突し、持っていた爆弾によって更に広範囲に被害を拡大していく。

 そして出来上がった道を通り最後に追ってくる艦爆から爆弾を奪い、追撃しようとする敵の群れへと投げ込んだ。

 即席の手榴弾となったが、これで全部潰せたとは思っていない。

 強いて言えば中破止まりか。しかし、相手の足はこれで確実に止まる。煙に紛れて移動し、燃料を使わない跳躍のみで皆の場所へと到達した。

 

「取り敢えず足は止めた。そっちは損害は無いか」

 

「こっちは大丈夫よ、貴方のお陰で被害零」

 

「流石だな。比叡みたいな真似をよくもまぁこなすものだ」

 

 武蔵や山城、それに古鷹や響の姿を確認してから一先ず安全かと息を吐く。

 いくら敵が弱いとしても数が数だ。どんなに強くたって装備は使い続ければ故障を起こすし、肉体は疲労する。

 俺だってずっとこの調子を維持出来る訳ではない。その前に本番を迎え、勝って皆で笑って帰る。

 そして次の仕事に取り掛かるのだ。

 山ほどまだ仕事は残っているのだから、その全てを終わらせない限り本当の意味での安息は訪れない。

 江風の件もある。彼女の返答次第によっては現れる彼女達の為の準備もしなくてはなるまい。

 本当に多い。多くて多くて、だからこそ簡単にリタイアはしていられない。

 内心で潰せと誰かが呟く。内心で早く此方に来いと誰かが囁く。

 それが誰なのか、は今はどうでもいい。その通りにしてやるさと思うだけで、拒否の心は起こらない。

 進み進み、沈ませる。

 敵の大多数は海軍側に集中している。流石に向こうの方が数も多いし、俺達程ではなくとも質の高い者もいる。

 それ故だろうが、しかしそれにしては数が少ない。

 海軍側がそこまで脅威なのだろうか。確かに先程第一から連絡が入り、姫級と遭遇したとも聞いたことから恐らくは彼女達が止めているお陰だと思うが、胸の痞えが取れない。

 何かが起きている。それが何かが解らなくて、皆の前では普段通りを装いながらも頭は思考を止められない。

 状況は此方の有利に傾き始めている筈だ。仮に不利でも、拮抗に持っていける程の戦力はある。

 

「まだ第一は戦っているのか?」

 

「報告をそのまま鵜呑みにするならね。あの怪物相手に拮抗しているそうだよ」

 

 どんな手品を使ったんだろうね、と響は微笑む。

 しかし俺は別の事を考えてしまう。確か江風は自分が来るまでの間に数人の艦娘を送った。

 そのメンバーの中には鳳翔も含まれていたのを確かに覚えているし、確認すれば江風は同様の返答をするだろう。

 鳳翔はあの時、知らない人間を見るような眼差しをしていた。

 それが嘘だとは思えないが、しかし同時に彼女が最後に向けたあの黒い目も見てしまっている。彼女がただ何も知らないとは、今となっては最早言える筈もない。

 確実に彼女はオリジンの情報を持っている。もしくは、彼女の存在そのものがオリジンである。

 簡単にとはいかなくとも、あの戦艦棲姫を抑え込んでいるのがその証拠だ。大体どれだけ鳳翔が最初の空母としての側面を持っているにしても、この世界は弱肉強食だ。

 スペック通りで生き残るには他の子達の力を借りなければならず、そうなれば派閥も生まれるだろう。

 母性だけでトップを取れる訳ではない。

 皆を纏められるだけの武力も必要となる。とくれば、まぁ流れは読めるな。

 

 鳳翔達に件の相手を任せ、俺達は更に島に向かう。

 道中の不安があるものの、未だ困難と思える敵はいない。このまま何事も無く全ての工程が終わってくれと願いつつ、それでも無事に終了する事は無いだろうという確信もあった。

 それは他の者達も同じだろう。大規模作戦が荒れるのは何時もの事の筈なのに、どうしてかこの道は荒れていない。俺が最初に来た時の響の拠点周辺が個人的に最大の敵だったと言えば、道中の安定さが理解出来るだろうか。

 とにかく、備えておくにこした事はない。

 目的地は島に居る集積地棲姫。それに定め、艤装は唸りを上げた。――――それを誰かが見ているとも知らずに。

 

 

 

 

 

※reverse※

 

 

 

 

 

 友永隊が、江草隊が、烈風も紫電改二も海に堕ちる。

 脱出した妖精は海に到達する前に大口を開けた艤装に食われ、その生命を散らされた。咀嚼し、飲み込み、小さく唸る艤装は正しく生命体。主砲などの機械的要素を含みながらも、それは確かに一つの命として顕現していた。

 生物と武器の融合こそ、深海に生きる者の最も大きな特徴だろう。

 艦娘は装備として艤装を持ち、深海はそれを一器官として用いる。どちらが上かは定かではないが、上位者であればある程に艦娘に近づく事から鑑みるに、恐らくは艤装としての形の方が幾分か上ではないのだろうか。

 その艤装を用いるのは、海を今の今まで走っていた戦艦の姫。

 今日も今日とて多数の艦娘を沈め、次に手薄となってしまった場所に向かおうとした所を鳳翔とぶつかった。

 海軍の艦娘とは違う雰囲気を纏う彼女達の様子に姫も察し、そして別勢力かと小さく笑う。

 強さで言えば野良の方が余程強い。

 それは深海勢とて理解している事だ。被害の規模で言えばそちらの方が多いのだから、各地の姫や鬼が注目するのも当然。寧ろしない者は愚か者と罵られることだろう。

 此度の闘いは実に多方面に情報が拡散した。

 幾らかの面子がやって来る程度は想定の範囲内である。その中から目当ての艦隊が来たのであれば、諸手を挙げて歓迎の主砲を撃った事だろう。

 もう少し優しければ深海流の食事でも用意していたかもしれない。

 それだけ期待しているのが、戦艦棲姫なのだ。如何様な理由かは定かではなくとも、彼女に叶うだけの敵が出現すれば喜び勇んで戦いに向かう。

 

「イイナァ、オ前達ィィィィィ」

 

 姫の足を爆弾で止め、相手が主砲を向けられない背後を取る。

 空母のみの艦隊となっている以上主戦力は全て艦載機だ。それら全てが破壊されれば彼女達も蹂躙される。

 そして姫は襲い掛かる艦載機を的確に落としていた。全機の撃破は出来ずとも、向かってくる内の少数だけでも削れば良いのだと彼女の顔は益々の笑みで彩られていく。

 徐々に減っていく感覚というのは中々に恐ろしいものだ。焦燥感と恐怖を起こさせ、恐慌状態に陥らせてしまうのだから。

 それら全てを捻じ伏せ、屈服させ、初めて強者として認められる。

 生きていたいのならば強くあれ。弱肉強食の世界であるからこそ、それの体現者として君臨する彼女はどこまでも野生本能に引き摺られやすい。

 それは艤装も一緒だ。力だけならば艤装の方が強く、彼女の命令にも忠実に従っている。

 

 そんな彼女に対し、六人の艦娘は弦に触れたまま相手を睨むように状態を観察していた。

 艦載機は殆ど出撃済み。残っているのは最後の最後にカウンターとして用意した神風艦載機のみであり、そちらには発進して直ぐに妖精達を離脱させる機構が備え付けられている。

 特攻など悪しき行動だが、それだけに効果も高い。やらないだろう真似をするからこそ予想外の結果が出るもので、されどこの艦載機を使うつもりは皆無かった。

 残る装備群は無い。空母には他に主砲や電探なども装備出来るが、それでも持ってきていたのは艦載機だけ。

 それ故に彼女達は動き、相手の狙いを迷わせる。

 しかして、初期の段階から戦艦棲姫は見抜いていた。複数人が指示を出す中で酷く冷静さを保ち続ける、およそ今という場所には相応しくない女の姿を。

 大正初期の頃に居そうな、所謂現代らしくない主婦。弓もどこか古惚けていてお世辞にも他の者達より強者らしくない。

 一見すると只のメンバーで、身体の大きさから鑑みるに軽空母。

 しかし、戦艦の姫は見誤らない。そんな認識を殺して彼女を見れば、そこには違う景色があった。

 

「オ前、艦載機ヲ飛バサナイノカ?」

 

 女――鳳翔の矢筒には、未だに大量の矢が残されている。

 多数の艦載機が潰されているにも関わらず、何故か彼女だけは何も発艦させないのだ。

 それがどれだけ異様に見えることか。まるで別空間に存在しているかの如き不気味さを漂わせ、攻撃が素直に通るイメージを浮かばせない。

 砲を放てば当たるのか、純粋に殴りかかって倒せるのか、或いは自身を囮にして周辺の敵に食わせる事が出来るのか。そんな諸々の手が封殺されている気分にさせられ、姫は睨むか襲い来る艦載機を破壊するだけで他に何か行動に移す事は無い。

 さてそうなれば、残る手は鳳翔を気にしながらも他の五人を潰すくらいなもの。

 しかし、だがしかし。

 

「飛ばす訳にはいきませんもの。この子達(・・・・)だけは」

 

 穏やかな顔に似合わない黒き感情を孕んだ目は、あまりにも危険過ぎる。

 顔を逸らしてはならない。他の何をおいても、彼女だけは絶対に視界内に収めておかなければならない。でなければ、姫をして呆気なく殺されるだろう。

 そこまで思い至り、何と小さく姫は疑問を抱く。

 自分は強い。それは自他共に認められているものであり、互角に撃ち合える相手は同格の者達ばかり。

 故に無意識でも負けの可能性は普段から考えない。そんな事を無駄と断じているからだが、それがある種今までの中で構築された彼女の常識なのだ。

 死ぬだなんて欠片とて抱かない。負ける道理を胸に収める余地など無く、彼女は不変の強者であり続ける。

 ならば殺されるとは何なのか。死ぬ恐怖は如何様なものなのか。

 誕生した瞬間にその概念を持ち姫は、であるからこそ眼前の敵に興味を抱いて止まらない。

 

 鳳翔の言葉に何も返す事無く、戦艦の速度を超えて接近する。

 零から百への加速を視認出来た者は仲間の内には殆どいない。赤城が、祥鳳が、瑞鳳が、飛龍が、蒼龍が、何も認識出来ず、鳳翔への接近を許した。

 慌てて艦載機を戻そうとするが、それよりも先に相手の艤装の拳が炸裂する。

 特に構えも何もない単純な一撃だ。素人丸出しの型が無い拳は、しかし基本スペックによって途端に艦娘を殺害する兵器と化す。

 筋肉の軋む音がした。艤装が唸り、獲ったと確信する。

 しかし反面、姫はそう思わない。理由は簡単で、酷くあっさりと説明出来てしまうもので、それを文章に纏めるとしたら相手が動いたという程度で終わる。

 空気を爆発させる腕に細指がそっと当てられ、小さく押された。

 たったそれだけ。その程度で何も変わらない筈だが――しかし起きた事象は想定の外だ。

 顔面を狙った拳は外に逸れ、バランスを崩した艤装は前のめりに倒れる。それで何か故障はしないものの、さりとて易々と艤装の位置を変えた事実は驚嘆に値する。

 

「何ヲ、シタ」

 

「何も」

 

 間近で話す二人の間に嘘は無い。

 姫は純粋な驚きを瞳に宿し、鳳翔もまた己の嘘が嘘でない事を示す鋭さを宿す。

 純粋な攻撃手段によって差が生まれた。今この場における正しき情報はそれだけだ。それがどれほどに理不尽や矛盾を孕むものでも、結果として成立してしまえば過程など何の問題にもならない。

 姫の艤装よりも鳳翔の一押しの方が強かった。

 事実が浸透すれば、敵味方諸共に驚愕が広まるのは当然だろう。非常識さを持っているとされる姫に対して互角どころか歯牙にもかけない強さを鳳翔は持っている。

 彼女は殴り合いに長けた女ではない。にも関わらず、戦艦大和を超えた何かを備えている。

 初めて、空母達は彼女の本気の一部を垣間見る事となった。それが艦載機を使わない本当の理由だと誤解(・・)して、密かな尊敬は多大な憧憬へと変わっていく。

 負ける相手ではなくなった。ならば、この後は良い状況に動くのが必然。

 鳳翔が抑え込んでくれるのならば自分達は彼女のサポートに徹するのが吉か。即座に結論を叩き出し、彼女の周囲に全力で艦攻艦爆を展開する。

 数は最初の時よりも減少しているが、それでも姫級一体を落とす分には支障は無い。

 しかし目の前の相手であればそれは難しい話で、故に役目は単純に隙を作る事。

 視線で鳳翔に情報を伝え、それを頷きでもって彼女が了承すればそれで行動開始だ。一部の空母は他の隊に情報を伝え始め、ほどなくして全員に行き渡るだろう。

 第三からは動揺の声が上がったが、第一は冷静に了解の意を伝えるだけで何も発さない。

 心配もせず、ましてや怒りもせず、そうなったのならば致し方無しと結論を弾き出したが為の無言なのだろう。その方が鳳翔達にとっても気が楽だ。

 負けて死んでも響達が仲間の艦娘達を引き取ってくれるだろうから、憂いを覚える事は無い。

 いや、鳳翔という勝てる存在が居るのだ。そのような未来など想起せず、今は全力で戦うのみ。

 

「――――グッ」

 

 爆発の威力はどれだけ頑丈であっても無視出来るものではない。

 焼ける事は無いにせよ、衝撃は内部にまで浸透する。崩壊を狙うには数が足りないが、されど体調を崩す程度の効果は見込めるだろう。

 それが解っているからこそ主砲は動き、艤装の拳は天を向き、女の身体も前に出る。

 殴る蹴るなど艦隊戦ではない。それは本来の彼女達の戦い方ではなく、邪道どころか道理を無視した無茶苦茶な戦法だ。史実の艦体が衝突事故を起こす事はあれど、最初から衝突を目的とした艦など誰も作らないだろうに、条理を離れた者は皆須らく人間らしさに溢れた戦いを行う。

 まるで、人間(ヒト)になりたいかの如く、彼女達の行動の一つ一つにはらしさが籠っていた。

 主砲が空母を狙い、拳が近寄る艦載機を更に海に叩き落とす。

 目では見えないのは拳そのもの。しかも振るった際の圧でバランスを崩して海に落ちる子も続出している。

 相手の射程圏外から一方的に攻めたいものの、それでは爆弾を回避されるのは明白。

 艦戦が攪乱し、出来上がった場所に正確に爆弾を落とす。それでも一度や二度経験した艤装は持ち主の動きを無視して防御の構えを取り、有功打を悉く潰していった。

 

「あら、存外脆いのですね」

 

 涼やかな声だ。

 姫は本気で鳳翔を潰そうとしているのに、じゃれ付く幼子をあやす大人が如く全て捌いている。

 潰そうと思えば潰せると言っているようなものだ。その事実に姫のプライドは間違いなく傷付けられたが、同時に己よりも格上の相手が存在している事実に歓喜も覚えていた。

 女の腕の一振りを片手を回すだけで外に弾き、続く回し蹴りは易々と掴まれ投げられる。 

 情けなく落下する前に体勢を整え、海面を蹴って加速した。最高速と自信も持って言える速さで鳳翔の背後を取り、首に伸ばした両腕が何時の間にか彼女の腕に捕まっていた。

 目前には微笑を浮かべる女。

 一体どのタイミングで振り向いたというのか、格が違い過ぎる現状に最早笑みしか出てはこない。

 

 ああ駄目だ、まったく全然裏を取れない。

 スペックの限界には既に到達している。これ以上鍛えようとしても無駄だろうし、では装備面を直すべきかと考えるも生体兵器である艤装に交換の概念は付随していない。

 純粋な差だ。鳳翔という魂が、戦艦棲姫の魂を凌駕し尽している。

 それを埋めるには、彼女もまた鳳翔という女が持つ魂と同等の価値を放つ輝きが必要だった。

 それは信念と言っても良いし、あるいは渇望と言っても過言ではない。とにかく必要なのは生きようとする執着そのものであり、何かを代償にして生命という火に薪を入れなければ勝つ事は不可能だ。

 ならば、彼女の持つ輝きとは何だ。

 生きようと思わせる薪は何だ。

 減らして減らして、それでも根底から溢れ出す想いの源泉は何処にある。

 

「鳳翔ッ!今回攻メテ来テイル連中以外ニ、強者ハ居ルカ!!」

 

「……居ます。もうじき、皆来ますよ」

 

 顔を明後日の方向に動かし、鳳翔の目は遠くを見つめる。

 そこに映るのは嘗ての過去。最早二度と帰ってこないかもしれない、皆が笑っていたあの場所だ。

 彼女は一度だって忘れてはいない。着任当日のモニターに映る男の顔も、男が嫁にした女の顔も、笑い合いながら協力して成功させた数々の作戦の事も、全て全て昨日の事のように思い出せる。

 忘れるな、この想い。消え去るな、あの痛み。

 故に鳳翔の源泉はそこにある。嘗ての未来を捨てきれず、やり直そうと足掻く渇望こそが彼女の基本骨子。

 深度の差など関係無い。周りとの差異など気にせず、であるからこそ譲れるものでもないのだ。

 己だけの道を行く。

 渇望の達成には周囲の協力が必要であるにも関わらず、彼女の頭には協力の概念が存在していない。

 だからこそ強いのだ。己の願望を達成するが為に自然と狂気の深みに嵌り、気付かぬ内に周りとの間に明確な溝が誕生していた。

 

「ソウカ!オ前ノヨウナ怪物ガマダマダ居ルノカ。…………ソレハイイ」

 

「怪物とは、失礼ですよ。あの子達は大事な仲間です」

 

「微塵モソウハ思ッテナドイナイ癖ニ。解ルゾ、ソノ目ハ何カヲ欲シテイル」

 

 そして、そんな彼女が居るからこそ同じ狂気に姫も入る。

 単純なスペックとは別の概念。深海側が持つ負の想念とされる、言ってしまえばマイナス感情の集合体。

 艦娘は基本として善性だ。多少なりとて悪性部分を持っているとしても、その根には確かな善が植え付けられて存在している。

 人間らしい悪の行動を忌避し、嫌悪するのもこの為だ。

 彼女達はプラス思考過ぎるからこそ悪の手に簡単に嵌る。人間など所詮は全て悪い感情を持つモノなのだと考えなければ、決して折り合いをつけた生活など出来ないだろう。

 その折り合いをつけなかったからこそ野良艦娘は発生し、現在は多発している。

 ならば艦娘としての己を捨てた者はどうなるのか、深海棲艦としての己を捨てた者はどうなるのか。

 その真実が今此処で発生しようとしていた。

 戦艦の姫の渇望は極めて単純。元より彼女は思考能力が優れている訳ではなく、経験と勘に任せたスタイルだ。

 

 拳を固めて突き出し、それを手で払われる。

 足を払おうと動かし、跳ねられて頭部を蹴られる。

 一発一発全てを対処されるも、姫の顔に敗者特有の絶望感が無い。寧ろその逆、高揚した顔からは理性など無く、蹴られた衝撃からか眼球は両方共別の向きに歪んでいる。

 それでも攻撃の冴えは衰えず、彼女を追い詰めようと無謀無策な攻撃を繰り返していた。

 まるで同じ内容のテープを何回も見ているかのようだとは、赤城の感想だ。

 艤装は今直艦載機に集中し、主砲の脅威に怯えた軽空母組は鳳翔に本体を任せてしまっている。空母組も似たような動作をしながらも、明らかに様子のおかしい姫へと警戒も行っていた。

 

「本格的に狂っちゃったと見るのは、やっぱ不味いか」

 

「そうね。単純に頭部にダメージがいっているだけと考えることも出来るわ。祥鳳さん達は艤装に専念させて、私達は可能な限り警戒をしましょう」

 

「了解です、赤城さん」

 

  

 一分一秒と戦場は変化する。

 本当の勝者は誰になるのか。誰が犠牲になって、どこの陣営が最も益を得るのか。

 始まった戦場の終わりは見えた。そして辿り着いた各々の姫達の上空で、その者達はゆっくりと侵攻を開始する。

 その姿は未だ僅かにしか見えず、しかし部分部分を見ることによって巨大である事は解った。

 その物体の真下には、幻影を背負う一人の艦娘の姿。

 彼女が何をしているのかも知らずに砲を動かし、魚雷を放ち、新たに出現した潜水艦相手に大立回りを繰り広げる。その姿に恍惚とした表情を浮かべて――――幻影である江風は最後のトリガーを押し切った。

 




求道VS求道みたいな感じ

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